第197話 進水式
1921年6月13日 アメリカ合衆国 サウスカロライナ州 ノースチャールストン チャールストン海軍工廠
1909年に乾ドックとして始まったチャールストン海軍工廠は農民のモーセと呼ばれサウスカロライナ州に絶大な影響力を持つ上院議員であるベンジャミン-ティルマンがルーズベルト愛国党政権の副大統領となった事から、その力添えもあって大幅に拡張され、今やニューヨークやノーフォークといった他の主要造船所に比べても見劣りしない主要造船所の1つとなっていた。
そしてこの日、そんなチャールストン海軍工廠では、ティルマンが発案した巨大戦艦である16インチ50口径砲を、6連装4基24門備えた8万トン戦艦の1番艦であるサウスカロライナの進水式が行われようとしていた。合衆国大統領セオドア-ルーズベルト、海軍長官ジョセファス-ダニエルズが見守る中ティルマンの妻サリーがティルマンの農場で作られたトウモロコシから作ったコーンウイスキーの瓶を割った。
「素晴らしいな、このような時で無ければもっと素直に喜べただろうに」
「大統領、タルサの件でしたら州兵の介入により鎮圧されたはずですが」
「海軍長官、君は我が愛国党の成り立ちを忘れたのかね?流石にあれだけの事件を擁護することは出来んよ」
「しかし、そもそもの発端を考えれば仕方のない事では?」
「だが、それでも党内で批判が大きいのも事実だ。見送っていた女性参政権あたりの解禁あたりで手を打たねばな」
「ですが、アフリカ血縁同胞団の活動があった事を考えればヨーロッパでの革命騒ぎを聞いている者たちが過敏になるのも理解は出来ます。…失礼ですが、北部の方々は黒人と社会主義の結びつきについて警戒心が薄いと言わざるを得ません」
タルサの件とは5月末から6月初頭にかけてオクラホマ州タルサで行なわれた白人たちによる黒人に対する人種を理由とする暴動だった。
暴動とはいうものの銃撃などは当たり前として、酷いものになると自家用機からの手製爆弾を使った爆撃なども行なわれていた事実上の虐殺であり、さらに、その虐殺行為に対して本来は秩序を守るべき警察や州兵も加わっていたという大規模なものだった。
この事件の背景としては元々、オクラホマ州は全域が先住民保留地であった為に南北戦争後に解放された黒人たちが多く移り住み、タルサに住む黒人たちは他の南部地域の黒人とは違い教育レベルが高く裕福であった為、ルーズベルト政権下で進んだメキシコ出兵に伴うメキシコ系労働者追放後の穴埋めとしての南部地域からの西部地域への移動をすることなく安定した生活を送っていた。一方で白人たちの間ではこうした裕福な黒人への不満がくすぶっており、タルサ市内にはクー-クラックス-クランの支部が作られる有様だった。
黒人たちはこうした動きに対して無力であり警察などの公的機関を頼るほかなかったが、それらは黒人よりも白人に対して同情的であり、黒人たちは自らの手で自らを守る方法を考えなければならなかった。
こうした動きはアメリカ各地で起こっており、そうした動きの中で生まれた組織の1つがアフリカ血縁同胞団だった。当初は反リンチ、反人種差別を掲げる団体だったアフリカ血縁同胞団は指導者であったシリル-バレンタイン-ブリッグスが社会主義的色合いを強めるにつれて、黒人による社会主義を標榜する団体へと変わっていった。
社会的な成功者の多いタルサの黒人たちはアフリカ血縁同胞団の社会主義化のあたりから、活動に対して懐疑的な見方が増えていたのだが、そうした事情を知らない白人たちからすればヨーロッパにおける社会主義革命もあって、アフリカ血縁同胞団の活動を危険視するようになり、その不安が爆発した結果の一方的な虐殺だった。
表向きにはアフリカ血縁同胞団の活動が原因であるとされ、社会主義を忌避していたマーカス-ガーベイが率いる世界黒人開発協会アフリカ会連合などから痛烈に批判されたアフリカ血縁同胞団への支持は結果的に落ち込む事になったが、愛国党内の元共和党進歩派が中心となった北部閥はタルサでの事件を問題視し、旧民主党の南部閥はそれに対して反発を強めていた。
「…北部では南部よりもヨーロッパからの移民が多いからな、社会主義活動といえば移民たちの方を想像するものたちの方が多いのだろうよ。実際にイタリア人たちのように過激なものたちも多いからな」
「ハースト氏は気の毒でしたな。自分が火をつけたイタリア移民排斥運動の結果とはいえ爆弾テロにあうとは…」
「だが、結果としてそれでますます反イタリア移民熱は高まった。とやかく言われていても一応ニューヨークでのメキシコ風邪の感染抑え込みには成功していてそれなりの人気はあったからな。結果としては良かったかも知れないな」
イタリア系犯罪結社の活動を理由に反イタリア移民熱を煽っていた愛国党のニューヨーク市長ランドルフ-ハーストはイタリア移民の無政府主義者ルイージ-ガレア―ニが主導する爆弾テロによって、一時は入院が必要なほどの重傷をおっていたが、皮肉にもこの事件によって反イタリア移民運動は一層勢いを増していた。
「そういえば、ニューヨークで思い出しましたが副大統領が経済改革案を出してきていたとか」
「もちろん却下したさ、ティルマン氏ならいざ知らず、彼にそこまでの便宜を図る必要はないよ」
ティルマンに代わって副大統領の座に就いた前ニューヨーク市長であるジョン-パーロイ-ミッチェルは進歩派の中でも過激な主張で知られており、メキシコ風邪という天災を契機にアメリカを政府によって統制された国家へと生まれ変わらせようと考えていたが、父と2人の叔父が南軍に属していたという経歴から南部閥を納得させるためだけに選ばれたミッチェルには大した権限はなく、ただの飾りだった。
「もうすこし"立場"を理解してもらわねばいけませんな」
「ま、ホワイトハウスに戻ったら話をするさ、いろいろとな」
ダニエルズの言葉に対してルーズベルトは陽気に笑い返したが、結局、ルーズベルトがミッチェルと話をする事は無かった。
なぜならば、ノースチャールストンからワシントンD.Cへの帰路に使用した大統領専用列車は線路上に仕掛けられた爆弾により、爆破され、ルーズベルトとダニエルズは死人となってしまったからだった。
犯人は靴職人のニコラ-サッコと魚の行商人バルトロメオ-ヴァンゼッティの2人でともに反イタリア移民熱によって失業したイタリア系移民であった。
このルーズベルトの死によって副大統領のミッチェルが大統領職を継承する事になる。
ティルマンの農場でトウモロコシを作っていたのかわかりませんでしたが、とりあえず当作品ではトウモロコシの生産もしていたという設定です。




