第187話 拾い子
そんなわけで2021年最後の投稿作品兼評価ポイント1300pt突破記念作品となります。それにしてはやや暗い作品になってしまった気がしなくもないですが、来年もよろしくお願いします。というか流石に来年中には終わらせたいなぁ
1920年10月21日 ドイツ帝国 プロイセン王国 ニーダーシュレージェン コンラーツヴァルダウ
「全車前へ、叛徒どもを押し返す」
モーターゲシュッツの砲塔から身を乗り出しながら命令していたドイツ帝国陸軍大尉マンフレート-フォン-リヒトホーフェンは上機嫌だった。
社会主義者たちの流布したうわさによって民心に動揺が広がった結果、南部や西部の各地で赤旗が翻りモザイク状にドイツ帝国とドイツ自由社会主義共和国、それぞれの統治区域が広がっている有様であり、兵たちはかつての戦友たちと相撃ち、フランス人はどさくさ紛れに奪い取ったアルザスから高みの見物を決め込むという、リヒトホーフェンにとっては何もかもが最悪な出来事がここ最近は立てつづけに起こっていた。
そんな中でリヒトホーフェンにとって唯一救いともいえるのがこのモーターゲシュッツとそれに付随する部隊で編成された第一装甲突撃大隊にリヒトホーフェンが配属された事だった。
そして、この日ニーダーシュレージェンにて蜂起していた労働者たちを鎮圧するべく、第一装甲突撃大隊が投入されたのだった。
編成されて間もない第一装甲突撃大隊が投入されたのは、二―ダーシュレージェンでの蜂起を迅速に鎮圧する事が求められたためであり、また、他の地域で蜂起した労働者たちに対する見せしめの意味合いも強かったが、それでもリヒトホーフェンは上機嫌だった。
リヒトホーフェンと戦車の出会いはリヒトホーフェンが第一次世界大戦に騎兵将校として参加していたころにさかのぼる。
それまで戦場の花形として知られていた騎兵として従軍していたリヒトホーフェンだったが、当時はすでに塹壕戦へと移行しており、活躍の機会は無かった。そんななかリヒトホーフェンが最後に参加した戦いである1908年10月31日から始まったフランス軍秋季攻勢において、フランス軍が投入した史上初の戦車と遭遇した事により、リヒトホーフェンの興味の対象は戦車という未知の新兵器へ移っていた。
リヒトホーフェンは自分がこそが戦勝の支配者であるという優越感に浸っていたが、その終わりは突然訪れた。
「モータゲシュッツに歩兵が乗車しているトラックか、一回でやりきれるかな」
リヒトホーフェンたちを空から見下ろしていたのは、対オスマン帝国戦争の時からの愛機であるユンカースJⅠを操るヘルマン-ゲーリングだった。
フランス軍のエルザス侵攻後に流れた『背後からの一撃』のデマによりドイツ帝国軍からは出撃拒否や叛乱者が出ていたがダルムシュタットの第一航空戦闘団も例外ではなく、ほどなくしてダルムシュタットの基地でも反乱がおこり、反乱者たちは社会主義者と周囲から思われていたゲーリングを無理やり指導者と祭り上げた。
さらにこれを聞いた現地の社会主義者たちが対オスマン帝国戦争で対地攻撃王として活躍したゲーリングがダルムシュタットにおいて蜂起を主導したと誇張し、これを聞いたドイツ帝国軍が過剰反応して被告不在の軍法会議で死刑を宣告してからはゲーリングがドイツ帝国の為に戦うという選択肢は無くなってしまった。それ以来ゲーリングは戦場の火消しとして各地を飛び回る羽目になっていた。
「悪く思わないでくれよ」
そう言うとゲーリングは降下しつつユンカースJⅠに備え付けられたラインホルト-ベッカーが設計したベッカー20mm機関砲で車列に対し攻撃を開始した。第一航空戦闘団向けに密かに少数が配備されていたこの機関砲の威力はすさまじくモーターゲシュッツを蜂の巣にする事が出来た。降下後上昇してから振り返り、モータゲシュッツの撃破を確認するとゲーリングは残っているトラックを片付けるべく再度降下を開始した。
だが、ゲーリングの運もそこまでだった。兵員を積んでいた筈のトラックが幌を外してそこから機関銃らしきものをゲーリングに対して指向していたのだった。気が付いた時にはもう遅かった。ゲーリングは知らないことだったが、一見ただの連装機関銃にしか見えない、この機関銃はカール-ガストが開発した新しい駆動機構を持つ機関銃だった。従来の機関銃よりもはるかに速い発射速度を持つ機関銃からの対空射撃によりゲーリングは人生で初めて撃墜される事になったが、それでも長年の飛行経験から最後に脱出する事が出来た。
「…ここは…どこだ」
気が付くとゲーリングは半分崩れかかった建物の中にいた。
「おじさん、起きたんだね…大丈夫?」
声のした方を見るとまだ4,5歳ぐらいの男の子がこちらを見ていた。
「君は…君が助けてくれたのかな?」
「ううん、僕は見ていろって言われただけ、ちょっと待ってて」
そう言うと男の子はゲーリングを置いてどこかへ行ってしまった。やがて一人の若い男を連れて戻ってきた。
「思ったより元気そうで安心しました」
「失礼だがあなたは?」
「コンスタンティ-ロコソフスキといいます。他の者たちがみんな死んでしまったので仕方なく今は指揮官をしています」
そういうと、ロコソフスキという若い男はやや自嘲気味に笑った。
1896年にロシア領ポーランドのワルシャワで生まれたロコソフキは下級貴族の生まれだったがロコソフスキが生まれる頃にはすっかり没落しており、まだロコソフスキが幼いころに父親が無くなると生活はますます貧しくなっていった。やがて第一次世界大戦が勃発するともともと貧しかったロコソフスキ家は極貧状態になり、更にその中でロコソフスキの母親までもが亡くなってしまい。ロコソフスキは孤児となった。
孤児院に引き取られたロコソフスキはやがて働ける年齢になると工場労働者として働くようになったが、そこで目の当たりにしたのはポーランド人がドイツ企業の下で奴隷のように扱われる労働環境だった。
第一次世界大戦後、ドイツ帝国はシュレージェン地方からのポーランド人追放とドイツ人入植を推し進めていたが、一方でシュレージェン地方に数多く存在した鉱山での労働には安く使えるポーランド人労働者は最適であり、ポーランド人を追放しつつ、労働力としては受け入れるという奇妙な関係が続いていた。こうした関係はやがて工場など鉱山以外にも広がっていた。今回の蜂起はそうした厳しい労働環境に不満を募らせたポーランド人労働者たちが主体となっておこしたものだった。
「それで…ここはどこで、彼は誰だ」
「ここはこの町の牧師の家で、彼はその一人息子だったようです」
「おい、まさか…」
「我々じゃないですよ。ドイツ人…ああ、失礼、帝国軍が教本通りに準備砲撃するんで、その流れ弾を食らったらしいです」
「なんということだ…」
ゲーリングはドイツ人たちを酷く憎んでいるはずのポーランド人たちがドイツ人を保護し、本来その役割を担うはずの帝国軍がポーランド人諸共ドイツ人を殺害しようとしていたという事実に皮肉さと、そして深い悲しみを感じずにはいられなかった。
「それで、我々はここから少し引きますがどうしますか」
「私も行こう。だが、その前に、だ。…君、名前は」
「…ハンス」
ゲーリングが少し言い出しずらそうに男の子に向かって言うと男の子もまた少し言い出しずらそうに自分の名を言った。
「そうか、なあ、ハンス…その、だな、おじさんの所の子供にならないか」
「なんで?」
「なんでって、そりゃ、君のお父さんたちはもう…」
事実を受け入れられないハンスに対しゲーリングが言葉を詰まらせていると、ハンスが泣き始めた。初めは静かにすすり泣いていたがやがて大声で泣き始めた。その時ゲーリングは思った。この子は事実を受けいれられなかったのではない、事実を知ってなお受け入れまいと必死に拒んでいたのだった。
「すまないなハンス、本当にすまない」
ゲーリングは何度も必死に謝った。それしかできなかったのだ。
結局、ロコソフスキたちの撤退にゲーリングとハンスは同行する事になった。そして、ハンスはその後ゲーリングに正式に引き取られる事になった。
こうして、ハンスことハンス-ウルリッヒ-ルーデルはハンス-ウルリッヒ-ゲーリングとなったのだった。
ロコソフスキーの出生地についてはヴェリーキエ-ルーキだったり、テレハニだったり、ワルシャワだったりはっきりしないので、取りあえず本作品ではワルシャワ生まれ設定です。




