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第177話 ラバトの戦い

1919年12月10日 ドイツ帝国 保護国モロッコ王国 ラバト

ラバトはモロッコ王国がドイツ帝国保護国となったのちにドイツ海軍の新たな拠点として整備された都市だった。

そんなラバトでは現在、ラバトに拠点を置くドイツ海軍第3海兵大隊が戦闘態勢をとっていた。

この第3海兵大隊はドイツ帝国にある海兵大隊の内唯一国外で編成された大隊であり、そうした事からもドイツがラバトをいかに重視していたかがわかるが、モロッコで大規模な反乱がおこる事などは想定しておらず、アフメド-アル-ライズリ率いる反乱軍に対処するのは難しかった。

おまけに、ライズリの反乱から始まったモロッコをめぐる緊張関係がヨーロッパにまで飛び火してしまった結果、本国からの兵力派遣が滞るという最悪の事態を招いていた。


当初予定していた、モロッコ王国首都フェズの奪還を諦めたのにはそうした背景があったのだが、ドイツ側が止まったからといってライズリが止まるわけもなく、ライズリ率いる反乱軍はドイツによる支配の象徴ともいえる都市の1つであるラバトを攻め落とさんと、すでに進撃を開始していた。おまけにフェズ陥落に際してドイツ側が目立った行動を見せなかったことから、モロッコ王国軍やそれまで日和見を貫いていた部族なども一斉に反乱軍に加わりその数は第3海兵大隊に比べれば圧倒的なものとなっていた。


「さて、後はいつ来るか、だな」


第3海兵大隊第1中隊中隊長ヘルマン-エアハルト大尉は、構築中の防御陣地を見ながらそう言った。

出来る限りの機関銃と砲をかき集めてラバト外周に構築された防御陣地は、ラバト防衛の最後の砦だった。

1899年にドイツ海軍に入隊したエアハルトは、1904年から始まった南西アフリカ植民地での反乱鎮圧に従事し、そのまま第一次世界大戦中もそうして過ごしていた。近隣にフランス植民地があるわけでもなく、周囲を中立国に囲まれていた南西アフリカでは目立った武功を上げる事ができず、ただ、ひたすら向かってくる現地部族を虐殺して、生き残った者たちを何もない砂漠に追放するという、気の滅入る任務にあたった。

この任務は反乱鎮圧を指揮したロタール-フォン-トロータの発案によるもので、世界の目が一進一退を繰り広げていた第一次世界大戦に向いていた事もあって、特に注目される事も無く、南西アフリカでの虐殺は粛々と進んた。


その後、エアハルトは南西アフリカでの任務に就いていたことを"評価"され、新設された第3海兵大隊第1中隊の中隊長を任されていた。


エアハルトは双眼鏡で反乱軍の陣地を見た。

反乱軍がラバトを取り囲むように布陣し各地に天幕を貼っているのが見えた。普通ならば砲撃するところなのだが、砲弾を節約するために砲撃する事が出来なかった。


突如、厳かな祈りの声が響き渡り、反乱軍の兵士たち一斉に地にひれ伏して祈りを捧げ始めたのはその時だった。


「大尉…」


その光景を見て恐怖を感じ、本国にいたならば俳優にでもなれそうな美形の顔面を蒼白にした、まだ"18歳"の若い兵士が少し震えながらそう言った。


("若いの"にはまだきつかったか)


長身である為、少し見ただけではわからないが、エアハルトはその兵士が18歳よりももっと下なのではないかと思っていた。もっとも、敵が迫りつつあるこの状況では、彼だけを本国に送り返す事は難しく、結局、こうして防衛戦闘に投入する事になってしまったが。


エアハルトは若い兵士を励まそうと声をかけようとした、まさにその時に砲撃が開始された。

何世紀前のものか分からない雑多な前装式の大砲の群れにフランス人の置き土産のレフィエ75mm野砲、そして全く皮肉な事にドイツ製のFK96 77mm野砲がありったけの砲弾を撃ちながらエアハルト達を殺そうと砲撃してきた。


そしてそれがやむとすぐに大地が割れるかと思うほどの喊声と共にウマやラクダに乗った騎兵や着の身着のまま従軍している歩兵たちが突撃してきた。それを見たエアハルトは野戦電話を手に取り射撃を開始するように指示を出した。


直ぐに防御陣地内に隠れていた兵士たちやなけなしの資材で作られたトーチカ内部に隠蔽されていた大砲や機関銃からの射撃が始まり、突撃してきた兵士たちを屍に変えていった。


だが、その射撃を持ってしても完全には止めきれない。結局、反乱軍と第3海兵大隊は塹壕内での白兵戦に突入した。


エアハルトはランゲンハン拳銃を構え、むかってきたモロッコ独自の刀剣ニムシャを振りかざした反乱軍兵士に7.65mmブローニング弾を叩き込んだ。


「来るな、来るなぁ」


声のした方を見るとその顔を血と涙でぐしゃぐしゃにした先ほどの若い兵士がすでに死体となった反乱軍兵士を何度も銃床で打突していた。


「おい、そいつはもう死んでる」


自分でもびっくりするほど冷静にそう言った。すっかり人間の死に慣れ切っている自分に嫌になりつつ、次の言葉を紡ごうとしたとき、エアハルトの腹に熱い感触がしたと同時に地面に前向きに倒された。どうやら後ろから敵兵士が来ていたらしい。死を覚悟した時に、射撃音が響いた。


ゆっくりと首を上げると若い兵士がかけよって来るのが見えた、どうやら彼が敵兵士を撃ち殺してくれたらしい。


「すまないな、君…ああ、ええと…」

「ラインハルト-トリスタン-オイゲン-ハイドリヒであります。大尉」


若い兵士はそう言って、戦場には似つかわしくないきっちりとした敬礼をしてからエアハルトに肩を貸した。


ハイドリヒは1904年生まれの今年でまだ15歳になる青年だったが、愛国心溢れる青年だった彼はその長身を生かして18歳と偽ってドイツ海軍に入隊していたのだった。


さてどうしようかとエアハルトがハイドリヒに肩を貸されて歩きながら考えていると、突如として砲撃がはじまった、反乱軍はもちろん第3海兵大隊の物と比べても強力な砲撃だった。


見ると、海上に一隻の巡洋艦の姿が見えた。エアハルトにはそれが救世主のように見えた。


巡洋艦の砲撃の後、反乱軍は撤退し、荒廃した市街地の中に設けられた野戦病院でエアハルトは治療を受けていた。


ベッドで横たわっているとエアハルトの下に野戦服に身を包んでいたエアハルトとは違いきっちりとした海軍の軍服を着こんだ大尉が訪れた。


「エアハルト大尉ですな。ドレスデン艦長副官、ヴィルヘルム-フランツ-カナリス大尉であります」


カナリスの説明によれば現れた巡洋艦ドレスデンは最後の航海の一環で南米諸国を歴訪していたが、ラバトに反乱軍が迫っているという情報を得て、フランス軍などに悟られないように針路の擬装などを行ないつつ、この日ようやく到着し、反乱軍に対して砲撃を行ない、現在は負傷者と遺体の収容を行なっているとの事だった。


「私の事ならいい、まだ、動けるからな…それよりも頼みがある」


エアハルトはカナリスに対してまだ若いハイドリヒを本国へ送り届けるように依頼した。カナリスは当初難色を示したがエアハルトの熱意に負けて、しぶしぶ了承した。


その後もラバトは反乱軍の攻撃にさらされたが、ドイツ軍の頑強な抵抗によって、反乱軍、ドイツ軍ともに消耗が続き、その最中のメキシコ風邪の上陸によって戦闘は自然終息する事になる。

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