第173話 転生認定
異世界ファンタジーのようなタイトルですが、中身はいつもの「帝都に砲声が轟けば…」ですのでご安心ください。
1919年9月1日 ロシア帝国 カラ-シビル
ここはブリヤート人が多く居住する地域であったが、そこで、ある厳粛な儀式が行われようとしていた。
建物の中には数人の僧に囲まれた一人のロシア人がおり、それを建物の入り口付近にいた別のロシア人が見守るという傍から見れば異様な光景だった。
やがてに僧に取り囲まれていたロシア人に向かって、一番高位の僧、ダライラマ13世の元教師でありブリヤート文字の発明者でもあるアグワン-ドルジェフが告げた。
「…では審議の結果を知らせる。ここに、汝、ロマン-フョードロヴィッチ-フォン-ウンゲルン-シュテルンベルクをヨシツネ-ミナモトの転生者であると認める」
ここで行なわれていたのはウンゲルンの前世を調べ、彼が源義経の転生した姿であるかどうかを調べた結果を記した文書をウンゲルンの前で読み上げる儀式だった。
ブリヤート人たちの信仰するチベット仏教においては確かに輪廻転生は重視されるが、それは来世に何に生まれ変わるかであって、人間の前世、まして、その前世が特定の誰かであったかを確かめるなどというのは前代未聞だった。しかしウンゲルンは、
『観音菩薩の化身たるダライ-ラマの法力をもってすれば可能だろう』
と主張し、前世の調査が行われることになったのだった。
「うむ、良い、実に良い」
告げられた結果に喜びの言葉を述べたウンゲルンは珍しく恭しく礼をしてから建物を出た。建物の入り口で儀式を見守っていた男もウンゲルンを追いかけた。
「ロマン、やったな」
「グリゴリーか、これはまだ始まりに過ぎない」
建物入り口で儀式を見守っていたロシア人、ザバイカルコサックの頭領グリゴリー-ミハイロヴィチ-セミョーノフの言葉に対してウンゲルンは上機嫌に応じた。
浦塩本願寺にいたはずのウンゲルンが何故セミョーノフと共にいるかと言えば、浦塩本願寺での修行に飽きて脱走した後、かつて所属していた第一ネルチンスク連隊時代の同僚であるセミョーノフを頼ってザバイカルコサックの支配地を訪れていた。ブリヤート人の母を持つセミョーノフは他のロシア人将校からは疎まれており、ロシア人ではあったが奇妙な言動の為に同じく疎まれていたウンゲルンとは親友の間柄だった。
そのためウンゲルンはセミョーノフを頼ったのだが、その時、セミョーノフは選択を迫られていた。
もともと、ロシア帝国の尖兵として活動していたコサックだったが、戦時には自分で装備を用意して参陣しなければならず、また平時には人頭税が課せられていたのだが、いずれも貧しいものの多かったザバイカル-コサックには大きな負担だった。
また、ロシア帝国の側からしても従来、コサックに与えていた土地を第一次世界大戦によって生じた難民や土地を売って心機一転シベリアで新たな事業を望む元農民たちに開放した方が経済的によいのではないか、という意見が出始めており、これがまたロシア帝国の尖兵として戦ってきたコサックたちを怒らせた。
しかし、コサックたちの事を擁護してくれると思っていた軍でさえも、近代化の費用捻出のためにコサックたちを切り捨て政府に同調した。
こうした恨みもあり、今回の社会革命党の反乱に際してはザバイカル-コサックは何かと理由を付けて出兵を遅らせていたのだが、ドルジェフがセミョーノフに対して反乱を持ちかけた事から自体は大きく動き始めた。
もともと、ドルジェフは親露派の僧であり、ダライラマ13世にあった際には親露政策をとるように進言していたほどだったが、ロシア側が本格的に動く前にそれを脅威ととらえたイギリス軍がラサを占領してしまう。その後チベットは親英路線をとっていた大清帝国の庇護下であることが改めて確認され、ロシアの勢力はチベットから一掃され、ドルジェフは責任をとらされ失脚してしまった。
その直後に勃発した第一次世界大戦においては、ブリヤート人に対し従軍するように積極的に呼びかけ、ロシアにおける地位をある程度回復したのだが、戦後に広まった東亜非戦論による日清提携の動きをタタールの軛の再現を狙うものであるとして警戒したロシア政府によって計画されていたペトログラード初の仏教寺院であるグンゼチョイネイ-ダツァンの建設許可は取り消され、中心人物だったドルジェフもザバイカルコサックたちによって軟禁されてしまった。
社会革命党による反乱が起きてから少し経ったころには、度重なる弾圧によって、もはやドルジェフにはロシアに対する忠誠心はなく、それよりも憎悪の方が強くなっていた。厳しい監視の目をくぐり抜けた密使がダライラマ13世からの密書を届けにきたのはそんな時だった。密書には、
『文殊菩薩の化身にして転輪聖王である文殊皇帝に従い、ロシアに弾圧される民を救うべく行動を起こすべし』
と書かれていた。
この密書を受けたドルジェフはブリヤート人たちに蜂起の準備を進めるように密かに命じ、さらに自分を監視していたザバイカルコサックの頭領であるセミョーノフにも接触を図った。ザバイカルコサックたちがロシアに対して不満を持っている事は知っていたし、何よりもセミョーノフには半分は自分と同じブリヤート人の血が流れているからだった。
はじめは躊躇っていたセミョーノフだったが、そのころ転がり込んできたウンゲルンが後押しして、ブリヤート人と共に蜂起に参加する事にした。
そして、ウンゲルンはその見返りとして自身をチンギスハーン或いは源義経の生まれ変わりであると正式に認定するように求め、この日ダライラマ13世からの正式な回答が伝えられたのだった。
ダライラマ13世としては得体のしれないロシア人をチンギスハーンの生まれ変わりとして認める事は無理だが、日本の武将程度なら問題ないだろうと考えて源義経の生まれ変わりのみ認めたのだが、カール-ハウスホーファーの著書の影響で、義経はチンギスハーンになったと本気で信じているウンゲルンからすればそれで充分だった。
こうして、ザバイカルコサックとブリヤート人たちはともにロシア帝国に対して反乱を開始する事になる。




