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第170話 新国家構想

1919年7月17日 ロシア帝国 ヤクーツク

その名の通りヤクート人が多く居住していた都市ヤクーツクは社会主義者の蜂起以降、その中心都市として機能していた。当初、蜂起したオホーツクでは極東最大の戦力であった太平洋艦隊による攻撃を受ければひとたまりもないと判断されたためだった。


そんなヤクーツクで演説をする男がいた。4月の蜂起以来その指揮を取ってきた社会革命党ウラジオストク支部支部長ピョートル-ヤコヴレヴィッチ-ダルバルだった。


「ウクライナ人の蜂起によって反動勢力の補給線は寸断され、今や沿海州沿岸部の主要都市とサハリン、カムチャッカを残すのみである。よって我らはこの好機を逃さず攻勢を仕掛け、この極東に社会主義の拠点を築くべきなのだ」

「お待ちください同志ダルバル。既に沿海州は制圧したも同然、太平洋艦隊では水兵たちによってサボタージュが行なわれているといいます。やはりここは西からの攻勢に備えて守りを固めるべき、いえ、いっそ敵に先んじて大攻勢を仕掛けるべきでしょう」


ダルバルの演説に対して、イワン-ヤコヴレヴィッチ-ストロドが異議を唱えた。前線指揮官でもあるストロドからすればより有力な敵を放置して、敢えて弱体な敵を優先するというのは合理的ではないように思えた。


「…同志ダルバル、同志ストロド、落ち着き給え…」

「……同志ザミャーチン…ヘルシンキからの指示はいったいいつ来るのですかな?」


社会革命党本部からの連絡員エヴゲーニイ-イワノヴィッチ-ザミャーチンはたどたどしく言ったが、ストロドの言葉に答える事は出来なかった。


無理も無かった、武装蜂起後には必ず本部から何らかの指示が来るだろうと考えていたら、全くなんの指示も来なかったのだから、結果、最近ではザミャーチンの地位は低下する一方だった。一応はこうして会議に参加こそさせてもらっていたが、もはや、ザミャーチン自身も含めて暫定的に社会革命党の本部がある(とされている)ヘルシンキからの指示などあてにしようとは考えていなかった。


ヘルシンキはロシア帝国の統治下にありながら自治権を持つフィンランド大公国の首府であり、特に第1次世界大戦にロシア帝国が事実上敗北してからはさらなる自治が認められており、ロシア政府もそうやすやすと手を出す事が難しくなっていた場所だった。そうした事情から1月の暗殺事件以来その黒幕とされていた社会革命党幹部のエヴノ-フィシェレヴィッチ-アゼフなどはヘルシンキに拠点を移していた。


普段からロシア人を毛嫌いしているフィンランド人からすれば暗殺の黒幕であるとされていたアゼフたちは例えロシア人であっても英雄であり、アゼフたちがヘルシンキ市内に身を潜めている以上容易に逮捕する事は出来なかった。ロシア帝国政府は近く何らかの行動に出るのではないか、と言われていたが、それがいつかはわからなかった。


「…指示は今のところ来ていない。だからこそ、我々は独自の行動をとる必要がある」

「同志ザミャーチン、それはわかっているよ。だからこそ我々はこうして議論を…」

「そうではない、同志ダルバル。我々は従来の立場、つまりロシア帝国内の革命組織としてではなく、ロシア帝国に代わる新たな国家として行動をする必要がある、ということだよ」

「それはどういう…」

「この地域に正式に社会主義国家の樹立を宣言するのだよ。全ロシアの社会主義革命と諸民族の自立をいくら叫んだところで、ペトログラードはおろかエニセイ川すら今の我々には遠いような有様だ。ならば、まずはここに自立した国家を作り上げ、全ロシアの社会主義化はその後にするべきだ」

「宣言をしても直ぐに叩き潰されるだけではないかね?パリコミューンの例を見ればわかるとおり」

「プロイセン軍に囲まれた中で成立したパリコミューンと我々の状況を同一視するべきではないはずだよ。先ほどあなた自身が言われたように沿海州沿岸部の主要都市とサハリン、カムチャッカを制圧すれば、我々の背後には敵はいなくなるのだからな。一番近いのはベーリング海峡の向こうのアメリカだが、まあ、あの国はモンロー主義を貫いているから気にしなくていいだろう。残るのは今までロシアに怯え続けてきた清、朝鮮、日本ぐらいだな」

「それがどうしたというのですか同志ザミャーチン?むしろ、これまでの仇敵が弱体化したと判断して極東を奪取しに来る可能性もあります」

「同志ストロド、確かにその可能性は大いに考えられる。何しろ彼らの思考は我々には理解できないからな。だが、まずは何事も交渉をするべきだ」

「交渉ですか、何の対価も無しに…とはいかないでしょうな」

「少なくとも、オホーツク海の漁業権と東清鉄道とサハリン、それに朝鮮各地の租界については諦めざるを得ないだろう…まあ、租界については我々はどうする事も出来ないからただの口約束になるな」

「沿海州に住んでいる各国人についてはどうするのですか?」

「出来ればそのまま祖国に帰ってもらいたいのだがね。今のままでは何とも言えないな。いずれにせよ自ら敵を増やすべきではない、と思う」


この日の会議は長引いた。

特に争点となったのは、仮に社会主義国家の独立を宣言した所でロシア帝国を除く周辺諸国が承認するか否か、そして、もし譲歩を求められた場合一体どこまで引き下がるべきかという事だった。


だが結局、ロシア帝国と戦いながら、二正面作戦をするほどの余力は無いという現実のほうが、そうした不安を吹き飛ばした。


こうして、社会革命党ウラジオストク支部を中心とした社会主義勢力は極東地域での自立を目指して活動する一方で周辺諸国に対しても働きかけを始める事になる。

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