第165話 疑念と困惑
1919年3月1日 ロシア帝国 ペトログラード モイカ川堤防地区 ホテル-ロシア
ホテルロシアの一室でどなり声が響いていた。一人の男が他の多くの男たちを叱責、いや罵倒しているのだった。
「クソ、"連中"はまだ見つからないのか」
「はい、申し訳ありません。ペトログラードの下水道に逃げたまではわかったのですが…」
「…必ず探し出せ。陛下を殺した叛徒どもは、我が黒百人組の手で捕らえなければならない。ウラジオストクから気になる報告もあった」
「わかりました。すべてはロシアの為に」
そう言うと男たちは退出していった。あとに部屋に残された男、黒百人組の指導者ウラジーミル-ミトロファノヴィッチ-プリシュケヴィッチは傍らに置いていた水を飲み干すと思案した。
(すべてはうまくいっていたはずだ。ユダヤ人による襲撃事件…陛下が無くなられたのはやはり残念だが、それも込みで計画したのだ。ただ一つ予想外なのは"連中"の逃亡だ…もしも、もしも"連中"が初めからすべてを知っていたすれば…)
プリシュケヴィッチの言う"連中"とはエヴノ-フィシェレヴィッチ-アゼフをはじめとする社会革命党指導部の事だった。
本来のプリシュケヴィッチの計画はストルイピンを暗殺するだけのはずだったのだが、暗殺の実行役として使うのにちょうどよい人物を探しているうちにドミトリー-グリゴリエヴィチ-ボグロフという男を見つけた事から、修正を加える事にした。
ユダヤ人であることからボグロフが実行役となれば皇帝あるいは皇室の誰かに危害が及んだ場合、反ユダヤ主義の高まりが予想されるし、秘密警察としての職業柄、無政府主義者や社会主義者と接触があったためそれらによって引き起こされたテロとすれば、それら左派勢力の失脚を狙う事が出来る、とプリシュケヴィッチと黒百人組にとっては良い事しかない、まさにバラ色の計画だったのだが、ここに来て社会革命党指導部の拘束に失敗するというまさかの自体が起きてしまった。
とりあえずは、社会革命党指導部がニコライ2世の暗殺に関わっているという事を理由に各地の支部が秘密警察によって強襲されたのだが、その結果、秘密警察内部の黒百人組の協力者からプリシュケヴィッチにとって想定外の報告がなされた。社会革命党ウラジオストク支部には大量の武器弾薬が運び込まれており、それらはすでに大半が持ち出された後であったというのだ。
プリシュケヴィッチは困惑した。
プリシュケヴィッチにとって左派勢力によるテロというのは自分が作り出した"つくり話"に過ぎないはずだった。だが、もしどこかから情報が洩れていてそれを逆に利用されていたとしたら…。
実際のところは、社会革命党指導部の逃亡はストルイピンとニコライ2世の暗殺時には情報が錯綜しており生死不明とされていたため、追い詰められたストルイピンが反ストルイピン派の急先鋒であった社会革命党を排除するために画策した偽旗作戦ではないかとの懸念から地下に潜っただけであり、ウラジオストク支部の武器弾薬の備蓄は社会革命党指導部の意向とは全く関係のないものだったが、そんなことを知らないプリシュケヴィッチの疑念はますます深まっていくばかりだった。
1919年3月20日 スペイン王国 ガリシア地方 ア-コルーニャ県 フェロル地域 ムガルドス ラ-パルマ城
ガリシア地方の中心都市ア-コルーニャと海を挟んで対岸にある港町フェロル近郊にあるラ-パルマ城は1597年に当時のフェリペ2世の命によって建てられた城だったが、近代兵器が発達すると城としての役割は廃れ、刑務所として使われる事が多くなっていた。
(クソ、一体どうしてこんなことに)
つい数日前までラ-パルマ城の警備にあたっていた大尉は外から聞こえる波の音に耳を澄ませながら内心毒づいた。
ラ-パルマ城には数日前から群衆が詰めかけていた。ア-コルーニャで拘束された後移送された"分離主義者"を解放せよ、と皆口々に叫んでいた。大尉はその声を疎ましく思ったが、止めるすべは無かった。大尉は現在、任を解かれて営倉の中に入れられているからだった。大尉は群衆相手に発砲してもその怒りに火を注ぐだけと主張して交渉しつつ近隣の陸軍または海軍の支援を要請するべきと主張したが、大尉がガリシア出身者であるというくだらない理由で内通を疑われて拘束されたのだった。
大尉にとって幸いなのは、未だに発砲音のような物が聞こえていないことだった。最悪の事態さえ避ければ怒り狂った群衆によって見るも無残な殺され方をする事はないからだ。
大尉が過去を振り返っていると奥から足音が聞こえた。目を凝らすと男たちが歩いてくるのが見えた。
「誰だ、名を名乗れ」
「つかまってる大尉さんってのはあんたか」
「ああ、まあ、そうだが…まて司令はどうした」
「ん?、ああ、散々にののしられながらどっかいっちまったよ。ざまあないな」
「そうか…」
自分が営倉内にいる間にラ-パルマ城が陥落していたという事実に大尉は愕然とした。つまり、残された自分の選択肢はただ一つ、忠誠を尽くすべき国王陛下と祖国に対する反逆者として生きるしかないというものだったからだ。
「さあ、行くぞ大尉さん、あんたは自由ガリシアの為に勇気ある命令拒否をした英雄だ。みんな待ってる」
「確かに命令拒否はしたが、それだけだ。なのに自分が英雄扱いとは、何とも納得がいかないな」
「そう思うなら、これからは俺たちの国の為に働いて本物の英雄になればいいさ」
そう無邪気な笑いを向けてくる男に対して、ガリシア地方ア-コルーニャ県フェロル出身のスペイン王国陸軍大尉フランシス-フランコ-バアモンデは、困惑を隠そうとぎこちない笑みを浮かべるのが精いっぱいだった。
この日のガリシア地方での争乱はポルトガル共和国だけに留まると思われた騒乱がポルトガル国外へと飛び火した最初の事例であり、また、ガリシアでの反乱がポルトガルのような政治体制の変更を求めるものではなく地域主義的なものであったことから、こうした反乱はスペイン各地に広まってゆくことになった。




