第163話 大西洋横断飛行とその影響
1918年12月2日 フランス共和国 イル-ド-フランス セーヌ-エ-オワーズ県 イヴリーヌ トゥシュ-ル-ノブル飛行場
ベルサイユに近いイヴリーヌにあるトゥシュ-ル-ノブル飛行場はエルロンや操縦桿による飛行制御を発明した航空技術者であるロベール-エスノー=ペルトリによって、第一次世界大戦勃発とともに建設が提案された飛行場だった。優秀な航空技術者であったベルトリは次の戦争では航空機などの空を飛ぶ兵器が必ずや実戦投入されると考えていたからだった。当初は無関心であったフランス軍もドイツ帝国のツェッペリン飛行船によるパリ爆撃を受けて、ベルサイユの防空用として整備を進めた。当時はパリが陥落した場合、独仏戦争と同じようにベルサイユに政府を移す事を計画していた為だった。
結局、パリが陥落する事は無くトゥシュ-ル-ノブル飛行場は陸軍航空隊、後の空軍の飛行場として使われた後、近隣のビュクに新たな基地が建設されたため、現在はフランス初の完全民間飛行場として開放されていた。
そんなトゥシュ-ル-ノブル飛行場にその日、一機の飛行機がフラフラと飛んできた。飛行場の職員は事故さえ起こしかねない危険な飛行をした操縦士を罰するべく、警備にあたっていた国家憲兵と共にすぐさま飛行機へと駆け寄ると、飛行機を操縦していたと思われる操縦士が中から出てくるのが見えた。操縦士は見るからに衰弱した様子だったが、どのような事情であれ事故を起こしかねない危険な飛行をするものを見逃せるはずもなく、職員は操縦士に注意を促すべく喋った。
『おい貴様どういうつもりだ、取りあえず飛行資格の停止と…』
『シツレイスルココハフランスデスカ』
あまりにも訛りの強すぎるフランス語とその意味不明な質問内容に職員と国家憲兵は顔を見合わせた。まるで宇宙人と会話しているような、そんな気さえした。だが、それにしては、相手の姿はアングロサクソン系の人間そのものだった。
(仮想敵国のドイツ人かと思ったが、偵察飛行の結果不時着したのならばそんな間抜けな質問はしないはずだし、イギリス人ならラ-マンシュ海峡を超えた段階で気が付く、一体何者だ…)
とりあえず、職員は部下に命じて世界地図を持ってこさせ、国家憲兵は周りを封鎖させた。
後に取材を受けた職員と国家憲兵はこの時の行動を振り返り口をそろえて、
『我ながら滑稽な事をしたと思う。でもとにかくそれぐらい大きな衝撃で頭が回っていなかったんだよ』
と語ったという。
しばらくして、持ってこられた世界地図を見て操縦士の男は迷わず大西洋の向こうにあるアメリカ合衆国を指さした。
『なに…俄かには信じられないが君はアメリカから来たのかね?』
『アア』
『そんなまさか…ありえない』
「ところで君、トイレは何処かね?」
最後の操縦士の言葉は英語だったが、イギリス人とも話したことのある職員には辛うじて分かったため、操縦士をトイレへと連れて行った。
その日、一人の操縦士がだれもが不可能と考えていた偉業を成し遂げた。
彼の名はジョン-ヘンリー-タワーズ。アメリカ海軍の現役の士官であり、上官であるウィリアム-アジャー-モフェットから大西洋横断飛行を命じられ訓練を重ねてきた人物だった。
そして、ワシントンD.Cにある水上機基地であるアナスコティア海軍支援施設をに設置された仮設滑走路を離陸して、ベルサイユ近郊のトゥシュ-ル-ノブル飛行場に着陸し、人類初の大西洋横断飛行を成し遂げたのだった。この功績を記念して、アナスコティア海軍支援施設は後にタワーズ海軍航空基地と改名される事になるのだがそれはまだ先の話だった。
タワーズの成功はアメリカの航空熱をさらに加速させた。
例えばアメリカのイタリア系移民実業家のヘンリー-ウッドハウスはヴァージニア州のフェアファックス郡ハイブラバレーに彼が尊敬していたジョージ-ワシントンの邸宅であるマウントバーノンが近くにあった事から、ジョージ-ワシントンエアジャンクションと名付けた2300メートルの巨大滑走路を有する世界最大の巨大空港の建設を開始した。
また、以前より航空機に強い関心を持っていたニューヨーク市長のウィリアム-ランドルフ-ハーストがニューヨーク市の最もはずれにあるスタテン島でメキシコ風邪の流行によって職を失った人々などを支援するためのチャリティーエアレースを開催する事を提案し、市民から大きな支持を受けた。この催しは形を変えて継続し、アメリカを代表するエアレースとして内外から多くの人間が参加するようになった。
一方でこの成功に大きな衝撃を受けたのが、これまでアメリカを後進国として見下してきた多くのヨーロッパ諸国とアメリカ海軍に対抗意識を燃やしていたアメリカ陸軍だった。
ヨーロッパ諸国のなかでもとくにフランスの衝撃はかなりのものだった。何しろ全金属機の開発ですらドイツに後れを取っているのに、そのうえベルサイユの目と鼻の先に着陸されたのだから、フランス空軍としては長大な航続距離を持つ全金属機の開発を各社に命じるほかなかった。
イギリスの衝撃もまた大きなものだった、大西洋を越えてフランスへの飛行を成功させたという事は、アメリカから直接ロンドンに向かって飛ぶことも可能という事だからだ。現在の航空機では空爆などは実用的ではないが将来はどうなるか分からない以上、イギリスでは海軍航空隊が中心となって、各航空機会社に研究開発を急ぐように命じさせた。
アメリカ陸軍の中で航空機を扱うアメリカ陸軍航空部では、それまではメキシコ出兵時のアメリカ海軍によるヒューイット-スペリー-オートマチック-プレーンによる攻撃などを知っても特に気にかけてはいなかったのだが、流石に人類初の偉業を海軍軍人が成し遂げたと知っては心中穏やかではなく、ヨーロッパ各国と異なり、どのような航空機をも撃ち落とせる兵器の開発を目指して研究開発を始めた。
勿論自力での開発は不可能であり、多くの国内の技術者、科学者、発明家たちに声をかけて最高レベルの機密研究として行われた。そうして声をかけられた者の中にはニコラ-テスラという天才発明家がいた。
テスラはのちに画期的な技術革新を成し遂げる事になるのだがそれはまだ先の話だった。




