第157話 高速鉄道と青列車
1918年8月18日 大日本帝国 東京府 東京市 鉄道院
「いよいよ、翌月か…せめて、あの疑獄事件がなければ…このようなことには」
大日本帝国内閣鉄道院総裁仙石貢は読んでいた新聞をくしゃくしゃにして、ゴミ箱に放り込んでから、後悔の言葉を口にした。
新聞には、安田財閥の安田善次郎と電力事業で財を成したことから電力王と呼ばれる福沢桃介が、東海道電気鉄道と呼ばれる電車方式の新路線がいよいよ翌月に東京までの延伸を達成し、旧京王電気軌道の新宿駅に乗り入れる予定だと発表した事が書かれていた。
東京の中心部というには少し微妙な位置だったがそれでも大阪から東京までを結ぶ日本初の高速電気鉄道であるという事を考えれば多少の不便さは関係なかった。
しかし、鉄道院は動かなかった、正確には動けなかった。
当初、鉄道院は東海道電気鉄道に対抗するべくオリエント急行で知られる国際寝台車会社と提携して豪華列車を走らせることで、その威信を示そうと考えていたのだが、国際寝台車会社が東京市本所区の旧陸軍被覆廠跡の売却に関して、時の総理である星亨らに賄賂を渡していたことが発覚し、内閣そのものが潰れてしまう。
続いて総理大臣となったのは原敬だった。
ここぞとばかりに政権奪取を目指して政友会を攻撃する進歩党に対して、政友会は原を担ぎ出した。
明治維新以後白川以北一山百文と蔑まれた東北地方、盛岡藩、現在の青森県盛岡市の生まれの原は、その事を逆に利用し、判官贔屓の大衆の心に訴えかけた。
政友会初代総裁の伊藤博文が元老となって政友会を完全に離れたのに対して、進歩党の大隈重信が事実上の名誉職に近いとはいえ、いまだに議員として粘っており、戊辰戦争の際の官軍と賊軍の戦いの構図が図らずも再現された形となったため、かつての敗者が再び立ち上がって、形を変えた敵討ちをするという物語は大衆の心に響くものがあった。
もちろん、情に訴えるだけでは腐敗を追求する進歩党に勝てないので、問題を起こした星派の人間を政友会の中枢から遠ざけたり、除名したりしている。
同時に原は進歩党に対してある程度、配慮することも忘れていなかった。
進歩党に所属こそしていなかったが進歩党寄りの議員だった仙石が鉄道院総裁という重要な役職を任せられたのは、原による配慮だった。
一方で、原に敵視されたのが茅原崋山、吉野作造らが中心となった民本主義運動と第一次世界大戦後に国民の不満を抑える為に結党され、弱小政党ながらその思想ゆえに帝国議会の中でも目立った存在である社会党やその支持者である社会主義者だった。
中でも原が敵視したのが民本主義運動だった。選挙というものを良く分かっていたために、政党政治家の腐敗粛清を掲げ、大衆から大きな支持を得る民本主義運動は大きな脅威だと考えた。
そこで原は国際寝台車会社疑獄事件とその後に行われる選挙を利用して民本主義運動を本格的な政治運動へと昇華させようと目論んでいた茅原崋山と、同じく民本主義運動の中心人物の一人ながら政治的な活動には消極的だった吉野作造との間に温度差がある事を見抜いた原は、選挙前に吉野に接触し民本主義運動を分裂に追い込んだ。茅原は強引に出馬したが、政権による選挙妨害もあって落選してしまった。吉野と茅原の間での対立はさらに激化し、民本主義運動は分裂する事になった。
ともあれ、こうして選挙を乗り切った政友会は星系の閣僚を交代させたうえで、新たに原内閣を発足させた。これが大体2年ほど前の事だ。
(あるいは、全て総理の策略だったのか…?)
辛い時には人間というものは嫌な方向に物事を考えるようで、仙石は原が自分を総裁に据えたのは、日本初の高速電気鉄道の称号を民間に奪われた責任を押し付けて、進歩党系議員である自分を人柱にしようとしているのではないか、と考え始めた。ドアがノックされたのはその時だった。
「失礼します、総裁、島です」
「ああ、島君か、まぁ、かけたまえ…すまないなぁ、改軌計画の試験線すら作らせてやれなくて」
「いえ、総裁が難しい立場なのは理解できますから」
入ってきたのは技術者の島安次郎だった。
島は鉄道院内でも珍しい改軌論者だった。日本の鉄道を欧米と同じ標準機へと改軌しようという動きは古くからあったのだが、資金面などで問題が多く、一部の私鉄を例外として計画が立てられるだけでほとんどが廃案となっていた。
もちろん官営鉄道を運営する鉄道院でも改軌構想は多くあったのだが、鉄道院そのものが内閣直属の機関であった為、
『大都市間路線の改軌よりも地方の一般国民の生活改善のための路線を建設すべし』
との当時の星内閣が打ち出した地方路線の建設及び拡充構想が優先され、現在の原内閣となってもそれが継続されていた為、改軌構想は全く進まなかった
それよりも、現在の仙石たちにとっては国際寝台車会社疑獄事件の為に宙に浮いてしまった豪華列車構想を何とかする方策を考えなければならなかった。
「島君、我々はどうするべきかね?」
「東海道本線の改軌が終われば電気鉄道など敵ではないのですが…」
「それができれば苦労しないよ…」
「やはり、国際寝台車会社との提携をいち早く復活させるほかないように思います」
「だがなぁ、世間がなんというか分からない以上、総理が承知するはずない」
「疑獄事件のせいですっかり『金権政治の置き土産』やら『前総理の道楽列車』と言われてますからね。しかし、今の特別急行だけでは直ぐに限界が来ます」
「結局、国民がどう思うかだよ。問題は。そこさえ何とかなればどうにでもなる」
「ですが、金持ちしか乗れない列車を走らせろなどこの状況で言えば、間違いなく鉄道院に暴徒が押し寄せてきますよ」
「そうは言うがね。例の電気鉄道だって所詮は金持ち向けだろう。新聞は支持しているじゃないか」
「あれは、国ではなく民間がやっているというのが大きいのかもしれません。後は単純に珍しいからかと」
「つまり、我々が走らせるべきなのは珍しくて大衆受けの良い列車か」
「珍しい列車ですか、優等列車はどうしても高い料金で無ければ採算が合いませんからね…」
「結局、等級というものにはそれなりの意味があるからなぁ…まてよ、いっそすべて3等車の最急行というのはどうだろうか」
「全部が3等車ですか…」
「だが、これなら一般大衆でも利用できる手軽な速達列車になるはずだ。せっかくだから、高級感も出したいな。そうだ、例の豪華列車に使うはずだった青色で塗装しよう」
「総裁、それはさすがにまずいかと、オリエント急行と同じ色ですよ」
「何、あくまでもまだ案の段階だしな」
結局、仙石の提案は国際寝台車会社との関係もあり、そのまま通る事は無かったが、夜をイメージした暗めの青色で塗装された3等車のみの速達列車は青列車と呼ばれ、一般大衆向けの特別急行として高い人気を得る事になった。




