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第149話 研究会と異端者たち

1918年4月8日 ドイツ帝国 バイエルン王国 ニュルンベルク ヒルファディング診療所

ニュルンベルクにあるヒルファディング診療所ではオーストリア、そしてドイツの社会主義者たちが集まる研究会が開かれていた。


「…偽善的キリスト教の解体ですか」

「ええ、現状の偽善にあふれた旧来の封建的で階層的なキリスト教は解体されなければなりません。かつて、トマス-ミュンツァーの示した革命的キリスト教、それこそが神の御国へと至る真のキリスト教の姿です」

「しかし、同志ブロッホ、マルクスの言うように宗教はアヘンだ。そこに封建的も、革命的も、何の違いもないはずです。ただ有害であるという事、それだけが真実ではないですか?神の御国への道などというのは余りにも反動的で時代錯誤であって…」

「同志アドラー、そこまでにしたまえ。ここは議論を交わす場であって他者の意見を否定したり、自らの意見を押し付ける場所ではないよ…まあ、同志ブロッホの意見が独特なのは認めるがね」

「同志ヒルファディング…」


ユートピア主義とキリスト教哲学に基づいた少々独特な解釈をした共産主義思想によって異端視されているエルンスト-ブロッホに対し、オーストリア社会民主党の指導者の一人であるヴィクトルアドラーの息子であるフリードリヒ-アドラーが噛みついたが、建物の主で、司会のルドルフ-ヒルファディングが、それを制止した。


「とりあえず頼まれた薬を先に渡しておくよ。同志アドラー。御父上によろしく。…さて、以上で同志ブロッホによる『偽善的キリスト教の解体と共産主義社会における革命的キリスト教』の講義は終了したわけだが、何か質問は…ないのならば次の講義に移ろう。では、同志ミヒェルス」


心臓が弱っているアドラーの父ヴィクトルのための薬をアドラーに渡した後、ヒルファディングは次の講演者の名を呼んだ。

ロベルト-ミヒェルス。元ドイツ社会民主党の議員だったが、革命路線を捨て政府との妥協ばかりを重ねる社会民主党に絶望した人間だった。


「ロベルト-ミヒェルスだ。では、早速講義に移ろう。今回は『現代民主主義、社会主義と寡頭制』についてだな。ここにいる諸君も知っての通り、ドイツでは社会民主党が現在議会において活動しており、それに反発し現在はスイスに亡命しているローザ-ルクセンブルグらにしても議会そのものは否定していないわけだが、果たして議会というものは革命のために必要なものだろうか」

「同志ミヒェルス、それは暴論ではないかな?民主主義を欠いた革命はただの圧政だ」

「…同志レンナー、しかし現実として社会民主党は党利党略の為に帝国政府と妥協を繰り返している。今や彼らは労働者の方を向いていない。ルクセンブルグ達にしても反対者の参加を認めた議会政治などと言っているようでは、例え革命が成功したとしても社会民主党と同じような事になるのは目に見えている。革命にとって必要なのは衆愚政治を具現化したような議会ではない、労働者のための新たな寡頭政治なのだ」


ミヒェルスの言葉を聞いて集まりに参加していたエーリッヒ-ルーデンドルフは興味をひかれた。

社会民主主義者の多いこの集まりでは、議会制度を擁護する声はあっても、それを真っ向から否定する人間は珍しかったからだ。


「…私がかつて論文で書いたように、巨大な組織においては少数者による支配がなされるのは必然だ。そしてそれは社会主義革命後においてでもそうだろう。革命後の議会制度の存続は革命政権の腐敗と弱体化を招くだろう、それは労働者にとっての不幸に他ならない。それを避けるために寡頭支配が必要となるのだ。」

「バカな。同志ミヒェルス、それではまるでシナルキズムではないか」


レンナーは声を荒げた。シナルキズムとはフランスのジョセフ-アレクアンドル-サン=イヴが提唱したイデオロギーであり、個人の自由の為に政府を有害なものとしてを否定する無政府主義とは逆に、社会階層の擁護とその厳格化、政治と経済の協調による社会の管理によって調和のとれた国家を作るという思想だった。


「同志レンナー、必要なのは労働者の為の政治であって、その手段は問題ではないのです。いやむしろ、そうした手段にこだわっているからこそ、肝心の労働者たちが苦しめられていること言う事が何故わからないのか」

「同志ミヒェルス、貴方の主張によれば革命政権の腐敗を招くから議会はいらないというが、歴史を見れば、その結果が独裁に至るのは目に見えている」

「人を救えもしない理想論など…」

「同志レンナー、同志ミヒェルス、まずは落ち着いてもらいたい」


ヒルファディングは再び静止する声を上げた。結局その日はレンナーとミヒェルスの議論は平行線に終わった。


ルーデンドルフはミヒェルスに帰り道で声をかける事にした。


「失礼、同志ミヒェルス」

「あなたは…たしか、同志ルーデンドルフ」

「ええ、同志の主張に興味がありましてな。時間のある時にぜひ話をお聞きしたいのですが…」

「私も同志ミヒェルスの話は是非聞きたいですな」


ルーデンドルフに続いてミヒェルスに話しかけてきた男がいた。元軍人という事でルーデンドルフを警戒していたミヒェルスもその男の事は知っていた。


フリッツ-ヴォルフハイム。一時はドイツ社会民主党党員になるも、その後はアメリカに渡りアメリカ社会党員として活動して、再びドイツに戻ってきたという珍しい経歴の持ち主だった。


ヴォルフハイムは社会民主党や社会党での活動経験を通して、従来の政党や労働組合が基礎となった組織ではなく革命のための統一された組織の必要性を訴えていた。そんなヴォルフハイムから見て、従来の政党を批判するミヒェルスの主張は興味深いものだった。


ミヒェルス、ヴォルフハイム、ルーデンドルフ、そしてブロッホはドイツ社会主義研究会の異端者としてその名を知られるようになる。

ブロッホが社会主義に興味を持ったのは史実ではもう少し後なのですが、こちらでは少しはやめています。

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