第147話 報告書作成
1918年3月22日 ロシア帝国 ペトログラード 明治通商ペトログラード支店
その日、ペトログラードはお祭り騒ぎだった。無理もない幾度となくロシア帝国と戦いを繰り広げ、近年ではロシア人と同じく正教徒であるアルメニア人などを迫害していた。オスマン帝国が遂に滅び去ったのだから、正式な降伏からすでに2日が過ぎていたが、未だに騒ぎは続いていた。
しかし、明治通商のペトログラード支店ではそのような喧騒などお構いなしに資料をめくる音やタイプライターの音が響き渡っていた。貿易会社としての表の顔とは別に、明治通商の裏の顔、つまり海軍の特務機関としての任務を遂行するためだった。
「ええと、例の新型戦艦は黒海にて艤装中か…」
手首から先が無くなった片腕で資料抑えつつ反対の手で資料をめくった明治通商社員の高野五十六は資料の内容を頭の中で整理してから、片手でタイプしていく、普段、美術品や工芸品などの表の品目の目録を作るときは見目麗しいロシア人タイピストがやってくれるのだが、流石に裏の業務には関わらせる事ができないため、彼女らに戦勝祝いの名目で休暇を取らせてからは、煩わしさと戦いつつ高野自らがタイプをせねばならなかった。
一見、大日本帝国とは無関係に思われる今回の対オスマン帝国戦争だったが、海軍としては意外にも強い関心を持っていた。
中でも強い関心を持っていたのが、今後のロシア海軍の動向についてだった。
対オスマン帝国戦争で示されたような協調姿勢が続くのであれば、ロシア海軍の主力は欧州ではなく東、つまり、大日本帝国や大清帝国といった極東へと向けられることになるからだ。第一次世界大戦を共に戦ったといっても、それはフランス共和国やベルギー王国、オランダ王国との話であってロシアと共に戦ったという認識を持っている日本人は少なく、そしてそれはロシア帝国の側も同じだった。
近年では千島樺太交換条約の締結以後、確定された国境線を日露双方の漁船が越境或いは越境したとされ、拿捕される事例が増えていた。
このため、帝国議会では一時期、国家憲兵隊的組織である警視隊から人員を抽出する形で、水上警視隊を設立すべきではないかという声も上がっていた。
警視隊では早速、海軍の旧式駆逐艦有明を譲り受けたのだが、これまで警察或いは警視隊が運用していた船舶とは勝手が違う事から持て余し、有明の運用結果が芳しくなかったことから水上警視隊構想も白紙となった。
そこで、白羽の矢が立ったのが、帝国海事協会所属の帝国義勇艦隊だった。
帝国義勇艦隊は平時には商船として運用し、戦時には通商破壊や通商護衛用の船舶として運用できるような補助艦艇を運用するための組織であり、そのモデルとされたのは皮肉にもロシア帝国の義勇艦隊だった。
しかし、近年の義勇艦隊は問題を抱えていた。
それは戦時での運用を考えるあまり商船としては不経済な艦が増えていた事だった。かつての帆船の時代ならいざ知らず、軍艦と民間船舶の性能は乖離しており、義勇艦隊所属船舶は軍用という用途を重視しすぎて民間船舶としては役立たずな代物となってしまい、どこの船会社からも厄介者扱いされた。
だが、海軍としては何としても義勇艦隊を維持したかった。
海軍は列強諸国との戦争計画の中で、積極的な通商破壊を行なう必要があるとしていたからだ。そのため多少経済性が劣っても通商破壊用としては最適な義勇艦隊を維持する必要があった。そこで水上警視隊構想が頓挫したのを見た海軍は義勇艦隊を沿岸警備隊的組織として運用する事を提案し承認されたのだった。義勇艦隊は通商破壊に加えて沿岸警備業務も担うようになり後には通商護衛も担うようになるのだがそれはまた別の話である。
ともかく、日露国境は一応安定化したかに見えたのだが、ロシア海軍の主力が極東に移って来ればこうした努力は水泡に帰すことになる、特にロシア海軍の新鋭戦艦である16インチ砲搭載戦艦が極東に回航された日には何とかフランス人を説得して入手した37センチ砲連装4基を搭載した戦艦である伊勢型を持ってしても対抗は難しいとされており、ロシア側が有利になるのは確実だったからだ。
だからこそ、帝国海軍としてはロシア帝国が近東やバルカンに目を向け続ける事を望んでおり、そのため、高野はこれらの地域に関する報告書も作って送らなけらばならなかった。
『オスマン帝国の滅亡により、その勢力圏は大きく分割される事になり、フランスはレバノンとキリキア地域を、ロシアはアナトリア東北部のアルメニア人居住地域を、ドイツはイズミルより伸びる自国資本の鉄道の存在を理由にイズミル地方を勢力圏に組み込んだ。一見するとイギリスがアナトリア半島に何ら権益を有さないようではあるが、イギリスはすでにキプロス島を領有しており、コンスタンティノープル、パレスチナは国際管理地域として、各国とともにその管理を行なうという形で介入している。また対オスマン戦争の開戦と共に独立を宣言し、オスマン帝国滅亡後に主としてアラブ地域の支配を認められたエジプトも事実上のイギリスの傀儡政権であり、マルタ島、キプロス島といった重要拠点もイギリスが支配し続けている現状では、実際には近東地域で最も大きな影響力を持つのはイギリスであり、ロシアを除けばどこかの国が近東地域で行動を起こす事すら難しいだろう。しかし、そのロシアにしても国際共同管理という形であるにしても正教の中心地であるコンスタンティノープルと聖地イェルサレムを奪還したことである程度の目標は達成しており、今後何らかの変化が無ければ積極的に動く事はないだろう。懸念すべき点があるとすれば、ペルシアで活動している革命派勢力の中にロシア人共産主義者が入り込んでいるという点である。オスマン戦争以前のホラーサーン出兵では、ロシアが譲歩する形となったが、今回の勝利によって抑圧されてきたロシアの民族主義或いは拡張主義が再び表に出ないとも限らない。いずれにせよ、ロシア帝国が近東地域に対して新たな南下政策をとる事になる可能性を否定する事は出来ない』
高野はタイプを止めて、水を飲んだ。
(まぁ、しかし、内地のお偉方はなぜ近東地域で戦争が起きれば必ず我が国にとって得だと考えているのだろう、予期しない事から巻き込まれて、思わぬ結果になる事になるかもしれないとは考えないのだろうか…例えば前の大戦の様に)
コップを置いた後、高野は第二次ヘルゴラント海戦で失った片手を見ながらそんなことを考えずにはいられなかった。




