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第145話 調査と社会信用論

1918年3月1日 イギリス ロンドン ホワイトホール 戦争省 兵器総局


「我が軍を含む連合軍が遂にアンカラの攻略に着手したわけだが、我々の調査はいつになったら終わるのかね?」


イギリス陸軍兵器総局の長である兵器総長ウィリアム-トーマス-ファーズ中将は居並ぶ人員を前にそういった。

イギリス陸軍における兵器生産や野戦病院の監督、軍事物資調達と輸送を主な仕事とする兵器総局では数年前より将来の戦争計画を策定するための調査を行なっていた。


この調査においては兵器総局の人員だけではなく、参謀将校なども加わって、組織の垣根を超えた幅広い調査を行なっていた。組織ごとの役割分担が明確であるだけに縦割り行政に陥りやすい平時のイギリスの組織として異例の事だったが、イギリス陸軍がそこまで調査を急いでいたのには理由があった。


イギリス陸軍は南アフリカ植民地で起こった2度のボーア戦争、中でも1899年に始まり1902年に終わった第2次ボーア戦争では戦争こそ勝利したもののイギリス陸軍も少なからぬ被害を受けた為、その戦訓を元に改革を開始した。


しかし、ボーア戦争終結からわずか4年ほどで第一次世界大戦が勃発した事で、その改革すら時代遅れになってしまった。

大規模な化学兵器の使用、航空機、飛行船、戦車といった新兵器、そして従来の予想をはるかに超えた軍需物資の生産…そのどれもが、これまでの戦争とは異なっていた。


かつてフランス革命戦争において、フランスの国民軍と戦った絶対主義国家の軍は次々と敗退した。その後、プロイセン王国ではシャルンホルストが、ハプスブルク帝国ではカール大公がそれぞれ先頭に立って改革を行なったが、イギリス陸軍の改革は不十分であり抜本的な改革がなされたのはロシア帝国相手に大苦戦したクリミア戦争の際にグラッドストン首相の介入があってからで、それすらも軍内の抵抗勢力によって満足に進められなかったという苦い経験がイギリス陸軍にはあった。


そのため、第一次世界大戦の惨禍を目の当たりにしたイギリス陸軍としては、この改革は何としても成功させる必要があった。


改革の案は色々あったがその中でもファーズが重視しているのが、各企業の生産性の向上だった。

第一次世界大戦でドイツもフランスも砲弾不足に苦しんだことをファーズは忘れていなかったからだ。


「それで調査の結果はどうなったのかね?」


ファーズが不機嫌そういい、報告が始まった。

最初に報告書を読み上げたのは、クリフォード-ヒュー-ダグラス大尉だった。ダグラスはファーンボロにあるロイヤル-エアクラフト-ファクトリーで生産ラインの視察や労働環境の調査などをしていた人間だった。

ロイヤル-エアクラフト-ファクトリーでは現在、対地攻撃機であるロイヤル-エアクラフト-ファクトリーAE3の試験が終わり、その生産が開始された直後だった。

夜間戦闘機だったロイヤル-エアクラフト-ファクトリーNE1を元に、コクピットなどを金属の装甲板で部分的に覆った機体であるロイヤル-エアクラフト-ファクトリーAE3は、イギリスがドイツのユンカースJ1に対抗するべくとりあえず作った機体だったが、それでも、航空機搭乗員からは地上からの対空射撃を気にすることなく対地支援ができると好評であり、ロイヤル-エアクラフト-ファクトリーとしても量産を急ごうとしていた。


「ロイヤル-エアクラフト-ファクトリー担当のダグラスであります。報告書にもある通り、ロイヤル-エアクラフト-ファクトリーではロイヤル-エアクラフト-ファクトリーAE3の生産に取り組んでいますが、その生産性は劣悪です」

「ふむ、何が問題なのかね?」

「ロイヤル-エアクラフト-ファクトリーAE3はもとになったロイヤル-エアクラフト-ファクトリーNE1の構造をそのまま引き継いだために双ブーム式尾翼などの手間のかかる構造まで受け継いでおり、通常の機体に比べても生産性が悪いのです。加えてロイヤル-エアクラフト-ファクトリー自体、規模がそこまで大きくないために多くの機体を作るのは限界があります」

「なるほど、民間への生産委託はどうかね?」

「民間の航空機会社もヴィッカースなどの大企業系の会社を除けば、何処も状況は似たような物です。爆撃機を発注しているハンドレページは民間航空会社の設立を見据えて企業規模を拡大しようとしているようですが…」

「ハンドレページはまずい。爆撃機の生産の阻害は避けねばならない」

「はい、ですので、労働意欲の向上に期待するほかないと思われます…別紙の資料をご覧ください」

「ああ、これか…ばかげている。なんだこれは、気は確かかね大尉?生産性を向上させたいのに金を与えて怠け者を増やしてどうするつもりなんだ?経済論の講釈ならば余所でやってくれたまえ」


ダグラスに言われて別紙の資料を見たファーズはダグラスの正気を疑い、ダグラスの資料を床にたたきつけた後、退出を命じた。


ダグラスが報告書と共に提出した別紙の資料には労働者の労働意欲向上のために給与システムを改革するべきである、とあった。具体的には、


『今日の賃金支払いの問題点はその賃金を受け取っても、自らが生産した生産物を購入できないという点にあり、その理由は生産物が賃金よりも高価だからである』


と結論付け、その生産物の価格は主として生産者への支払いと原材料費や銀行手数料などの外部への支払いに分けられるとした。

ダグラスは前者が後者よりも安いため購買力が不足しているのだ、としてその落差を埋める為に国家が国民に対して現金ないし代用貨幣を支給して不足した購買力を補うことで、結果としてイギリス全体の消費が促進され、さらなる生産性の向上と技術革新が見込めるというものだった。


しかし、このような考えは理解される事は無かった。のちにダグラスは退官後に自らの理論を社会信用論と名付け、その実現を訴えるようになる。

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