第130話 アラモスのインタビュー
900pt突破記念作品として書いていたら、いつの間にか評価ポイントが1000超えてた…
こんな作品ですがこれからも頑張って書いていきたいと思いますので、お付き合いいただけると幸いです。
1917年10月20日 メキシコ合衆国 ソノラ州 アラモス
かつては、銀鉱山の町として栄えていたが、鉱山閉山後は見る影もなくなった街、アラモスは現在、北から越境してきたアメリカ軍の支配下にあった。
アラモスは特に軍事的に重要な場所でもないため、アメリカメキシコ遠征軍第1歩兵師団、第2歩兵旅団の休息地として割り当てられていた。
「少尉、メキシコ人の動きはどうかね?」
「はい、大尉殿、周辺にメキシコ人の不審な動きは無く、一帯は完全に制圧したものと…」
「"完全に制圧"などと軽々しく言うのはやめるべきだな。ここは敵地であって馴染みの"キャンプ"とはちがうのだから」
「…申し訳ありません」
大尉は部下である少尉の事を小馬鹿にしながらそう言った。同じ尉官といっても2人には大きな差があった、2人とも上流階級出身という点は共通していたが、大尉は南部アーカンソー州、少尉は北部のロードアイランド州だった。さらに大尉が模範的な軍人一家に生まれ、軍人を志したのに対し、少尉は父がセールスマン、母が地元の名士の娘という家庭であり、幼いころに少尉の父が亡くなってからは母の家に引き取られて、母からの愛を一身に受けて育った。
大尉が軍人としてエリート街道を歩み出し、父と共に欧州で第一次世界大戦の視察を行なっていた時、少尉は売れないアマチュア小説家だった。全く交わる事が無いと思われた二人の人生だったが、少尉がそれまでの生活を捨てて、突然、ニューヨーク州クリントン郡ブラッツバーグで開催されていた夏季軍事訓練キャンプに飛び込んだことから一転した。これには少尉が抱いていた有色人種に対する人種的偏見が影響していた。黒人やアジア系といった有色人種がアメリカを侵略しようとしている、あるいはその尖兵となろうとしているという主張は比較的良く耳にした物であったが、彼はそれを信じ込んでしまった。ブラウン大学を卒業していた少尉はキャンプへの参加資格を満たしていたため、キャンプへと参加した。
ほとんど女手一つで少尉の事を育て上げてくれた母からは悲しみと怒りに満ちた手紙が届き、思いとどまるように言われたが、逆に少尉はそんな最愛の母を守るためにもと奮起し、一層、真剣に訓練に励んだ。
そして、少尉ことハワード-フィリップス-ラヴクラフトは厳しい訓練を乗り越え、メキシコ遠征軍へと志願し、従軍していたのだった。
そこで出会ったのが、メキシコ遠征軍司令官レオナード-ウッド中将から、情報収集のために第2歩兵旅団に同行するように命じられていた大尉こと、ダグラス-マッカーサーだった。ウッドはマッカーサーの父アーサー-マッカーサーが優秀な軍人であった事を知っており、その息子にも大きな期待をかけていたのだった。マッカーサー自身もその事をよくわかっていたが、そうであるが故にラヴクラフトのような"キャンプ"出身者たちを馬鹿にしていた。
「失礼ですが、写真良いですかな」
「ああ、構わんよ」
従軍記者らしい、男がマッカーサーに向かって写真を撮る許可を訊ねていた。マッカーサーは何度かポーズを取り直した後、良いぞ、と言った。
「では、早速…」
「ちょっと待った。どけ、俺が撮るんだ。あっち行ってろ」
「何するんですか、私はカンザスシティスターの…」
「それがどうした。俺はシカゴトリビューンだぞ?」
「うわぁ、全国紙かぁ…」
初めに声をかけてきた記者は意気消沈したらしく、とぼとぼと歩いて行ってしまった。
「ふん、地方紙風情が…おっと、大尉さん、お待たせしました。では撮りますよ」
割って入った記者は何事も無かったかのようにマッカーサーとラヴクラフトの写真を撮った。
「うん、良く撮れたと思います。…ああ、自己紹介がまだでしたね。シカゴトリビューンで記者をしています。ウィリアム-ダドリ--ペリーと言います」
「そうか、よろしくペリー君。ところで、どこにのるんだね?今のは?」
「まぁ、私としてはやはり一面狙いですが…インタビュー次第では…ねぇ?」
「ふむ…まぁ、そう心配しなくていいぞ、答えられる範囲ならば、いくらでも答えよう」
「なるほど、では早速大尉にお話を聞きたいのですが、まずは、現在の戦況についてですが…」
ペリーが質問し、マッカーサーがスラスラとそれに答えた。
だが、その様子を見ていたラヴクラフトはマッカーサーに初めに声をかけてきた記者の事が気になり、その場を離れて、先ほどの記者を探しに行った。
「君…」
「貴方は先ほどの…少尉さんですね」
「マッカーサー大尉でなくてすまないな」
「いえいえ、わざわざ声をかけていただきありがとうございます」
「その、私で良ければ…話そう…か?」
「ありがとうございます。では改めまして…私はカンザスシティースターのアーネスト-ミラー-ヘミングウェイです」
「ハワード、ハワード-フィリップス-ラヴクラフトだ」
「なるほど、ではラヴクラフト少尉、早速ですが…」
ヘミングウェイによるラヴクラフトへのインタビューはペリーとマッカーサーのものとは違いぎこちないものだった。ヘミングウェイが場慣れしていないという事もあったが、ラヴクラフトがあまり社交的でないのが主な要因だった。
「まあ、こんなものですね。では最後に一枚…あぁ、そのままで笑顔になってください…いや、強張らないでくださいよ」
「すまない。母からも写真写りはなるべく良くするようにと言われていたのだが」
「母ですか…」
母という言葉を聞いたヘミングウェイが僅かに、嫌なものを見るような顔をしたのをラヴクラフトは見逃さなかった。
「苦手なのかね?」
「…いや、そういう訳では…」
「良ければ、聞かせてくれないかね?」
ヘミングウェイが話したところによると、ヘミングウェイの母はヘミングウェイが幼いころ執拗に彼の事を女装させようとし、大きくなってからは嫌がるヘミングウェイに強制的にチェロを習わせた。そういったことからヘミングウェイは母を嫌悪し、逆に釣りや狩りなどの手ほどきをしてくれた父の事は慕っていたが、その父は母に頭があがらなかった。ただの医者に過ぎない父よりもオペラ歌手としての経験を活かして音楽教師の仕事をしていた母の方が稼ぎが大きかったからだった。父の肩身は狭く、時には一般的に女性の仕事であった家事や育児もする事があったという。
「と、まあそんな感じです…少尉は何故私が従軍記者に志願したか、わかりますか?」
「いや…」
「…笑わないでくださいね。英雄になりたかったんですよ。でも身体検査で駄目で…」
「そうか、…私はアメリカを…いや違うな。母を守りたかったからだな」
「そう…ですか」
「意外かね?」
「ええ、まあ…」
「まぁ、"キャンプ"に行く前は小説書いてたりしたからなぁ…」
そういって、ラヴクラフトは軍に志願するまでの日々をヘミングウェイに話した。
後年、ヘミングウェイは小説を書き始めるのだが、一説によるとこれにはラヴクラフトの影響もあったとされる。また、ヘミングウェイの父が自殺した後には、ラヴクラフトがヘミングウェイを励ましている。二人は親友となり、ヘミングウェイはフロリダ州キーウェストの別荘によくラヴクラフトを招いていたという。
この別荘で、アメリカ文学史に残る作品であるラヴクラフトとヘミングウェイの共著『老人と邪神』が生まれる事になるのだが、それはまた別の話である。
話の都合上、ラヴクラフトの経歴を弄っています(史実ではブラウン大学卒業どころか、高校中退)。
ペリーについては、記者だった時期が良くわからないのですが、恐らくこの時期には既に記者だったろうと考えて登場させました。




