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第126話 活動家と格闘術

1917年7月20日 イギリス ロンドン 某所


「皆様も知っての通り、10日前にフランス代議院にて通過した法案をめぐりフランス人たちの反応は2つに分かれました。あるものは女に権利を与えすぎ、あるものは女性に権利が与えられたことは歴史的に見ても素晴らしい画期的なものだと言いました。私は主張します。そのどちらも間違っていると」


壇上で演説する女性は一度言葉を切って聴衆の反応を見守った後、再び口を開いた。


「そのどちらも間違っていると、私は主張します。権利が与えられ過ぎたということはありません。あれではまだ足りないのです。あの法案は権利を付与するものではないのです。私たちを出産という枷に縛り付けるものなのです。さあ、戦いを続けましょう。私たちの戦いは未だ終わっては…いえ、始まってすらいないのです」

「そこまでだ。エメリン-パンクハーストだな、扇動罪で逮捕令状が出ている。同行してもらうぞ」

「政府のこのような横暴に屈してはなりません。私たちは…」


言い終わる前に演説者の女性、エメリン-パンクハーストは突入してきた警官たちによって、壇上から降ろされ連行されていった。聴衆たちは抵抗したが、やがてガス弾が撃ち込まれると散り散りになって逃げていった。


パンクハーストはイギリスの女性活動家の中でも特にその過激さで知られる人間だった。女性社会政治連合の代表である彼女は、過去にはコベントリ―、ロンドン、エディンバラといった大都市での手製爆弾による爆弾テロを決行した事がある危険人物だった。理由はもちろん女性への参政権の付与といった、男性と同じ権利を求めてのものだった。

使用された爆弾は、わざわざボルトやナットを詰めて殺傷能力が強化されたものであり、明らかに多くの死傷者を出す事を目的としたものだった。


パンクハーストは幾度となく当局によって逮捕されていたが、逮捕されたあとは決まってハンガーストライキを行なう為、栄養状態を考慮して釈放、再びの収監を繰り返していた。


パンクハーストの側もそうした一連の流れを知ってか、遂には警察の目を逃れて各地の都市を転々とするようになり、警察とパンクハーストとのいたちごっこが暫く続いていたのだった。


だが、こうして逮捕しても、再び逃げ出すのは目に見えており、キッチナー政権はより抜本的な対策を講じる事になる。具体的には女性活動家への監視及び弾圧の強化だった。

当時イギリスで活動していた組織には、ミリセント-フォーセット率いる女性参政権協会全国連盟などの非暴力での権利獲得を訴える穏健派組織があり、勢力的にはむしろそちらの方が主流であったが、キッチナー政権はこれら穏健派組織でさえも、不穏分子の温床と見なし激しい弾圧を加えるようになる。


もちろん、こうした激しい弾圧は逆に女性社会政治連合などの過激派組織を勢いづかせる事になったのだが、こうした過激派に対しては"特別な部隊"の創設によって対抗しようと考えていた。


1917年8月2日 大清帝国 上海 上海租界警察 本部


「荷物の整理は済んだかね」

「はい、明日には本国へと向かいます」

「本国では"淑女の方々"の相手で忙しいだろうが、まあ、頑張りたまえ」

「…しばらく本国を離れている間にいつの間にやらアマゾネスが跳梁跋扈するようになっていたとは…」

「君はさしずめヘラクレスだな」

「生憎、私がつけるのはブラックベルトだけで十分です。アマゾネスの帯をもらったところで何の役にも立ちません」

「そうか」

「ええ、そうです」

「元気でな、フェアバーン君、本国に帰っても、たまにはこちらにも休暇か何かで顔を見せてくれよ」

「私にとっては本国が休暇で、上海が職場ですよ。マキューアン司令官」

「…お世辞を言っても休暇は増えないし、日本行きのチケットは自腹だぞ」

「それは残念」


上海租界警察司令官ケネス-ジョン-マキューアンと上海租界警察の警察官ウィリアム-エワート-フェアバーンは笑い合った。



上海租界警察で暴徒鎮圧任務を担っていたフェアバーンが本国へと呼び戻されたのは、キッチナー政権が創設しようとしていた"特別な部隊"の格闘術の指導教官としてだった。


この"特別な部隊"は1909年にフランスで組織的な大規模犯罪に対処するために設立された地域機動警察旅団をモデルに自動車や電話や電信といった通信機器、更には科学捜査といった20世紀に入って登場し始めた新たなテクノロジーを駆使した効果的な捜査を行なう事が期待されていた。


さらに地域機動警察旅団では近接格闘としてサバットが教えられていたことから、この"特別な部隊"においても何らかの格闘術を導入する事が検討された。

女性社会政治連合では、構成員で武術家のイーディス-マーガレット-ガラッドが格闘術を弾圧が強まって以降は多くの人間へと教えるようになっていたためそれに対抗するためだった。

バーティツの考案者であるエドワード-ウィリアム-バートン=ライトの弟子であるガラッドは師匠から学んだ技術を使い、女性社会政治連合の構成員の戦闘力を飛躍的に高めていたのだった。


こうして、格闘術による鎮圧の必要性を身をもって知った鎮圧する側はフェアバーンに目を付けた。

フェアバーンは上海租界警察での経験を通して従来の警官たちが学んでいたボクシングやレスリングではなく柔術や詠春拳をベースとしたディフェンドゥーという新たな格闘術を創始していたのだった。


1900年の北清事変後に結ばれた南京議定書によって排外主義団体の結成禁止と構成員の厳罰化が定められていた事から排外主義団体と見なされた武術道場が廃され、その関係者が地下に潜り活動を継続、あるいは裏社会に取り込まれた事により、こうした武術を悪用した犯罪や騒乱が後を絶たず、結果としてフェアバーンをはじめとする現地の警察官にとっては、より厄介な状況へと追い込まれてしまったのだった。


だが、そうした状況もフェアバーンらの指導によって警察官たちが対抗する術を身に着けた事から、装備、資金、そして組織力の全てで勝る警察側が圧倒的な優位を手にする事ができた。


本国はその立役者であるフェアバーンを呼び戻すことで女性政治連合に対抗しようとしていたのだった。


のちにディフェンドゥーはイギリスを代表する近代格闘術として各地で教えられるようになる。一方、この頃すでに衰退していたバーティツについても、ガラッドが柔術などと共に伝授していた事から後に女性のための護身術として形を変えて復活する事になる。

フェアバーンがディフェンドゥーという言葉を使い始めたのは、史実では2~30年代の事なのですがわかり易さ重視の為、ここではディフェンドゥーと呼称しています。


あとはガラッドが習得した格闘術は柔術のみという説もあるようですが、こちらではバーティツも習っていた、という設定にしてあります。

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