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第121話 国民投票と分断

1917年6月1日 オーストラリア連邦 ニューサウスウェールズ州 シドニー オーストラリア労働党本部


「ふざけるな、戦艦を我がオーストラリア人の金でイギリス人に買ってやるつもりなのか()()は」

「裏切者のヒューズ、それに忌々しいクックめ、ある程度は本国であるイギリスの顔を立てないのもわかるが…いくらなんでもこれはやり過ぎだ」

「しかし、インド人ですら金を出しているわけだしなぁ…白人の責務として我々も賛成するべきでは?」

「だが、南アフリカは反対しているぞ」

「連中は白人は白人でもボーア人だぞ。我々とは違う」

「こうなれば、国民投票だ、そこで決着をつける」


シドニーにあるオーストラリア労働党本部では党員たちの怒りに満ちた声が響いていた。


元々、オーストラリア労働党は、大土地所有者と大企業に反対した政党であり、それは徐々にイギリスからの自立を求めるようになっていた。一方でオーストラリア労働党はいわゆる白豪主義を掲げ、有色人種の移民に対する強硬な反対姿勢でも知られていた。


しかし、第一次世界大戦後に東亜非戦論に端を発する日清両国移民の提携がオーストラリアでも起こり始めると、労働党の指導者の一人だったウィリアム-モーリス-ヒューズはイギリスからの自立よりも白人文明の防衛を優先すべきとして賛同する他の議員とともに国民労働党を結党して、敵対政党であった自由党と手を結んで連立内閣を組織した。

これに対して、あくまでもイギリスからの自立を目標としたフランク-グウィン-テューダー率いる残りの労働党議員たちはヒューズを裏切り者と非難していた。


そうした対立をさらに激しくさせたのがイギリス海軍の新型戦艦の建艦を受けて、『外敵からの防衛のためにニュージーランドと共にいくらか負担する必要がある』とのコメントを首相のクックがした為だった。

このころロイヤルネイビーは守護聖人級と呼ばれる4隻の新型戦艦の建艦を計画していたのだが、アメリカの『グレート-ホワイト-フリート』構想を受けて、更なる隻数増加が求められ、守られる立場である各地の植民地にも、内密にではあるが相応の負担をするように求めていた。


これを受けて、オーストラリアと同じくイギリス植民地のカナダではケベック出身の自由党議員ジョセフ-ナポレオン-フランクールのような一部のフランス系議員たちが『イギリス人のための戦艦に払う金などない』と激しく反対したが、結局負担は認められて、後にセント-ジョセフと名付けられることになる5番艦が起工されていた。


少々複雑だったのが英領インド帝国だった。

英領インドでは大きく分けてイスラームとヒンドゥーの2大宗教が争っていたのだが、イスラームスンニ派の指導者であるカリフを擁するオスマン帝国に対して、本国であるイギリスが敵対的な態度をとると、ムスリムの間ではオスマン帝国との戦争が勃発した際には、オスマン帝国の側に立って戦おうという意見を表明するムスリムたちもいた。


親英的なインドのムスリムの全国組織である全インドムスリム連盟を率いるアーガ-ハーン3世はあくまでも親英的態度を崩そうとはしなかったが、そうした姿勢に対し反発するものも多かった。


さらにそうした状況を見ていたバール-ガンガーダル-ティラク率いるインド国民会議はイギリスではなく、全インドムスリム連盟を『イギリスの敵に与するもの』として攻撃する事で、間接的にイギリスの影響力を削ぐ事を画策していた。


勿論インド総督府としては、そのような見え透いた策に乗るつもりは無く、中心人物だったティラクやイギリス人ながらインドの自治を求めていたアニー-ベサントなどを扇動罪の罪状で逮捕したが、アニー-ベサントが逮捕直前にイギリスの主要な新聞各紙に対し"インドの現状"を"国民会議派の目線で"説明し、自身の逮捕がいかに不当なものであるかを訴えていたため、イギリス本国では社会主義の活動家を中心にティラクとベサントの釈放を求める運動が巻き起こってしまった。


こうしたインドでの反イスラーム感情に対しアーガ-ハーン3世らムスリムはイギリスに対する忠誠を示すことで鎮静化させようと試みた。

元々、イスラームホージャ派の指導者でありそのネットワークを束ねる事で莫大な富を有していたアーガ-ハーン3世や全インドムスリム連盟に参加はしていなかったが、ハイダラーバード藩王国の君主であり領内のゴルコンダ鉱山の富によって世界最大ともいわれる資産を保有するウスマーン-アリー-ハーンなどが中心となって動き、6番艦セント-トマスの為に莫大な金額が寄付された。


一方、インドやカナダと違い明確に反対の立場を取ったのが南アフリカ連邦だった。

アフリカーナー(ボーア人)でありながら親英的なヤン-スマッツ、ルイス-ボータの南アフリカ党が中心となり一時は5番艦セント-マーティンの建艦が承認されるもジェームズ-ヘルツォーク率いる野党国民党の反対にあい断念し、5番艦の名誉はカナダに奪われる事になった。


その後も南アフリカ党と国民党の間で激しい論戦が交わされたが、南アフリカ党は白人の地位を守るためにはイギリスとの協調が不可欠であり、また、イギリスへの積極的な指示により南ローデシア植民地、イギリス保護領のベチュアナランドとバストランド、スワジランドの併合による大南アフリカ連邦の実現し、アフリカーナーの将来的な地位向上も可能であるとし、そのためにも戦艦建造費を捻出すべきと主張したのに対し、国民党は見返りとして得られるものはイギリスへの従属に過ぎないないと主張し、拒絶した為に議論は平行線に終わり、結局、南アフリカ議会で戦艦建造案が承認される事は無かった。


のちにオーストラリア連邦で行われた国民投票では北部のノーザンテリトリーや西部の西オーストラリア州では賛成多数だったのに対し、東部ではタスマニアを除いてすべての州で反対多数であり否決される事になる。


そして、この国民投票によってオーストラリアの東部地域とそれ以外の溝はより深いものになり、オーストラリアは感情的に2つの地域に分断されることになるのだった。

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