第114話 流れ弾
1917年2月18日 アメリカ合衆国 ワシントンD.C ホワイトハウス
選挙が終わり勝者となってから大分時間がたち、ようやく二度目のホワイトハウスにもなじんできたころ、アメリカ合衆国大統領セオドア-ルーズベルトは副大統領のベンジャミン-ティルマンを執務室に呼び寄せていた。
通常ならば大統領は副大統領と話し合う事など必要ない程の権限を持っている事から副大統領はただの御飾なのだが、ルーズベルトとティルマンの関係は特殊だった。
もともと、ティルマンはルーズベルトと対等の同盟者であり、愛国党の勝利にしてもティルマンが南部保守派の説得に成功しなければ実現せず、ティルマンなしでは愛国党と共和党が戦った挙句、共倒れとなり民主党を利する結果になったことは想像に難くなかった。そのため、ルーズベルトとしては常にティルマンに対して一定の配慮をしていた。まして、これからの動きによってはその地盤である南部にも被害が出るかもしれないとあっては尚更だった。
「それで、一体どう対応する気かね?」
部屋に入ってきたティルマンはそう言うなり、ルーズベルトに向かって新聞を投げた。
新聞の見出しには『メキシコ内戦、エルパソに飛び火か』とあった。内容としてはメキシコのシウダーフアレスで行われた政府軍とカサヴァンテス率いる革命軍自由主義派の戦闘による流れ弾がテキサス州エルパソに降り注ぎ、十数人の市民が負傷、または死亡という痛ましい結果を引き起こしたことを報じるものだった。
無論、ルーズベルトとしてはメキシコ政府に対し直ぐに抗議を行なったが、メキシコ政府は革命軍のした事として取り合わなかった。そのため、ルーズベルトとしては国境沿いでのこれ以上の戦闘を避ける為にも、アメリカ軍による米墨国境から政府軍、革命軍双方を引き離そうと考えていた。こうすれば少なくとも前線のアメリカ兵はともかく、後方のアメリカ市民が犠牲になることは避けられるからだ。
だが、ルーズベルトには気がかりもあった。
内戦を逃れる形で、アメリカ国内に多数のメキシコ人が亡命していたことであった。彼らが政府軍や革命軍と通じている事は公然の秘密であり、彼らによるテロや暴動の恐れがあるからだった。
それだけなら亡命メキシコ人たちを追い返せばいいだけの話なのだが、テキサスやニューメキシコなどの南西部諸州の経済界では彼らを安い賃金で使える労働者として歓迎しており、こうした州の経済の経済に悪影響を与えるのではないか、という懸念があった。
そのため、ルーズベルトとしては慎重な決断をせざるを得なかったのだ。
「私としては、メキシコの一刻も早い安定化を望んでいる、が…」
「そのために南部経済が停滞する事は避けたい、と」
「そのとおりだよ。むしろ私としては南部を地盤とする君のほうが、私より落ち着いているという事に驚きだよ。"副大統領"?」
自分の地盤ともいえる南部地域の話であるにもかかわらず、妙に落ち着き払った態度のティルマンを訝しんだルーズベルトは殊更に副大統領の役職を強調して訊ねた。
「まあ、私には腹案があるからな」
「腹案だと?」
「メキシコ人がいないとなれば、黒人どもを使えばいいじゃないか」
「いや、それは…外国人のメキシコ人と違って一応、彼らはアメリカ人でだなぁ」
「なにもかつての奴隷制を復活させろと言ってるわけじゃない、ただ少し仕事の紹介先を絞るようにすればいいんだ」
「ふむ…」
たしかに、仕事の紹介先を絞るだけならば、かつての奴隷制とは違うものだと言って、愛国党内外からの批判をかわす事ができるかもしれない。
いや、むしろ高等教育を受けていない黒人たちには単純労働の方がより向いている仕事であり、そういった意味では適切な仕事を斡旋しているともいえるかもしれない。ルーズベルトはそのように考える事にした。
「考えてみればいい案かも知れんな。それは」
「理解が早くて助かるよ…ところで肝心のメキシコの方はどうするつもりかね」
「取りあえずは、メキシコ国内への兵力展開と国境付近からの政府軍、革命軍双方のひきはがしを考えているが…それでもだめなら状況に合わせた形での適切な介入をするつもりだ」
「状況に合わせた形での適切な介入?」
「現在メキシコでは、政府軍と革命軍が戦いを繰り広げている。政府軍は腐敗が激しく延命は困難という見通しだが、対する革命軍内部でも分裂が進み全く統制が取れてない状況だ」
「主要勢力は自由主義者、無政府主義者、軍閥…こんなところだったかな」
「そのとおり。アメリカ国内では自由主義者を支持する声が大きいが、実際の所、彼らは北部の我が国との国境地帯を支配しているだけに過ぎない。しかも、先日の事件によってその支配すらも怪しい事が露呈した」
そういうとルーズベルトはティルマンの持ってきた新聞を忌々し気に見た。戦闘が行われたシウダーフアレスは自由主義者の支配地域だったからだ。
「…私としてはベルナルド-ドロテオ-レイエス-オガソン元国防相が率いるハリスコ州軍閥をメキシコの正統政府として承認しようと思っている」
これ以上メキシコの状況が改善しないのであれば、弱体な自由主義者を切り捨て、より安定した政権を築く事のできるであろう革命軍最強のハリスコ州軍閥にメキシコの統治を任せよう、とルーズベルトは言っているのだった。
「私が言うのもなんだがな大統領?それはそれで支持率に悪影響が出そうなものだぞ」
「何、あくまでも最悪の想定として考えているだけだよ。私としては一刻も早い事態の沈静化を望んでいるよ」
だが、ルーズベルトの願いとは裏腹にメキシコ内戦は更なる激化の一途をたどる事になる。そしてアメリカ軍は米墨戦争以来の大規模越境攻撃を準備し始めるのだった。
ちなみに、ティルマンの提唱した黒人の労働力としての南西部への労働力としての再定住は、しばらくの間は成功を見た。これは産業の発展によって多くの黒人を受け入れると思われていた北部地域がより安価な労働力として依然として流入が続いていた欧州からの移民労働者を活用する方針に転換していた事がその原因と言われている。こうして、黒人たちは北ではなく西へと向かう事になる。




