第111話 試作兵器
1917年1月10日 イタリア王国 リグーリア ラ-スペツィア
ラ-スペツィアはイタリア王立海軍の主要軍港の一つだった。そしてこの日、ある新兵器の試験が行われていた。
その新兵器とは、魚雷に複葉機の羽が付いたような物体だった。
『クロッコ-グイドーニ』と呼ばれるそれはジャイロスコープで制御される滑空爆弾だった。
この、『クロッコ-グイドーニ』はイタリア王立海軍期待の新兵器だったが、その開発はうまくいっているとは言い難かった。
「…また外れたか、ジャイロの調整はちゃんとしたんだろうな」
「はい、ですが…」
「やはり滑空爆弾自体に無理があるのか…くそ、私の設計のどこが間違っているというのか」
やり場のない怒りを抑えきれずに地団太を踏む男に対して周囲の目は同情的だった。
地団太を踏んでいた男は名をアレッサンドロ-グイドーニといい、その名で分かるように『クロッコ-グイドーニ』の開発者だった。航空機からの滑空爆弾による攻撃によって、従来の駆逐艦や魚雷艇よりも迅速な攻撃を実現するという、自身の考えの正しさを証明するべく、グイドーニは『クロッコ-グイドーニ』の開発に挑んでいたのだが、結果は無残な失敗に終わっていた。その後しばらくして『クロッコ-グイドーニ』の開発は中止される事になった。
この『クロッコ-グイドーニ』開発のきっかけは、バルカン戦争の戦訓によるものだった。第二次リッサ海戦を華々しい勝利で終えたイタリア王立海軍だったが、その後は特に大きな成果も無かった。オーストリア=ハンガリー帝国海軍の主力艦隊が艦隊保全主義に基づいて、ひたすらポーラ軍港に引きこもり、イタリア王立海軍との決戦を避けつつ、潜水艦による沿岸砲撃や通商破壊を行なうという戦略を取ったからだった。
しかし、いくら質的、及び数的に有利であるとはいっても、圧倒的に有利ともいえない為、損害を覚悟の上でオーストリア=ハンガリー帝国海軍に決戦を強要して、叩き潰すという手も使えなかった。そのため、オーストリア=ハンガリー帝国領内のイタリア系住民あるいは潜入させた工作員を使っての破壊工作を試みていたところで終戦を迎えてしまった。
講和会議であるリエージュ会議において、オーストリア=ハンガリー帝国領からのイタリア系住民の住民交換という名の事実上の追放が決定されるとイタリア王立海軍内部では、こうした破壊工作をさらに発展させてラファエレ-ロセッティ技師が開発したロセッティ式自走魚雷という小型潜水艇による工作員の潜入、あるいは爆弾の設置によってオーストリア=ハンガリー帝国海軍の主力艦である戦艦や巡洋艦を撃破する事を目的に訓練が進められていたのだが、小型潜水艇は波にさらわれやすく制御が難しい事、相手の警戒が厳重な際には容易に見つかってしまう事などが問題視されて不採用となってしまった。
そして、イタリア王立海軍が代わりに目を付けたのが『クロッコ-グイドーニ』による航空攻撃だった。
イタリア王立海軍はロンバルディア級防護巡洋艦エルバを改装して水上機母艦としていたが、3機しか水上機を運用できなかったため、新たに貨物船クアルトを購入し、エウローパと改名した上で水上機母艦としていた。エウローパは8機の水上機を運用する事ができ、イタリア王立海軍の水上機運用能力は飛躍的に向上したのだが、肝心の『クロッコ-グイドーニ』の開発が打ち切られてしまった。
主力兵器となるべき『クロッコ-グイドーニ』の開発が打ち切られた以上、イタリア王立海軍としては別の対策を取る必要が生まれてしまった。
そこで、まず候補に挙げられたのは『クロッコ-グイドーニ』ではなく通常の魚雷による雷撃だった。
こちらの試験成績はそう悪いものではなかったのだが、『クロッコ-グイドーニ』の失敗を見ていた水雷派からは雷撃ならば小型の潜水艦で良いのではないか、という反対意見が上がった事から迷走を始めてしまった。
水上機の導入を推し進めたい航空派としては水上機ならば地上支援も出来る事を強調したが、巻き返しを図りたい水雷派からは、水上機はクレーンで水面に降ろす必要があり、運用できる条件に限りがある事を問題として強調した。これに対して航空派は甲板に設置した滑走台からの滑走によって直接水面に降ろさなくても運用可能な事を主張した。
そして、この滑走台からの滑走という発想がある海軍軍人の目に留まった。
イタリア王立海軍司令官兼総参謀長パオロ-タオン-ディ-レヴェル。
バルカン戦争以前から新兵器導入や組織改革に積極的であったディ-レヴェルは終戦後の予算削減の中で、海軍を維持すべく奮闘していた。ディ-レヴェルは滑走台から陸上機を発艦させて、艦隊攻撃ないし陸軍への支援を行ない、攻撃後は飛行場に着陸させるという構想を打ち出した。これにより形だけでも陸軍の支援を行なう海軍という姿勢を見せる事で予算獲得に役立てようとしたのだった。
加えて、陸海軍の協調を示す事によって俄かに盛り上がっていた第三の軍である『空軍』の設立構想を牽制する狙いもあった。
このディ-レヴェルの陸上機を運用できる水上艦艇という政治的思惑から生まれた構想が実現するのは、もう少し後の事になる。




