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第109話 来訪者

1916年12月9日 ロシア帝国 ウラジオストク 浦潮本願寺

浦潮本願寺は1886年に浄土真宗本願寺派が初めての海外布教所として建立した記念すべき寺院であった。この寺院を訪れるのはウラジオストクに暮らしている日本人がほとんどだったが、この日はそんな浦潮本願寺に一人のロシア人が訪れていた。


「して御用はなんでしたかな」


住職は目の前のロシア人相手にあくまでも冷静に質問し、その意図を探ろうと考えた。

何しろこのロシア人はいきなり浦潮本願寺を訪れ、扉を蹴破ろうとし、かと思えば取り押さえようとした僧侶相手にいきなり悟りの境地に関する話を語り始め、それが終わると住職を出せと喚き始めるという、少々、いや、かなり危ない人物のようだったからだ。


格好を見るに決してそこらにいる貧しい人間が強盗などの目的で来たものでは無いことが分かった。

ロシア人の服装は良く整ったものであり、恐らく社会的に見て上位の人間であることが見て取れた。一方で物好きな上流階級の人間が単なる見物目的で来たわけでは無い、という事も住職はわかっていた。

それはロシア人の今までの行動、そして何よりもその狂気そのものとしか思えないギラギラとしたその眼差しを受けてみれば容易に分かった。


(この者は尋常ならざる狂気に飲まれている。門前の小僧の時に会っていれば迷わず逃げ出してしまっただろう)


住職がそんな感想を抱いていると、ロシア人はそっと目を伏せたかと思うと、いきなりカッと見開いて大声で語り始めた。


『我が名はロマン-フョードロヴィッチ-フォン-ウンゲルン-シュテルンベルク。御仏の教えを学ぶためこの地に来たものである』

「は」


翻訳した内容を聞いた住職の口から出た言葉は間抜けなものだった。どう見ても狂気に満ち溢れたロシア人が口にしたのは思いのほかまともなものだったからだ。


確かにロシア人の僧が生まれれば、所詮アジア人の宗教という偏見も消えるかもしれない、だが、目の前の人物に果たして修業が務まるのだろうか、そもそも、まともな集団生活が送れるようにも見えなかった。


(いや、しかし、折角の修行希望の者を無下にするというのもな。我が浦潮本願寺はただの寺院ではない、布教所なのだ。御仏の教えを分け隔てなく伝えてこそ、その役目を果たしたといえるのではないか…よし)

「ウンゲルン殿…でよろしかったですか…修業は厳しいですぞ」


決断した住職が言葉を選びながら恐る恐るそう告げると、ウンゲルンは建物の外にまで響くほどの大声で笑いはじめた。


『無論、そんなことは分かっておるわ』


ひとしきり笑い終えたウンゲルンは住職を見据えてそう言った。


しかし、ウンゲルンには実は別の思惑があった。


ウンゲルンが仏教について学ぼうと考えたのは、陸軍士官学校に在学していたときにオカルトを通して仏教というものに興味を抱いてからだという。


暫くして第一次世界大戦がはじまったが、表向きは士官学校での素行不良のため、実際は精神鑑定である種の精神異常がみとめられたため、ウンゲルンは激戦が続いていた欧州戦線ではなく極東方面へと送られた。

とはいえ、ウンゲルンにとってはモンゴル人やブリヤート人との交流によって多くの事を学べた時期であり決して悪い時期ではなかった。そしてこの中でウンゲルンは自身をモンゴル帝国を建設した大英雄チンギス-ハーンの生まれ変わりと信じるようになる。


その後もウンゲルンは前線に出る事無く、そのまま終戦を迎えるのだが、そのころウンゲルンのいた極東地域ではある変化が起こっていた。


開戦時のロシア帝国蔵相セルゲイ-ユリエヴィッチ-ヴィッテによるウラジオストクの自由港化、さらに終戦後に首相に就任したピョートル-アルカージエヴィチ-ストルイピンの政策により、限定的ながら自由化が進められたことにより、外国からの人やモノの行き来が盛んとなったことだった。

こうしてロシア帝国の外から様々な文物が極東地域には入ってきたのだが、ウンゲルンはその中である書籍に出会い魅了された。


ドイツ帝国陸軍大学校に戦史教官として勤務したのち、第一次世界大戦の西部戦線で日本陸軍欧州派遣軍と戦った経験を持つカール-ハウスホーファーが戦後に執筆した論文を一般向けの書籍として刊行した『日本人の戦争史 知られざる極東の軍事国家』という本だった。この本では古代から近代までの日本の戦争史を軍事史的な視点で、欧州の戦史と比較しながら分析と解説をしているのだが、その中でウンゲルンの興味を引いたのは源平合戦に関する章の中で『天才的な戦術家で、国民的英雄である源義経はチンギスハーンになった、という説もある』と書かれていた部分だった。


この一文に大きな衝撃を受け、ウンゲルンの中ではチンギスハーンの生まれ変わりである自分は義経の生まれ変わりである、という論理が完成してしまった。


こうして30歳のウンゲルンは鞍馬寺で修業した若き日の義経にならい、京都鞍馬寺ならぬ浦潮本願寺を訪れたのだった。ウンゲルンにとっては日本の仏教寺院であればどこでも良かったのだった。


なにはともあれ浦潮本願寺初のロシア人修行僧が生まれたのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 源平の紅白ともマッチしてますね·····。
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