第106話 ローマ会議
1916年10月20日 イタリア王国 ローマ ヴェネツィア宮殿
ルネサンス初期の建築様式を残したこの宮殿は元は枢機卿の邸宅だったが、その後ヴェネツィア共和国の駐教皇領大使館となり、ヴェネツィア共和国消滅後にはオーストリア大使館になっていた。バルカン戦争にイタリア王国が参戦した後は接収されたが、今回の会議が終われば教皇庁からイタリア王国政府が建物を買い上げた上で再びオーストリア=ハンガリー帝国の大使館として使用される事になっている。
わざわざ、建物を買い上げるのは元々は前述の通り駐教皇領大使館だったものが、イタリア王国のローマ制圧によってなし崩し的にオーストリア=ハンガリー帝国の駐イタリア大使館とされていただけであり、本来の所有権は教皇庁にあるものだったためそうした不透明な状態の解消と教皇庁とイタリア政府の和解を示す象徴にするためだった。
「…つまり、我がオーストリア=ハンガリーの権利は認めないと?」
「別に認めないとは言っていないでしょう、我がイタリア王国と従来から権利を保有していたフランス共和国に加えて貴国とロシア帝国の4カ国と教皇庁によって聖地を共同管理する、これでよろしいのではないでしょうかな?」
「だが…」
憤慨した様子のオーストリア=ハンガリー帝国統一外相兼共通閣僚評議会議長、レオポルト-ベルヒトルトに対してイタリア王国のパオロ-ボセッリ首相はイタリア王国、フランス共和国、オーストリア=ハンガリー帝国、ロシア帝国及び教皇庁による聖地の共同管理を提案した。
「ベルヒトルト閣下、どうですかな?」
リエージュ会議以来自国による聖地の管理にこだわっていたベルヒトルトは反論しようとしたのだが、フランス共和国のアリアスティード-ブリアン首相が柔和な笑みを浮かべつつ暗に同意を求めてきた。
(せめて貴国からの提案であれば良かったのだよ。いや、あのイタリア人以外ならばどこの誰でも良かったのに…)
ベルヒトルトは心の中で悔しさを噛みしめていた。オーストリア=ハンガリー帝国は国境線こそ戦前のままであったが、内情は疲弊しきっており、ここである程度自国の主張を認めさせる事で莫大な犠牲の代価とするつもりだった。ボセッリの提案そのものはベルヒトルトの想定した落としどころに近いものだった。だが、自ら提案するのとよりにもよってイタリア人に言われた案を受諾するのではまるで違う。
ベルヒトルトは自らの横に座る人物の顔を見た。ハインリヒ-クラス。暗殺されたゲオルク-フォン-ヘルトリングに代わりドイツ帝国首相に任じられた人物だった。全ドイツ連盟の指導者として大戦中は英仏に対して敵対的な主張を繰り返した、汎ゲルマン主義者として名高いクラスならば同じゲルマン民族であるオーストリアの"権利"を擁護してくれるのではないか、そうした期待をベルヒトルトは持っていた。
「…名誉ある聖地の守護者たる資格を手に入れられるとは、羨ましい。我がドイツも加えていただければよかったのですがね」
ボセッリの提案を肯定するかのようなクラスの言葉にベルヒトルトは衝撃を受けた。これには裏があった。
クラスは汎ゲルマン主義者であると同時に反ユダヤ主義者でもあった。ボセッリはベルヒトルトが接触するよりも早くクラスに接触し、イタリア案を支持する代わりとして中東へのユダヤ人追放を密約として持ちかけていた。
幸いにしてリエージュ会議の決定では聖地におけるすべての宗教の平等が保障されており、そこにユダヤ人がいる事は何らおかしなことではない、と思われた。"合法的"かつ"人道に則った"形でユダヤ人がヨーロッパから消えるのだから、こんな喜ばしい事は無かった。むろん、親オーストリア勢力の多い政府内では議論が紛糾したものの、皇帝であるヴィルヘルム3世が帝国統一のための反ユダヤ主義を掲げるクラスを信頼していたこともあって押し切られる形となった。一方、ベルヒトルトの側は前任者のバイエルン出身である事から親オーストリアな人物であったヘルトリングが暗殺されてからまだ日が浅い事とクラスが汎ゲルマン主義者であったことから、ヘルトリングの外交政策が継続されると考え、特に接触を取ろうとはしなかった。
こうしてベルヒトルトは、いや、オーストリア=ハンガリー帝国は敗北したのだった。
(まったく大陸の連中は…まあ、聖地なぞくれてやる、それで満足してくれれば今後もやり易くなるしな)
ベルヒトルトの表情が曇っていくのを見ながらイギリス首相ホレイショ-キッチナーは内心で聖地にこだわる大陸人たちを馬鹿にしきっていた。
リチャード獅子心王の時代でもないのだから今さら聖地にこだわる意義は無く、むしろ大英帝国全体を考えれば不利益であるとすらキッチナーは考えていた。そもそも、例の脅迫さえなければオスマン帝国の解体すらキッチナーにとっては無用な事だった。
(まあ、それでも道連れは多い方がいいからな)
形だけでも全欧州が団結するという姿勢を見せた方が今後予定されている対トルコ戦争において有利になるはず。そうキッチナーは考え直した。
不確定要素はペルシアのみだが、ロシア帝国のストルイピン政権は今のところは極めて親英的であり、何より自国にほど近いペルシアにかつての敵国であるドイツ帝国の勢力が及ぶことは好まないだろうから、イギリスによるペルシア出兵に賛同するものと考えていた。
こうして、ローマ会議は閉幕し、キッチナーの計画はまた一つ実現に向けて動いたのだった。
出来れば近いうちにもう一話程度投稿したいと考えていますが、もしかしたら今年の投稿はこれで最後になるかもしれません。




