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第105話 動き出す者たち

1916年10月15日 ガージャール朝ペルシア マシュハド

マシュハドはホラーサーン地方の中心都市であると同時にイスラームシーア派の聖廟がある都市でもあり、シーア派の世界の中では特に重要な都市でもあった。そんなマシュハドの路地を歩く一人の外国人がいた。


「おい、あんたロシア人か」

「なんだって、私はフランス人だ」

「そうか…邪魔したな」


いきなり、話しかけられた外国人は流暢なペルシア語でフランス人だと告げた。


(ふう…おっと、気を引き締めねばな。次はいきなり証拠としてラ-マルセイエーズを歌えと言われてもおかしくはないのだからな)


その外国人は内心で安堵の溜息をもらしたのもつかの間に再び気を引き締めた。

何故、その外国人がそこまで気を引き締めているかといえば、男がフランス人ではなくロシア人だからだった。

ロシア帝国との国境に近いマシュハドでは北から南下してくるロシア人は常に嫌われていた。


士官学校を卒業したものとしてフランス語はできたが、ペルシアの事ではなく最新のフランス事情となるとあまり分からなかったから、そこからボロが出てばれる可能性もあった。

母国語であるロシア語以外にも英語、フランス語、中国語、ウルドゥー語が堪能だった外国人は自身の語学能力が評価されたためにこの"調査任務"に選ばれたことを理解していた。

"調査任務"の内容はペルシアで蜂起する反体制派の意図を探り、それがロシア帝国領である中央アジアに与える影響を分析し報告せよ。というものだが、ペルシアに近いウルゲンチにはコサック部隊から選抜された歩兵部隊であるプラストゥンが待機しているのを目撃していただけに単なる"調査"で終わらないであろうことは理解していた。


そしてこの"調査任務"は場合によってはイギリスとの衝突を招きかねない事もまた理解していた。


(なにしろ、イギリスはインドの維持を最優先に考えている。その隣国であるペルシアにおいて我がロシアの勢力が拡大するのは望ましくは無いはずだ。だが、我がロシアにとってもイギリスの影響力が必要以上に中央アジアに及んでくるのは困るわけで…まあ、そういう落としどころを考えるのは政治家の仕事だな)


そうして、思考を中断した外国人、ロシア帝国陸軍中佐ラーヴル-ゲオルギエヴィチ-コルニーロフはマシュハドの反体制派に接触するべく動き始めた。


1916年10月16日 ロシア帝国 ウラジオストク

ウラジオストクには20世紀初頭のロシア帝国大蔵大臣セルゲイ-ユリエヴィッチ-ヴィッテ主導の改革によって自由港として開放されて以来、多くの外国資本がこの地に集まっていた。

そうした自由な空気もあってか、この地では社会革命党などの左派の勢力も強かった。


「それで、ペトログラードの方はどうなのかね」

「まあ、そこまでは悪くないですね。合法路線化以降、そこまで表立っての弾圧はされなくなりましたし、このままいけば徐々に勢力を拡大していけるものだと思っています」


社会革命党ウラジオストク支部のピョートル-ヤコブレヴィッチ-ダルバルの問いに対して、ボリシェヴィキからの転向者で、現在はペトログラードとウラジオストクをはじめとする極東地域の社会革命党支部を結ぶ連絡員であるエヴゲーニイ-イワノヴィチ-ザミャーチンは率直な意見を述べた。


「そうか、こちらでも状況は似たようなものだよ…ところで君は元ボリシェヴィキだそうだが、その君から見て今の我々をどう思う」

「どう…とは、意味が分かりかねますな」

「ここには二人しかいないんだ。そうとぼける必要はないよ。私が言いたいのは先ほど君の言った合法路線化の事だよ。あれ以来我が社会革命党は変わってしまった、確かに政党として大っぴらに活躍できるようにはなったが、革命組織としての社会革命党は死んだのだよ」

「…確かに言われる通り革命組織としての社会革命党は死にました。しかし、それは必ずしも革命の失敗を意味するものではありません」

「武力革命だけが革命ではないといいたいのかね」


ダルバルの問いに対してザミャーチンは頭を振り声を小さくしてから話し始めた。


「というより、現在の妥協的な体制がいつ破綻するか、ですな」

「妥協的…か」

「はい、現在の合法路線化は恐らく当初は大戦終結後のロシアの混乱を抑えるための一時的なものだったはずです。終戦後の混乱の下でブルジョワ階級であれ、労働者階級であれ大きな打撃を被りました。加えて、イギリス、アメリカといった大戦に参加しなかった資本主義国が戦後の復興政策に乗じてロシアの経済的植民地化を狙ってもいました。そうした状況の中での闘争の継続はたとえ最終的な勝利が約束されたものであろうとも、ロシアに与える打撃は激甚なものになりかねないと、そう同志アゼフが判断されたものと思われます」

「なるほどな…ザミャーチン君、であれば、我々は備えねばならないのではないかね」

「と、いいますと?」

「もちろん君の言う破綻の時に、だよ」


その後、社会革命党ウラジオストク支部にはダルバルの指示とザミャーチンの黙認の下で少しずつ物資が集められるようになった。まるで何かに備えるかのように。

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