第103話 勝ちも無く、負けも無く
1916年9月27日 イタリア王国 ミラノ
「号外だよ、ドイツ首相の暗殺で開催が危ぶまれていた。聖地帰属権会議が来月ローマで開催だぁ」
「けっ、何が聖地だ。くそ、むしゃくしゃする。てめぇもへらへら笑ってんじゃねぇぞ」
号外を売り歩いていた売り子の少年に対して、元軍人らしい通行人の男が理不尽な怒りをぶつけようとした。
「やめたまえ、我々が怒りをぶつけるべきなのはその少年ではなく政府の筈だ」
だが、その通行人の拳が少年に届くよりも前に一人の男に制止された。
「…なんだよ、あんたは」
「私はジャコモ-マッテオッティ。イタリア社会党員だ。いや、今では除名されてしまったから、元党員だな」
「マッテオッティだと、新聞で読んだぞ。たしか参戦に反対して捕まった…」
「そうだ、そのマッテオッティだよ」
「てめぇらみたいな売国奴がいるからイタリアは…」
「負けた。と言いたいのかね。だが、戦争の時に煽っていた連中は今どうしてる?コソコソと隠れているんじゃないのか、君の家族や友人を犠牲にして得たものをロンドンに一声かけられただけで手放した連中は今何をしている?未だにローマで贅沢三昧だ」
「いや、あれは列強諸国が不当な圧力をかけたからだ。特にフランス人は戦争中は俺たちを支援していたくせにリエージュ会議の時には我がイタリアの歴史的権利を侵害する発言をしたそうじゃないか、だからこそ俺たちはイギリスにもフランスにも負けない様な軍備拡張を進めて強い軍隊を持った世界に冠たるイタリアを…」
「そういう事を言い続けた結果がこの有様じゃないのかね?」
「俺は次は負けないってことを言いたいんだ。ろくに戦いもしないかったてめぇに何が分かる。俺は愛国者なんだ」
「負けか…あの戦争に勝ちも負けも無いよ」
「未回収のイタリアの固定化だぞ、それのどこが負けじゃないって言うんだ」
「オーストリアでは暴動が頻発して国は分解寸前だよ、もしかしたらボヘミアやハンガリーだって独立するかもしれない。領土を失って体制を守ったのがイタリアなら、領土を守って体制を守りきれなかったのがオーストリアだ。だからあの戦争は痛み分けといってもいい」
「だからといってあの会議の結果はあんまりだ。今日だって多くの生まれ故郷を追放されたイタリア系住民がここミラノを目指してるんだ」
「それで政府は彼らに何をしているのかね、私が聞いた限りでは雇用創出という名で劣悪な労働環境へと押し込み、それでも雇用し切れない分は新植民地開拓の名のもとにリビアに送ろうとしているそうじゃないか、愛国者ならばその事に触れないのは何故かね?」
「…それは、だな…」
「なあ、君、君は優秀な兵士だったんだろう。君のその胸につけている勲章を見ればわかる。別に私に従えという訳じゃない、行動を共にしろとも言わない。君は君が正しいと思った道を進んでくれて構わない。…だが、その前にもう一度戦うべき相手について考え直してみないか、もちろん、私と同じ答えを選ぶ必要はないよ。君は私と答えを違えてもいいし、答えを選ばなくったっていいのだから」
「失せろ、アカの勧誘はお断りだ」
「それは残念だな。ああ、私の家の住所を渡しておくよ」
この日の会話はそれで終わった。
だが、数日後、男はマッテオッティの家で開かれている勉強会に参加し始めた。
その勉強会の参加者名簿にはイタロ-バルボという退役軍人の名が新たに加えられたのだった。
1916年9月28日 イタリア王国 ナポリ
ナポリ港から一隻の船が出港していた。
「先生、ヴェスヴィオ山もしばらくは見納めですね」
「ああ、そうだな…ハルキチ、君まで私についてくる必要は無かったんだぞ」
「いや、志願の時に勝利するまでは大学には戻らないと言ってから出てきてしまいましたし…」
そう言って会話をする二人の男はガブリエーレ-ダヌンツィオと下位春吉だった。
開戦の際に重要な役割を果たしたダヌンツィオはバルカン戦争におけるイタリアの戦果があまりにも少なかったことに絶望し、自宅に引きこもって酒浸りの日々が続いていた。
そんなある日、酩酊していたダヌンツィオは暴漢に襲われ(と本人は主張しているが実際のところ犯人は判らず、単なる事故の可能性もあった)、目に怪我をした。
幸いにして命に別状は無かったが、何を思ったかダヌンツィオは海外のイタリア移民コミュニティを訪ねる旅に出ると言い出した。
余りにも突飛な行動に周囲は心配したが、そんな心配をよそにダヌンツィオは引きこもっていたのが嘘のように生き生きとしており、やがて塞ぎこむよりはマシだろうと周囲も特に何も言わなくなった。
こうして、ナポリ港からダヌンツィオと下位は旅に出たのだった。
後に下位は『あの時は本当に見納めになるとは思ってもいなかった』と語っている。




