05
それからも、私たちの2人旅には色々なことが起きた。
熱帯雨林の木々を抜けたら、高い崖っぷちに出てしまったり…。
「ちょっとティオぉー、これじゃ行き止まりじゃんかぁー!もぉう!せっかくここまで来たのに、また戻らないと…」
「んにゃ?行き止まりじゃないにゃ?目的地はこの先にゃんだから、戻らずにこの先に進めばいいんだにゃ?」
「はあー?だってあんた、この崖、地上まで50mくらいあるのよっ!?こんな高い崖の先になんて、どうやったって進めっこないじゃない!私たちにはロープとかパラシュートとかもないわけだし……」
「ロープ?パラシュート?そんなのいらにゃいにゃ。ただ、崖に向かってジャンプすればいいだけで…」
「ちょ、ちょっと、まさか……」
「さあ、心の準備をするにゃん!心配しにゃくても、着地のときにちょっとしびれるくらいで、全然楽勝にゃから!」
「や、やだやだやだやだやだっ!絶対無理だって!こんな高さの崖を、『飛び降りる』なんて!や、やめ……やめて、って…」
「せーにょっ!」
「やぁっだああぁぁぁぁぁぁぁーっ!」
また別の日には、スライムの大群に襲われたり…。
「あれ?雨…かな?」
「んにゃ?」
「いや…今さっき、上の方からポタッと滴が……げげっ!?」
「んー……はにゃっ!?木の上に、大量のスライムたちが集まってるにゃん!」
「す、す、スライムっ!?」
「アイツらって移動するのがあんまり得意じゃないから、自分よりもレベルが低い敵がくるのを、いろんなところで待ち伏せしているって聞いたことあるにゃけど…。一ヵ所にあんなにたくさん集まったとこを見たのは、ティオも初めてだにゃん!」
「ちょ、何で他人事なのよっ!?レベル低い敵って、モロに今の私じゃん!うわあっ!全部落ちてきたああーっ!ちょっ、ちょっと!離れろっ!くっつくなっ!き、気持ち悪いから…!」
「にゃははは。そんにゃに慌てなくっても、大丈夫だにゃ。スライム系のモンスターは直接的な攻撃スキルなんて持ってにゃいから、いくらザコいアリサでもそんなすぐに倒されたりはしないにゃ!まあ、液体みたいなアイツらに、うっかり気道を塞がれたりでもしない限りは……」
「ど、どこが大丈夫なのよっ!?こんなに大量のスライムに取り囲まれちゃったら、そんなの……ごぼっ!ごぼぼっ!……結局、時間の…問題……で……ごぼぼぼぼぼ……」
「にゃ?あれれー……」
巨大なゴーレムと出会ったり……。
「アリサ、ゴーレムだにゃ!こんにゃところに、使用者からはぐれた野良のゴーレムがいるにゃん!アイツらはモンスターじゃにゃくって魔法仕掛けのただの土の固まりだから、レベルなんて関係にゃい!だから、今の低レベルのアリサでもきっと倒せるはずだにゃ!戦いの練習にちょうどいいから、やっちゃえアリサっ!」
「いやいやいやいや…テンション上がってるとこ、悪いんだけどさ…。レベルがどうのとか言う以前に、こんな見上げるほどの巨大なルックスがもう、ただの人間が立ち向かっていい相手じゃないっていうか…勝てる気がしないっていうか…。ってか、レベル関係ないってことは、経験値ももらえないんじゃないの?別に、わざわざ戦う必要なくない?」
「…………」
「ティ、ティオ?」
「………アリサ、やっちゃえ!」
「やっちゃえ、じゃねーよっ!ティオあんた、私のこと、モンスターと見れば問答無用で襲い掛かっていく、ロールプレイングゲームの主人公みたいな戦闘狂と勘違いしてない?ただでさえこの『亜世界』で生き残るには、ある程度は戦闘こなしてレベル上げなくちゃいけないんだし、その上更に無駄な戦いなんてしたくないってば。私の臆病さ、見くびらないでよねっ!?」
「しょ、しょうがにゃいにゃー…そしたらあのゴーレムは、ティオがたっぷりねっとり、いたぶってやるにゃ……。にゃふふふ…」
「あんたのその、ゴーレムに対する異常な執着は一体何なのよ…」
それから、朝起きたら私の下着がなくなってたこともあったりして……。
「ふあぁーあ…。あー、よく寝たぁー。……ん?あ、あれ?…無い?……な、な、無い!?何で無いの!?寝るときにはちゃんと『はいてた』はずなのにっ!?も、もしかして私、また酔っぱらって自分から脱いじゃって……。ウギャアーっ!やっちまったーっ!」
「ふにゃぁーあ……おはようにゃん。全く、アリサは朝から元気いっぱいだにゃー?」
「ティ、ティオ……つ、つかぬことをお聞きしますけど…。もしかしてわたし、昨日の夜、またあの木の実のジュースを飲んだりして………って!?」
「それにしても……。アリサを真似して試しに『はいてみた』んにゃけど…正直言ってコレ、窮屈で邪魔なだけだにゃあ。お陰でティオ、昨日は寝不足で……」
「……こ…こ…」
「だから、昨日の夜にアリサが寝ている間に借りたこの『ぱんつ』は、返すことにするにゃね?今、脱ぐから…」
「こ、こ、こらぁー!か、勝手にひとの下着を、脱がすんじゃなぁーいっ!」
そんな風に、私たちの間には本当に色々なことがあった。よく考えたらそのほとんどが、ティオのせいで私が大変な目に遭ってるだけって気もするけど……。
ま、まあとにかく、色々とアクシデント続きな旅だったことは、間違いない。そして私、そんな大変な旅のことをだんだん楽しくなってきていたんだ。まるで、仲のいい友達と一緒にお泊まりの旅行でもしてるみたいな感じで。嫌なことを全部頭の隅に追いやって、私はこの2人旅を満喫し始めていた。
でも、そんなことをしている間にも、私たちは「目的地」には着々と近づいていた。
その頃には私にも、「自分よりも高レベルのモンスターが出すレベルのエネルギー」っていうのが何となく感じ取れるようになっていて、だから、私たちが「目的地」のかなり近くまで来ているということにも、本当は気付いていた。ただ、私がそれを直視したくなくて、それについて考えたくなくって…。刺激的で楽しい毎日に夢中になって、それに気付かない振りをしていただけだったんだ。
でもとうとう、そのときはやって来た。
「…!?」
いつもみたいに、私たちが森の中を歩いていたとき。
ティオの様子が突然おかしくなった。
「……ぅぅううううううぅぅぅぅぅ…」
まるで、ケンカを始める直前の猫がするみたいに。
姿勢を低くして、全身の毛を逆立てて、唸り始めたティオ。
「え、ちょっと…ティオ…?」
「ううううううううううぅぅぅぅぅ…」
喉の奥を震わせるような、独特な響きのある唸り声。それは、英語の授業で先生がRをオーバーに発音してみせるときの音みたいに、私には聞こえた。
しっぽはピンと地面と垂直に立てて、体全体を小刻みに震わせる。そして私たちから10mくらい離れたところにある雑草の繁みの中を、彼女は鬼気迫るような集中力のこもった表情で睨みつけていた。
「ぅぅぅ……つ、ついに…」
口元だけで妖しく笑う。
取って付けたようなその笑顔は、彼女の中でいくつもの感情が絡み合ってゴチャゴチャになって、その複雑さに表情がついていかないみたいだ。
「ついに、ついに追いついたにゃ……にゃひ…にゃひひひ…」
「追いついたって、まさか……」
前方の茂みに、ティオは少しずつにじり寄っていく。私も彼女に続いて、一歩一歩そっちに歩みを進めていく。
「あっ…」
茂みをつくる丈の長い草をかき分けると、草が円形になぎ倒されて開けている空間が現れた。そしてその地面には、雪のように真っ白な塊。
それは、体を丸くして寝息を立てている1人の猫娘だった。
「にゃひ、ひ、ひ…。やっと会えたにゃあ、サラ…。ティオがお前を、ぶっ殺してやるにゃあ…」
「ティオ……」
そのときのティオが感じていたたくさんの感情の中でも一番大きなものは、やっぱり、怒りだった。




