13
「アカネ……? だ、大丈夫……?」
アカネを守るためにやってきたはずなのに、今の私は、彼女のやろうとしていることに戸惑うことしか出来ていない。せめて、今からでも何かしなくちゃ……。そんな強迫観念的な妄想にかられて、彼女の背中に向かって弱気な言葉をかけてしまう。
「あ、アカネがそんな、無理しなくても……私たちに頼ってくれれば……」
でも……。
「ナナちゃん。私、大丈夫だよ」
アカネは、振り返らずに答える。
「だって私……この『世界』の、『管理者』だもん。私の『世界』の人には、幸せになって欲しいから。私には、その責任があるから。だから……」
「で、でも……」
「ナナちゃんたちは……私が守るからっ! 私を、信じてっ!」
「え……」
その瞬間、私の心の中の不安な気持ちは吹き飛んだ。
アカネは守られる側で、私はそんな彼女を守る側。今までの私はそんなことを考えて、彼女の『世界』を自分の『世界』に閉じこめてしまっていた。でも、そんなの独りよがりな気持ちは、ただの勘違いだったと気付かされたんだ。
信じる……。
ああ、そっか……。信じればいいんだ……。こんなに強くて尊敬できる彼女のことを、私はもっと早く、信じれば良かったんだ……。
そして彼女は、「作戦」を開始した。
「そ、それじゃあ……いきますっ!」
目を閉じて、祈るように胸の前で手を組む。そして、大きく、静かに深呼吸をしてから、はっきりとした声で宣言した
「亜世界定義……『この亜世界では、人間とモンスターと妖精が力を合わせると……普段の2倍以上の力になる!』」
それは、今までに何度も目にした光景だった。
『管理者』による、世界の未定義部分の決定。その言葉を言い終わった瞬間、彼女の体から鮮やかな赤い光がほとばしる。そしてその『定義』は、完全にこの『亜世界』に適用された…………って。
は…………はあぁぁーっ!?
「人間と、モンスターと、妖精が力を合わせると、2倍以上の力になる」ぅぅぅっ!? な、な、何その定義っ! そ、そんなの、アリぃっ!?
「ふふ……もちろん、アリに決まってますよ」
いつの間にか私の隣にいたバカ王子が、おかしそうに口元をおさえている。
「だってこの『亜世界』には、ついさっきまでモンスターも妖精も、存在しなかったんですよ? つまり、『人間と妖精とモンスターの関係性』については、今まで誰も定義していなかった……未定義だったんです。未定義な関係性を、『亜世界』の『管理者』がいくらでも都合よく定義が出来るのは、当たり前なんです」
「な、なにそれぇ……。そんなこと言い出したら、それこそ何でもアリじゃん……。そんなの、反則でしょおがぁぁ……」
「いやいや、反則とは聞き捨てなりませんね……。これはこれで、なかなか考えられた『定義』だと僕は思いますよ?」
完全に呆れきって脱力してしまった私に、王子は言う。
「だって、『異なる種族が力を合わせると力が2倍以上になる』だなんて……。
これでもしも、僕たちが今の危機を乗り越え、無事にこの『亜世界』を守り抜く事が出来たとしたら……。もうその世界では、種族同士の争いなんてものは2度と起こらないでしょうね。だって、異種族間でどれだけ激しく争っても、協力の前では無力となってしまうのですから。僕たちは、争うよりも協力する方が効率的である、と『世界』に宿命付けられてしまったんですから」
え……さっきの『定義』って、そんな意味があったの? アカネは、さっきの少ない時間で、そこまで考えてたっていうの……?
「さっきの僕たちは、目の前の危機に対抗するだけで精一杯だったというのに……。彼女はその後のことまで考えていたわけです。この『亜世界』が助かった後、新たな争いを生まないように。この『亜世界』に住む者たちが、これからもずっと平穏に暮らせるように。彼女はそんなことまで考えて、さっきの『定義』をしたというわけです。
……全く、大した『管理者』様ですよ」
は、はは……
ははは……。
す、すごい……。アカネ、やっぱあんた、すごいよ。私なんかよりも、全然すごい。かっこいいよ……。
私の胸の奥の方から、何か熱いものが込み上げてくるのを感じた。それは、具体的に言葉にするのは難しかしいけれど、不思議と、どこか懐かしい感じのする、喜ばしいものであることだけは、はっきりと分かった。
それから。
絶体絶命だった状況は、アカネを中心にして一気に動き始めた。
「あ、あの……! そ、そこのエルフさん!」
「どうぞ、エアルディートとでもお呼びくださいませ? アカネ様」
「……え? あ、はい。えと……え、エアルディートさん! 今貴女に集まっている魔力を、モンスターと人間の誰かに、3分の1ずつ譲渡してください!」
「はい、かしこまりました」
「あ、その誰かっていうのは、誰でもいいんですけど……1つだけ条件があって……『遠距離攻撃魔法が使える人』にして欲しいんですけど……」
「それなら、モンスターの分は私がやろうかのー?」
「は、はい! お願いします!」
「それでは……」
立候補したアシュタリアに対して、エア様は魔力の『承認』をする。それで、この『亜世界』全体から集めた魔力のうち、3分の1がエア様からアシュタリアに移ったことになる。
「あ、あとは、人間の誰かにも同じように、3分の1の魔力を分ければ……その3人が、この『亜世界』全体の魔力の、3分の1ずつを持つ状態になります。そ、それで、その3人で協力して……『合体魔法』で隕石を攻撃すれば、き、きっと……」
「わたくしたちの魔力を結集した力は、(3分の1)+(3分の1)+(3分の1)で、元通りの1……ではなく。『亜世界定義』の力によって、本来の『2倍以上』になる。つまり、あの隕石のエネルギーを上回ることになり、隕石を破壊出来る……ということですね?」
「そ、そうです! その通りですっ!
こ、これが、私の考えた作戦……『管理者』として、この『亜世界』を守る方法です!」
力強く言い切るアカネ。その言葉に、もう迷いは少しもなかった。その強い意思に引っ張られるように、みんなも彼女の作戦と、彼女自身の事を信じることが出来るようになっていたようだった。
「でー?」
そこでアシュタリアが、のんきな調子で尋ねる。
「人間の分は、誰がやるのじゃー?」
「え……? あ、そうだよね……」
モンスター代表は、アシュタリア。妖精代表は、エア様。
アカネの『定義』通りにやるためには、あとは人間の代表者が必要になるわけだ。
「人間の代表者を誰がやるって……そりゃあ……」
私を含めた周囲の娘たちが、視線を一点に集中させる。その対象は……もちろんアカネだ。
この作戦はアカネがたてたものだし。なにより、彼女はこの『亜世界』の『管理者』だ。普通に考えて、人間の代表者として彼女以上の適任は存在しない。
うん。今のアカネなら、きっとみんな安心して世界を任せられるよね。
……でも、彼女は、
「ご、ごめんなさい……。私、魔法は使えないんです……」
と言って頭を下げてしまった。
あ、そうなんだ。でもまあ、それもそっか……。
だってアカネは、元々は普通の世界からやってきた、普通の人間だもん。いくら今は『亜世界』の『管理者』をやってるとは言っても、ファンタジー世界の住人じゃないんだから、魔法なんて無理に決まってるよ。じゃあ……。
で、その次にみんなの注目を集めたのは、バカ王子だった。
「え? 僕ですか?」
ううーん……。正直、こいつに騙されてた私としては、ちょっと複雑な気分だ。
こいつがアシュタリアに対して酷いことしたり、エア様たちを捕まえようとしてたこと、私はまだ許したわけじゃない。今はとりあえず緊急事態だから、一時的に仲間っぽくはなってるけど。本当だったら、一言ちゃんとその辺のことを謝って欲しいって思ってるんだ…………でも。
でも、なんだかんだ言って、こいつも自分の所属する『亜世界』に対しては責任感持ってるみたいなんだよねえ……。私を騙したのも、アシュタリアやエア様に対する行為も、「実は全部、自分の『亜世界』の人たちのためでしたー」って好意的に解釈してやれば、その気持ちを多少は理解できないこともないし……。今はその「自分の『亜世界』」っていうのが『人間女の亜世界』になったわけだから、こいつのずる賢さも、ある意味心強い気もするし……。
……よぉし、分かった! この際、細かいことは忘れてあげようっ! だからあんた、人間代表としてエア様とアシュタリアと力を合わせて、魔法使っちゃいなよっ!
……なんて。
私の方から、できる限りバカ王子に歩み寄ってあげたっていうのに、こいつときたら……、
「ふん……。冗談はやめてください。僕がそんなこと、やるわけないでしょう?」
とかぬかしやがったんだ。
「はあーっ!?」
「だって、考えてもみてくださいよ? 仮にこの作戦が成功すればいいですけど……もしも失敗してしまったら、どうするんですか?
もしもそんなことになったら、『合体魔法』に関与した3人は、『世界の破滅を防げなかった者』という汚名を受けることになるんですよ? その不名誉な肩書きは、この身が滅びたとしても魂に刻まれることになるでしょうし。もしも神が、以前と同じようにまた6つの『亜世界』を構築するような事があれば、きっとその『亜世界』にも、3人の汚名が残ることになるでしょう。つまり、『亜世界』中の恥さらしになってしまうというわけです。
高貴で気高い血統の僕が、そんなリスクを背負うわけにはいきません。こういう泥臭い仕事は、貴女たちのような庶民がするべきです」
目一杯の上から目線で、嫌味に言い捨てるバカ王子。
はああぁぁぁー……? こんな時にお前、何言ってんのぉぉぉ……? やっぱりこいつ、正真正銘のバカ王子だよぉぉ……。
「え……? え……? じゃ、じゃあ……誰が……?」
有力な2人に断られて、動揺でみんなの視線が揺れる。自信に満ち溢れていたアカネも、おどおどとした態度に戻ってしまう。まあ……まさか、こんな基本的なところで作戦がつまずくなんて誰も想定してなかっただろうから、それはしょうがないのかもしれないけど……。
で、でもでも、「人間」で「遠距離攻撃魔法が使える」人なら、きっと他にもたくさんいるしっ! だ、だからこれから、落ち着いて、条件に該当する人を探せばいいだけで……。
と、そこで。
ここまでずっと大人しくしてた「彼女」が、急に口を挟んできた。
「んにゃー? みんな、何でそんなことで悩んでるんだにゃー?」
それは、マイペースで能天気で、呆れるほど空気の読めない猫娘の、ティオだった。
「そんなの、アリサにやらせればいいにゃーん?」
はあ……。
そのバカ丸だしの台詞に、私は大きくため息をついてしまう。
あんたは相変わらず、気楽でいいね……。
いちいち答えるのがめんどくさいから、無視してやろうかとも思ったけど……。さすがに可愛そうに思えて、一応説明してやることにした。
「ティオあんたね……ここまでの話、ちゃんと聞いてた?
私たちが今探しているのは、ただの人間じゃないの。『遠距離攻撃魔法が使える人間』っていう、条件があるんだよ? だから、さっきのアカネと同じで、魔法なんか使えない私じゃあ……」
「んにゃ?」
ティオは、私の話を聞いてるんだか聞いてないんだか分かんない感じで、のんきに足で自分の顔を掻いたりしてから、
「何言ってるんだにゃ? ティオは何も間違ってないにゃん! だってアリサは、魔法使えるんにゃから!」
なんて言いやがったんだ。
あーあ……。この娘と真面目に話そうとしてた私が、バカだったよ。今は一刻を争うって言うのに、ティオったら、そんなワケわかんないこと言っちゃってさあ。私が、『魔法を使える』だなんて、そんなはずが…………ん? あれ?
その瞬間、何か恐ろしい記憶が、頭の奥の方でぶり返してきた気がして、私は寒気を感じた。ティオはそんなことは気づかずに、更に言葉を続ける。
「だってアリサは、ティオと初めて会ったときに、遠距離攻撃魔法を使ってたにゃ! ドラゴンに対して、炎の魔法を使ってたにゃ!」
「あ、あー……」
その言葉で、私は完全に「それ」を思い出してしまった。目は縦横無尽に泳ぎまくって、頭に浮かぶのは、「それ」に対する言い訳と言い逃れだけになってしまった。
そんな挙動不審な態度の私に、周囲のみんなが詰め寄ってくる。
「あ、アリサ様、今のは本当ですか!? アリサ様が、炎の魔法を使えるというのは!?」
「え、えと……あのー、そう言われてみると、そんな気がしないこともないこともないというかー……」
「おー。そう言えば、そうじゃったのー? 確かにそこの猫の言う通り、ナナシマアリサは遠距離攻撃魔法が使えるではないかー? なんじゃ、もったいぶりおってからにー」
「い、いや……それは、もったいぶってたわけじゃなくって……ちょっと忘れちゃったというか……『封印してた』というか……」
歯切れ悪く曖昧な受け答えをしてしまう私。まるで、悪い事してマスコミに追及されているタレントみたいだ。
でも……でもさ……。それも、ある意味ではしょうがないというか……。
だって、ティオの言ってるのって、当然、『モンスター女の亜世界』の話だよね……? そこで私が使ってた「魔法」って言ったら……それって、例の「アレ魔法」なわけで……。
「貴女はもしかして、別の『亜世界』の魔法が、この『亜世界』でも使用できるかどうかを気にしているのですか?」
バカ王子が、見当違いな補足を入れる。
「だったら、それは大丈夫ですよ。かつての『亜世界』で出来た事が、その『亜世界』がなくなると出来なくなる、なんてことはありません。現に、モンスターも妖精も、元々使用できていた能力は、失われていないでしょう?
能力というのは、世界ではなく個人に紐づいているのです。だから、個人が獲得した能力を、『亜世界』が否定することなんて出来ないのです。
まあ……この『亜世界』の『管理者』が、他の『亜世界』で使用出来た能力を封じるような『亜世界定義』を適用していたなら、話は別ですが……。ついさっき『異種族間の関係性』を『定義』出来たことから考えても、その可能性は低いと思います。一応聞いてみましょうか? ……そのあたり、どうなんですか?」
「そ、そんな『定義』、してません!」
即答するアカネ。
「ふむ……。ということは、貴女が本当に『モンスター女の亜世界』で魔法が使えたのなら、現時点でもそれが使える可能性は高いです。どうやら、人間の代表者は貴女にお願いするのが手っ取り早そうですね」
王子は淡々と、手際よく話を進めていく。私には、完全に悪い流れだ。
「い、いや……で、でも、もしも万が一にでも、やっぱり魔法使えませんでしたー、なんてことになると、アレだしさ……。他に誰か候補がいるなら、他の人にやってもらった方が……」
「他に条件にあう人間を探している時間なんて、あると思いますか? 貴女が魔法を使えるなら、貴女がやるのが一番早いんです。だらだらしゃべってる暇があるなら、さっさと準備してくださいよ」
あ、あれ? あれ? あれぇー?
なんか、どんどん追い詰められていってるような……。もうほとんど、私がやるしかない感じになってるような……。
で、でもさ……。みんなは知らないかもしれないけど、実は私が使えるその例の「魔法」って……ちょっと、致命的な欠陥をかかえてるんだよね……。どうでもいいっちゃあ、どうでもいいことなんだけど……。割と、気にする人は気にするような問題で……。
そんな問題がある私を、代表者にするのはどうかなあーっていうか……。
「そんなに心配なら、魔法を使うときに、『魔法の名前』を詠唱するといいですよ? 言葉には、魔力を高める力がありますからね。貴女が使えないと思いこんでいた魔法も、その詠唱をきっかけに再び使えることもあるかもしれませんし」
いやいやいや……。それが1番嫌だっつってんだよ……。
要領を得ない私の受け答えに、周囲にいた女の子たちもまだ全然納得出来ないみたいだ。口々に、好き勝手なことを言う。
「あ、アリサ樣……? どうして、そこまでご自分の魔法を使用することを拒否されるのですか……? 何か、わたくしたちを手伝って下さらない、理由があるのですか……?」「ぐずぐずしとらんで、さっさとやるのじゃー。ナナシマアリサよー」「どうやら、貴女がやる流れのようですよ? いい加減諦めてくれませんか?」「んにゃーん? アリサの魔法って、どんにゃ名前だったかにゃー? にゃんか変わった名前だった気がするにゃけど……ティオ、すっかり忘れちゃったにゃん!」「わ、私はとにかく死にたくないんですよっ! こ、この際、隕石から逃れられるのなら誰だっていいですっ! だから七嶋さん、魔法使えるのなら、さっさと使って下さいよっ!?」
敵対していたピナちゃんですら、さっさと私に魔法を使えと言っている……。
うん、そうだよね……。ここまできたらもう、とっとと私が魔法を使うのが、自然だよね……。それは、私だって分かってるんだよ。分かってるんだけどさ……。
で、でもさあ……その魔法に、まさか「あんな残念な名前」がついているっていうのは、みんなは知らないわけで……。もしもその魔法でちゃんと世界が救えたとしても……後で「その名前」を知ってしまったら、心の底から喜べないのではないかなあと……。
……はっ。
「ナナちゃん……」
気がつけば、アカネも真剣な表情で私を見ていた。
「今、私の『世界』を守るためには、魔法を使える人が必要なんだよ……? ナナちゃんの力が、必要なんだよ……? なのに……何をそんなに悩んでるの? どうして、協力してくれないの? 私なんかの作戦じゃあ、信用出来ないってことかな……?」
いや……全然違うんだよ、アカネ。これは、そんな深刻な話じゃないんだよ……。
私は、とっくにアカネのことを信じている。アカネの「作戦」を成功させるために、出来る限りの協力をしたいって思ってるんだよ。
だから、私が今悩んでいるのは、もっと下らないことで……。本当に、しょーもないことで……。
「お願い……ナナちゃん! 私を信じてっ! 私たちがこの『世界』を救うために、ナナちゃんの力を貸して!」
ってか、私がアカネを助けに来たはずだったのに、いつのまにか立場逆になってるしぃぃ……。
「……ああーっ、もおーうっ!」
とうとう観念した私は、叫ぶように言った。
「わ、分かったよぉっ! 分かりましたよぉっ! 私が人間代表になって、『魔法』を使えばいいんでしょっ!? やればいいんでしょっ!?」
「うん! ナナちゃん、ありがとうっ!」
「はいはい! どういたしましてっ! あとで後悔しても知らないからねっ!?」
私がそう答えた次の瞬間には、エア様が、私に3分の1の魔力を譲渡してくれていた。そして、私はもう完全に後戻りできなくなっていた。
「さあいくぞよー! 覚悟はよいかのー?」
「はい……。わたくしの方は、いつでも大丈夫ですよ……」
「ほ、ほんとに、どうなっても知らないからねっ!? 後で怒るのとか、なしだからねっ!?」
この『亜世界』の全魔力の3分の1ずつを受け取ったエア様とアシュタリアと私は、お互いに体を寄せ合って、隕石に向かって構える。
「では、始めましょう……」
そんな、穏やかなエア様の声をきっかけに。
私たちが意識を集中すると、隕石に向けた私たちの手の平から、風と、闇と、炎のエネルギーが現れた。
あーあ……。マジで使えちゃったよ、炎の魔法……。
その3つのエネルギーは、最初はそれぞれが別の存在として、周囲のエネルギーと反発しあっていた。お互いがお互いを相殺して、打ち消しあっていた。けど、次第にそれらはコーヒーに入れたミルクのように混ざり合っていき、最終的には、1つのマーブル状の大きなエネルギーになった。
「な、なるほどーっ! これは、すごいぞよーっ! さっきの、エルフ1人のときの力など、この力の前では霞むようじゃーっ!」
私たちの目の前の3色の大きなエネルギーの球体から、大量の風と熱気と、暗闇が溢れだしている。それはまるで、ブラックホールと台風と太陽が、目の前に同時に現れたような感じだ。魔法を使っている私たち自身ですら、気張っていないと、すぐさまそのエネルギーに取り込まれてしまいそうだ。
「す、すごい……すごすぎるよ……っ!」
でみ子ちゃんたちが一度は補修したはずのお屋敷が、そのエネルギーにやられて、また崩壊していく。水分の足りないビスケットみたいに、脆いところからボロボロと崩れていく。周囲にいた女の子たちも、吹き飛ばされないように必死に互いに身を寄せあっている。
きっとこれは、この世界だって余裕で破壊できそうな位に、強力な力なんだ。だってそうじゃなくちゃ、『世界破壊魔法』に対抗出来ないから。
「ま、まだですっ! わたくしは……まだ全力を出し切っていませんっ!」
「無論じゃ! 私も、ここからがフルスロットルじゃぞ! さ、3人でタイミングを合わせて、本当の全力で仕掛けるぞっ! よいなっ!?」
強風にかき消されないように叫びながら、視線を合わせるエア様とアシュタリア。さすがに2人とも元『管理者』だけあって、こんな凄まじいエネルギーを前にしても、しっかりと意識を保っていられるようだ。
私じゃ到底そんな2人には及ばないけど。それでも、精一杯吹き飛ばされないようにして、魔法を使い続けていた。
空既にかなりの距離まで近づいてしまった隕石によって、空は完全に覆い隠されている。見渡す限り巨大な隕石一色の、恐ろしい風景。
もう次はない。本当に本当に、これが最後のチャンスだ。
「2人とも、いくぞよっ!?」
「はい!」
「う、うんっ!」
「せーのっ……」
「はあああーっ!」「だああああああああーっ!」「のじゃぁぁぁぁぁーっ!」
全力を込めて、魔法のエネルギーを放出する。
その3人のエネルギーが、絡まりあった3色ケーブルのようにより集まる。そして、そのまま1本の光線状になって、隕石に直撃した。
ものすごい音とともに、隕石が光線によって削り取られていく。それはまるで、泥まみれのボールに水をかけて、汚れを落としているようだ。隕石の周辺部分が、私たちの魔法に触れる度に面白いようにどんどん破壊されていく。でも……。
私たちが本当にしなくちゃいけないのは、その「ボール」ごと削り取ること。隕石の核ごと、完全に破壊することだ。それには……まだまだ全然力が足りないっ!
「炎が弱いぞっ! ナナシマアリサっ、何をしておるかっ!」
「あ、アリサ様! もっとです! もっと、放出する魔力を強めて下さいっ!」
「わ、わかってるよっ! でも私、魔法なんてあんまり使ったことないから……」
2人に叱責されて、更に意識を集中して、体内の魔力を振り絞る私。
でも、私の炎の魔法は、全然威力が変わったようには見えない。な、なんとかしなくちゃ! まだ出来るでしょ、私!? こんなもんじゃないでしょっ! このままだと、隕石を壊しきれなくて私たちは死んじゃうんだよっ!? だから……だから……だから……なんとか……。
「ナナちゃん……」
そのとき、私の後ろの方から、アカネの声が聞こえてきた。
それは、今の私の様子を見て不安を感じている声……じゃなかった。
「ナナちゃん……頑張って!」
それは、私に対する応援の声だった。
その瞬間、体の中から力が湧いてくるような気がした。
自分の限界を超えて、実力を超えた力があふれ出てくるような気がした。
自分の力にアカネの力が加わって、2人が重なりあって、1つになったような気がした。
……アカネがついていてくれるなら……私、何でもできる気がしたっ!
「うがぁぁぁぁぁーーーーーーっ!」
なりふり構わず奇声を上げて、自分の体の中に眠っていた魔力を絞り出す。余裕も見栄もなく、ただただ全力を尽くすことだけを考えて、隕石に手を突き出す。それに伴って3色のエネルギーにも、足りていなかった炎の赤の割合が、どんどん大きくなっていく。
「そ、その調子です、アリサ様! もう少し、あと、もう少しだけっ!」
「よーしっ! 我らもナナシマアリサに合わせて、全力を出し切るぞよーっ!? これが、正真正銘100%全力の、フルスロットル中のフルスロットルじゃーっ!」
私たちは、持てる全ての力を出しつくしていた。
渦巻く風と、隕石が破壊されていく轟音で、鼓膜が破れそうだ。でも、少しも怯むことはない。
恐れるものは何もない。みんなの力が合わせれば、怖い物なんてないんだ。
体中の全ての力を振り絞って……。
考えられるあらゆる手段で魔力を高めて……。
私たちは、全力で魔法を使った。
「はあああーーーーっ!!!」「のじゃぁぁぁぁぁーーーーっ!!!」「いっくぞぉぉぉぉーーーーーーっ! 食らえぇぇぇぇぇーーーーっ! 百合魔法ぉぉぉーっ! 『少女たちの火遊び』ィィィィーーーっ!!!!!」
どぉぉぉぉーん!
そして、3人の…………いや、この世界の全ての人たちの力を結集した凄まじい力によって、隕石は完全に吹き飛んだ。
赤、緑、黒の3色のエネルギーは、そのまま空へと昇っていって、その途中で、まるで花火のようにバラバラと拡散した。それはまるで、この世界が救われたことを祝福しているみたいで、脳内に焼き付くほどに、印象的で綺麗な光景だった。
でも……。
そのときの私にとって1番印象的で、忘れたくても忘れられなくなりそうな光景は、その綺麗な花火じゃなく。
エア様やアシュタリアやアカネや……その他の周りにいた全ての人たちが……魔法の名前を叫んでいた私の方を見て、「何言ってんだ、こいつ……」というドン引き顔をしていたことだった。




