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百合する亜世界召喚 ~Hello, A-World!~  作者: 紙月三角
chapter final. 曖昧であやふやな、あるがままの貴女の世界
102/110

07



 暗い……。


 何も、見えない。全てが真っ暗だ……。



 ここは、どこ?

 申し訳程度にそんなことを考えてみるけど。本当は、どこだってかまわない。

 ここがどこだったとしても、私が私であることには、変わりはないのだから。

 私がしてしまったことは、取り返せないのだから。


「……ちゃん……」


 頭の中で、女の子のか細い声が聞こえる。夢のようなその声が誰の物なのか、もう私にも、完全に分かっていた。


 ああ、私はなんてバカなんだ。

 なんてバカで、なんて卑しくて、なんて最低な人間なんだろう。

 彼女のことを、1度だけじゃなく2度も傷付けて。彼女の『世界』を、2度も否定してしまうなんて。


「ナナ……ちゃん……」


 ……違う。

 2度だけじゃない。

 私はこれまで、何度も何度も、アカネのことを傷付けてきたんだ。アカネの気持ちに気付かずに、ずっとずっと、アカネを傷付け続けてきたんだ。

 中学生のときから……じゃなく。

 もっともっと、ずっと昔から。


 だって、だって私たちは……。


「大丈夫だよ」

 暗闇の中で、「幼い私」が「幼い彼女」の手を握って言う。

「私がここにいるから、怖がらなくてもいいんだよ」

「ナナ……ちゃん……」

「大丈夫だよ……アカネちゃん」


 そうだったんだ。

 私たちは、ずっとずっと前に、既に出会っていたんだ。



 親の仕事の都合で、私は小さいころから何度も引っ越しを繰り返していた。その途中で、半年くらいの間だけ今と同じところに住んでいたこともあったんだけど……そこでよく遊んでいた近所の同年代の子供たちの中に、アカネがいたんだ。


「ナナちゃん……真っ暗で、怖いよぅ……」

「大丈夫。大丈夫だから。私がここにいるから……」


 それは、誰かの家でかくれんぼをしていたときの記憶だ。

 私とアカネはそのとき、偶然一緒に押し入れの中に隠れていた。幼いころのアカネは、真っ暗な押し入れの中が怖くて震えていて、それを誤魔化すために、何度も私に話しかけてきた。そのたびに私は彼女の手を握って、彼女を励ましていたんだ。


「アカネちゃんのことは、私が守ってあげるから……」


 あのときの「私」はそう約束したのに……結局その約束は守れなかった。それどころか……。


 中学の教室で再会したとき、私が昔のことをすっかり忘れてしまっていたのを知って、アカネはどんな気持ちだっただろう。

 勇気を出して告白してくれたのに、ろくに考えもせずにそれを断った私のことを、アカネはどんな風に思っただろう。

 それに。

 アカネの好意を利用して、『契約』のためにキスをしようとした私のことを、彼女は……。


 ごめんなさい、アカネ。

 本当に、ごめん……。


 今更どれだけ謝っても、後悔しても、全てが手遅れだ。

 バカで、卑劣で、最低な私は、アカネとその『世界』に拒絶されてしまった。壊れゆく『亜世界』に、アカネを置いてきてしまった。

 私は、アカネを殺してしまったんだ。


 せめてこのまま、私の目が覚めなければいいのに……。

 いつまでもいつまでもこの真っ暗な中をさまよい続けて、自分のしてしまったことを後悔し続ければいいのに……。


 でも。

 私は目覚めてしまった。

 



「ああ、お目覚めですね……」

 目を開けたときに一番最初に見えたのは、心配そうに私を覗き込むエア様の顔だった。

「よかった……。さきほどの『亜世界』から戻ってから、アリサ様はずっと気を失われたままでしたので……心配しておりましたのです」

 そう言って、優しく微笑むエア様。

 超絶美人の彼女が至近距離で見せるそんな表情は、文句なしに最高だ。もしも私が普通の心理状態だったなら、確実に、彼女に夢中になっていたことだろう。でも、今の私はそれに、全く心を動かされなかった。

 そもそも、動かされる心がなくなってしまっていたんだ。

「ああ、はい……」

 適当に彼女に返事を返すと、周囲の状況を確認した。

 

 私は今、何処かの建物のベッドに横になっているようだ。壁や天井は大理石のような質感の白い石材で、装飾らしい装飾はない。そのあっさりとした無骨な内装から、ここは金髪王子のお城のような気がした。

 部屋の中には、私の他にはエア様がいるだけだ。彼女はもしかしたら、いつまでも目を覚まさない私のことをずっと看病してくれていたのかもしれない。疲れが溜まっているようで、流れるようなブロンドのロングヘアーにも少し乱れが見えた。

「あ、あの……どちらへ……?」

「……」

 私はやおらベッドから起き上がると、部屋の出口へと向かう。エア様が心配そうに声をかけてくれたのも、無視してしまう。普通ならそんな失礼な事、絶対出来ないけど……。今の私は、それくらいに普通じゃなかったんだ。


「お、お姉様お姉様お姉様、お姉様ーっ! た、大変ですわー……きゃっ!?」

 そこで突然、部屋の外から同い年くらいの女の子が飛び出してきて、私の体に思いっきり衝突した。

「い、痛たた…………あ」

「もおうっ! なんなのよ!?」

 それは、エア様の妹のアキちゃんだ。よく見ると、そのあとから他の3人……でみ子ちゃんとアナ、宇宙飛行士ちゃんも続いている。

 一瞬、懐かしさがこみあげてきて、彼女たちに何か声をかけようと思ったけれど……。


 私はすぐに気が付いた。

 『妖精女の亜世界』で私のことを知っていた妹ちゃんたちは、「エア様が死んでしまったパターンの妹ちゃんたち」だ。でも、今私がいるのは「エア様が生きているパターン」なんだから、この妹ちゃんたちと私は初対面で、面識がないんだ。

「……あんた、どこに目つけてんのよっ! 気をつけなさいよねっ!」

 その証拠に、アキちゃんや他の妹ちゃんたちは、久しぶりに会った私の姿に特に興味を持たず、さっさとエア様の方にいってしまった。唯一アナだけが、アキちゃんの衝突で体勢を崩した私に手を差しのべて、「『きみ』、大丈夫? ケガはなかったかい?」なんて言ってくれたけど……。それだって彼女が元々優しくて男前ってだけで、私のことを覚えていたわけじゃない。

「あ、どうも……」

 私は彼女たちと話すのは諦めて、さっさとその場を立ち去ることにした。

 そのときの私が、向かっていたのは……。


「おお! やーっと目を覚ましたようじゃなー!」

 そこでまた、別の女の子が部屋に入ってきた。青い肌に黒いビキニ水着のような格好をしたその少女は、元『モンスター女の亜世界』の『管理者』、アシュタリアだった。

「待ちくたびれたぞ、ナナシマアリサよ! さあ、これからおぬしはどうするつもりなのじゃ? また前のように突拍子もないことを言って、私を楽しませてくれるのじゃろーなっ!?」

「はあ……」

 私の気も知らないで、彼女は現れた直後からそんな勝手な事を言っている。まだ私は、彼女がティオたちにしたことを許すのかどうかさえ、決めかねていたっていうのに……。

 まして今の精神状態で、彼女を相手にしている余裕なんてあるわけがない。私はすぐに彼女のことも意識の隅に追いやって、さっさと部屋を出て行く。

「ん? どうしたのじゃー?」

「あ、アリサ様……」

 今の私には、やらなければいけないことがあるんだ。だから、他人が私に何て言おうと、私のことをどう思おうと、全く気にならなかった。

 だって私は、一刻も早くそれをしなければいけないんだから。アカネのために。私がアカネにしてしまったことの、責任をとるために。


「あ、アリサ様……? ま、まさか……」

「んー? おぬし、もしかすると……」

 エア様とアシュタリアは、無言で部屋を立ち去る私の背中から、何かを感じ取ったらしい。

 でも奥ゆかしいエア様は、それを口にするのを躊躇して中々言い出せずにいる。逆に礼儀知らずのアシュタリアの方は、遠慮なくそれを指摘してきた。

「これから死ぬつもりなのではあるまいな?」

「……」

 考えていたことをそのまま指摘されて、部屋を出て行こうとしていた私の足が一瞬止まった。でも、だからと言って私の意志が変わったわけじゃないけど……。


 アシュタリアの言う通り、私は今、死のうとしていたんだ。

 だって、当然でしょ?

 私はさっき、自分の親友を殺してしまったんだよ? そんな、絶対に許されない大罪を犯した私が、のうのうと生きていていいはずがないよね?

 アカネを傷付けて、彼女を殺してしまった私には、もう生きている資格なんかない。だから、私が目覚めて一番にするべきことは、自分を殺すことなんだ。それしか……出来るわけないんだ。

 そして私はまた、歩き出した。部屋を出て、少しでも早く自殺をするために。


「なるほどなー。それが、おぬしの出した結論というわけかのー……」

 私の背中に向けて、アシュタリアは呆れたように鼻を鳴らす。

 さっきまでは、夏休みに友達の家に遊びにきた小学生のように楽しそうな様子だったのに……今の彼女は、赤点をとって補習を受ける学生よりも退屈そうだった。

「つまらん。がっかりじゃな」その気持ちを隠すこともなく、彼女は言う。「私が知っているおぬしならば、こんな状況でももっと愉快な事を言ってくれると、期待しとったのじゃがな……。

どうやら私は、おぬしという人間を買いかぶり過ぎていたようじゃ」

 ははは……。

「あ、アリサ様……」続くエア様の声は、少し震えていた。「ご、ご冗談なのでしょう? 貴女が……他でもない貴女が、そんなことをされるなんて……。わたくしには、とても信じられません……」

 きっと彼女も、アシュタリアと同じように私に幻滅したのだろう。彼女の『亜世界』を壊した時には偉そうなことを言っていたくせに、こんな方法しか選べない私のことを。

「ど、どうか、嘘だとおっしゃって……」

「……姉様、そんな不良品な人間のことなど、もう放っておきましょう? それより今は、やがて全ての『亜世界』が1つになるときのために、我々の勢力を少しでも拡大する方法を考えなくては」

「し、しかし、アリサ様は……」

「お姉様っ! 最後の『亜世界』が消滅したら、私たちがいるこの『亜世界』が完成された世界になっちゃうんですわよ!? だから、今のうちにこの『亜世界』でやれるだけの事をやっておかないと、後々もっと面倒なことになりますわ!」

「……」

 エア様は、それでもしばらくは私の事を気にかけてくれていたようだけど……。やがて、妹ちゃんたちの説得に応じて、小さく「はい……そうですね」と頷いた。


 もう、私を引き止める人は誰もいなくなった。この場にいる誰もが、もう、私には何も期待していないようだった。


 でもそれは、しょうがないことだ。『人間女の亜世界』は崩壊して、私のせいでアカネは死んでしまった。だから私もその罪に対する罰として命を絶って、みんなの記憶からも消えてなくなる。それが、1番いいんだから。

 今まで私がやってきたことが、最初から無かったみたいに……。私という存在が、全て無意味だったみたいに……。私を構成する全部は、完全になくなってしまうんだ。アカネも、アカネの『世界』も、私の『世界』も……消えてしまうんだ。それが、1番いいんだ。もう、私に関わる全ては、終わってしまってるんだから。


 気付いた時には、私は1粒の涙を流していた。

 いや、それはとても「涙」なんてとても呼んでいいものじゃない。もっと卑しくて、自分勝手で残酷な、汚れた雫だ。最低な私の最期に似つかわしい、最低な液体だ。


 視界はあやふやになり、部屋の中のエア様たちの会話も、もうほとんど聞こえなくなる。意識はだんだん無に近づいていって、私はもう既に、半分死んでいるような状態だった。


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