※おまけ 十年前~男子寮にて~
夜、9時。
俺は寮の中の誰もいない部屋を探し出すと。
震える手で携帯電話の中に入ってるあのコの電話番号を検索した。
「マコちゃん」
勝手にちゃん付けの名前で、保存した番号や。
数か月前、友達のヨシノリが風呂に入ってる間、あいつの携帯電話の電話帳を勝手に見て、入手した。
番号を仕入れた俺は罪悪感を感じることすらなく、そのあとしばらくはあのコの電話番号を知っとる、という満足感に酔いしれた。
でも、知ったところでどうなるんやろ、と、後で気づいた。
俺は、あのコと目が合って喜んどるぐらいで。(合ったらすぐにこっちから目をそらすけど)
挨拶する勇気もなかった。
でもあれから、数か月。
挨拶ができる関係になった。
とうとうこの電話番号を使うまでに来たで。
心臓が口から飛び出そうなほどバクバクしとった。
思い切ってコールボタンを押す。
耳に携帯を当て、数回呼び出し音が鳴った後。
「……はい?」
あのコが出た。かわいい声や。
俺は裏返った声が出た。
「こ、こんばんは。……よ、吉井です」
「……え?」
「よ、吉井です」
受話器の向こう側で、ぎゃははは、と女子が笑う声がした。宴会でもしてるみたいな声やった。
「すみません。周りがうるさくて。少々、お待ちください」
しばらく間があいた。
俺は緊張のあまりめまいがした。
静かになった気配がして、あのコの声が聞こえた。
「すみません、もう一度お願いします」
「よ、吉井です」
「……吉井くん?」
くん、づけ! で。俺の名前、読んでもろた!
ぱあーっと、それだけで俺は舞い上がった。
「い、今大丈夫ですか。話しても」
「は、はい。大丈夫です。い、今、友達と旅行に来てて。でも大丈夫です」
山梨に旅行にいっとるんは知っとった。だから、告白しようと思うたんや。
今、ふられても二、三日経たなこのコは帰ってこおへんから、ショックから立ち直れるかと思った。すぐに顔つきあわせやんで済むしな。
「あ、あの」
俺は頭がパンクしそうだった。
「僕、谷奥さんのこと、バレー部で……」
「え?」
「僕、バレー部で谷奥さんの」
「え? ごめんなさい、聞こえへん。山奥におるから、電波悪いんかも」
「ぼ、僕、谷奥さんが」
「え?……」
俺はますます緊張して頭がこんがらがった。
「谷奥さんのこと、僕」
「はい」
ほ、と俺は心の中でため息をついた。でも、まだ心臓はドキドキ鳴りっぱなしやった。
「谷奥さんのこと、バレー部で見てから」
「ごめんなさい、もう一回」
「谷奥さんのこと」
「え?」
「だから!」
俺は声を大きくした。
「……はい」
あのコが小さく返事した。
「谷奥さんのこと」
「はい」
「バレー部でみたときから、いいな、て思ってて」
「はい」
「かわいいし、やさしいし、一生懸命やし……」
「うん」
「だから……俺はいいな、とずっと前から思ってました」
「……」
「谷奥さんさえ」
「ごめんなさい、もう一回」
「だから!」
「はい!」
「ずっと前から、谷奥さんのこと好きやと思ってました」
「……」
俺は声も手も、全身震えだした。
「だから……」
「はい」
「た、谷奥さんさ」
「うん」
「え……よ、よかったら……僕」
「はい」
「と……つ……つきあっ」
「うん」
「てください」
「……」
へ、へんなところで相槌打つ子やな。クセなんかな?
そのあと、なかなか返事がこないのに俺は耐えきれんくなった。
「た、谷奥さん?」
「うん」
「ど、どうですか?……」
「うん、はい、はい」
か、軽いな!
「ほ、ほんまですか?」
「はい、うん」
「あ、ありがとう」
「うん」
「そ、そんなら」
「はい」
「お、おやすみなさい」
「うん、はい」
「……」
俺は電話を切った。
まだ心臓の音が大きく聞こえた。
お、終わった。
携帯電話は俺の手汗で濡れとった。
俺はその場で、耳に残るあのコの返事を反芻した。
――うん、て言うてくれた。
――はい、て言うてくれたで。
俺はふつふつ、歓喜がわきあがってくるのを感じた。
「うわ! お前、俺の部屋でなにしとんねん?」
その時、この部屋の主やった奴が、部屋に帰ってきよった。
俺は入り口に立つそいつを突き飛ばして、部屋を出た。
「わははははははははは!」
何人もの奴と俺はぶつかりながら。
俺は共用の冷蔵庫から誰のもんかわからんビール缶をつかみとると。
寮の階段をマッハでかけ上り。
屋上へと飛び出した。
頰に滑る冷たい夜風を心地良く感じた、俺は。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
全身全霊で、月にむかって吠えたった。
「な、なんや。だ、だれや?」
すぐ下の階から誰かが言う声がして。
窓から何人もの顔が俺のことを見上げた。
「ケイスケか?」「ケイスケや、ケイスケ」「じゃかあしいんじゃ!ボケ!」
「わはははははははははははははははは!」
かまわず俺は、もっていたビールのプルタブを開けた。
夜空の月は。
今までで見たことがないくらいまあるくて、綺麗なお月さんやった。
読んでくださった読者の皆様、ありがとうございました。




