六十七話 魔法都市の戦
久し振りの更新ですまない……。
これは余談だけどポメラ壊れてから全然書いてません(あと色々データ飛んだファッキン)、新しいの買うまで死んだ魚のように過ごします。次はノパソ買おうと思いますハイ。
「う、うわああああぁ! こっちに、くるな、くるなぁ!」
生首が宙へ飛ぶ凄惨な戦場。
目の前の仲間を一瞬の斬撃によって弾き飛ばされた青年は、狂ったような叫びと共に魔法を連発する。
魔力は込められているが、精度も制御も失われた攻撃という意志のみが付与された乱雑な魔法射撃だ。
それは、大斧を構える男の前で――掻き消えた。
横に振るった斧に裂かれ、その魔力弾は形を維持出来なくなったのだ。
不安定な魔法はその形を維持することすらできない。霧散し魔素へと還元した魔力は空気に溶けてなくなっていく。
「君達に直接の恨みがあるわけじゃない。しかしこの場所で魔法を学んでいたことが運の尽きだったと、潔く諦めてくれ」
男は音も気配もなく青年の真後ろに接近し、その首に斧の刃を突き付ける。
首元で血に塗れた刃が煌めく。
しかし青年が恐怖に怯える暇はない。
「せめて終わりは一瞬に。せめて痛みは最小限に。それが俺の出来る最大限の手心だ」
――既に青年の首は、胴体と繋がっていないからだ。
ごとりと落ちた首を合図に大斧を回転させて血振りを一回、ソーマはふうと息を吐いた。
魔法学校の内部。
各教室や研究施設へ繋がる廊下。
数多の死体と血で塗りたくられた通路の横、窓から外の混乱の様子を眺めつつ言う。
「他の皆も無事に到着したようだ」
「あぁ、そうみてーだな。んでソーマ、こっからどうする」
ソーマの横で同じく眼下の光景を眺め、ノアは己の得物を収納しつつそう聞いた。
付近の魔法使いは殲滅した。
どれもこれも大した手応えはなく、そもそもが戦闘経験の感じられない素人ばかり。
殺すのは容易く、結果が辺り一面の死体の山。
素人だからといっても魔法の威力は確かなため、二人は一切の油断も慢心もしてはいなかったのだが。
――つまりはまだ、例の魔法使いに当たってはいないということ。
「我々の目的は、この都市の陥落だ」
「あぁ」
「そして俺達の役割は、死ぬまで暴れることだ。ならばやることは決まったも同然」
「……わぁってる」
「俺もノアも死ぬつもりはない。俺達だけで終わらせればいい話だ。さぁ、先へ行こう」
ここにはもう人の気配がない。
大半の魔法使いは恐れをなして戦闘を放棄し、逃げ出したようだった。
そのような連中は後から現れる第二陣や第三陣に狩られるだけ、二人が追い掛けてまで始末する意味はない。
ソーマは大斧を片手に下ろし、通路の先へ一歩を踏み出す。
「――は、珍しいじゃねーか。ソーマがちゃんと物事決めてるなんて」
「そうではない。最初から決まっていた」
「あーはいはい。んじゃ、うちらで終わらせっか――おい、なんか来るぞ」
言われずとも斧を構えるソーマ。
ノアが警戒した先――それは、通路横の壁を豪快に破壊して現れた。
破壊、いや再構成とでも言うべきか。
一度壊れたはずの破片が元あった位置へと戻り始め、亀裂の跡すら残さず何事もなかったかのように元通りに還元されていく。
間違いなく魔法だ。
それも、これまでとは比較にならない強力な種類の。
これまで相手にしてきたような未熟な者達でないことは確かであろう。
恐らく――。
「俺の邪魔ぁしたのは、お前とお前の二人だな? 丁度いい――新作の穴埋めを思いついたところだ。人体実験のついでに、遊んでやるよ」
そうして、その男は目の前に立ち塞がった。
無造作に散らされた獣臭い茶の頭髪に、猛禽のような目。
若草色の外衣に両手を突っ込んでいて、その内側からは何種類もの薬品の臭いが発せられているのをノアは感知した。
明らかに他とは違う並々ならぬ威圧感。
ようやく、現れた。
「てめーが十二の魔法使いってやつだな」
「だったらどうした、俺がそうだったらお前ら泣き叫んで許しを乞うか? ハッハッハハハ……殺さなきゃ収まらねぇ」
「ノア、俺が確認を取る」
「――あぁ?」
その男が動き出す前に、ソーマが先陣を切った。
目にも止まらぬ速度で駆け抜けた先制攻撃、男の視線が追いつくよりも先に到達し、空中、真横から大斧を振り払う。
並の魔法使いならば胴体が真っ二となるであろう音速の一撃だ。
重厚な斧の刃は男の腹部を断ち切らんと接触し――。
「――ほう」
がぎりと金属同士のぶつかり合う衝撃音が周囲へ走り。
火花と共に大斧が真横に弾かれ、驚いたソーマは反射的に壁を蹴って男から後退した。
「中々やるじゃねぇか。称賛はしてやるよ」
魔法を発動する動作は微塵もなかった。
しかし斧から得た衝撃はローブや肉を斬る感触などではなく、岩や鉄を破壊する時の感触のそれに近いもの。
防御魔法ではない。
実体のある何かを削った感覚が、ソーマの両の手に微かな痺れをもたらしていた。
しかし、目視や認識もしていなかったはず。なら一体どうやって防いだのか。
見れば、男が先程受けた斬撃の部分――その空間に、黒い固まりのようなものが現れていた。
ぼろぼろと崩れて魔法の残滓を撒き散らしながら地面へ流れてゆく様、それは不自然と言って相違なく、こちらが観察しているのを分かった上で男は余裕げに笑んでいる。
何もない空間にあの一撃を防ぎきれるほどの実体、それらを生み出していたのか――?
何という精度と強靱さであろうか、確かにこれは只者ではない。
「ソーマ、下がれ!」
ノアの叫びが耳に届き、ソーマが避けたその瞬間、先程まで踏んでいた地点から数本に及ぶ銀の刃が飛び出した。それらは天井を破壊するまで伸び切った後、同じように魔法の残滓を撒いて消滅していく。
幻想的にも狂気的にも見えるその光景――還元される魔素の合間を悠々と歩いてくる男は、にぃと楽しそうに口元を歪めた。
「なんだ、てっきり串刺しになっちまうかと思ったが反応もいいな」
「てんめぇ、遊んでやが」
「だーかーからぁ、遊んでんだよ」
ノアの目の前に、その男は立っていた。
全くの挙動すらなく、音も、時間すらも超越したように。
最初から目の前に立っていたとしか思えないような自然さで。
ノアが動くよりも早く、男は外衣から手を抜き取る。
その手に握られていたのは赤い宝石のような、
「暴れろ、破砕晶」
光を当てれば輝きそうなその結晶は、ノアの目の前で全方位へと弾けた。
間一髪ソーマと同じように後方へ飛んで細かく弾ける赤の破片を躱したが、掠めた右の頬から横に一筋、ぱっくりと肉が裂けて血が流れる。
ノアは右手の甲で拭ってそれを確かめ、舌打ちを一つ。
怪我はなんてことはないが、この一瞬で状況は最悪になった。
男によってソーマと分断されたのだ。
距離も離れてしまって、これでは連携が満足に取れない。
「――ち、やられた……!」
男の好きなように乱された戦場で、しかしそのまま戦い続けるのは馬鹿の所業――。
ノアは意識を尖らせ、ソーマとの意志疎通を図る。
「おっと、今のを避けるか。だが全然分かってねぇ、全然分かってねぇぜお前ら」
「――ノア、離脱しろ! 形勢を変える!」
ソーマの声。
ノアは即座に床を蹴り、真横の窓へと突っ込む。
もしも状況が悪くなった場合、戦いよりも逃走を優先させることは事前にソーマと決めていたのだ。
この場合の最適解は、窓を破壊して外に飛び出し男の戦闘距離から離脱すること。その後ソーマと合流し、対策を練って打ち破ること。
男が追ってくれば手の内の全てを晒させることのみに集中し、追ってこなければその時点で得た情報を仲間と共有する。
裏を返せば、現時点で戦いを続けても勝機はないということだ。
向こうとは違いこちらの手の内は先に晒してしまえば、種のない魔法と違って種のある技術はおしまいなのだから。
「あぁ――分かってねぇな」
男は、両サイドで同時に逃走を謀った二人へ、溜め息混じりに呟いた。
「今のは、攻撃じゃねぇんだよ」
ノアが向かった窓。
今破らんとしているガラスに突き刺さった大量の赤い破片――それが、鈍く妖しく輝いた。
◇
「随分と派手にやってるらしい」
都市へと足を運んでみれば、そこは一言で酷い有様だと言える状況になっていた。
各所から火の手と煙が上がり、混乱に陥った住民が安全な場所へ避難しようとするため往路は人混みで溢れ返っていた。
統率する人間がいない分、混乱は酷くなる一方だろう。
戦乱の方へと自ら足を進めている俺は、ぶつかり合う住民の隙間を縫って先へと向かう。
目指すはヲレスの医療施設――と言いたかったが、どうにもこの有様ではあちらへは向かえそうにない。もう少し時間を置き、この混乱が遠退いた後でいいだろう。
ある程度進むと、戦乱に近い場所ほど人の数が減り見晴らしが良くなっていった。既に退避の済んだ場所だ、盛大に破壊された建物の瓦礫などがそこら中に散らばり、荷物や食物なども転がっている。
逃げる途中に落として、そのまま放置されたのだろう。
ここまで来ると逃げる者より負傷者の方が多い。血を流して地面に伏している者。足に瓦礫の破片が刺さって動けない者、建物に挟まれて絶命している者――。
俺に助けを求めて手を差し伸ばしてくる者、叫ぶ者も居たが、それらに一々反応している暇はない。
彼らの上を通り過ぎ、俺は更に先へと進む。
さて。魔法学校はこの位置からはっきりと見えるようになった。度々戦闘音が流れてくるため、殆どが俺の教えた通りに乗り込めたらしい。
すると相手の戦力もあの中に集結している、ということか。
人間同士の戦争――それを裏で仕組んでいるのが魔物、か。まあ俺に関係はないが、奴の邪魔をするのであれば……お互いが潰れて貰っちゃ困るのは確かだ。
「――そこの、オマ、エ」
そこで、俺の耳に助けを呼ぶ声が聞こえてきた。しかし辺りを見渡しても、そこに声の主はいないようで。
では今のはと考え出したところで、その声がどこから来ているのかを理解した。
(――聞いて、いるのか)
そう、これは――この感じはテレパスだ。
久しく使っていないから一瞬分からなかったが。
しかし、何故。
俺は疑問に思いながらも懐から石を取り出すと、それが淡い輝きを見せているのを確認する。
確かこいつはリーゼとしか繋げないはずじゃなかったのか? だが今聞こえている声は男の物だ。まさかこいつがリーゼなわけあるまい。
だが魔石が反応しているのは確かだ。ならば相手は魔法使い、それに準じる者であることに違いはあるまい。少なくとも神聖教国の誰かではなく、状況から鑑みるに魔法学校の誰かだ。
俺は少々考えた後、その声に向かって質問を投げる。
(お前は誰だ?)
しかし、返答の代わりにこんな言葉が返ってきた。
(聞こえて――いないのか)
どうやら俺からの声は聞こえていないらしい。今にも消えそうな声で訴えかけて来る声は、それからも俺の脳へと執拗に語り掛けてきていた。
「……ったく。どこからだ」
テレパスでの通信にも精神や状態が左右する。
リーゼのように大声で伝えて来ようものなら騒音クラスの大声になり、逆に小さく伝えればその通りに伝わる。この声、まず間違いなく重傷で動けないほどの傷を負った何者かであるのは分かったが――。
「ん……あれ、か?」
生憎俺に魔力はなく、そんな気配はまるで分からない。分からないが、遠目で分かる所にそれらしい人物が倒れているのが視界に入ってきた。
全身に瓦礫が刺さり、膨大な量の血を流した男だ。ずっと向こうから地を這うように逃げてきたのか、地面にある血の染みがその男から奥まで繋がっている。結構な距離を逃げてきたのだろう、かなりタフな奴だ。
何故それが声の主だと判断したかは単純明快――そいつが俺の方へ視線を投げているからに相違ない。声を発さないのは喉を大きく抉られているからで、だからテレパスを発してきたのか。
色々と疑念はあるが、声が聞こえた以上は……そうと頷くことしかできんだろう。
いや、単に予想でしかないのだが。違ったら違ったで素通りをすればいいだけのことだ。
(お、おぉ……気付いてくれたか)
しかし、俺の予想は的中していたようだ。俺を眺めながら確かにそう告げると、彼は少しだけ首を上げて俺と視線を合わせてくる。
「あぁ、そんだけうるさく言われりゃな」
(……お前も襲われたのか? こりゃ随分と無差別なようで……この通りだよ。それに皆逃げちまってどうにもならねぇ。すまんが、ちょっと頼みがあるんだ。聞いてくれるか)
この惨状、どうやら俺の怪我もそれによるものだと判断されたらしい。まぁ傷口が開いたのは奴らノアとソーマ二人のせいでもあるのだし、あながち間違ってはいないのかもしれんがな。
今にも死にそうな面をしている男の視線まで腰を下ろし、潰された首元の傷を見て顔をしかめる。
その傷はそれほどに酷い有様だった。それは喉元を喰い破っただけでは終わらず、首の骨を完全に断って後ろまで貫通しているのだ。抉れた肉や骨がはみ出している。
道理で動けないはずだ、というか普通の奴であれば即死していて当然の傷だが――生きているのは、魔法使いだからか? 訳が分からん。
ここまで這って来ただけでも相当に人外の域に達している――恐らくこいつは、十二人の内の一人。あいつらには悪いが、よくここまで追い詰められたなと素直に思う。
「聞くだけならな。こんなところにわざわざ足を運ぶんだ、俺も知らん奴を助けている暇はない」
(そう言わずに頼まれちゃくれねぇか。何、難しいこたぁ言わない……俺を、とある場所へ運んで欲しい)
「とある場所? 見ての通り俺もそれなりに怪我をしちゃいるんだが、そんな奴に頼むのか。お前ももう動かしていい身体ではないだろう」
(すまんが、頼める奴が他に一人もいなくてね……それに動いても動かなくてもこんなんじゃ俺は死んじまうさ、だったら俺は動く方を選ぶ。そこに行けば助かるかもしれないし、何ならお前の傷だって直ると思うぜ)
ぴくりとも身体を動かさず、そいつはテレパスで伝えてきた。
確かにそうだろう。
どっちにしろ死ぬ。
なら動いた方がいいというのは俺も同じ意見だ。
(乱暴に扱ってくれても構わないんだ。今の俺は、どうやったってまだ死なない。だから、どうにかしてそこまで運んで欲しい)
「さっぱり意味は分からんが、それがお前の魔法なわけだな」
さて、どうしてやるか。
魔物側の計画はほぼ間違いなく、魔法都市と神聖教国という二つの勢力を潰すことだ。そうなれば一番猛威を振るう魔法使いも消滅し、同時に特殊な技能を磨いてきた教国の連中も失うことになる。
そうなれば目立った戦力は今度こそリーゼ一人だ。
魔物の目的が人間勢力の減退であるということは、それが奴の目的でもあるということ。
ならば俺はそいつを防いで見せよう。そのための駒は、多い方がいい。
「分かった。お前ほどの巨体をどう運ぶかは考え物だが、いいだろう。それで場所はどこだ?」
(本当か、恩に着る……どうにかしてそこまで運んでくれ。場所は――)
――ヲレスの診療所。
あいつは俺と違って有名なんだから、多分お前も知っているだろ? と。こいつは確かにそう言ってきた。
聞き覚えがないわけがない。間違えるはずもない。
なるほど、とりあえずの目的の場所としては俺とこいつは一致しているわけだ。
「そこに行けば助かるのか。ヲレス本人はいないと聞いていたが?」
(いや、大丈夫だ。その辺は俺が何とかする。何となく分かっているとは思うが俺もあいつと同じ位の一人――大地の魔法使い、ジョッキー・フリート。ちょっと勝手に施設活用するくらい、俺ならワケない)
まぁそうだろうな、と俺は得心する。
あいつらがどうにかできるのは事前情報のあるこいつくらいなものだろうし、確証も得た。
ヲレスは確実に今、この都市にはいない――それはそれで困ることもあるのだが、とりあえずは今やるべきことを優先させるに当たっては、ヲレスに邪魔された方が困るからな。
「悪いが今すぐ向こうには行けないぞ。混乱で道に人の壁が出来ている」
(大丈夫だ)
ジョッキー・フリートは自信有りげに一拍置いて、次にこんな台詞を宣った。
(俺を引きずっていくんだ。向こうに着く頃には誰もいやしない、だろ?)
そのお前を運ぶのは誰だと思っていやがる。
全く。
「そうだな。運んでる途中で死ぬなよ」
俺は適当に答えて、全身傷だらけのその身体を乱暴に引っ張り上げた。




