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トラベラーズ・レコード  作者: くるい
至るべき世界
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六十六話 泡沫の夢

「――私はね、別に世界を救いたかったわけじゃなかったんだよ」


 それは吹けば消えてしまうような、泡のような夢。

 彼女は言っていた。

 大それたことは何もしていないと。


「目的? 陰謀? ないよそんなの。私が貴方に力を渡したのは、あなたを助けたかったから。それだけだからね」


 彼女はいつも、彼の傍で微笑んでいた。

 いつどの世界でどのようなことをしていても――彼の隣に、彼女は居た。


「いつまで俺に付き合うつもりなのかって? そんなのずっとに決まってるでしょー。私はあなたの仲間で、友達で、理由はそれだけで十分だったりしない? それに、あなたはもう元には戻れないから。責任は私が取ってあげましょう。ね?」


 それは彼と彼女が世界を救った、しばらく後の話。

 誰かと誰かが、まだ同じ場所を見ていた頃の話。


「だから、鈍いなぁ――――――は」


 短い、泡沫の夢。


「私はあなたを好いているだけだよ。言わなきゃ分からないかなぁ、全く」


 割れて弾けて、夢は終わる。


「――――――。私と、」


















「――何、だと」


 アウラベッドの爪は、俺の身体を通り抜けた。

 肉を斬り裂き骨を断ち切り、間違いなく人の生命を終わらせるに足る一撃を。


 俺は一歩も動くことなく、一切の傷を負うことすらなく、アウラベッドの攻撃はまるで何もない宙を斬ったかのように空振りに終わる。

 俺はレッドシックルの剣を無造作に右手(丶丶)へ持ち替え、横一文字に斬り抜けた。

 肉と骨が血と混じり合って、宙に舞う。


 赤い残像と血飛沫が一瞬緑を塗り変え、俺の頬は返り血で赤く黒く染まる。

 だらりと、剣先を血の滴がしたたり落ちてゆく。


 腹部の筋繊維と爪を差し向けた方の腕を両断され――アウラベッドは、やっと俺の剣先へ視線を這わした。

 今、この魔物はようやく己が斬られたことを認識したのだ。


「――今のは」

「俺は剣を振るっただけだ。そこに剣の達人でなければ振れないような技術はない。ただ、構えた剣を横に振っただけ。そいつをお前が見切れなかっただけでな」

「ふざけるな」


 アウラベッドの姿が掻き消える。膨大な魔力を用いての高速移動だ。俺の背後へと回り込んだアウラベッドは両の翼を限界まで広げ、幾つもの魔力の塊を宙に形成する。


「やはり、貴様は人間ではないらしい――!」


 人間であれば跡形もなく消滅させる規模の魔力弾が、町一つを壊滅させかねない威力の魔力砲撃が一斉に俺へと放たれる。


 俺は避けない。

 着弾した魔力は漆黒の奔流を周囲全てに放出し、緑という緑を不毛の荒れ地へ変えてゆく。衝撃で樹海の大木は全て薙ぎ払われ、漆黒に飲まれて消滅する。

 ごう、と鈍く重い激震が俺を中心に発生し――辺り一面の樹海は見る影もなく、消失した。


 漆黒の残滓が徐々に世界へ還元されて、空気に流れて消え失せる。

 大地も木々も、自然界の全てを跡形もなく消し飛ばしたその中心部――しかし、俺は無傷で立っている。


「お前の言葉は正しい。ああ、人間としての俺ならばお前には絶対に勝てんだろうが、そうではない俺とお前では次元が違う。比喩ではなく、文字通りの意味でな」

「――ば、馬鹿な。今のを直撃で、傷一つ負わないモノなど――この世に」


 俺は溜め息を吐く。


「いるんだよ。言ったろう、俺はイデアの玩具だと」


 俺は本来動かないはずの右腕でレッドシックルの剣を鞘へと収め、次なる魔力を解放せんとするアウラベッドへこう告げる。


「まだやるか?」

「当たり前、だ――!」


 俺はアウラベッドの魔力をこの目で認識し、その魔力が攻性因子へと変じる前に――完全に消滅させた。

 次の瞬間には浮遊するための魔力すらも失い、アウラベッドは自ら消し去った不毛の大地の上へ墜落する。


「貴様……一体、何を、した……!」

「言わずとも理解はしているはずだろう。この世界の理が俺に通じないことくらいは」

「……――神、か」


 アウラベッドは忌々しげにその言葉を口にした。


「全く、ふざけている」

「ふざけているというのは、俺も同感だがな」


 神とは人間が思い浮かべる存在ではない。ただ、この次元より上位に位置する存在なだけだ。

 しかし神という存在は下位の存在にとって荒唐無稽な存在であることに変わりはなく。一度その力を振るえば人間だろうと魔物だろうと、一切の反抗すらも許さない。


「だがこの力は制約無くして使えはせん。いつでも好き勝手に使えるなら、とうに使っている」


 膝を折り、アウラベッドは二の腕から先のない腕をもう片方の手で握り潰した。滝のように流れる出血は防がれ一時的に血は止まるものの、目に見えて衰弱していた。

 次に同じ威力の一撃を受ければ、如何に魔物の強靱な肉体とはいえ死は免れないだろう。


「一つ、問いたい。貴様らは一体何がしたいのだ。イデアは何故、貴様を狙う。貴様は何故、逃げ続ける」

「知りたいか?」


 そりゃ知りたいだろうな。

 元々の魔物がどういったモノだったのかは知らないが、イデアによって新たな力と生を得て、己の生き方を完膚無きまでに狂わされたことに違いはない。

 そして折角人間を滅ぼすという悲願を叶えようと奮闘しているところに、俺という全く関係のない邪魔者に阻まれているのだから。


 問いたくもなるだろう、叫びたくもなるだろう。


 ――それが、こんな下らない争いに巻き込まれているだけなのだと知ったら、こいつはどんな顔をするだろうな。


「いいだろう、教えてやる」


 俺は背中から神と同じ翼(丶丶丶丶丶)を生やし、それを眼前の男へ見せつけるように広げてみせた。

 目を見開くアウラベッドへ、俺は肩を竦めてこう告げる。


「かつて俺は奴から神の力を渡されて世界を救った男だ。お前が奴から今の姿を貰ったように、俺は奴から力を得て、今のお前のように己の望みを形にした」


 魔物に襲われる人間を救う、勇者のように。


「だが勘違いするな。奴は正義の為に動くわけでも、悪の為に動くわけでもない。今回お前が力を得たのもただ奴の目に止まったのがお前だったというだけ。要はこういうことだよ。奴は俺という存在をいつかの時代に目に留め、力を与えて願いを叶えさせ――その対価に俺を永久の伴侶に選び、そいつを俺が拒絶した。ただそれだけの話でな」


 俺が何も知らないまま力を貰い、人間を滅びから救ったあの日。まるで悪魔の取引の如き代償と対価を告げられ、一つの呪いを植え付けられた。

 奴と永遠を共にするための、滅びのない神の身体を。


 神とは概念だ。

 本来どこの世界にも存在していない、ただの概念。


 故に、人間の身を得て活動をする俺がこの身を死に至らせたとしても

、俺は神となり再生する。奴の隣で再生(丶丶)する。


 人間が目指す一つの目標でもある、永遠の命。

 それは叶わないからこそ、人間の目標であり続けられる。

 死ぬからこそ生がある。

 その生を永遠の物にしたいと考えるのは、別に不自然ではない。


 しかし、実際にそんなものを得てしまったら。

 ――そんなものに、元が人間だった俺が耐え続けられるか?

 願うのと実現するのでは訳が違う。

 たかだが数十年の設計で動いている人間が、何百何千何万年と――。


 答えが今の俺だった。

 俺は生きていない。何故ならば死なないから。

 それでも死のうとしているのは、俺が人間だからだ。


 俺は人間ではなくなって、いつしか壊れたのだ。


 そして、神に反逆した。

 人間(丶丶)として。


「……っは。なんだそれは――笑わせてくれる。我は、貴様らの痴話喧嘩のために踊らされていたというのか? 馬鹿馬鹿しい」

「だがそれでお前はこうして力を得、世界を滅ぼそうとしている。よかったじゃないか、俺と奴の喧嘩に巻き込まれて。奴が絡んだ以上、お前の願いは叶うぞ」

「――望んだつもりはない!」

「おいおい、お前が本心から望んだからこそ奴は力を与えたんだろう? 世界を滅ぼしてくれる対価が俺の捕縛だなんて軽いじゃないか」


 おっと、今日は余計な口が滑る。

 同じ穴の(むじな)だからだろうか、溜まった鬱憤を晴らすにはいい機会でがあるが。


「まぁ、そんなことはどうだっていいさ。お前が世界を滅ぼしたいのであれば勝手にするといい。俺はこの世界の救世主じゃないからな、俺の邪魔にさえならなきゃ好きにやっていろ」

「逃がすつもりもない癖に――よくも言ってくれる」

「そうだな。ここでお前は死ぬ。何故ならばお前は俺の邪魔をしたからだ」


 そう仕向けたのは俺だが、乗ったお前が全面的に悪い。

 さて。


 俺は見せつけるためだけに広げた翼を背中から消し去り、今はただの人間へと回帰する。

 それまで自由に動いていた右腕は歪に変形して再び動かなくなり、そして傷だらけの姿へと巻き戻る。

 俺は、人間だ。


「……と思ったが、気が変わった。お前に生還する提案をやろう」

「――貴様らに踊らされるつもりは毛頭ない! 殺すなら一思いに殺すがいい」

「まぁ聞けよ。俺とお前の利害が一致しなければ、お前を生かして奴の元へと帰そうとは思わん」


 死にゆく者への冥土の土産話に俺の個人的な話などするわけがない。


「奴に伝えろ。俺はお前と決別する(丶丶丶丶)とな」

「貴様が伝えればいいだろう。下らぬ伝言に我を使おうとは――」

「どうして奴が俺に直接干渉してこないか、どうして俺が奴に直接干渉しないか、分かるか?」


 こんな力があったならば直接殺し合えばいいはずだ。

 誰しもがそう考えるはずだ。

 しかし、俺が人間(丶丶)という存在を取ったことにその意味がある。


「先程も言っただろう? 神の力はそう簡単には使えないと。俺がお前を下すのにこんな仰々しい力を使えたのは、お前が俺という神を奴から得た力で害そうとしたからだ。神はな、下位の存在を害することは基本的に出来ないんだよ」


 そいつがどうしてかと俺に問われても困るがな。

 言ってしまえば神は傍観者だ。ただ観るているだけで何もしない。ただそこに在るだけの存在。

 しかし神は、力を与えることができる。害さないだけで、上から勝手に力を投げ付けることはできる。


 力の形は様々だ。

 神はそれらを気まぐれに下位の世界に投じ、変化を観測する。

 自分が楽しむためだけに。自分の退屈を拭うためだけに。自分の欲を満たすためだけに。

 神はそんな、荒唐無稽な存在だ。


 そのため俺は今まで人間として戦っていたし、あの時ヲレスを殺せなかった。


「俺は元が人間だったからな。人間として受肉した俺が奴を拒む以上、奴は直接干渉を行えない。もっとも俺が人間としての死を迎えれば話は別だが、俺にそのつもりもない。俺は人間として奴と決別する」

「――そんなことに何の意味がある」

「何も。強いて言えば、こいつは一つの区切りだ。今まで俺は奴から逃げることはあっても傷付けることはなかったからな。何せ、どんな形であれ、奴は俺の望みを形にしてくれた存在だ。世界を救わせてくれた奴に報いることは出来ずとも、せめてその力で奴を傷付けようとまでは考えないようにしていたが」


 だから下らないというのだ。

 本来、俺は奴の傍で永遠を過ごすしか選択肢がないと言うのに。世界なんて大層なものを救わせて貰って、人としての生を既に終えた俺はもう、何かを望むことなど許されないというのに。


 だが俺は奴から逃げた。

 それは納得できなかったからだ。我慢出来なかったからだ。疲れてしまったからだ。

 神になっても俺が人間のままだったからだ。


 だから、こいつは全て俺の我儘だ。

 世界を救った後の平和な世界で人間として過ごし、かつては共に人生を歩んだ妻と、同じ墓の下で終わりたい――などといつまでも考えている俺の。

 奴に助けられなければ平和になる前に人間全てが滅ぼされていた分際でそんな下らないことを願うからこそ、奴の対価を支払わずに逃げ続け、そして最後には反逆するまでに至る。


 せめて奴とは関係なく、勝手に死んでしまえればよかったのだが――どうやっても俺が死ぬことはなかった。これから何度同じことを繰り返しても、その方法はないのだろう。


 心の奥底では分かっていた。


 なら、どうするか。

 答えは決まっていた。

 俺を神にした神と、戦えばいい。奴を殺せば――俺は今度こそ完全に消滅できるかもしれないからだ。

 それも結局は一縷の望みでしかなく、奴が死んでも俺は死ねないかもしれないし奴も死んで俺も死ぬかもしれないし奴も死なずに俺も死なないかもしれないが。

 これしか可能性がないというのならやるしかないだろう。俺の望みを叶えてくれた者に対し、こいつは最大級の仇で返すようなものだが、まぁ。


「このまま一生逃げ続けるよりゃマシだと思ってな。俺が神としてお前を下した意味は、これで分かるだろう。奴の使いであるお前を神の力で叩き伏せた。そのことを奴が知った時点で――俺がお前にしたのと同じように、奴も俺に神の力を振るうことができるようになるわけだ」


 俺が使った(丶丶丶)ことには、既に奴も気付いてはいるだろうが。


「――ハ、ハハ、ハハハハ! ……とんだ茶番だ、笑わせてくれるな!」


 アウラベッドは俺の言葉をこれ以上聞くのが馬鹿らしいと言いたげに遮り、哄笑する。


 全身から赤と黒の螺旋が渦巻いた。

 体内で練り上げた魔力を瞬時に外へと解放したからか、裂かれた胴体と腕からの出血が強まる。


 それらを気にも留めず、アウラベッドは前方へ踊り出てきた。

 魔力を背後に放出することによって得た推進力で空気を割り、俺へと肉迫する。

 頭上から落とされる鋭爪。

 俺は引き抜いた剣で頭蓋へ降り下ろされようとしている爪を半ばから斬り上げる。

 魔力を纏う爪は赤い刀身をぎゃり、と激しく削った。

 これ以上力で受け続けては耐えられないため、俺は斜め下へ爪の軌道を逸らして受け流し、振り下ろしで隙の生まれた腹部を蹴り付けアウラベッドを後方へ吹き飛ばす。


「胴体も半分切断されているんだ、あまり無茶はするな」

「……舐めるな」


 牽制にと突き付けた剣の切っ先。

 精巧且つ頑丈に造られたはずであった刀身の刃に微かなひびが入った。アウラベッドの攻撃と正面から打ち合うのはやはり無理があったらしく、魔力の通していない刃は脆くも一部がばきりと砕ける。

 まだ使えはするが後一度か二度が関の山か。俺は仕方なく剣を鞘に納め、懐に隠していたナイフを手の内に握り込んだ。


「その身でまだ俺を殺そうというのか? そいつは困るな、伝言役は全うして貰う」

「断ると言ったはずだ。喩えこの身朽ち果てようとも貴様の指図は受けん、我は我の力で押し通る」


 脇腹から半ばほど飛び出している臓器を無理矢理手で押し込み、アウラベッドはどくどくと流れ続ける傷口に漆黒の魔力を纏わせる。ぐにゃりとゲル状に変化した魔力が傷口を覆って出血を止めた後、同じ処置を右腕の切断面にも施した。

 なるほど、そんな使い方もあったわけか。


「そうか。それもいい、お前が俺の言葉などまるで聞こうとしないのは、最初から分かっていたことさ」

「ならば話が早い、貴様はここで我が討つ――!」


 出血は止まったとはいえただの応急処置だろうに。再び臨戦状態へと移り、アウラベッドは一歩踏み込む。次の一瞬で俺に接近戦へ持ち込む気か。全身に篭めた漆黒の魔力、右手に指先に集中した魔力を察するにまた爪での攻撃を敢行するつもりらしい。

 俺はナイフを宙へ放って逆手に持ち替え、同時に糸を指先へと巻き付ける。


「分かっていたさ。アウラベッド」


 方策なら既に決めていた。こいつがどう動こうと俺のやることは変わらない。

 望み通りに動かないことが端から分かっている以上、俺がアウラベッドにすることも一つしか残ってはいなかった。

 どうせこの先で通る道である、なれば今積極的に利用するのも手であろう、と。

 左足を前に差し出し、アウラベッドの攻撃に合わせて半身に構える。反撃を決める為のスタイルだ。人間としての機能ではこれが限界、満足に身体を動かせない現状ならば必要最小限の動きで退けられるものが望ましい。

 最初の一撃には神の権能まで用いたが、今の相手にはそんなモノ必要としない。重傷を負って動きの鈍い魔物の相手など、人間の機能で十分。


 アウラベッドが地面を蹴る。大地と垂直に飛ぶ最中、更に宙で魔力を放出して加速を付けてきた。


「貴様はここで――始末する」

「やれるものならやってみろ」


 更に。アウラベッドの身体が幾重にもブレ、三体に分かれた。その各々が宙にて方向転換を行い、一度に黙視不可能な位置から三方向同時攻撃を行ってくる。

 全てが実体ではないな。今のアウラベッドにそこまで成す力は残っていない。となれば残る二つは幻の類か――。


 俺は三つの内一つに狙いを定め、ナイフを手放して指に巻いた糸を操って宙へと銀刃を回す。毛髪よりも細い糸は見慣れた者が目を凝らさなければ視認も困難な代物で、恐らく他者からはナイフが独りでに宙を舞っているようにも感じられるのだろう。

 勢いを乗せるため指をくい、と下に動かし、それと同時に身を捩って隠していた銃を滑り出すように左手に収める。


「――ォオオ!」


 叫び、猛獣の如き爪が寸前にまで迫る。

 宙のナイフを操って右から横薙ぎに振られる鋭爪へと斬撃を。実際それはカモフラージュで、本来の目的は指先と爪の一部に糸を引っ掛けるつもりが――空振り。

 つまりは幻、実体ではない。

 ナイフの動きに連動して左側へと向けた銃を放ち、アウラベッドの肘間接を狙うも――やはり幻。


 そして俺の視線は真ん中。中空から踊るような鋭爪の斬撃を繰り出すアウラベッドへと向けられていた。


「――やはり、お前は正面から向かって来ると思っていた」


 先の確認は念のため。

 爪は上から真下へと馬鹿正直なまでの鮮烈な一撃。俺は横合いから衣類を巻き込んで爪の軌道を逸らしつつ地面を後ろへ蹴り、後方に自らすっ飛びつつ錐揉み回転。接触したアウラベッド本体の鋭爪を腕ごと上着で巻き付け無力化し――地面へ投げ落とした。


 ほとんどは俺の力ではなく、重力や慣性等の外部の働きを利用した体術だ。それに従い、後方から斜め下、残された左腕から突っ込んだアウラベッドの腕はばきりばきりと連続した不協和音を鳴らしてあり得ない方向へと折れ曲がり、地面と頭部を激しく激突させて凡そ生物とは思えない吹っ飛び方をして転がっていく。


 俺も受け身を取り切れず、一度だけ爪先で地面を蹴って落ちる方向を定めてから、自らの身を任せて転がった。

 何回転もしたからか、威力の緩和に使用した左手の首が熱を発している。大事には至っていないのが幸いか。

 こびりついた砂粒を払いながら立ち上がれば、そこにはのたうち回るアウラベッドの姿が見える。


「ぐ、が、ああああ……!」


 アウラベッドはあらぬ方向へとへし曲がった腕の激痛に耐え、それでも俺を睨んで立ち上がろうとしていた。

 しかし右腕を失くし左腕をも破壊されている今、本来のバランスを取れずに立ち上がれずもがいている。腕は一方向だけではなく数十箇所に渡るほど折れ曲がっており、一度は巻き込んだ上着にもその感触と生々しい血痕は残っていた。


「お前が役目を果たそうとしないのであればそれもいいだろう。しかし、お前がそのつもりでいるのならば――俺にもやり方がってものがある」


 糸とナイフを回収、残弾二発となった銃を懐へと入れ、俺は戦闘態勢を解除する。既にアウラベッドは戦える状態にはない。

 後はこいつを縛り付ける捨て台詞を吐いて、俺はこの舞台から退場するとしようか。


 ――呪われたように俺を追え。

 ――さもなくばお前の望みは一生、叶わぬ夢と化す。


「では俺はこれから、お前の目的とやらを完全に潰してみせよう。人間を滅ぼすんだったか? さて都市には何があるのやら。お前はどちらの陣営に勝利をさせるつもりなのか、それともこの段階で双方共に潰れさせる目論みなのか……まあ。アウラベッド、俺は先に行かせて貰うぞ」

「――ま、待て――貴様――まだ、我は――!」

「奴は、お前の望みを果たすまではお前と共に添い続けるだろう、奴はそういう奴だ。だから、か。お前が俺の目的を阻害するというのならば仕方ない。それならお前の目的を潰すことによって、奴と引き合わせることにしようじゃないか」


 ノア達はどこまで侵攻しているのだろう。


 アウラベッドの叫びをバックに、俺は都市へと向かう。

 場合によっては、手を貸してやってもいいと考えながら。

 これまでも不定期更新みたいなものでしたが、ちょっと休みます。

 別作品をちょっと書きつつ、また9月辺りにでも再開しようと思います。

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