六十五話 抗う時
どすん、と重い地鳴りが響いた。
その発生源は、樹海に生える原木が切り崩され地面へ落とされたことによる振動だ。
厚さ数十メートル、長さに至っては視界の奥まで続いているそれ。大木と言って余りあるその丸太の上に立ち、額に手を当てて汗を拭った男――ジョッキー・フリートは、一息吐いた。
「よっこいせ……っと」
彼は丸太から飛び降り、一度遠目にて全体象を捉える。一回、二回、三回……と何度か空で木を縦に切る動作をし、それから。
大規模な魔力反応が発せられ、ざぐん、とその動作の通りに大木が豪快に分断されていった。
切断するのは彼が魔力で中空に形成した刃だ。上から下へ、真っ直ぐに振り降ろす腕に連動して濃密な魔力刃が射出され、指定された位置の丸太を両断。ブロック状に切り崩された丸太は宙へ浮かび、更に刻まれて木材へと変わる。
「おーい! 整えて欲しいっつってた石はどこだー」
「あ、こっちですフリートさん。もう切ったんですか?」
「まー得意分野だからな、こういうの。んじゃ枠組みはそっちで建ててくれや、俺は石材作ってくる」
「了解です!」
高らかな声と共に積み重なった木材の方へ走っていく青年を見送り、ジョッキー・フリートは青年の指した方向へ足取りを進める。
「それにしても、どこまで広げりゃいいんでしょうかねぇ。そらもっと防壁敷きたいのは分かるんだけど、今はそれどころじゃないでしょうに……」
都市拡大、その開発計画。
円形状に広がり、防壁に囲まれた都市を更に広げ、住宅地や事業を拡大するための敷地作りだ。
住民も増えた昨今、確かに新しい土地は欲しい。魔物の散発的な侵攻を安全に防ぐ意味でも防壁は二重に欲しい。
そこでアリュミエールの上層部はジョッキー・フリートに都市の拡大を頼み、数百人の人員を使って都市の周りをぐるりと一回りほど拡大させていた。しかし、数年間にも渡る作業行程の内まだ半分にも達していないのは計画書の内容が定期的に更新されているからだろう。
全く早く解放されたいものだ、と彼は巨大な石の塊を見て伸びをする。
「えーっと、こいつは舗装路に使うのね……こうしとくか」
ただの石の塊を建設に使用する石材へ。木材と同じように魔力刃で切断し、同じ形状同じ質量に加工する。石畳に使う用途だ。
これまで建材加工の大半は魔力量の飛び抜けて高い彼が担当していた。
元々が特に秀でた魔法もなく、莫大な魔力だけを取り柄に学校のトップにまで登り詰めた彼が得た名は大地の魔法使い。
その理由とは至極単純なもので、こうして事業に駆り出される前からその莫大な魔力量を頼られ何度も建材を作っていたからだ。ただそれだけ、反復していく内に木の扱いに長け、土の扱いに長け、石の扱いに長け、果ては大地の名を冠するようになってしまった男。
「――あ?」
――故に、純粋な兵としての練度は甘く。
対人戦闘の少ない彼が、突然上半身に巻き付いた鎖に反応できないのは当然のことであった。
じゃり、と腕を巻き取った鎖は背中に固定され、空いた左腕の半ばには巨大な鎌が突き刺さっている。どくどくと吹き出す血と発生する激痛に呻く間も与えられず、それは強い張力でもって、彼を制作した石材の前から引き擦り出した。
「随分気が抜けてんなぁ、おめぇさん」
しかし、たったそれだけの攻撃で堪える男ではない。ジョッキー・フリートは即座に思考を切り替え、脳をフル回転させ声の方向へ視線を飛ばした。
怒りと殺意の篭もった明確な視線を浴び、全身を鎖で巻いた筋肉質の男は豪快に笑う。その右手には長い鎖があって、鎖から繋がる刃が彼の左腕を深々と抉っている。
――この男が。
「こんな時に人間に襲われるだなんて聞いてない――」
「そりゃあ聞いて貰っちゃ困るんでね。そいでお前さん。俺と話すのはいいんだが……後ろ、見てみたらいいんじゃねえか?」
「あ――ぐ?」
男の発した台詞。僅かに意識を背後へ向けようとしたその刹那、首裏から頚椎と食道を貫通して喉仏から飛び出したのは、枝のように複雑に別れた刃。それが鮮血に染まっていることを確認した途端、口から言葉ではなく血が吹きこぼれる。
己を狙った突然の襲撃。反応すらできなかった彼はしかし、そこで意識を閉ざさない。抉れた首で確かに後方へ振り向き、その姿が女であるのを確認し――全包囲に存在する仲間へと、半ば叫ぶ形でテレパスを送った。
(“警告、人間の奇襲――男と女一名ずつ、変な武器を持って――俺はもう死ぬかも――が、全員警戒、相手は恐らく――”)
テレパスがそれ以上放たれることはなかった。
だが、それは彼の死を意味しない。
テレパスに届ける言葉にまで割く余裕がなくなっただけで。
ジョッキー・フリートを中心にして、青白い輝きが周囲を呑み込む。
血走る眼光は相対する敵を正確に捉え、ごひゅうと吐く血泡からは声こそ発さないが――。
タダじゃおかねぇ。
と、口にした。
大損害を省みない爆縮が。
半径数十メートルに及ぶ大地が強烈な震動を起こし、鎖を巻き付けた男も首を刺した女も先程切り出した石材も全てを巻き込んで岩盤が空に弾け飛び、区画ごと空間を蹂躙する――。
それを合図に、魔法使いと神聖教国の戦は開幕を迎える。
後の歴史に刻まれるであろう、人間と人間の醜い戦争。
びりびりと肌を刺激する死の空気が、その日都市全体を襲った。
ソーマはノアの案内によって易々と都市に潜入し、直後にその大爆発とも言える激震を耳にした。驚き戸惑う住民達を遠目で観察しながら、ソーマは言った。
「ローガスが始めたか」
「ああ、でも大丈夫なのか? うちらで一斉にやっちまった方がよかったんじゃねぇの?」
「いや」
ソーマは否定する。
「クインを連絡に回した分、ローガスにはベスとブライゼルの三人編成で動いて貰っている。どちらもそう易々と破られる面子ではない。先の戦闘音からでも分かるように、大人数で仕掛けて大規模攻撃に巻き込まれてしまったら目も当てられない」
「でもよ……いや、考えても仕方ねーか。ならうちらもとっととやっちまおう」
「うむ。そうしよう」
ノアはレーデから一通り都市を案内され、ざっくりと都市の内部構造を把握している。学校へ続く壁はどこからでも見えるので勘違いしやすいが、道は結構複雑なのだ。
だからといって堂々と屋根を駆けるわけにもいかない。あくまでもこちらから先手を打つ状況に持ち込みたいのだ。戦闘に入るまでわざわざ見つかるような行動はしてはならない。
他の全員にも口頭では説明しているものの、恐らくは直接の道を知っているノアとソーマが一番先に壁まで辿り着くだろう。一番手、中に入ってからが大勝負だ。一瞬の内に学校内部に大混乱を引き起こし、後続が暴れやすい環境を整える役目を果たすのだ。
「ソーマ、こっち!」
人通りの少ない路地を駆け、ノアは薄汚れた道を右に曲がる。他の通行人もばらばらにどこかへ逃げる様子も窺えるため、この混乱の中二人が不審に思われる気配は無さそうだ。あったとしても、即座に行動を起こす人物はいない。
さて、この異常な混乱の伝播はソーマの大斧が恐怖を煽ったのかもしれない。それとも二人の姿が危険を前に逃走しているように見え、住民の不安を余計に煽っていたのかもしれない。
それならそれで好都合だった。彼らに何ができようはずもない。
「彼に諜報紛いの活動をさせたのは良かったらしい」
「あいつ結構丁寧に教えてくれたよ! 何せ遭難する前は都市に滞在してたっぽいからなー!」
「それは知っている。そうか、この先か」
「――みてぇだ、一旦止まろう。周り確認すんぞ」
二人が足を止める。まだ近い距離とは言えないものの、視線の先にあるのは学校へ繋がる壁。防壁とまで表するのは心許ないが、侵入者を防ぐには十分過ぎる機能を持っている石の壁。
その一部は四角にくり貫かれ、間には長槍を構えた門番が立っていた。重厚な鎧に身を包んだ彼は喧噪の方向へ何事かと視線を飛ばして槍を強く握り閉めている。完全に警戒態勢だ。しかしそこから離れようとはせず、定期的に辺りを見回しては頷いている。
「どーすんよ」
「あれから片付けるか、それとも壁を登って素通りするか。悩みどころだな」
「ここで優柔不断発揮されても困るんだけど? まぁいいや、そんじゃうちが決めちまうぞ」
「任せよう」
「はいはい任された――それじゃあ」
ノアは最初から決まってましたと言わんばかりに口端をつり上げ、宣言する。
「ぶっ潰そう、真正面から!」
「言うとは思っていた。では行こう」
ノアが決めれば行動は早く。
ソーマが大地を蹴って風のように駆け、意図的に一瞬の遅れを取ってノアが続く。
「直接的な恨みはないが――」
小さくソーマが呟き、背中の大斧に手をかける。
門番が気付いた時にはもう遅く。
「――障害物には消えて貰おう」
ざくり、と。
門番の首から上が弾け、血潮にまみれて中空に吹き飛んだ。
都市は大混乱に陥っていた。大地を揺るがすほどの地震から間を空けず、各地で魔法が入り乱れる戦闘が起こったからだ。
魔法使いが何かと戦っている――。
相対するナニかを知ることのない住人は焦り、怯え、各々が逃走を始める。統率の取れていない集団ほど脆いものはない。逃げ惑う人同士でぶつかり合い、遠くから放たれた魔法の流れ弾で怪我する住人、混乱による暴動、小競り合い等も同時に発生。
それは侵入者達にとって理想的とも言える有様であった。
それはジョッキー・フリートから半ば怒声のようなテレパスを叩きつけられた魔法使い達も同じであった。
最初は何が発生しているのか理解さえ出来なかった者達、即座に反応の出来なかった者達。それらは皆、まだ何も知ることのない若い者達ばかりだ。
その中で、冷静に反応を起こした者が数少なく存在している。
「聞いたかい? 今の」
片手で開いていた書物をぱたりと閉じた青年は、隣で両こめかみを押さえているもう一人の青年へ問いかけた。
「うわ……今ので新しい調合全部すっ飛んだわ。ふざけんなあの脳筋」
「いやいやそこじゃないでしょ。ついに来たって」
「西の連中だろ。知ってるよ、何だってこんな時に来るんだよ、俺が一段落着いた時に来やがれ」
「そんな都合いいわけないじゃん。ま、来るならこの時期だろうとは睨んでいたさ。だって学長死んだし――誰にも教えてないはずなんだけど、内通者がいるとか、どっかの馬鹿が洩らして広まったとか、そんなところだろうね」
「じゃあそいつから殺そう、俺の邪魔した奴から殺そう。そうじゃないと落ち着かん」
こめかみを押さえていた方の手で机を叩いた彼は、それまで書いていた羊皮紙をインクで黒く染め上げて何も見えなくしてしまう。紙をぐちゃぐちゃに丸めて背後に投げ捨て、横に掛けてある若草色の外衣を羽織った。
「あちゃあ、いいの? 勿体ない」
「いいんだよ、もう思い出せねぇし」
「違う違う、そうじゃなくてインク。補充面倒でしょ」
「……いいんだよ」
「ま、頑張ってねギリアム」
「ああ――あ? お前も行くんだよ」
青年は欠伸をした。
「僕は眠……ああいや、あっちで眠ってるラッテを起こそうかなって」
「寝る気だろ」
「いやいや」
「寝る気だろ?」
「そんな薄情な真似はしないよふわぁ」
「まぁいいさ、俺だけで何とかなんだろ。勝手に寝てろクロード」
そう言って、もう一人の青年は書庫から出ていった。
断層の魔法使い――クロード・サンギデリラは一人、にやりと笑む。
「僕は……そうだね。さっき侵入してきた二人と遊んで来ようかな。ギリアムに取られなきゃ、だけど」
既に、学校内に残る数人の魔法使いは動き出していた。
◇
都市への道を一人歩いていると、突然足下が揺らいだ。
地震といった風ではないが、かなり強力な大地の震動だ。想像に難くはなく、大地の魔法使いの仕業であろう。
「もう始まっているらしいな」
それにしても随分と早い開幕だな。俺が全く急いでいないにしても、もう戦い始めるとは。
断続的に発生する揺れが足下を襲う中、俺は歩を止めることなく先へ進む。都市はもう近い、向こうへ着いたらまず何から始めるか、だが――。
「……やはり、か」
しかし俺は途中で足を止め、呟く。
都市に到着したわけではない。
まだ先だ、遠いとは言わないがこの位置からでは一時間ほど要するだろう。
俺は前方からやってくるそれを見て、腰の剣に手を掛けた。
「やはり、とは。まるで我が現れるのを待っていたような口振りだが」
俺の道を塞ぐように、そいつは立ち止まる。
漆黒の体表、翼、二本角。鋭く尖った眼が俺へと向けられる。
「お前が来ることを予見していたわけじゃない。ただ、絡んでいるとは睨んでいただけだ――アウラベッド」
アウラベッド。
何故こいつが俺の前に現れるのかは、俺がこの樹海に居るだけで十分な理由にはなるだろう。しかし、この場所とタイミングで現れるということは。
「俺に都市へと向かわれちゃ困る理由でもあるのか?」
「そんなものはない」
「ならば何の用だ? 無論、俺を捕らえるというのならば相手になるが」
俺がイデアに楯突く準備の第一段階。
それが向こうからやってくるのであれば、好都合。
奴とて己の忠実な手駒が俺に潰されたとなれば、黙って立っていはいないだろう。
だが、アウラベッドは舌打ち一つ。
「――今、我は貴様を捕らえろとは命じられていない」
そう言って、漆黒の瞳が俺を鋭く睨んだ。
「なんだ、お前は俺を捕らえるために姿を現したわけじゃないのか? イデアには命令されていたんだろう? 今俺は一人で、負傷者だ。捕らえるならば絶好のタイミングだと思うがな」
俺は動かない右腕をアピールする。
「焦っては碌なことにはならないと、イデアは言っていた」
「今がその時か? 冷静なのと臆病なのは違うぞ、アウラベッド」
「――安い挑発には乗らん。貴様、我が動けば殺すつもりだろう? 貴様はそういう目をしている」
「怪我人相手に随分と警戒するんだな。残念ながら、今の俺にはお前を殺すだけの力はない」
「今の貴様でなければ、我を殺すことが出来る。違うか?」
アウラベッドの言葉に俺は鼻白んだ。
柄に触れていた左手を離し、その手をだらりと腰の横へ垂らす。
「さあ、どうだろうな」
そう。
俺が人である限り、人として存在している内は何もすることができない。それは嘘ではなく、その通りの意味だ。
だが、ヲレスの時に行ったように――そうでなくなった瞬間、俺は言葉通り人ではなくなる。
但し、無条件にあのような権能を行使することはできないが。
つまるところ、俺がアウラベッドを殺すには然るべき手段を用いて段階を踏む必要があったということだ。その過程でこいつは俺の何かに勘付き、矛を収めた。
奴から余計な情報を与えられた――というわけでもなさそうだが。であるならば、仕方ない。
俺は一歩前に出る。
「戦うつもりがないならばそこを退いて貰おうか。俺はお前に用はない」
「貴様になくても我には用がある」
アウラベッドは俺の前を真正面から塞ぎ、こう続けた。
「何故我々が関与していると分かっていて協力するような真似をした? 答えろ」
「……ほう。そりゃつまり、お前が神聖教国の連中をぶつけたってわけだ」
「――それ以外に何がある」
どうやら隠すつもりさえないらしい。
今のはこいつ自身の純粋な疑問か何かか。感情を持って間もない――これはそういった表れから来る問いだ。奴の差し金の通りであれば、そんな真似はしない。
こいつはずっと、気に掛かっているんだろうな。俺が吐いた数々の言葉を。
疑問を持っている。
ならば。
「お前が知ってどうなるんだ? 女神の傀儡のお前は傀儡らしく、忠実に命令を遂行していろ」
「……は。そうか、分かった。分かったぞ――」
漆黒の瞳に深い怒りが灯った。表情にこそほとんど表れていないものの、その矛先が俺を突き刺さんばかりに迸っている。
「貴様は――貴様らは、同じだ」
「俺と奴が、か?」
そりゃあ、そうだろう。
俺は再び剣に手を掛ける。今度は勢いよく引き抜き、切っ先をアウラベッドの心臓部へ突き付ける。
「貴様も奴も、何も見ていない。ただそこに在るだけで何もかもを揺るがす」
「いきなり登場しておいて、言いたい台詞がそんなことか?」
「我の野望も何もかもを視界に入れてもいない。眼中にないのだろうな、関係がないのだろうな。貴様もイデアも――同じだ。気に食わぬ。その目、その目が気に食わぬのだ――」
アウラベッドの全身からかつてないほどの魔力が溢れた。
漆黒と真紅を綯い交ぜにして集約させたような、禍々しい魔力だ。
「イデアは我に力を与えた。だが我に何かを感じたわけではない。貴様に至っては我を相手にすらしない。貴様らは我ら魔物を何としている! 常に高見から見下ろすその姿勢――常に余裕を保つ忌々しさ――イデアも貴様も、我のことは……壊れてもいい玩具程度にしか考えていないのだな」
「よく分かっているじゃないか」
俺は自嘲気味に笑う。
「お前は玩具だよ。奴がこの世界で退屈しない為だけに生み出された――壊れるまで一緒に居てくれる友という名の玩具だ」
「その通りらしい――ああ、ああ、分かったぞ。この胸の軋むわだかまりが何だったのかを。それを貴様に教えられるとは。ああ、そうか、貴様も奴も――生きていないのだな」
似たようなことをつい先日誰かさんにも言われたが。
「我々どころか……貴様らにとって此処は遊び場でしかないらしい。魔物も、人間も、世界でさえも!」
「だったらどうした?」
「最初から信じてなどいなかったのだ。我に力を与えたことは感謝しよう。我の望みに寄り添い共に歩むことを有り難く思おう――しかし」
アウラベッドは天高く翼を広げ、両手に鋭利な爪を生やし、宣言した。
「イデアの希望には添わん。ここで貴様を殺し、イデアには未来永劫の玩具を失う絶望でも味わって貰おう――その後、予定通り世界を滅ぼしてくれる。我ら魔物はこの世全てを滅却せし者、貴様とて例外ではない――!」
ほう。
俺はくつくつと、静かに笑い続ける。
「なるほど……つまり人形はイデアの命に背こうというわけだ」
「我は人形になったつもりなどない。利害の一致から力を貸していただけ――」
「力は借りっぱなしじゃないのか」
「貴様とてイデアの玩具であろうが! ならば我が貴様に負ける道理はない――」
「ならば女神の玩具同士、殺し合いでもしてみるか」
こいつが持つ憤り自体は至極真っ当なものだ。
奴に近しいものならば必ず覚える違和感――こいつは愚直に考え続けていたのだろう。アレはどこかがズレているのだと。
「貴様……先程から何を笑っている」
「いいや面白くてな。まるで――」
遙か昔の俺でも見ているようだ、とまでは言わない。
代わりに俺は、向かい来るアウラベッドへ吐き捨てた。
もう俺は、少しも笑っていない。
「何度目かの馬鹿を見ているようでな」
アウラベッドが先に動く。
伸ばされた漆黒の爪が、動かぬ俺の臓腑を斬り裂いた。




