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トラベラーズ・レコード  作者: くるい
至るべき世界
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六十四話 十二の魔法使い

 魔法都市は、以前に訪れた際と変わらぬ光景を見せていた。


 町並みは変わらず、危機感を覚えてすらいない住民はノアや俺を平然と通り過ぎていく。


「何だよこれ」

「拍子抜けするのも無理はないが、俺がこの都市を調べていた時にお前らの名が出ることはなかった。裏を返せば、ただの住民は国のことも戦のことも知らないってことなんだろうさ」


 俺は名称をぼかしつつ、ノアへそう告げる。

 調査の内容が別の方向へ向いていたからというのもあるだろうが……神聖教国の名すら出ないとなれば、それらを知るのはある程度の信を置いた魔法使いしかいないだろう。

 彼らはこの時間帯にこの場所には訪れない。学校を調べていた時にそれは分かっているため、まず見つかることはないだろう。


 そうなると俺が追い返されたのは妥当か。門番が直接ノアや神聖教国についての情報を得ていたとまでは思わないが、魔力ゼロの人間は怪しめくらいの通達はあったかもしれん。

 即座に捕らえられて根も葉もない尋問でも受けていれば、かなり面倒な事態になっていたことは言うまでもないからな。

 思えばサーリャも怪訝な反応を見せていた。リーゼのお陰で俺への疑いは解けたか呑み込んでいたかしたのだろうが、俺の魔力がないことについての疑問はこいつらに関係している可能性も危惧してのことだと考えるのが自然だ。


「……平和なやつら」

「お前の国の民と一緒だよ。全員が戦をする兵じゃない。戦うのは一部の人間だけで、普通はどこの住民も平和に暮らしていければどこでもいいと思っている。お前もソーマに拾われる前は何も知らなかったんだろう?」

「そりゃあ、そうだけど」

「腹を立てるのに文句を言うつもりはない。しかし覚えておけ、お前達が都市を陥とせば、何の事情も知らぬ住民は生活を失う、居場所を失う。当然、彼らの怒りの矛先はお前達に向かう。それが今回、お前が言った自分達の平和を掴むということだ」

「分かってる……ごめん、訂正。うちは経験してねぇから、まだわかんねぇ。でも覚悟はしてる。うちらがやってるのは本質的には奴らと同じなんだって、理解はしてる。あんがと」


 それから互いの会話はなくなった。

 俺は周囲に警戒を配りつつ先導し、都市を探っていく。主に俺が調べるのはヲレスについてだが、全く掴めていなかった。通行人達の会話を盗み聞きしてはいるが、不穏な会話自体がほとんどな状態である。あっても学長の死に関連する事柄だろうか、俺にもノア達にも関係のない話題ばかりだった。

 両手を失う大怪我までして帰還したともなれば大問題にも発展しそうなものだが、都市は至って静かなまま。


 奴は自分の両手を持ち去っていったため、然るべき治療を行えば元通りに再生するとは思うのだが……一度断面を焼いているのだ。

 あの場でくっつくとは考えにくい。

 一旦都市へと戻り、医療――研究施設で己の腕を治すくらいはすると思ったが。それとも魔法都市はその程度の怪我は何のことはないとでも言うつもりか? その前に学長も殺されているのに?

 単にヲレスが隠しただけという可能性も……いいや、そうする必要があるとは思えない。魔法都市の戦力総出で俺を捜索すればもっと楽だろうに。


 まあ、そこまで都市が動かないと事前に分かっていなければ俺も無防備なまま都市に出向いたりはしないのだが。

 それにしたって静か過ぎる。

 一度、研究施設の付近まで足を運ぶか?


「……いや、その前に聞いて回るか」

「え? 何をだよ」

「ヲレスについてだ。奴がこの都市にいるなら今は避けて通りたいからな」

「あー……そういやそうだった。でも誰に?」

「誰でもいいさ。魔法使いでなけりゃな」


 俺は辺りを見回す。

 若い奴らは学校に通っている者の可能性が高いから条件から排除し、次に仲良さげに語り歩いている男性二人組も見送る。

 なるべくなら一人がいい――あれなんかどうだ。


「失礼。少し、お尋ねしてもよろしいでしょうか」

「……ん、ああ俺? いいけど、なんだい」


 俺が目を付けたのは一人で歩いていた中年男性だ。少し腹の出た、気の優しそうな顔付きの男性。見た目は三十代後半か、四十に差し掛かったほどだろうか。着古した毛皮の衣類、襟元を正すように指で摘んで男性は立ち止まった。

 俺をまじまじと眺めてからノアを一瞥し、特に目立った反応もなく俺へと視線が戻る。


「実は、少し外で怪我をしてしまって」

 衣類に付着した血液の染みを見せる。

「ヲレスという医者に診て貰おうと思うのですが、彼がどこにいるのか教えて頂ければと」

「なるほど、そんであの人か。あーでもな、残念なこと言っちまうと、今は都市にいないはずだったような……カミさんも腰かなんかやって行ったらしいんだけどな。用事かなんかで出掛けているのかも知れないよ」

「用事、ですか」

「詳しくは知らんけど忙しいって聞くよあの人は。なんせトップの魔法使いだからね、いやぁ大変だよなぁ有名人さんもよ。結構イヤぁな噂立ってるし、さんざんっぱら各地に引っ張り出されてるみたいだし」


 長話になりそうになった辺りで俺はお礼を告げ、会釈をして男性と別れる。

 それからも何人かを見つけて訪ねてみたが、どれも返答は似たようなものだった。


「タイミングが悪いねお兄さん、今はいないらしいぜ」

「ごめんねぇ、私は知らないよ」

「しばらく休業するって書いてあったよ。ま、よくあることさ」

「ヲレスだぁ? あのたけぇ医者、いや知らんな。あっちの方に医務院があるぜ、行けば分かるだろ」


 と。

 共通していたのは、ヲレスが今はいないという事実だった。これだけの証言が揃うとなると、やはり――いない?

 都市には帰ってきていないのか? ならば奴はどこに行った?


「なぁレーデ」

「なんだ」

「おまえ、敬語で話せたんだな」

「……俺をなんだと思っていやがる」

「さぁ、けどもっと閉鎖的な野郎かと思った」


 俺はノアの耳朶を小突いてやった。


「いだっ……地味なとこ殴んなや! 冗談じゃねーかよ!」

「全く冗談には聞こえなかったがな。さて、確認だけはしておこうか」

「ヲレスか?」

「他に何がある。お前らの目的とも一致しているだろう、行くぞ」





 結果的に言ってしまえば、そこはもぬけの殻だった。休業の知らせが扉の前に張り付けてあって、固く扉は閉ざされていた。

 中には誰が居る気配もなく、そこでヲレスの調査は打ち切りにせざるを得なかった。


 他の魔法使いについて分かったこと。


 大地を操る魔法使いジョッキー・フリートとやらが現在都市に滞在しているそうだ。建築の基礎魔法を練り上げた魔法使いだそうで、都市拡大事業の第一線で働いているとの情報が見つかったきり。

 魔法学校の生徒などは一々数える余裕もないため、数百人単位で存在していることだけをざっくりと把握。それが戦力として表に出てくるかどうかは別にして、警戒だけはしておくようノアに伝えた。


 魔法使いと戦争をするにあたり、注意すべくは一握りの実力者だ。魔法を覚えたての素人から中級程度の魔法使いと、十二人の魔法使いには天と地ほどの差が開いている。

 一人で千人。一騎当千、それが魔法使いの恐ろしさ。何も考えずに数で突っ込めば広域魔法で一網打尽にされるのがオチで、だからこうして俺のような斥候が敵の戦力を確かめるのだ。

 そこら中に存在しているような魔法使いなどではなく、一握りの天才達を。


 幸いにして魔法使いの名と得意魔法は世に知れ渡っているため、調べれば誰でも知ることができる。

 例えば大地の魔法使いであるジョッキー・フリートはその言葉通り、大地を操る魔法使いだ。地殻変動を個人の力で引き起こし、地震を引き起こすなど造作もない。大地を割り、巨大な土壁を生み出し、空から岩雪崩などの質量攻撃など、そういう派手好きな魔法使いとの噂も強い。


 知らなければ、大勢で攻め入ったところをジョッキー・フリート一人の力で潰されるだろう。しかし事前に知っていれば対策も行える。広域魔法ばかりを使用するならば少数で接近戦に持ち込めばいい、得意な大地の魔法では自分も巻き込むため、まず使用を封じることができる。

 そして魔法使いとは言え人間――急所に一撃を貰えば、呆気なく死ぬのが人間だ。事前に相手の戦法を知ってさえいれば、十分に倒すことは可能だ。

 特にノアや――黒装束の女など、暗殺特化の人間ならば尚更。

 勿論、ジョッキー・フリートが広域魔法しか使えないボンクラであれば十二人の魔法使いとして名を連ねてはいないだろうから、事前情報を当てにするのは宜しくはない。

 誰にも知らせていない奥の手はある、と考えるのが妥当だ。


 そしてやはりというべきか、他の魔法使いについては俺達では調べられなかった。ジョッキー・フリートの情報を調べることができたのは、彼が公に都市を拡大していると誰もが知っているからだ。

 他の魔法使いが学校の施設に籠もって独自の研究を重ねていても、それは俺には分からないし探ることは出来ない。


 確定でこの都市にいないのは、先ほど調べたヲレスと中央大陸に残るサーリャのみ。

 ジョッキー・フリートを含めた十人は都市に居る可能性がある、というのが得た情報。


 まあ、魔法使いの全員の名は無事に手に入れておいた。


 医術の魔法使い、ヲレス・クレイバー

 大地の魔法使い、ジョッキー・フリート。

 火炎の魔法使い、サーリャ。


 事前知識のある面子はここまで。

 後は、それこそ本の目次程度の名だけの情報。


 雷装の魔法使い、レディリック。

 氷結の魔法使い、アストラ・エンデ。

 錬金の魔法使い、ギリアム・クロムウェル。

 断層の魔法使い、クロード・サンギデリラ。

 呪縛の魔法使い、ディッドグリース・エスト。

 狂犬の魔法使い、バロック・ゲージ。

 天剣の魔法使い、シヴィア・ローエン。

 魔毒の魔法使い、ラッテ・グレイン。

 跳躍の魔法使い、フレイル。


 計十二人、何人かは何を扱う魔法使いなのかさえ判断しかねる連中だ。


「こんなものだろう。で、主な戦場だが……学校の内部には侵入出来るか?」

「出来る。防壁がなんだ、別に入る分には容易いよ。でもどうしてだ?」

「相手は魔法使いだ。狭く入り組んだ土地の方が戦い易い。都市の内部でもいいが、お前達ほどの身のこなしがあるなら学校内部に侵入して混乱させれば、戦場としては上出来だろ」

「えげつねぇこと考えやがるな、おまえ」

「中途半端な魔法使いは全員人質だ。人質ごと消し飛ばそうとするんならやらせればいい、信用と仲間を失うのは奴らだ」


 普通程度に魔法を扱える連中の魔法は総じて発動から発生までの時間が目に見えて掛かっていた。混乱が起きた際、それは戦力とはならない。むしろ邪魔になろう。

 利用しない手はないな。


「じゃあ、戻ろうか」


 ここは既に都市の外。遠目で都市を眺めつつ作戦会議をしていた俺とノアは、まだ陽のある内に都市を背にした。










「戻ったぞソーマ!」

「おや丁度いい。こちらも全員集合したところだ、ノア」


 出迎えたソーマの元には、残りの八人全員が集合していた。

 大柄なローガスに黒装束のクインが側に立っており――残りの六名が一斉に俺を凝視する。


 様々な得物を構えた第一陣の精鋭達。

 その一人が一歩前に出、俺へ片手を差し出してくる。


「君がレーデだな? 飛び入りの助っ人、ソーマから聞いたよ。宜しく頼む」

「ああ、よろし――」


 俺がその手を握り返そうとした瞬間、その手に殺意が込められた。体術か? 触れた手が腕ごと巻き込んで俺を倒そうと――。


「……もういいか?」

「――失礼、強く握り過ぎたようだ」


 俺はその力の向きを相殺し、握ったまま動かなくなった彼の目を静かに睨む。俺の手を握り潰さんばかりに締めていた手はそこでようやく離れてくれた。


「俺を試すのはいいが、それが後五回も続くのは止してくれると助かるな。無駄に傷口が開く」

「済まない。これで十分だ。他の皆も理解したろう、君が本物だと」

「……本物? まあいい。お前の名は」

「――レギン」

「その名、覚えたぞ。腰に三本の剣、懐に鉄製の鞭、襟元の裏に投擲の刃。随分と獰猛な戦いをしそうな男だな」

「……ほぉ」


 猛禽のように笑い、レギンが引き下がる。他のメンバーは名乗ることすらせずに俺から視線を離した。

 そこでローガスが待ってましたと言わんばかりに前に出てくる。


「よっし、そんじゃあちらさんの戦況を伝えて貰おうか」

「ああ」


 ローガスがノアに目配せし、彼女は小さく頷く。

 そのアイコンタクトを見届けてから、俺は都市でのことを全員へ伝えた。


「それじゃあ、最悪の想定をしよう。ヲレス・クレイバー以外が全員都市へ集結している可能性があるわけだ」

 ソーマは平淡に言った。

「そいつは最悪の想定に過ぎるが、最低でもジョッキー・フリートは都市にいるってことだな」

「そうなるな。君の目的とはずれるが、その辺りはどう考える?」

「奴がいないならば仕方ない。だが、戦に乗じて奴に関わる施設は破壊する。その過程で俺に敵対する魔法使いの存在があれば、そいつとも戦おう」

「なるほど、理解した。クイン、この情報と作戦概要は後続へ伝えろ。クインだけは伝達の役割を果たしてくれ」

「――了解」

「では――」


 サーリャ不在を俺が知っているのは不自然であったために伝えてはいない。いると分かっていて話さないのは問題だが、いないと分かっていて話す必要はないからな。


 無言の時間が少々あり、やがてソーマが口を開く。

 今度は個人ではなく、この場に居る全員に対する口調だ。


「我々の初舞台、最初にして最後のお披露目だ。これまで魔法使いと行った戦闘は数知れず――しかし我々は十二の魔法使い、そのどれもと相見えたことはない。気を引き締めろ。しかしそれは魔法使いとて同じ。幾度となく行ってきた殺し合い、我々が本物の武器を取るのも今回が初。さあ、蹂躙だ。思う存分力を発揮し、戦に終焉を」


 誰かが声を上げることもない。

 静かに全員が頷き、ソーマが口を閉じて宣誓は終了する。


「準備は良いな。行こう」


 各々が二人一組へと組み直し、煙の早さで都市方向へと消える。

 残ったのは別行動のクインと組み直さないローガス、ソーマ、ノア、俺。


「レーデ、情報感謝するよ。君の武運を祈っている」

「お前もな」

「そのぉヲレスって奴がお前の敵なんだな。ま、頑張れよ」

「メインで戦うのはお前達だろう。頑張れとは言わんが、まぁ死ぬなとは言っておく」


 そいつは光栄だとの返事で、ローガスも奧へと消えていった。


「……レーデ」


 最後にノアの、どこか寂しげな呼び掛けが聞こえた。

 こいつはどこかで俺と共闘出来ると思っていたのだろう。他の奴らは正しく協力関係と認識していたようだが――まあ、そうだな。


「俺もお前に死んで欲しいとは思わん。もしもの時は助けてやるさ。お前が俺にくれた恩の分は、きっちり返す」

「……はん。返さなくていーよ、仏頂面」


 どこか嬉しそうに遺して、ノアとソーマも都市へと消え行く。

 俺だけはゆっくりと歩を進めながら、ふと煙草を取り出そうとして、それがないことを今になって思い出した。


「俺は……まぁ、」


 溜め息だけを虚空へ吐き出し、歩を進める。


 ――何の為に俺は征く。

 まぁ、今更だな。

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