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トラベラーズ・レコード  作者: くるい
至るべき世界
63/91

六十二話 偵察

「――魔法を使わない理由は何でかって?」


 樹海を抜ける最中のこと。

 前を歩いていたノアが振り返ると、一つの質問を放った俺に対して怪訝な顔でそう言った。


「なんなんだおまえ一体、笑えない冗談は止せよ」

「魔力が全くないわけでもないんだろう」

「……本気で言ってんのか?」


 様々な感情の混ざり合った目をした彼女は、しかし途中で呆れたように溜め息を吐いた。

 その目は魔法そのものを憎んでいるようにも見えるが、俺には分かりそうもない。


「何らかの恨みがあるのは察してはいるが、使えるものなら使った方がいいと俺は思うがな」

「――おまえ」

「俺には魔力そのものがないからな。あれば使っているかもしれん」


 魔力が俺に害を為すことが分かっている以上、俺一人で定期的に魔素を吸い出せるようにしなければならないのだがな。

 生きているだけで身体に蓄積していく毒素など、使うとかそういった次元の話ではない。人間一代で、本来毒であった酸素を栄養に変えるようなものだ。


「いやそういうんじゃなくて、怒ってるわけじゃねーし激情したわけでもねーよ。ただ一つ聞くぞ? おまえうちらのこと知らねーだろ」

「……ん? 俺はお前のことなど知らん。余計な事情に口を挟むなと言ってきたのはお前からじゃなかったのか? ノア」

「そうじゃなくて……ああもう」

「ノア、ならば教えてやったらいいだろう。今は敵ではないのだから」

「うっせー! 吟味とか言って黙ってたお前に言われたかねーよ! っていうかそこまで言うならソーマが話せや!」


 がしがしと頭皮を掻いたノア。

 面倒臭そうな表情の中に一部“口に出すことすら嫌悪する”といった様子が見えた俺は、余計な詮索を中断した。

 別に興味があるわけじゃない。


「理由はあるようだな」

「あるさ。こっちは魔法を使えるというだけで、俺やノアも異端(丶丶)になってしまう。俺も、どちらかといえば便利な物は使いたい派なのだけど、それが使えない時よりも邪魔になるのであれば致し方ない」

「……何だと?」


 ――異端、と来たか。

 魔法の概念が定着しているこの世の中でも、そういった言葉はあるものなのか。今までざっと調べた中にそれらしき内容は無かったのだが、見落としているのかもしれない。

 未開の地の集落からやってきているとすれば頷けるのだが。


「俺とノアは神聖教国の出身だ。知らないだろうから先に教えておくと、かつて昔に魔法大国であったここ(丶丶)と対立し、長らく小競り合いを続けていた国のことだよ。その関係で魔法を安易には使用できないと言えば、理解してくれるか?」

「神聖教国……? 聞いたこともないが」


 国としてまで呼ばれる場所があるならどこかの資料には載っているはずだが、その名称は俺の記憶に掠りもしないものだ。

 さて、どこからやってきたのだろう。名称から察するに宗教国家ではあるのだろうが、リーゼの言う教会とは別物の類か。魔法を禁止しているような国家だしな、勇者を奉るなどまず有り得ん。


「そうか、知らないのも無理はない。西大陸など、出て行くことはあっても他の大陸からやってくることは稀だ。だがレーデも魔法を使わない身だろう? ここで会ったのが運命かもしれないな、俺は歓迎するよ」

「ああ……西、大陸?」


 ここで俺は一つの勘違いを整理することにした。

 思考が回転する。俺が見た資料と現実の違い、その他の言動や大陸間の関係などを考慮し――ようやく納得に至った。


「どうかしたのか」

「いいや、合点が行っただけだ」


 主に俺が情報を調べていたのは北大陸、魔法都市の書庫からだ。所詮は数日間の調べ物であったが、主に大陸や現存する国家、民族など、大体の枠組みはその辺りで把握している。


 大陸図の見直しをしよう。

 大まかに北、中央、南、そして東に位置する旧大陸。そして、指定されていない二つの島はどちらも西側にあった。

 では、こうは考えられないだろうか。


 その内一つ、もしくは二つの全てが過去に西大陸と呼ばれていたが、北大陸、魔法都市と揉めた関係で抹消された大陸ではないのか――と。

 あの島が大陸として見なされていないのは小さいからといった理由付けがあったものの、恐らく嘘の記述であろう。

 徹底してその西大陸――神聖教国の存在を揉み消そうとしている、若しくはしていたのであれば、俺が見た資料に載っていなかったことにも頷ける。


「西大陸に神聖教国、か。ならば俺が知らないのも無理はないだろう。何せ俺が見た大陸図には、そもそも西大陸なんて記述はどこにもなかったんだからな」

「ほう。こちらではそうなっているのか? となると、食糧や資材の流通が激減しているのは俺達の国が認識されていないためか。困ったものだな、それとも認識されていないが故に潜入可能な今に感謝をするべきなのかな」


 顎に手を当てると、ソーマは深く首肯する。その傍ら、怒り心頭といったノアが辺りに叫び散らしていた。


「何でそんなせけぇ真似すんだよな! 正々堂々戦えばいいじゃねーかよ、ぱったり来なくなったと思ったらそんな裏から工作するような真似して楽しいか? ああ?」

「戦いは楽しい楽しくないじゃないだろう」

「分かってるよ……こんなん憂さ晴らしだ馬鹿、誰も聞いちゃいないんだからこんくらい愚痴らせてくれ」

「そうか」

「ああもう他人事みてーによぉ……! おまえは何とも思わないのか!」

「俺はお前らの国で過ごしちゃいないからな。知ったことではない」


 それからも怒りを叩きつけているノアとは全くの逆で、ソーマは無表情のまま先を行く。何も思うところがないわけではないのだろうが、そこに私情を挟むつもりは毛頭ない様子だ。


 しかし、妙な胸騒ぎがしないでもないな。

 魔法学校が俺を受け入れなかったのは学校の長が死んだからといった理由だが――。

 確か、魔物に殺されたのだったか。これはヲレスの証言だったため当てにはならないが、可能性の一つとして頭に入れる分には別にいい。


 お陰で魔法都市は防備を固めているみたいだが、そのタイミングに合わせて対立国からの奇襲とはな。

 ――旨い話もあるものだ。この場合は上手く出来上がった話か。


 不透明なままでは分からんが。

 アウラベッドが何らかの目的の為に動いた可能性は、ひとまず考慮しておこう。

 二人と行動を共にしていれば次第に全貌が明らかになるはずだ。


「一つ聞こう。このタイミングで都市を襲おうとしたのは、何故だ?」

「上からの指示だよ。混乱に陥っている今が攻め時だそうだ――」










 ノアとソーマの他に神聖教国の仲間が八人いるらしい。

 二人一組から構成される精鋭が計十人、最低でもこの二人と同等の実力を有しており、それぞれ特殊な武器を用いて戦闘を行うようだ。

 ソーマが大斧を用いたパワータイプであるのならば、ノアが毒針を用いて攪乱するサポートタイプと必ずバランスが取れた構成になっているんだとか。


 こいつらの狙いは敵の魔法使いを出来るだけ削る(丶丶)こと。帰還は許されない、特攻隊のような役割だ。

 今回がその第一陣。似たような形で第三陣までの編成を組んでいて、最後に本隊と残った精鋭で疲弊した都市を叩く作戦だそうだ。



 遭難してから幾数日が経過。

 その合流地点へと着いた俺達は、まだ他に誰も現れていないことを確認し、苔の生えた切り株の上に腰を落ち着ける。


「たった十人で都市を襲うつもりなのか? 言っちゃ悪いが、相手となる魔法使いは一騎当千の連中だぞ」

「だから十人なんだよ。そんな大勢で攻めたら格好の的じゃねぇか」

「止せノア、大勢で向かう余裕などないだけだ」

「だぁうっせーよ! うちの言ってること間違ってるか!?」

「間違いではない」

「そうだろ? っていうか後から援軍も来るしよ」


 俺は右腕の調子を確かめつつ、ソーマに問う。


「ソーマ、合流地点をここにしているのは分かったが、どうやって集まるつもりだ? 地理は把握してないはずだが」

「それならば問題はない。皆が皆、仲間が近づけば互いに察するものさ」

「は?」

「勘だよ。魔力のセンサーを使わずとも、感覚で大体は把握出来るものさ。特に仲間ともなれば、歩き方や気配の出し方まで身体に馴染んでくるだろう」


 気配察知というやつか? 俺にもなくはないが、それは殺気などの気配を感じた時だけだ。

 ただ近付くだけで個人を特定するなど正気の沙汰ではないぞ。


「つまりここの全員が互いを察知可能、というわけか」

「うちはソーマほど分からねぇけどな。んでも誰か近付きゃなんとなく分かるよ」


 ソーマは一枚の地図を眺めつつ、そろそろかと遠目で呟いた。


「まだまだ距離はあるが、魔法都市へは半日ほどで着けるだろう。しかし良い意味で計算が狂ったな、これは」

「ん、どういうことだ?」

「俺達がわざわざ二人組に分かれて向かっていたのは敵といつ遭遇してもおかしくないからだ。馬鹿正直に十人纏めて行軍などしてみろ、魔法で一網打尽にされてしまえばおしまい……だと思っての行動だったのだが、まさか誰も警戒していないとは」

「そのことか」


 俺が魔法都市で動いていた時は、確かに警戒している者は居た。

 都市には自由に入れるが、学校の中には入れなかっただけなのだが。


「お前らが思っているものとは違うようだな。都市が混乱しているのは魔法使い育成機関の長が死んだからだ。内向きに働いた防備は堅いだろうが、まさか外から人間(丶丶)の襲撃があるとは思わんだろう」

「……というと?」

「奴らが警戒しているのは魔物だからな。俺も詳しくは知らんが、魔物が学長とやらを殺害したらしいぞ」


 折角の協力関係だ、余計なこと以外は伝えてやろう。


「それが直接お前らの上が言っていた混乱に繋がるかどうかはさておき、外側に警戒を向けていた様子はなかったな」

「……なるほど。少し、どこか上手く行き過ぎている違和感があるな」

「お前もそう思うか、ソーマ」


 魔物に学長が殺害された云々にあまり興味はなかったが、ここまで話が繋がっていると妙な気分は覚える。意図的に閉鎖されている中で、神聖教国は魔法都市が混乱しているとどうやって判じたのかも気になるところだしな。


「勿論。俺も魔物については敏感だ。杞憂に終われば一番だが……ノア、どう思う?」

「どうもこうもねーって。うちからすりゃ魔物も魔法使いも変わらねぇよ、目の前に現れたらぶっ殺しゃいいんだ」

「む。それもそうだ」


 簡単に言って退けるノアに同意し、ソーマは大斧に手を掛けた。よほど腕に自信を持っているのか、その手に震えや焦りは窺えない。

 俺と戦った時もそうであったが、魔法を使わなかったにしては動きも良かった。

 その点で見れば、魔力で相手を感知する魔法使いには有利で戦いを始めることはできるのだろう。魔物が相手だとどうなるかは分からないが。


 俺は樹海で拾い、幾つか採っておいた木の実を懐から取り出し口に放り込む。

 滋養強壮の高い実だ。近い内に戦いが迫ってる今、これは結構有り難い。硬い果実を咀嚼するところころと酸味の強い味が口内に広がり、苦味を残して喉を下ってゆく。

 遭難中、途中でこいつを見つけていなければ中々危なかったかもしれん。


「ん、おまえ何食ってんだ」

「これか? 樹海で採ったもんだ。何分食う物がなくてな」

「へぇー……あ、一個くれよ」


 何の気無しに手を差し出してくるノアへ、苦笑一つ。


「おい。俺は昨日の今日会った奴だぞ、警戒しなくていいのか? 毒でも入ってたらどうするつもりだ」

「いやおまえ普通に食ってんじゃんか。くれねーならいーよ、別に」

「まあ、そうだが。ほら」


 手の内の木の実を一つ投げて寄越すと、彼女は危なげなく受け取ってそのまま口へ放り込んだ。

 が、噛んだ瞬間に顔面のパーツが中央へ寄り苦々しい顔を浮かべて叫ぶ。


「すっぱ! ってかにっが! くっそ、おまなんてもん食ってやがんだ――毒かよ!」

「栄養はあるんだがな」

「知るか! もうちょっと味くらい気にしやがれ……ぺっ、ぺっ……ああ苦かった」


 ノアにとって、これは我慢の限界を超える食べ物であったらしい。その癖しっかりと飲み込んでから唾液に残った苦味を吐き出して息を荒げている。

 そこまで拒否反応が出るなら一口目で吐き出しておけばよかったものを。

 俺はもう一つを自らの口に放り、残り三つとなった木の実を懐へしまった。


「ったく、心臓跳ねっ返るかと思った……てそんなん食べんなって腹壊すぞ! こいつでも食っとけ」


 そんな俺に投げ渡されたのは、緑の葉に包まれた――ん?


「こいつは」

「おう、握り飯だぞ! そんなクソマズイ劇物よかよっぽど精つくからな、遠慮なく受け取れ」


 柔らかい淡褐色の粒。丸い形のそれが葉に包まれている。

 そうか、米を栽培しているような場所もあったのか。


 一口頬張って、ほとんど無味のそれを咀嚼し飲み込む。

 味付けは特にしていないらしい。米の甘さが舌を撫でているばかりだが、それでも十分に過ぎる。


「どうだよ、旨いか」

「……ああ旨いな、助かったよ。お前、まさかこいつを渡すために木の実受け取ったのか?」

「え? ああよく分かったな、きっとただ渡すだけじゃ食わなさそーだなって思ってよ。おまえ顔色悪過ぎだぜ、そんなんじゃいざ戦う時危ねぇ」

「顔色? 気にするな、大した支障はない」

「それと、腹と腕の傷……自然治癒で治るってレベルじゃねーぞ。本当なら安静に横になってねーといけねぇ。おまえが全く弱音も吐かねーし呻きもしねぇから黙ってたけど、あんま無理すんなよ。うちに出来んのはこんくらいだから――っと、そろそろ来るみてーだ。ソーマ!」


 心得ている、とソーマの返事。

 彼は大斧を高らかに振り上げるとその腹に自らの拳を叩き付けた。何度か繰り返され鈍い音が辺りへ響き、合図かと思うのも束の間、新たな陰が二つ空から降りてくる。


 まさか木の枝を飛び越えて向かっていたってのか?

 結構な距離があるはずだが。


「オーッス! いっやぁ本当にこっちの道? いや樹を伝って合ってんのかと何度も思ったんだけど、合ってたなぁ……で誰だコイツ、敵じゃあねえみたいだけど」


 乱雑に跳ね、後ろで束ねられた長い赤毛と原色の赤目。

 その丸い瞳がぎょろりとこちらを凝視し、口元がへの字に曲がっている。


 獣皮から造られた頑丈そうな鎧。首元を覆う土色の毛皮の襟巻きにその上からでも分かる筋肉質な体躯が粗暴な野生味を滲み出させていた。猫背の立ち姿も相まり、一言にして表せば猿のような、そんな第一印象を持たせる人物だ。

 外見的特徴としてもっとも派手なのは、その身体に巻き付けている鎖だろうか。先端にはだらりと鎌のような刃がぶら下がっていて、腰の横に取り付けられる鞘に収まっている形だ。


「彼は遭難者だ。名をレーデと言って、俺達と同じ魔力を使わずに戦う者だ。その剣については特に問題はない、使える武器をと道中で拾っただけだそうだからな」

「ほー……でも何で一緒に居るんだ?」

「目的が一致した」

「魔法使い殺すってか? ははっそりゃあいい――嘘吐け、騙されてんじゃねぇよな」

「ならば自分で確かめたらいい、ローガス」


 ローガスという名か。

 彼は「仕方ねぇ」とぼやき、俺にその顔を近付けた。一歩、二歩。

 おい近過ぎないか。


「どうだクイン?」

「さぁ。胴と首を切り離してやりたくはならないけど」

「――っ。後ろか」


 ローガスがクインと呼んだもう一人は、いつの間にか俺の背後を陣取っていた。殺意や害意などの全ての気配を断ち、同時に物音すら立てずに、そいつは俺の首の後ろで囁く。

 ……そうか、ローガスとやらに気を取られ過ぎたか。


「――でも臭いね。今まで殺した連中の臭いに似た臭いを感じる。別に殺してもいいよ」

「いやいやいやいや! 待てってクイン! そう殺したがるな、こいつは仲間だよ仲間!」

「ノア、違う。レーデは仲間ではなく協力関係だ」

「どっちも一緒じゃねぇのか!?」

「違う」


 ここ数日で見慣れたやり取りを聞きつつ、俺は背後の女に意識を向けた。

 ――意識してもほとんど気配を感じ取れないとはな。

 ソーマやノアも程々に人を外れているとは思っていたが、なるほど。魔法を使わない戦闘者集団に一抹の不安はあったが、これならば戦力としてかなりの期待が持てそうだ。

 魔法使いと言えども所詮は人間だ。どれだけ強力な魔法を扱おうともその肉体まで化け物ではないのだから。


「だが不安要素は取り除きてぇっしょ。もしものことを考えて、コイツが信用に値するかは俺が確かめてやる。後続の奴らにもスムーズに話を通さんといけねぇ」

「ふむ。それもそうだな」


 ローガスは俺へ目配せする。


「構わんぞ。俺は何をすればいい?」

「偵察してこい。そんで得た情報をなるべく正確に俺達の元へと持って来たら信用してやるぜ、勿論、有益なモンが欲しいからな」

「ああいいぞ」


 調査内容は……都市の警戒度と魔法使いの戦力の確認といったところか。一度魔法都市にて生活していた身からすれば、そう危険なことではない。

 ただこの傷だ、ヲレスには気を付けなければならんが。


「いや、馬鹿かおまえ、一人で偵察なんて死ぬようなもんじゃねぇか!」

「一人でたぁ言ってねぇよ。信用置いてない人間を一人で偵察させる馬鹿ぁいるかって、誰か一人はついてかせるさ」

「ローガス、私が行こう」

「いいや、んならうちが行く」

「……んあ? 随分肩入れしてるみてぇだな、ノア! いいぞならお前に頼むわ」

「いや肩入れしてるわけじゃねーよ。クインもローガスも会ったばっかだし、ソーマはこっから離れない方がいいだろ? だったら適任はうちだろ。それでいいかソーマ?」


 ソーマは俺は構わないと二つ返事をし、俺へ視線を飛ばした。

 無機質な緑眼が俺を見据える。


「それでは頼もう。君の話を聞く限り大した問題もあるまい。その先を少し逸れて真っ直ぐ進めば、人道に出る。そこを進めば遅くても半日、帰還には一日と少しほどか」

「ああ。了解」


 俺はノアから貰った握り飯を食べ終え、武装の確認をする。

 万が一戦闘が発生するならば、基本はレッドシックルの剣で立ち回ればいいか。右腕の負傷が面倒な以上ナイフの仕込み(丶丶丶)は満足に使いこなせないし、銃も残弾が心許ない。


「戻ってくる頃には全員が集合していると思ってくれ。説明は済ませておくさ――レーデ、俺は期待しているよ」


 何だ、妙な期待されても困るんだが。


「それなりの働きは約束しておこう」










「――ソーマ。アレはなんだ?」

「……さあ。俺にはどうにも分からない」


 ノアがレーデを連れて去った後、二人は神妙な顔付きで佇んでいた。


「隊列乱れるとかって言うわけじゃねぇけど、ありゃ不安因子だぜ」

「ああ、そのようだ。彼は俺達のことを本当に何も知らないようだが――」


 己の愛武器をふと眺め、ソーマは首を傾げた。


「可笑しい。これらの武器は、魔法を用いない俺達の特権だ。決戦兵器として造られ、実践登用は今回が初。そのどれもが二つとなく俺達にしか使えないような特級品だ」

「レーデっつったか? 懐にやべぇもん隠してるな。何も言わなかったし、俺も何も言わなかったが」

「ああ。刃物と……もう一つは理解できなかった。しかし、これだけは言える。彼はちかつかせている剣以外に俺達と同じく固有の武器を持ち、魔法を一切使わない戦い方をしていると」

「でも俺らの国じゃ見ねぇし、顔や口調と佇まいから俺らとは全く接点はねぇぜ。関係ねぇと思う」

「そう。なのだが、このタイミングでそれは可笑しいだろう。全くの偶然だと考える方が異質だ」


 ローガスは苦笑し、ソーマは無表情のまま。


「クイン、念のため後を付けてくれ」

「――分かった、行ってくるよ」


 黒装束のクインが森に溶けて消える。

 既にノアとレーデの足取りを追跡し始めたらしい。あの隠密性能は、彼女から意識して姿を現さない限りほぼ誰も気付くことは叶わない。

 ノアでさえも。それでいい。


「しかし彼は敵ではない。最初、襲い掛かった俺達二人を相手に手加減をして立ち回る様子さえ感じた。アレは殺そうとすれば俺もノアも殺してしまえるだけの実力を隠し持っていた」

「……うっそだろ?」

「協力関係を結んだはそのためだ。背景が不透明だからこそ、手元に置いておきたかった。彼はきっと力になってくれよう」


 ソーマはくく、と静かに笑みを作った。


「……まぁ、ソーマが言うんなら」

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