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トラベラーズ・レコード  作者: くるい
呪縛の在処
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四十八話 奇怪な邂逅

 まず最初にごめんなさい!

 いやさぼってたわけじゃないです、数日家を空けていてさっき帰ってきました!

「うーん、これ前方の瓦礫を退かせばいいってレベルじゃないな」


 ランドルはこの先をどう進むか考えていた。

 惨状は思ったよりも酷いもので、倒壊した入り口を瓦礫が塞いでいるだけではなく、内部も総崩れになっていた。

 魔力で内部を探知しても、音の反響で確かめてもそれは間違いない。つまりはトンネルを通っての通行は不可能にされているということだ。


 これが自然に起きるなど考えられず、つまりは人為的に行われたものであるとランドルは予測する。予測と言ったが――ほとんど確信めいた物を感じていた。大規模な地殻変動でも起きなければ、自然に崩れるなど考えられないのだから。

 やったのは誰かなどの判別は出来ないが、今問題にしたいのはそこではなくどう通るかだ。


 元々山に強力な魔物が生息していたことからこそ、人が安全に通れる通れるように昔の人間達が山に穴を空けトンネルを造ったのだ。更に安全性を増すため、魔物の危険は絶えないからと人道も開かれている。

 整備が整っていない分、固められた石畳の上には草木が生い茂っていたり路も剥がれたりしているのだが。


「山を登るなど死ぬようなもんだし、どうするか――他に道なんて聞いたことないし、俺もずっとここ通って向かってたからなぁ」


 ランドルが生きていた十と余年の間にトンネルが崩れたなんて話は一度だってない。誰も整備などしていないだろうに、風化することなく残り続けているのがここだったのだから。

 渓谷内部は数十の群で行動する魔狼ハンターボグが獲物を待っているし、獰猛なハングドファングに見つかってしまえば逃げられない。もっと恐ろしいのは付近を住処にする魔鳥ハンタークロウであり、弱った獲物を襲う狡猾な性格を知っていればまず山に入りたいとは思わないだろう。無惨に殺されるだけだ。


 リーゼの強さは重々承知していたが、この山を越えたくはない。ランドルも相手がどうぶつ一体程度ならどうにでもなるのだけれど、魔狼まもの魔鳥まものなどを相手取りして生き残れる自信はなかった。

 そもそも動物と魔物の違いは――魔法を使うか否かである。動物であるところの熊は肉体強化こそすれど主だった魔法は使わないため、数体ならともかく一体ならどうにかなる。

 厄介なのが魔狼と魔鳥である。魔狼は素早く動く為に脚部に俊足と呼ばれる魔法を掛けてあり、魔鳥も同種の魔法を常時使用して動いている。それらは肉体強化とは呼ばれず、狩りに特化した野生の狩猟者ハンターの固有魔法と言えよう。そんなのに襲い掛かられてしまえば、助かるわけもない。


 開かれた人道を複数人で固めて歩いていても時たま被害が出るというのに、たった二人で数時間も掛けて渓谷を踏破するなど馬鹿げていた。

 だから他の手段を探すべくランドルがリーゼに提案しようとしたところで、


「そうですねー……多分、魔物はこっちから来てるみたいですし……よし。はいっ」


 何故か彼女は手を差し伸べてくるではないか。


「急にどうしたの」

「掴まって下さい、ランドルさん」

「……何故に?」


 凄い嫌な予感を覚え、背筋に冷や汗を流す。

 まさかとは思うけど。


「私がランドルさんを背負って向こうまで駆け抜けます」

「いやいや……ちょっと」

「大丈夫ですよ、北大陸むこうでも一回レーデさん背負って魔法都市まで走ったんですから」

「それとこれとはわけが……はぁ?」


 背負って走ったって、そんな馬鹿な。それ以前にどうしてそんなことになっているんだ。


「勿論港から行きましたから安心して下さい! スタミナには自信もあります!」

「勿論ってのが分からないし色々と混乱するんだけど、山は危な――なぁ聞いてる?」


 いつまでも手を取らないランドルに痺れを切らせたのか、リーゼは自分から手を引っ張りにきて担ごうとしてくる。抵抗する隙も時間もなく、少女のものとは思えない剛力で半ば無理矢理背負わされる形になってしまった。


「ちょっと待った待った!」

「魔物からは全部私が守りますよ?」

「そういうことじゃなくてさぁ! なんかおかしくないか!?」

「でも他に方法ないですし、これが最短だと思ったんですけど……」


 少女の小さな背は柔らかく、しかし見た目に反してとても安定した。彼女が言うなら多分これで行けるんだろうけど、そういうことじゃなくて。


「無茶あるだろ、いくらなんでも。まさか山の恐ろしさ知らないってことはないよね?」

「知ってます。でも多分大丈夫だと思いますよ?」


 ――その瞬間、ランドルの身体が宙に浮いた。

 違う。ランドルが浮いたのではない。浮いたのはリーゼだ。彼女の全身からは夥しい量の魔力が溢れ、虹色に輝く。慌てて魔石を入れた箱を魔力で護り、その間にもどんどん高度は上昇していく。

 肉体の能力を劇的に高める勇者の能力、天聖虹陣てんせいこうじんだ。それは飛行をも可能とし、同時に。


「どうですか、これなら魔物も警戒してやってこないと思いますよ」

「……うん、そうだね」


 地に足など着かない空中でランドルは落ちないようリーゼにしがみつきながらそう呟いた。

 今どれだけ規格外のことをリーゼが行ったのか、言及する気力すら起こらない。そりゃこれだけの魔力を発している者を獲物にするわけはないのだけど――普通、やらないだろう。第一普通は身体が持たない。しかも空飛ぶってなんだ。

 これは魔法都市の連中がやる飛行魔法とは違うだろう。


 別に勝負をしているつもりはなかったのだが、飛脚はこびやは自分の領分だと言うのに――今までの常識を覆された気分だった。

 完全完敗である。







「ふぅー……やっぱり疲れますね、これは」

「……そりゃそうだろうよ」


 そんな飛行をずっと続け、そこまで時間の経たない内に渓谷の向こう側へと降り立ち二人はそこで休憩を挟んでいた。魔法の継続使用で消耗したリーゼを少しでも休ませるためである。


「それにしてもランドルさん」

「……ん」

「高いとこ、苦手だったんですね」

「高いところって言うか空だからな、そりゃ怖いわ!」


 ランドルは空中にいる間、がっちりとリーゼにしがみついていたのだ。高速で飛行しているリーゼからいつ振り落とされないか気が気でならず、結果腕が悲鳴を上げるくらいには変に疲労してしまっている。


「あはは……ごめんなさい。まあでも、遠回りする道もないなら仕方ないですよね」

「まぁ不安だった割にはあっさりと山越えは出来たけど」


 ちなみにこちらのトンネルも崩れて使い物にならなくなっている。これはもう新しく別の場所を開通した方が早いかもしれない。

 空を飛ぶという例外を除いて、実質的に大陸は隔離されたといっても過言ではなかった。


「流石にここからは歩いて行きますけどね」

「言われなくても歩くよ。後ろから見ててもさっきのそれ、消費激しそうだったし」

「あー……本当はこんな用途に使いませんからね」


 とにかく、山越えは成功した。その先には主だった異常も見られないので、後はランドルが以前から知る道でいいと思われる。

 さて、これから湿地帯を右に抜けて王都に向かい、まずはこうなった原因を探ることから始めるのが得策であろう。


「あ――下がってください、私の後ろに」


 その時リーゼが鋭い鬼気を発した。傍で雰囲気の変容を感じ取ったランドルは自分の前を塞ぐように立ったリーゼに返事をしようとして、前方から何かが“現れる”のを目にした。


 ――竜種の翼。鱗肌。長く白い尻尾。連なる禍々しい棘。堂々とこちらへ歩いてくるその姿は、正しく人型の竜と言ったような――。

 そうだ、これは、海に現れたあの魔物とよく似た――。


「いつか来るとは思っていた」


 重く、響く声でそれは口を開く。理性的な琥珀の瞳が、リーゼを捉えて離さない。

 これまでずっと浸入者を待っていたかのような佇まいで、それは眼前までやってくる。


「あなたは……」

「ギルディア。お察しの通り、“アウラベッド”と同類の――魔物だ」


 ギルディアと名乗ったそれ。確かに理解の出来る人間の言語を用いて、そいつは流暢に喋ってみせた。

 ランドルは固唾を呑む中、現れる前に気付いたリーゼは右手に纏虹神剣てんこうじんけんを顕現させて魔物に立ち向かう。


「――何の用ですか」

「戦うつもりがあるのならば堂々と姿を見せるつもりはない。自分と他の力量の差を考えられないほど、愚かではないからな」

「じゃあ、退いて下さい。そうしてくれるなら私は剣を振るいません」

「無理な相談を言う」


 禍々しい魔力を帯びて、竜の魔物は更に一歩踏み込んでくる。だが戦闘をしようという気配は微塵も出してはおらず、あくまでも理知的な瞳をそれは湛えていた。

 ――ギルディア。戦うつもりでもなければ退くつもりもないというのなら、一体何をしにリーゼの前に現れたのか。

 二人を眺め回し、暫しの静寂の後に向こうから言葉を発した。


「君達は、何をしにここへ来た?」


 簡潔で淡泊な質問だった。

 ランドルはリーゼの後ろからその魔物の姿をじっと見つめ、狼狽する。


「……このトンネルを崩壊させた原因を探しに」


 けれど、弱々しくも返事が可能だったのは、そこにリーゼがいたからこそだ。眼前の魔物の圧力は相当なもの、けれどもそれを以てしてもリーゼに敵わないと相手から公言している――完全に安心とまでは言わないが、かろうじて話のやり取りが出来るまでは平静を保つことができていた。


「随分違うようだが……ふん、そんなものか。素直に答えてくれた礼としてこちらも応えよう。あれを破壊したのは、私だ」

「――な」


 予想は出来ていた。その圧力、内包された魔力が分からないランドルではない。だからやったのはこの魔物だろうとは思ったが、自分からこうも簡単に吐くとは。


「何で壊したんですか」

「流石にそこまでは教えない。というより、教えても無駄だというだけだが。君達に直接危害を加えるものでないことだけは、言っておこうか」

「……人を通れなくすることに意味があるんだな」

「そうだ」


 品定めでもする視線をランドルに向けた後に、魔物は普通に肯定した。人の通行を困難にするために魔物がトンネルを破壊した。確固たる意志や理由を持って。普通に考えて信じられることではなかったが、今は目で見た事実を飲み込まざるを得ない。

 ――何を成したいのかは今持って見えてこないが、話が通じるならと。


「逆に聞くけど、そっちは何をしに来たんだ」

「よく聞いてくれたな。先程も言ったように、君達が現れることは予想されていたことだ。私はその時までここで待ち、現れたなら――案内しようと思っていた」

「案内、だって?」


 違和感どころではなかった。

 淡々と言葉を紡いでいく魔物に対して奇妙な恐怖を覚え、ランドルは腰の剣に手を伸ばした。――戦うわけじゃない、戦ってもランドルが敵う相手ではない。けれど、こうしていないと不安だった。


「アウラベッドは失敗したようだが。元より君達と戦おうとは思っていない」

「……そいつは、ふざけてやがる。戦おうと思っていないなら、レッドポートの魔物はなんだってんだよ」

「ああ、あれか。港を滅ぼそうとしただけだが?」


 ――淡々と。

 ソイツは、言う。


「君達がレイリドルの奴を殺してしまったからな。ならば港を滅ぼすしかなかろう」

「海で出てきた奴……」

「ああ、だが君達に殺された。では、次は海を占拠するのではなく、港を無くしてやろうと思ったのだが……それも失敗に終わったならば仕方ない」

 やはり勇者とは怖いものだな、などと平気で抜かす魔物に戦意など見られない。


 この余裕振りは、お互いが牙を剥かないことでぎりぎり成立しているに過ぎない。ランドルが、リーゼが、刃を向けた瞬間にその均衡は崩れる。

 だがランドルは刃を抜こうとするだけで、その実震えて戦うまでには至らない。リーゼは魔物から攻撃してくるまでまだ動くつもりはないく、魔物はそもそも二人と戦うつもりはなかった。


 今の会話で分かったのは、レッドポートを襲ったのがそのまま“魔物”であったこと。リーゼは瞬時に、魔晶をあの鳥に植え付けた者がこのギルディアであることに気が付いた。

 ヲレスの仕業でもなく、教会が裏で何らかの関係もしていないとは言えないが、直接的な関わりが誰だか分かっただけでもかなりの進展だ。


「勘違いしないで欲しいが、私もアウラベッドも、レイリドルも君達を殺そうとはしていないだろう。反撃したまでだ」

「――リオン村のあれは、違いますよね」

 今度はリーゼが問う。

「あれは君達、いや勇者をおびき寄せる為の撒き餌だっただけだ。アウラベッドは言っていただろう? 戦う道を選ばなければ、危害を加えることはないのだと」


 そのようなことは言っていた気がする、とリーゼはあの時のことを思い浮かべた。

 だが、向こうが村を襲ったからリーゼは動いたのだ。


「あなたが村を襲ったから、私は戦ったんです。話がしたいなら、直接会いにくればよかったじゃないですか」

「所在が分からなかったんだろう」

「――だからって、村を襲うんですか」

「さあ、やり方はそれぞれだ。しかし私は関知していないが、死人は出ないようにしていたのではなかったか? さて聞こう、私と共に付いてくる気はあるか」

「……ありません」

「そう言うことは分かっていた。ではこれから、私はガレアを滅ぼすとしよう。止めたくば、後を追うといい」


 リーゼが反応を返すより早く、魔物の姿は消滅する。


「……っ、また」


 何度同じ手法で逃げられただろうか。その理屈が一切分からず、魔物の後を追えないままリーゼは歯噛みする。


 魔物は言った。ガレアを滅ぼすと、丁寧に町の名前を遺して。

 つまり最初から二人を誘導する算段だったのだろう。リーゼが頷こうが拒否しようが、あの魔物はどちらでもよかったのだ。

 あんなことを言われては、もう向かう以外の選択肢はリーゼにはない。


「……ランドルさん」

「――はぁっ……なんだよ、今の圧力はさ……。わけわかんないけど、でも行くんだろ」

「誘導されてるのは分かってますけど、行きます。私が行かないことで町が本当に滅ぼされたりしたら、私は私を許せません」

「うん了解、ってか俺は船長に言われたし、こっちで出来るだけ知れることは知って置きたいから」


 正直ランドルの頭の中はぐちゃぐちゃであったが、けれど行くしかないのもまた確か。はっきり言ってしまうとリーゼに護って貰えなければ何も出来ないし、というか死ぬし、向こうにも帰れないのだ。

 ならばせめて連絡役としての役目は通さなければ。こんなところでびびっているんじゃ駄目だ。


「にしたって、あの魔物は何がしたいんだ」

「……分かりません」

「ま、そうだよな……」


 ガレアはここから一番近い町だ。あの魔物がガレアを指定したのにはそれ以上の意味は含まれているのだろうか。

 分からない。でも、行かなければならない――。

 こんな時、レーデならどうしたのだろうか。


 リーゼは首を横に振って、そんな思考を霧散させる。


 そうじゃない、ここでレーデに頼ってどうするんだ。

 ――彼はまだ一人で戦っているのだから。


「ランドルさんのことは何があっても護ります」

「……俺は、なるだけ邪魔にならないよう立ち回るよ」


 ――だったら私も戦う。

 と、纏虹神剣を消しつつ前を向く。

 どんな罠があろうと関係ない。全てを真正面から叩き斬り、ランドルを護り抜けばいいだけだ。

 簡単な話。


「――それができるのが、勇者だから」

「え?」

「ああ、いいえ、なんでもありません」


 崩壊したトンネルを背に、二人は先へ進む。

 ゴルダン渓谷、突破。

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