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トラベラーズ・レコード  作者: くるい
誤りの北大陸
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三十一話 魔法都市

 魔法先進国である北大陸。


 肝心の魔法学校がある都市は大陸の中央部に位置し、船で渡った先の港町からでは徒歩で三十日以上も掛かってしまう。


 車などという便利な乗り物は勿論存在するはずもなく、馬車などは都合が悪く出払ってしまっていた。

 魔法先進国、とだけあって飛行系の魔法が存在しており、空を飛んで移動する人もちらほらと見受けられるが、それは二人には不可能な方法である。


 代わりに天聖虹陣てんせいこうじんで移動することを考えたリーゼであったが、力を大量に放出しなければならないしそもそも移動用の魔法ではないので、レーデを抱えて長時間移動することを考えると無茶にも過ぎるものがあったため、すぐに廃案となった。


 そこでレーデが提案したのは、荷車を買ってその上にレーデが乗り、リーゼが馬の代わりを果たして都市まで引くというものだった。

 不可能ではないが流石にその提案はリーゼによって却下され、最終的にある部分で出された妥協案で進むこととなった。


 それは、リーゼがレーデを抱えてひたすら走ることであった。

 かくして、三十日掛かる道程をたったの二日で踏破したのである。


「はぁ……っ……はぁっ……ふぅ……疲れました……私乗り物じゃないんですよ……? 分かってますか……?」

「ああ、お前は乗り物ではないな。俺の奴隷だ」

「なんか言い方が……もういいです、いいですよもう。お腹減りました、ご飯食べたいです。お風呂入りたいです」


 どうして抱えて走るという提案が妥協案になったのかと言えば、そもそもがリーゼはレーデに頼られるということ自体が純粋に嬉しいことであったからだ。

 天聖虹陣での移動は物理的に不可能だったためにそうしなかったが、直接抱いて走っていいというのなら、まだ。


 運ぶにしたって荷車を引かされるのと自分の手でレーデを抱えて走るというのでは、全くわけが違うのだ。確かに荷車を引いた方が疲労は溜まらなかっただろうが、それだと単純にリーゼが虚しかったのである。リーゼは荷車を引く動物では決してない。


 そのため直接抱えて運ぶということで頷いたのだったが――言い知れぬ多幸感があったのは、最初の数時間だけであった。

 いかなリーゼと言えども相当に疲労し、いつのまにか傍に居て触れていられる――などと言った暖かい感触は全く感じなくなっていた。


 ただただ暑く、辛く、足が痛い。それでも到着するまでリーゼが一切の弱音を吐かないでいられたのは、小休止を何度も挟んだり適度な水分補給を行ってくれたり、吹き出す汗を何度もタオルで拭ってくれたりなどの体調管理をレーデが適切に行ってくれていたからである。


 そこまで配慮してくれるのであれば、自分で歩くか馬車が手配出来るまで港に居ろと誰もが言いたくなるであろうが、リーゼはそれだけで動く気力を補充することができたのだ。

 隣に汗の一つも掻いていないレーデが突っ立っていたとしても、それは変わらない。


「なら、とりあえず宿でも取るか。先に身体を洗った方がいいだろう」


 何か根本的な部分で配慮が違ったりしても、確かにレーデは自らを気遣ってはいてくれるのだから。


 鞄を肩に掛けたレーデの姿は、いつもと同じく大きく、優しく、そしてどこか遠い。

 レーデはこれから先も、勇者である自分にも最初と同じように接し続けてくれるであろう。圧倒的な力を持つ自分を、同じように支えてくれるであろう。

 ――自らがレーデの支障とならない限りは。


「はい」


 相槌を打って、リーゼは目に入ろうとした汗を手の甲で拭う。とにかく今はすぐに身体を洗い流してお腹一杯にご飯を食べたいと、ただそれだけをリーゼは思うことにした。

 レーデが自分と一緒に旅をしている理由など――あまり考えたいものではなかったから。考える必要など、なかったから。


「何ぼうっとしてる。宿探しだ」

「あっ、は、はい!」


 いつの間にか先を進んでいたレーデが立ち止まり、こちらを怪訝そうに見つめている。

 リーゼは我に返り、急いでレーデの後を追い掛けた。

 唐突にいなくなって、煙に紛れて消えてしまわぬように。








「……ふう」


 俺は眉間を右手で押さえ、目の疲れを感じていた。


 魔法都市アリュミエール。その端の方にあるそれなりに安価な宿を取った俺とリーゼは、当然のごとく同じ部屋を借りている。

 現在リーゼは宿に備えてある浴場にて、疲れを流している最中だ。うっかり着替えを忘れてこちらに戻らざるを得ないようなミスはさせていないため、差し当たっての心配はない。

 リーゼも俺が手を出すとは毛ほども思っちゃいないようだが、恥じらいは人並みにあるようだからな。


「どうしたものか」


 最近になって、時々疲れが溜まってこうしていることがある。しばらく休んでいれば元に戻ってくれるが、今日は特に疲労を覚えている。

 目の疲れというのは同時に眠気も襲ってくるので、勘弁願いたいものだ。そもそも俺は大陸を渡ってからほとんど動いていないわけで。リーゼによる回復魔法の甲斐あってか、今現在では痛みは更に減っているのだ。

 宿に到着して一息吐いたからと言って、まだ休むつもりはない。ひとまずは今日中に魔法学校への入学手続きを済ませておきたいところでもある。今更だが入学金やその他に掛かる費用がどれだけなのかまでは知り得ていないので、早めに情報を入手しておきたい。

 そのためには……。


「散策でもするか」


 一日掛けて都市を巡り、その途中で魔法学校を見つけるのでもいいだろう。リーゼに要らぬ苦労をさせて訪れた都市だ、その分じっくりと内部を見て回ろうじゃないか。

 ここは俺が今まで訪れてきたどの人里よりも発展していて、魔法で建設されたであろう巨大な建物などが目立つ。


 流通品も多いに違いない。流石にこの規模となると、都市内部の見取り図でも欲しいところだ。


 金貨袋の一つを持った俺は、いつでも外に出られる準備をしておくことに。

 今回は宿の設備もそこそこにしっかりしているため、鞄は持ち運びをしないことにしたためだ。なので詰め替える銃弾なども小さな箱に詰めてコートの内側に入れており、煙草類は全て鞄内に入れたままだ。


 最近ろくに吸っていないが、これからもしばらくその機会は失われるだろう。何せ、吸う場所がない。宿の中で吸うつもりはないし、かといって外で堂々と目立つ真似をするほど馬鹿ではない。

 後々のストレスを考えれば、この都市で吸うことはむしろ逆効果だ。


「あがりました! ご飯食べに行きましょう!」


 部屋に戻るなり、リーゼはタオル片手にそんなことを言い出した。

 まぁ腹が減るのは当然か。その小さな身体で俺を担いで来たんだからな。

 我ながら随分と酷いことをさせたものである。尤も半分は冗談のつもりだったんだがな。


「まずは髪を乾かせ。後服がよれているぞ。急ぐ必要はないから直してこい」

「え、あ、はい。分かりました」


 指摘をすると、彼女は端に備え付けられた鏡の方に向かって身だしなみを整え始める。

 平然と手の平から風を生み出して髪を乾かしている辺り、リーゼも中々便利な魔法を修得しているな。

 一体どの辺りからの魔法を国が占領しているのかは、気になるところだ。


 手に取った紹介状を四つ折りに畳み懐に入れ、俺は呼気を整えた。








「では、今後の予定を決めるとするか」


 大衆向けの食堂に来ていた俺とリーゼは適当に食事を済ませた後、飲み物を頼んで予定を立てていた。


 そこそこ賑わいがある場所だ。値段も手軽だからか、席の半分以上は埋まっている。客達の会話ががやがやと耳に聞こえてくるなど、大衆酒場以来か。

 少しばかり浮いた服装をしている俺とリーゼだったが、じろじろとこちらを見る視線がないのは有り難い。


「俺は少しばかり都市を見て回ることにしようと思うが、リーゼはどうする?」

「私も付いて行きます。あの、一人だと道に迷いそうで……」


 本当に自信なさそうに言うな。

 俺がいない間に一人で散策に出掛けて迷子になられても困るわけだが。


「分かった。俺もまだ何があるのか分からないが、とりあえず今後活用する店などはリーゼも把握しておいた方がいい」

「えっ? なんでですか?」

「なんでじゃないだろう。俺が魔法学校に通い始めたら、一人になる時間が増えるんだぞ。俺が帰ってくるまで宿に居るつもりか」

「あっ、確かに、そうですね……」


 リーゼは少なからず驚いている様子だ。

 全く予想していなかったのだろうか。


 乳白色の果汁が入った飲み物を口につけるリーゼだったが、その目が丸くなっている。


「それとも、お前も入学したいか? この紹介状が複数人に紹介出来る代物かは分からんがな」

「い、いいえ、私行っても意味ないですし……その、行きたいですけど……」

「行っても無駄なら仕方ないか」


 生活に不自由のない魔法ならリーゼも大体覚えているらしく、戦闘に関しては魔法よりもずっと強力な能力を持っている。

 資金が入ったからといって余計な出費は極力抑えておきたいからな。学校の内部でまで常に一緒にいる必要はないだろう。そんな場所にまで魔物が襲って来たとして、魔法使いの迎撃に遭うだけだ。


 リーゼは何やら小さく呻いているが、そこまで先が不安か。


 残りの水を飲み干し、俺は皿を横に退ける。

 そろそろ出ないと日が暮れてしまうからな。


 大衆食堂から出た俺たちは次に生活などに使う道具を売っている店に赴いたり、露店の集合している通りに顔を出して様々な品物を覗いたり、裏通りにある骨董品売りなどを見て回る。


 ちなみに魔石は骨董品の部類に入ってしまうそうだ。魔石の見た目が綺麗なそうで、部屋に飾るのだとか。

 まるで俺が古い人間だな。確かに妙な制限付きのお陰か、いつの時代に作られたかも分からない魔石は使用の幅が狭いが。


 その後も各国の衣類を纏めて売っている建物があったり、同じく各国で作られた本を集めている図書館施設も見られ、機能や充実性も備わっていることを確認した。


 現在では魔法使いを集めた自警団が独自に治安維持に務めており、この危機感の無さと充実振りはそこから来ているのだと思われる。


 件の魔法学校は既に見つけていたが、しばらくは他をリーゼと見て回っていた。一日で都市内を回り切れるわけではなかったが、今回った場所だけを活用するだけで十分自由な暮らしが可能だ。


「あと少しもすれば夜になるな。大体の場所は覚えたか?」

「ばっちり……あ、いえ、まだ心配かもしれないです」


 両手を胸の前で握り締めるが、ふと不安げに顔を苦くする。

 まぁ仕方ない、一日だけではこの広さは無理だな。


「結構遠くに来てるはずだが、ここから一人では帰れるか?」


 いくらなんでも宿が都市の端に位置していることくらいは理解していうだろうが、何せ道が入り組んでいるからな。

 リーゼが方向音痴だった場合、帰り道など覚えちゃいない可能性さえある。


「どうでしょう……」

「帰れるなら、俺は宿に戻る前に学校へ寄って手続きを済ませて来ようと思ってな」

「あの……付いていってもいいですか、ちょっと不安なので」

「構わんぞ。都市にも入れたんだ、紹介状があれば一緒に敷地に入る程度なら問題もなかろう」


 リーゼは申し訳なさそうに頭を下げてくる。


 なんだ?

 やけに元気が無さそうだが、まだ腹でも減っているのか?

 それなら、後で少し食わせてやればいいだけだが。


 まあいい、とりあえず向かうとしよう。







 魔法都市の更に中央に構えているアリュミエール魔法学校は、その敷地面積が都市の五分の一を占領している。

 百年ほど昔に自警団が現れた辺りから少しずつ施設も広がり、魔法の秘匿などもその辺りから始まっているそうだ。


「止まれ、何用だ」


 当然、秘匿しているからには入り口である門の警備は固く、都市へ入るのと同じ感覚で敷地内に入れるということはないらしいな。

 長大な槍を持つ門番が通ろうとした俺とリーゼの前をその槍で塞ぎ誰何してくる。


 銀の甲冑を身に纏った男だ。

 表に出ているのは一人だけだが、背後の守衛室にはここから見えるだけで三人の人間が武器を片手にこちらを睨んでいた。


 随分と警戒されているみたいだが、最近何か物騒な事件でも発生したのか?


「この魔法学校に入学したいのだが」

「なるほど、そちらの娘を学校に入れたいと」


 一旦槍を下げ、門番は回転させて柄を地面へ突き立てる。


「いや、入りたいのは俺だ」

「……何?」


 兜から覗かせる目が俺をまじまじと見つめ、門番は眉をひそめて言う。


「後ろの娘が入りたいというなら理解のしようはあったが、君が? どうやら余所者らしいが、見たところ君に魔力が感じられない。魔法使いの素質すらない者が、入学を所望するのか?」

「その辺りは門番が判断することではないだろう。紹介状は貰ってある」


 懐から取り出した紹介状を見せると、門番は頷きかねた表情で紹介状を見つめた。


「悪いが、今日のところは帰って貰おうか。部外者を通すわけにもいかないし、その紹介状が本物がどうか俺には判断しかねるのでね。また後日、足を運んで欲しい」

「後日なら審議しておく、と?」

「そうだ、今日は帰ってまた明日来てくれ。今日のことは後で学長へと報告しよう」


 口調こそ丁寧だが、その実俺達をこの先へ通す気は一切ないようだ。

 このまま潔く帰ったとして、後日訪れても良い方向へは向かってくれないな。


「失礼なことを言わせて貰うが……門番に入学者を選別する権利はあるのか? 紹介状の見分けも付けられず、そして最後まで俺の名前も聞こうとしなかった奴がこのことを報告するとは到底思えないんだが」


 門番の顔があからさまに歪む。

 まぁ、入学させる気がないのは反応から見て分かっていたが。


「年に一度、大規模な入学試験が行われるわけじゃないだろう。時期や時間を問わず、入学者自体は受け付けているはずだ。俺はこの場に紹介状を持ち、その条件は満たしている」

「だからその紹介状が本物かどうか分からないと言っているのだ」

「では判断出来る学長とやらに会わせて貰うことは出来ないのか?」

「俺にはその判断は出来かねる。俺に出来ることは部外者かそうでないかを判別し、追い払うことだけだ。どうしても入学したいってんなら、何か他の方法を取ってくれ。無論、強引に入ろうとすれば始末する。分かったらさっさと帰れ」


 今にも槍を振り回さんとする門番。

 これでは話にならない以前に、そのような役割すら持たされていないのだろう。

 とにかく現時点で、入学者を増やす気が学校にないのは分かった。


 門番の男に苦い視線を送っているリーゼの頭に手を置き、俺はこう問いを投げる。


「分かった。しかしその前に、一つ聞いてもいいか?」

「なんだ」

「ここ最近、魔法学校が防備を固める事件があったりしたのか」


 それについての返事はなかった。


 結局のところ、入学の手続きどころか敷地に入ることすら出来なかった俺とリーゼは、そのまま宿へと向かっていた。


「なんだか、ああやって話を聞いてくれない人は……嫌ですね」

「そういうもんだ。立場が絡んでくるとな」


 あの門番は確かに様々な情報を隠していたが、門番としての役割は果たしていたからな。いきなり現れた不審人物に敷居を跨がせなかったのは、正しい判断だ。

 その行いが自らのクビに繋がる可能性があるのならば尚更だ。


 ということは、俺はまずどうにかして内部関係者へ話を付けなければならないことになる。あの門番が言っていたように、魔法学校を介さず――つまり外部で紹介状を然るべき人物へと見せ、そこから話を進めて入学に漕ぎ着けるというのがいいだろう。


 それをするにはもう少しこの都市全体の情報などを押さえておく必要がありそうだ。

 何、手間は掛かるが難しいことではない。

 数日掛ければ、ある程度手綱は引き寄せられるだろう。


「そういえば、リーゼ。腹でも空かしているなら何か食える物を買ってやるぞ」

「えっ、なんでですか。私お腹空いてませんし、というかさっきってわけじゃないですけど食べたじゃないですか……」


 どれだけ私が食いしん坊だと思っているんですかとか、食べ物は好きですけどそこまでいっぱい食べるわけじゃないですと次々に言い訳してくるリーゼへ「そうか」と返事をし、寄り道をしようと露店方向へ向けた身体を元の向きに戻したのだった。

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