二十二話 斡旋された仕事
俺とリーゼは二人揃って港の方まで足を運んでいた。
透き通るような青色の海には厳めしい海賊船がずらりと並び、輸送船もちらほらと窺える。数十隻は並ぶ光景だけ見ても、生半可な組織ではないことが分かる。
これの副船長を名乗っているのがガイラーか……。
俺は潮風を浴びつつ、ふと彼のことを思い出した。彼がアレだというのなら船長は一体どこまで奇人や変人なのやら。
――例のフィオーナの件から既に三日は過ぎ、事態は無事収束していた。
ガイラーはその時間でフィオーナに関わっていた人を洗って訪問したりと、そんなことをやり続けていたそうだが、やはり綺麗に元通りには戻らなかったそうだ。
人の関係とは存外脆いものである。例え以前にフィオーナと懇意の関係にあった人物だとしても、その中間にガイラーなどという凶悪な人物が存在していたら関わりたいとは思わない。
誰が弁明してもそれは変わらない。客なんてのはもっとで、基本的には俺達のような旅人が多いばかりか常連でも宿に泊まっていくような人種は町に定住などしていないため、たった数日で関係の修復などできようはずもなく。
しかしそれでもガイラーの行動を認め、無事フィオーナは彼と友達になることを認めたそうだ。
そして――。
「金稼ぎのいい仕事ならなんでもいいんだっけか? そんなら丁度いい。俺が直接雇ってやるよ」
今度はこちらの番というわけである。
後ろに流した髪はそのままに、宿の時に着ていた薄汚れた茶色のベストは身に付けてはおらず、荘厳で大層ご立派な銀色のコートを羽織っている。
腕の部分は肘手前まで捲られ、その手には地図と酒が。
腰部分のベルトに取り付けられた剣は左右に二本あり、一つは刀身の赤い抜き身の剣と、もう一つは凹凸の激しい短剣だ。こちらはソードブレイカーという類のものであろうか。
見た目に限って、今のガイラーは誰がどう見ても立派な海賊であった。
「何故こんな場所でも酒を飲んでいるのかは聞かないでおくとして」
「あァ? 俺はいっつもっこんなんだよ、別になんも無くても多少は飲むさ」
「そうか。止めた方がいいぞ」
たまに酒を入れるならともかく、毎日は毒にしかならん。別にこいつがどうなろうが知ったことではないが、仕事を斡旋し終えて俺達が働いて金を稼ぐまではくたばるんじゃないぞ。
「レーデと、ラーグレス・リーゼ、で合ってるな? 二人共、腕に覚えはあるか?」
「俺はさておき、リーゼはある」
「ふん……そうか、お前は戦えるのか」
「やれないことはないが」
「なら、大丈夫かぁ……?」
少し含みのありそうな台詞を放って、ガイラーはそれまで睨んでいた地図を丸めて懐に収めた。
「よく聞け。近頃、このレッドポート近海に大量の魔物が出現している。この前渡航の件は良い返事を返せないと言ったのは、この関係だ」
「魔物だと?」
「そうだ。北大陸へ行くのを邪魔するように、渡航する客船に毎回魔物が襲い掛かってくるんだよ。お陰で今は客や貨物を乗せた船の渡航を止めてんだ」
魔物が海の上で進行を阻害するように配備されている、ねぇ。まるであの時トンネルに現れた魔物のようだ。
悪魔みたいな姿形をした、あの魔物が関わっていそうだが……何の為に道を塞ぐ?
「渡航費云々以前に、渡ることができないというわけか」
「そういうことよ。このまんま北大陸からの流通が滞ったままだと困るんでな、俺達レッドシックルは主戦力集めて魔物退治と洒落込むことにした。是非お前らを、その主力に入れてやろうと思ってな」
ガイラーはそこでリーゼに視線を合わせ、言う。
「フィオーナから聞いた。そこの嬢ちゃん、勇者なんだってな? お前奴隷とかなんだって言ってたが、素直に勇者って言やいいじゃねぇか、お前らがたった二人で旅してる理由がようやっと理解できたぜ」
「いや何を勘違いしているのか知らんが、こいつを奴隷市場から購入したのは確かだよ」
「勇者が奴隷だぁ? 冗談は止せよ」
「……あー、まぁなんでもいいか。それで、お前は勇者が何だか知っているのか」
この世界での勇者という存在の知名度は、そこまで高くはない。知っている者は知っているが、縁がない者は全く知らないなんてことはザラにある。
恐らくは教会のシンボルが勇者なだけで、全世界に認知されるほどの存在ではなかっただけの話だろう。その存在を正しく理解しているのは信仰し奉る者達や、それこそ歴代の勇者と何かしらの関わりがあった者達くらいか。
ガイラーがどちらかであるのかは、言うまでもない。
「あぁ? 知ってるも何も、俺達レッドシックルはその昔“赤き海の大征伐”を勇者と共に行っただろうが。まさか知らねぇのか?」
「……残念ながら知らん」
まだ俺はお目当ての歴史書には巡り会えていないからな。過去の情報を押さえるには、それなりの時が必要だ。
しかし、気になるな。
「聞いていいか?」
「はん、まぁ俺が生まれてねぇ時代だから深くは言えねぇがよ。レッドシックルは当時の勇者を加え、海のド真ん中で大量の魔物と交戦したんだ。そんで血と船を赤く染めてここに帰還したから俺達はレッドシックル、港はレッドポートという名が付いた」
なるほど。
それが“赤き海の大征伐”か。
その頃にも勇者は同じように魔物を討伐して回っていたようだな。
「んで、今回の魔物騒動でタイミング良く現れた勇者――こりゃ、誘うしかねぇだろ? 当代の勇者とレッドシックルで魔物を駆逐する、実にいいじゃねえか」
ガイラーは刀身の赤い剣を抜き放ち、海に突き付ける。
「ま、討伐に割ける人員が少ねぇのが現状なんだがな。お前ら来てくれんなら歓迎するぜ?」
突き付けたまま、ガイラーは言った。
「あぁ、でもま、ウチの掟上海賊船に乗るんだったらちょっとした洗礼を受けなきゃならんからな。この仕事が嫌なら構わんぜ。そんなら別の仕事紹介してやるよ」
ガイラーは少しだけ苦い顔をして言い、くるりと剣を回してベルトに収める。
……魔物の討伐。
仕事か。
「レーデさん、行きましょう」
「ああ、お前はそう言うだろうと思ったよ」
たとえこれが仕事でなかろうと、リーゼは魔物と聞いただけで向かうであろうことは分かり切っていた。
俺は少し考えた後、ガイラーへこう尋ねた。
「報酬は?」
「そうだな。敵の強さにも寄るが……前金で1000は出してやるよ、死ぬ危険があるからな。そっから先は成果次第だ」
金貨にして十枚。前金でこれなら中々のものだ。断る理由はどこにもない。
後気になるのは……。
「仕事については引き受けよう。だが……洗礼ってのは何だ?」
「んーっとなぁ」
頬をぽりぽりと掻いて、ガイラーはこう告げた。
「ウチの船に弱者は要らねぇってのが船長の方針でな。客船じゃなく海賊船に乗船する場合、ウチの船長と――副船長であるこの俺と、戦って、認められなきゃいけねぇんだわ」
ま、勇者ってのが本当なら別に問題ないだろ? と。
ガイラーはそう言って俺の肩を叩く。
「問題なのはお前さんだ。俺ぁ別にいいんだが、船長がお前の乗船を許可すっか――ま、頑張りどころだわな」
「洗礼、ねぇ」
俺は現在海賊船内部の一室を借りている。その中で適当な椅子に腰掛け、ガイラーから借りた剣を眺めて待機していた。
ちなみに今船に乗っていること自体は構わないそうだ。
リーゼは隣の一室を借りているため、この部屋にはいない。
俺はぼそりと呟き、青龍刀のような幅広の剣を右手で握っていた。
全く、海賊船に乗るには相応の力を見せろとはな。随分と面倒な仕事を紹介してくれたもんだよ。
その分、金は入るが。
ぎらりと輝く刀身を鞘に収め、俺はそれを腰に差した。
どうして俺がこんな剣を持っているのかといえば――無論、船長と戦うためだった。認められるだけの力とは言ったが、流石に銃を持ち出すわけにはいかないからな。間違って殺しでもしてしまえば、認めるどころの騒ぎでは済まないからな。
「……軽いな。片手剣は使ったことはないが」
腰に差した感じで言えば、悪くはない。移動の際に鞘が邪魔になることもなければ、予想以上の重さも感じないか。
「俺が握ったことがあるのは、クレイモアのような大剣ばかりだったからな」
はてさて、そいつは俺がいつの時代に手にしていた武器だったか。
――あまり思い出したくもない、昔のことだ。
とにかく、このような剣は今までまともに触ったことがなかった。ある程度の感触は確かめたが、それだけだ。
これでは船長に力とやらを認めて貰えるか微妙ではあるが、まぁ模擬戦の意味合いもある。相手がどれほど本気で向かってくるのかは分からないが、一対一で真正面からの対決ともなれば、どうにかなるだろう。
一応、先にリーゼを戦わせて確かめようとは思うが……。
ガイラーは船長へ俺達が到着したことを伝えに行っている。
どうやら俺が頷くよりも前に話を通してくれていたみたいだが、その辺りは感謝しておこうか。
奴の取り柄は持ち前の行動力だからな。
「……さてと」
コートは脱ぎ、余計な荷物は部屋の隅へと置いた。
剣を固定するベルトの位置も直し、使わないとは思うが念の為に銃もベルトの内側に固定しておく。鞘と重なって見えづらいようにしていればいいだろう。
弾薬は持っていかないためどうあってもシリンダーに込めた六発しか撃てないが、得物を手放す道理はない。
コートを脱いでしまったため、今の俺は上が綿生地のインナー、下が常に着用しているズボンといった軽装だ。どちらも色が黒などの暗い色のため暑苦しい格好ではあるが、かなり身軽になった。
あの重い鞄を持っていなくて済むのが、一番大きいがな。
準備は完了した。
後はガイラーが部屋に迎えにくるのを待つばかりだが、その間どうしようか。
わざわざリーゼの様子を見に行くのも面倒だ。どうせ部屋でくつろいでいるだけだろう。
「……そうだな、折角の機会だ」
俺は鞄からノートとペンを取り出し、部屋に取り付けられている簡素な机に広げる。
ガイラーが来るまでの間、こちらの世界の言語で日々の記録でも綴っておくことにしよう。
これまでの出来事を整理するというのも悪くはない。
いずれこいつもきっと、役に立つ日が来る。
そんなことを頭の隅で考えつつ、俺はノートにペンを走らせた。
俺とリーゼが船長と対面したのは、程なくしてからのことであった。
「よォ、アタシがレッドシックルの船長だ、が――あんたら本当にウチの船に乗るつもりなのかい? すぐ死にそうな顔してんだけどなぁ。レイド、テメェ人選間違ってねぇか?」
「間違ってたら追い返しゃいいだけだろ? いや大丈夫だと思うぜ、多分」
船の甲板にて。
船長と副船長が何やら失礼な会話を展開している中、俺とリーゼはお互いの顔を見合わせた。
「もっと怖い感じの男の人かと思ってたんですけど、優しそうな女の人ですね!」
「お前の優しいは一体どこから来ているんだ」
どうやら俺もリーゼも船長は男だと思っていたらしい。しかしその予想は外れ、ガイラーと話す船長なる人物は――どこからどう見ても女性だった。
赤と黒の派手なコートを着たその体躯はガイラーと負け劣らず背が高く、日光に反射する銀髪と同色の瞳が印象的だ。胸元が大きく開かれているのと腕を組んでいるのもあって、そこそこ豊満と言える胸が強調されてるが、そこには女らしさというより強者の威圧を感じる雄々しさが強い。
「まあいいさ。そんで――」
腕を組んでいた船長が、俺に視線を投げてくる。必然的に目が合うと、船長は口端を歪めた。
「確かにウチは今、戦力を欲している。だが生半可な連中は要らないんでねぇ。テメェらに金を払うだけのモンがあるかどうか、アタシが直々に確かめてやるよ」
「ここで戦うのか?」
腰から抜き放った二振りの剣――ガイラーの得物と同じく血のように赤い剣だ――を見て、俺は一応聞いてやった。
仮にも船の上だ。そんなところで戦って船に傷が付いても困りそうなもんだがな。
「安心しな、ウチの船は数人が暴れた程度でぶっ壊れちまうほど柔にゃできてねぇさ。好き好んでぶっ壊しに行くなら話は別だが、そういうわけじゃねぇだろ?」
「……そうか。別に、ならいいんだが」
あの船長はガイラーより血の気が多そうだ。荒くれ者を統一しているだけはあるか。
「乗船するための条件は?」
「アタシが認めることだけだ。万が一倒すことができりゃ、船長の座を譲ってやるよ」
「いやそれは別にいい」
俺にリーダー役は務まらんし、やる気もない。
リーゼはもっとない。
「そうかい? 要らねぇかい? 後悔しねぇかい? あぁーそういうことだったら、アタシもやる気出るんだけどなァ」
そんな理由でやる気を出されても困るんだが――何もなくても十分な威圧を振り撒いているじゃないか。
船長は覇気を垂れ流しに、獰猛な瞳をぎらりと輝かせた。
「どっちから来る? アタシは両方でも構わんけど」
「リーゼ、行ってこい」
「あ、私ですか? 分かりました!」
ショートソードを抜き、リーゼが俺の前へと一歩出る。その仕草を見て、船長は俺から視線を外した。
ガイラーはやれやれと言わんばかりに首を横に振っている。あの船長、毎度こんな感じなのか。
もう少し正式な取引やらを行ってから洗礼に移るかと思いきや、出会った瞬間にこれだからな。まだ話したいことも終えていないのかもしれない。
「船長さん、よろしくお願いします」
「礼儀がいい子だねぇ。アンタがガイラーの言っていた勇者、かい?」
「はい!」
「なるほどね。名前を教えな」
「ラーグレス・リーゼです!」
リーゼが自身の名を伝え、ショートソードを両手で持ち直す。
「アタシはギレントル・ダリアだ――遠慮は要らねぇ、全力で掛かってきな!」
船長――ギレントル・ダリアが双剣を構えると同時、リーゼが彼女へと飛び掛かった。
リーゼが甲板の固い床を蹴るのに合わせ、船長――ギレントルの肉体が赤い奔流を発した。
肉体強化だ。奴隷商で俺が頭部を撃ち抜いた男が発していたのに似た、凶悪な気配がギレントルから生み出される。
赤――血。
剣が真っ赤に染まっていたり、赤色の力を纏うのが――レッドシックルたる由来か。
「ッラァ!」
残像を残しつつの高速移動を行い、ギレントルはリーゼが突っ込むよりも先に間合いへと侵入した。
しかしリーゼもその動きに対応し、両手の剣を斜めへ構えた。ギレントルが左右から繰り出す斬撃を只のショートソードで受け流し、続く止まらぬ剣閃を全て躱してみせる。
「はん、なんの強化もせずに近接かい? 舐められたもんだねぇ!」
舌打ち気味に吐き、ギレントルは一歩下がって双剣の一本をリーゼの右足へ投擲した。太股を狙った一撃、リーゼが後ろへ飛び退くと同時にギレントルの持つもう一本が投擲される。直進的に突き進む赤い刀身――。
「ごめんなさい、でも手加減してるわけじゃないんです!」
リーゼはそんな弁明を叫び、飛び込む剣の腹をショートソードで打ち払った。
勢いを止めて赤い剣は宙へと跳ね上がる。
――ギレントルはその中に飛び込んできた。
「意味わかんねぇな! そらァ!」
最初に投擲し甲板の上に突き刺さった剣の柄を、リーゼへ向けて蹴り飛ばす。必然、蹴り込まれた剣はリーゼへと進み、くるくると回る刀身をリーゼが受け流すこととなる。
「まだ終わらないよ!」
その一瞬の隙をギレントルは突いてきた。
宙で回転する剣を危なげなく素手で掴み取り、振り抜いた直後のリーゼへ流れる動作で斬り込む。
軽いショートソードとは言え、振り抜いた姿勢で高速の剣撃から逃れるには遅い――と思った瞬間だった。
「……ふっ!」
リーゼはその剣撃を、振り抜いた状態から無理矢理ショートソードを振り返すことによって防ぎ切ったのだ。
あの体勢から打ち返すとは、しかも纏虹神剣などの特殊な能力も使わず、ただのショートソードでだ。それにはギレントルも驚いたらしく、目を見開いて後に笑う。
「勇者、伊達じゃない……ねぇ!」
獰猛に笑い、ギレントルは身体を捻って回し蹴りをリーゼの脇腹に直撃させた。今のまでは体勢を崩しっぱなしのリーゼでは回避できなかったようで、胸当てに直撃した衝撃で横っ飛びに甲板を転がっていく。
リーゼが受け身を取って立ち上がるのと、甲板に落ちる剣を拾い双剣を構え直したギレントルが激突するのはすぐだった。
「――おい、聞いてんのか? レーデよーぉ」
「……ん? なんだ、ガイラーか」
俺が二人の戦いを悠長に観戦していると、いつの間にか隣までやってきていたガイラーが話し掛けてきた。
彼は後頭部を掻きながら、リーぜとギレントルの戦う場所を顎で差し示す。
「いやぁすげぇな、勇者ってのは。ウチの船長とあれだけやり合って平気な奴なんか見たことなかったんだが、いやすげぇよ。勇者ってのはマジに本当だったんだな」
「信じてなかったのか?」
「いや? 嘘だとは思わなかっただけだ。信じているわけでもなかったが、信じていないわけでもねぇよ」
「なるほどな」
つまりは試した、と。そいういうわけだ。
脳まで筋肉に汚染されているような面している割には面倒な台詞回しをしてくれる奴だ。
「さ、どうなるかねぇ」
「何がだ」
「いんや。今ので多分船長に火ぃついちまったんじゃねぇかなってよ」
俺の隣で彼女達の壮絶な攻防を見物しながら、ガイラーは苦笑気味に呟いた。
リーゼとギレントルは疲れも知らず、最初以上の斬り合いを演じている。まだ両者とも一撃を入れるには足りず、剣戟が甲板中に響いている。あれだけ動いて、よくやるものだ。
戦いが進むにつれて、二人の動きの切れが良くなっているのは俺の目にも分かる。リーゼは恐らくギレントルに合わせているんだろうが……ギレントルの方は、底なしに力強くなっている感じだな。
……アレと俺が戦うってのか? 冗談きついぞ。
俺はパワーファイターじゃない。
「ああ見えて負けず嫌いだからよ、別に本気で殺し合うもんじゃねぇんだが」
「ああ見えて……?」
どう見ても負けず嫌いにしか見えないんだが。
「……で、どうするよ。俺ぁお前を心配しに来たんだぜ」
「俺を? お前海賊だろ、そんな立場でいいのか?」
「いや、熱くなったままの船長と戦ったらタダじゃ済まねぇよってことだよ」
ギレントルとリーゼの剣戟は火花と共に戦場を彩っている。ほとんど無駄のないギレントルの動きに、加護に任せた強引な防御で対応しているリーゼの姿……本領ではないと言っても、あのリーゼが防戦を強いられているということ。
「一ついいか?」
「おう」
その凄絶なまでの戦闘を目にしつつ、俺は渋面を作る。
「俺はあんなのと正面から戦うような人間じゃない。不意打ちで一方的に殺すことはあるが、真正面で距離取って合図で始めるような公正な勝負はできんぞ」
「お前暗殺者か何かかよ」
「否定はしないが、肯定もできんな。だが俺の本領は発揮できない、とだけ言っておこう」
あの船長が防具でも着込んでくれれば話は別だが。
そうなると当然防具の上から当てるわけだが、六発撃ち込んで堪えない可能性が生まれてくる。
「それに先ほどお前が言った通り、これは殺し合いじゃない。万が一暗器使用してあの船長を殺すような事態に陥っても困るから、お前から剣を借りたんだぜ」
腰に差した借り物の剣をちらつかせる。
「ま、ねぇとは思うが、んなことになったら俺はお前を血祭りに上げるだろうな。剣は使えんのか?」
「使えないことはないが、素人に毛が生えた程度だろうな。俺は剣など使わんからな」
小さな仕込みナイフで首を掻き切るぐらいは平気でするが。
「……それじゃ辛いわな。一応、あの戦いが終わったら言ってみてやるが……あんま期待すんなよ。向こうはお前にも期待してんだろうから」
「リーゼがあれだけやるんじゃ、な。俺にも期待が飛ぶのは当然だろう」
どうしたもんかと悩んだ辺りで、ようやく決着が付いた。
明らかに今までとは違う音がして、空中に飛んだ剣が回転しながら飛び――俺とガイラーの目の前の甲板に落ちる。
――それは、リーゼが使うショートソードの刀身だった。
戦いは、武器の破損で呆気なく終わりを迎えたのだった。
「あっ……」
「ありゃ、マジかよこんな終わりってありかァ? 悪いね勇者さん、こりゃ武器性能の差だ、実力じゃねぇ」
ギレントルの間の抜けた声が届き、構えていた双剣を腰に戻した。リーゼは柄だけになってしまったショートソードを寂しそうに眺め、静かに構えを解く。
そのままとてとてと戻って来たかと思いきや、俺が拾い上げたショートソードを見て苦笑する。
「あはは……すみません、レーデさん。やられちゃいました」
「いや、よくやったよ。そんなものは後で買ってやる」
その程度の量産品であれば、安く売っていよう。
「……あ、いえ。その、ありがとうございます」
「なんだ? 何か想い入れでもあった武器だったか」
「へ――ううん、そういうわけじゃないですけど……」
俺が刀身を渡してやると、リーゼはそっと受け取る。折れてしまった刀身を鞘の中に入れ、大事そうに柄を持ち直した。
変哲のない安物の武器に見えるが――過去の品には付き物か。
「機会があったら直してやる。それまで大切に持っておけ」
「レーデさん……ありがとうございます!」
嬉しそうに微笑むリーゼの傍ら、ギレントルが戻ってきた。
「あっちゃあアタシが甲板傷付けてら。後で補修すりゃいい話だが……ま、この子……ラーグレス・リーゼは合格だよ。勇者ってのは、破格だねぇ。ウチの船員にしてぇくらいだ」
感心と驚きの入り交じった感想をこぼし、ギレントルは次いで俺を見てきた。
ギレントルに疲労などは窺えなかった。リーゼの剣さえ折れなければ、まだまだ戦いは続いていたに違いない……それで終わったらすぐに俺か。
「さぁて――あんたはどうする? 主に死にそうだってのは他でもないテメェのことだよ、今すぐやんのかい」
ギレントルは好戦的な口調で、ぎらつく眼光を俺に突き付けてきた。




