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トラベラーズ・レコード  作者: くるい
勇者を売った女
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十三話 不穏なる戦闘劇

 あの魔物以外に生物は存在しない。


 俺はリーゼの言う通り、さっさとフィンの家族達を後方に退避させる。それから戻った時には既に、両者の激しい戦闘が辺りを悲惨に変えていた。


 リーゼは巨大な化け物相手に大立ち回りを演じ、虹色の細剣で斬り込んでいく。一太刀振るえば斬撃と空気を揺るがす衝撃が飛び、化け物はそれを四本の剛腕を用いて弾くなどして対応している。

 ほぼほぼ人外の戦いを遠巻きに眺めつつ、周囲の木々や地面への被害と合わせて俺はどうすべきかを考えていた。


「無論、近寄りたくはないが……」


 あんな高火力叩き出す奴らの間に入っても危険なだけだが、この戦いをリーゼに丸投げしていいのかは疑問だ。あの巨体からボス級の魔物なことは明らかであり、リーゼの剣戟を受けて戦い続けられる時点で相当強力な魔物に位置するのだろう。

 そんな化け物が、どうしてこのタイミングでここに現れたのかは……。


纏虹神剣てんこうじんけん――」


 リーゼの剣に虹色の雷が纏う。それを見てか、化け物も吠えて全身に魔力を纏い始めた。それにより白かった体毛が黒く変色を遂げ両手の爪が長く鋭く伸び、リーゼの剣とかち合った。

 強烈な衝撃と共に火花が散り、衝撃が周囲の地面を抉り取っていく。


「……ふぅ」


 俺はあの戦場に入って無事でいられるほどの特殊な人間ではない。単純な能力だけで見れば、下手するとラディアンに遅れを取る可能性すらあり得る。


 リーゼの剣が化け物の傷付いた右腕の一本を斬り飛ばす光景を見て、俺も動き出した。


 どさりと腕が落ちる一瞬、漆黒に染まる化け物の残る三腕が多方向からリーゼを穿った。

 剣を振り切った直後でガードが間に合わず、直撃したリーゼは後方にすっ飛ぶ。

 が、受け身を取って立ち上がったリーゼが肉迫し、再び化け物と斬り合う。


 そこに俺も足を踏み入れ、リーゼの背後から出る形で化け物と目を合わせた。

 化け物のその視線が一瞬リーゼから俺に移るのを逃さない。


「レーデさん!?」

「お前は戦いに集中しろ、右だ」

「……っ!」


 視線が俺を捉えるだけで何たる覇気――。

 押し潰されそうな圧の中、俺は平時と変わらぬ冷静さを保って銃を構えた。


 そんな俺にも、出来ることはある。


 化け物より長い隙を見せたリーゼを狙う、左側二本の腕。その肘関節部分に三発ずつの銃弾を撃ち込む。

 これで致命傷には至ることはないが、リーゼへ向かう拳が若干外れ――。


「ありがとうございます!」


 虹の剣閃が拳を横から斬り伏せた。血飛沫舞う中、新たに弾込めをする俺の目と化け物の眼が再び合い、吠える。その口元に白銀の球体が浮かび上がり、無数に分裂した光線が飛んできた。


「俺に飛んでくるもんは、そんなんばっかりか……」


 事前動作を確認していた俺は直撃の寸前に横へ転んで回避する。地面と衝突した光線は爆風を生んで俺ごとその場の空間を吹き飛ばした。


「大丈夫ですかっ!?」

「直撃しなけりゃどうということはない、目の前の敵に集中しろ」


 数回転がることで勢いを抑え、銃を構え直しながら立ち上がる。結構飛ばされたみたいだが、化け物との実質的な距離は離れていない。先ほどの時間で込められた弾数は二発、だがそれで十分だった。


 今度こそ化け物と向き合ったリーゼはその剣を握って突貫する。左と右で一本ずつ腕を失った化け物がリーゼの剣戟を躱した先、既にそこに回り込んでいた俺の射角に化物の巨体が入り込んだ。


 こんな奴相手じゃ銃を使用しても近距離戦闘を強いられるのが苦痛だが……。

 リーゼが前衛にいるなら、話は別だ。


「――どんな化け物だろうが、そこは銃弾通るだろ」


 乾いた銃声が二つ。

 弾丸の内の一発が、右目を直撃した。そのまま脳天を貫けはしなかったようだが、化け物は右目を両手で押さえ痛みを訴える。が、絶叫しながらもう片方で俺を睨み据え、何かを喋るように短く唸った。


「あっ!」

「……逃げる気か」


 それから化け物は両足を伸縮させ、跳躍の姿勢を取る。


 リーゼが逃がすまいと飛び込むが、間一髪刃が届かない。俺も弾切れで追撃をすることができず、化け物はとんでもない跳躍力で山の遙か上へと飛び、そのまま跳躍を繰り返して逃げていった。


「すみません、逃がしちゃいました……」


 剣を霧散させたリーゼが悔しげに呟く。


「あんな速度で逃げられちゃ、もう追えんな」


 俺は新しく銃弾を装填しながら、化け物が逃げた方角を眺める。


 残されたのは蹂躙され破壊し尽くされたトンネル前の惨状と、剣から零れた虹色の残滓のみ。


 辺りに他の脅威がないことを確かめ、俺は小さく溜め息を吐いた。





 戦闘は終了した。

 全身の色を真っ黒に染めた化け物はリーゼの剣戟と俺の弾丸により戦闘続行不可能までの傷を負ったが、しかし止めを刺す前に跳躍されて逃げられてしまった。


 あの化け物を追うこともできなかった俺達はひとまず気持ちを切り替え、後ろに残した家族と合流する。化け物を追い返した旨を伝えると、ラディアンもサフィリーも胸を撫で下ろして安堵した。


「とりあえず、今の以外にこれといった脅威はなさそうだが」


 俺は化け物の逃げた山の方を睨みながら伝えた。恐らくハンターボグなどの生物がいなくなったのは今の化け物が現れたのが原因だろうが……色々と気になる点は残されている。


 何故トンネル前で待ち構えるような登場をしたのか――。

 現れる寸前までリーゼが気付けなかったことが気懸かりでもある。


「リーゼ、今のはどう思う?」

「えっと……正直、よく分かりませんでした」

「分からない、とは?」


 リーゼは一瞬口ごもったが、感じたことをそのまま口に出した。


「私と戦っているのではなく、何か別の……そうですね、命令に従って動いているような、微妙な感じでした」

「ほう。それは例えば、戦って相手を殺すことが主目的なのではなく、第一にトンネルを通らせない(丶丶丶丶丶)ように立ち回っていたとかか」

「……あっ、そうかも、しれないです」


 やはりリーゼもそう感じていたか。

 俺は一つ頷き、この異常性に眉をしかめる。


 俺が最後、化け物の射角に回り込めたのはとある予想があったからだ。それは化け物がトンネルを守ろうと動いていなければ絶対に合わない位置取りで、つまりあの化け物はトンネルの入り口を塞ごうとそちら側への回避を行ったのだ。


 その逆側に逃げれば俺の攻撃からは逃れられるが、リーゼとの戦闘区域がトンネルから離れていってしまう。あの化け物はそれを避けようとしたのではないか。


 だが予想外なダメージを受け、やむなく退避した。


「……誰かの命令に従っている、ねぇ」

「物の例えですからね、そんな気がしただけっていうか」

「いや。確定しているわけじゃないが、いい線行ってるとは思うぞ」


 あの化け物が誰かの命令で動き、このトンネルを守っていたのだとすると――かなり厄介になってくる。

 しかしながら、今は判断材料が少なくてどんな事情が絡まっているのか分からない。

 第一魔物は人間の敵なはずで、誰かに命令されて動くなど考えられないが。魔物が魔物を従えているとなればあり得るが、俺の読んだ文献には記されていなかった。

 勿論その文献に載っていなかっただけの可能性もあるが、そんな重要な情報を書き漏らすとは思えないからな。


「はっきり言って俺は魔物ってもんを初めて見たが、いつもこうってわけじゃないんだろ?」

「はい。今回のはちょっと、おかしかったです。それに……今までに比べて強かったです」


 剣を持っていた右手を閉じたり開いたりと繰り返し、リーゼは破壊された風景を神妙に見つめる。


「いつも戦うのがあんなのってわけじゃないんだな」

「はい。あそこまで強い個体は初めて見たので、私も少し焦りました……レーデさん、下がっててくださいって言ったのに」

「だからって俺に気を取られちゃ世話ないぜ。さっきの怪我、大丈夫か?」

「頑丈ですから大したことはないです。けど……ありがとうございます」


 リーゼは両手を広げ、無事だというアピールをする。その言通り、魔物の直撃を喰らった割には異常はなさそうだ。すぐに起き上がって突撃できたのは、本当に大したことのないダメージだったからなのだろう。

 きっと俺が喰らったら骨の一本や二本では済んでいないぞ。


 ……仕方あるまい。


「ラディアンさん。少し想定外の事態が発生したため、先に進むか進まないかは貴方に任せよう。この先トンネル内や出た後でも魔物に襲われる危険性が出てきた。俺やリーゼにも守る力はあるが、完全な保証は出来ない」


 俺としてはどちらでもいいが、危険なことに違いはないのだ。言い方は悪いがお荷物であるこの家族を連れて歩く以上、戦力は減少しているようなもの。

 強力な魔物を退けた今が好機と見るか、一旦ガレアに帰って万全の準備を整えてから再出発するか――は、任せるとしよう。

 進んで命の危険が降り掛かるのは、俺やリーゼではなくこの三人。その命を預かるのは、一家の主であるラディアンだ。


「……すみません。このまま進んでも構いませんか? この状況でガレアに帰れば故郷へ帰る機会を失うやもしれません。守られる立場だというのは分かっておりますが、ここは」

「了解。では行くか」

「……え、あ、ありがとうございます」


 少しは渋られるとでも思っていたのだろうか、ラディアンは逡巡してから深々と頭を下げた。


「行くなら早めに向かおうか。さっきの魔物が援軍連れてきても面倒だしな」


 そう結論を下し、最初と同じ並びでトンネルへと入ることにした。




 俺の考えていた様々な懸案は杞憂となった。


 トンネルを出るまで一切の魔物も敵性動物も出現することはなく、ただ長い間トンネル内部を歩くだけだった。

 中は一方通行、一定間隔に魔力灯が付いているのみで時間感覚が狂いはしたが、外に出た時が夕暮れ時だったので数時間以上は何もない道を歩いていたことになるのだろう。


「出口に待ち伏せもない、か。後は安全そうだな」


 橙の日差しをその身に受けながら外の世界に目を慣らしつつ、俺はそう呟いた。


 あの魔物が出口で仲間を引き連れ待ち伏せしている線も考えていたが、それはもしも程度だ。

 そこまでする知能はないように思われたし、仲間を引き連れる知能や能力がありゃ最初からもっと別の方法でトンネル前に潜伏なり何なりしているだろう。


 命令通りに動いているとなれば、ぼろぼろになって帰ってきた化け物の姿を見た何者(丶丶)かが動くまで時間が必要なはず。

 その結果がこの閑散とした状況なら、少なくとも今のところは平気だ。

 目的は依然不明だが、渓谷から離れてこちらを狙ってくる線は薄い。


 外は外で、整備の行き届いた街道が続いていた。辺りに木々がほどほどに生い茂る、至って平和な空間だと言える。

 この街道を真っ直ぐ進んでダライト村に着くのなら、このまま行くとしよう。


 その後は小休憩を取りつつ、ダライト村までは何の障害もなく辿り着くことができた。結局その日の夜まで時間が掛かったわけだが、トンネル前での戦いが二度も起きなかったのが幸いだと言えよう。


 俺も流石にあのクラスの化け物との連戦は避けたいものだ。リーゼと違って細心の注意を払いながら戦わないといけない分、疲労もストレスも溜まれば集中力も途切れるからな。


 あのブレスのような一撃だって当たれば即死級だ。よく見ていればそうそう当たるような技ではないけれど、そんな攻撃を放たれるというだけで神経を根こそぎ削り取られるようなものだ。


 ともかく無事に辿り着いたのは良かった。

 リーゼが心配していたような伝染病は完全に治っているそうで。

 村の様子に異常などは見られず、本当に小さな村だという印象しか受けない。


 この場所も街道の途中を逸れたところにあったので、俺とリーゼだけじゃ道に迷ったかもしれない場所だ。その点に関してはフィンの家族を連れてきたのは正解だったろう。陽が出ている内はともかく、落ちてからでは探しようがない。


「リーゼさん、レーデさん。本当にありがとうございました。今日は私共の家に泊まっていかれてはどうでしょうか。サーリャ嬢ちゃんの件については、私から村長に話を通してみましょう」

「本当か? すまないが頼めるとありがたい。その席には俺やリーゼも同行させて貰おう」

「いえいえ、こちらこそ連れてきてくださったことに感謝を。もしも私達だけだった時、生きて帰ることができたか分かりません」


 俺達が付いていなかった場合、あの魔物と出会ったら逃げる余裕などなかったろうな。それについて恩着せがましく対価を要求するつもりはなかったのだが、向こうから恩を感じて色々やってくれるというのなら是非とも受け取ろうじゃないか。


「私達と同じく、早々に避難していた方々も次第に戻ってくることでしょう。さて、ではもう夜です。晩はこちらで用意しますのであちらの部屋でゆっくり休んでいって下さい」

「何から何までありがとう、ラディアンさん。リーゼ、今更だが傷があれば手当するぞ、放置して悪化しても困る」

「えっ、あっ、大丈夫ですよ? 本当に大したことないですし」

「大したこととかじゃなくてだな、掠り傷でも放置は禁物だ」

「で、でもそ、それって脱ぐんですよね……?」

「……お前は何考えてるんだ」


 思わず溜め息を吐きそうになって、危うく止める。こういう平和な時間にはなるべく幸運を逃さないようにしておかねばな。


「とにかく部屋行くぞ。治療云々は出来る限り自分でやれ」

「はっ、はい!」


 そう言ってリーゼを連れ出すが、何故かラディアンとサフィリーの視線が生温かいのを感じて、やはり溜め息を吐いてしまうのだった。

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