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シャナと花のバラッド  作者: 藤和葵
幕間・少し前の日々の一幕
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とある兄の懸念…side Daichi…

・久遠大地

高校二年の十七歳。牡羊座。

バスケ部レギュラー、PG。

成績は学年上位と結構ハイスペックな雛菊の兄。

意外にロマンチストでシスコンである。



こぼれ話として作者が物語スタートを四月末を設定しときながら雛菊の年齢を十六歳にしたばっかりに、一つ歳上の兄の誕生日もおかしくないように四月に設定したという。

あまりキャラの誕生日は断定しないんですがこのきょうだいは珍しく生まれ月がはっきりしてます。ちなみにヒナは牡牛座。子作りは計画的に。



俺には一人、変わった妹がいる――……



 昔、テレビのロードショー番組で「ネバーエンディングストーリー」を観て思った。

こんな不思議な世界があればどれだけワクワクするのだろうかと。

 いわゆるこれが最初のファンタジーへの憧れってやつ?

 いや、別に今でもファンタジーに憧れてる訳じゃないけど「あったらどんなもんなんだろう」くらいには考えたりする。

 男がファンタジーに夢見てるとかキモッって思うなよ?

 大体、そもそもの原因が妹にあるから俺もこんなちょっとメルヘン街道な思考が移ったりしちゃったんだからさ。


 俺の妹、久遠 雛菊。

 一歳下の年子の妹は、昔から変な事を言うやつだった。

 とは言っても、何故か昔から同じ奴が出て来る同じ夢を見るってくらいだけどさ。

 なんでも、薄暗い部屋の中で魔方陣みたいな模様が書かれた床に祈るように跪くやたら髪の長い男の子の夢だと。

 そいつがやけに淋しそうで、今にも泣き出しそうだから雛菊は「会いに行くって約束したの」と言っている訳だ。

 高校生になった今になっても、だ。

 小さい時ならそんな世迷い言も子供の可愛い夢想だと言える。

 だが、それを十年以上も言い続けるのは軽くヤバいって思えるよな、普通。

 俺だって中学の頃まではそう思ってたさ。

 でもやっぱ俺はアイツの兄ちゃんで、ヒナの事はよく知ってるから、アイツがただの妄想を言ってるんじゃないって事は信じてる。

 信じているけど、ヒナの少年への一方的な約束が実現されるとしたら、それは壮大な漫画な世界になる訳で、さすがにそんな展開は俄かには本気で信じ難い。

 そこで思い出すのは昔見たあの映画。

 俺もヒナみたいに不思議なものと関われたら良かったって思う気持ち。

 多分、きっと、俺は妹が羨ましかったんだろうってのに最近気付いた。

 怪人と戦うヒーローに憧れるように、俺に取ってちょっと不思議な事に関わるヒナがそれに近かったのかも知れない。

 まぁ、妹に憧れる兄貴って何か格好悪いから口にはしないんだけどさ。

 そんな訳で、ヒナの事情を受け入れる懐を持てるようになった俺は今では妹の良き相談相手となる。



「ーーねぇ、おにぃ、あのさ、シャナの事なんだけどね……」


 ソファの足を背もたれにカーペットに直座りして漫画を読む俺の傍らで、ヒナは途方に暮れた顔をしてその上のソファに寝転がる。

 最近の妹は今までの夢に少しだけ進展があったらしく、夢の中の少年をシャナと呼ぶようになった。それが夢の中の少年の名前らしい。

十年越しの展開に、最近のヒナは今まで以上にそいつの話題で持ちきりだ。


「シャナは何を願ってるんだろうね」

「知る訳ねぇだろ。何回同じ事繰り返しゃ気が済むんだよ」


 だからって質問の内容が昔と変わる訳でもないので、この問答には辟易としてるんだが。


「俺が知るかよ。シャナに聞くっきゃねーだろ」

「それが出来ないから悩んでんじゃん」


 投げやりに適当な事を言ったら、後ろから読みかけの漫画を取り上げられた。


「そんなん言って、おにぃ、私が本当にシャナの所に行ったらどうする? 驚くよ。いいの? 可愛い妹が勝手に一人遠くに行っちゃっても」

「そん時は俺もついてくよ。夢見がちなお前がそんな場所行ったら、暴走すんのは目に見えてるからな」

「えー。保護者面しないでよ~」


 不満げに唇を歪ませるヒナから漫画を取り返し、俺は事も無げに続きを読み直す。

 それにしても……と、俺はヒナの一途さに心中複雑な気分を噛み締めていた。

こいつは未だにシャナの元に行ける事を信じている。絶対に行くのだと決めている。

 その情熱は何処から来るのだろう。まさかだけど、好き、とか?

 聞く所によると、シャナはせいぜい小学生くらいの子供だってのに、本気で好きだったりするんだろうか。

 絵面的に小学生にときめく妹の姿は面白くないぞ。とゆうか、色々不安になる組み合わせだ。

 ヒナにとって、現実の世界も夢で見ている世界にも境界みたいな概念がないようなものだから、相手が子供って事にこだわらなさそうだから怖い。


「……仮にさ、ヒナ、マジでシャナの所に行けたとするじゃん?」

「うん、何?」


 俺から持ち掛けるヒナの夢の話に、ヒナは訝しむ事なく耳を傾けた。そういう素直な所がこいつのいい所だと思うのは兄馬鹿か?

 ……そうかも知れない。

 学校の女子と比べても、ヒナは素直だし、変に人に突っ掛かっていく生意気さもない。

 しかし誤解するな。だからってエロ本みたいに妹萌えとかそんなんは微塵もないから。ただし、ヒナは俺の友達にも密かに人気があるから、身内贔屓抜いても可愛い部類だ。

つまり夢で見る異世界への扉がマジで開けたとして、余計なちょっかいとか出される可能性は考えられる訳である。

 異世界交遊って、どうやって成立するんだろうか。


「おにぃ?」


 ふと湧いて出た疑問に俺が無口になると、質問から放置されたヒナが首を傾げた。

 こいつは計算なく男ウケする仕種をするんだな、と只今気付いた事実に馬鹿馬鹿しくも俺は変な不安にかられた。


「……例えば、マジで異世界に行ったとしても、帰って来いよ」

「そのつもりだけど?」


 ヒナは俺が変な事を言っているとでも言いたげな顔をして、不思議そうに頷いた。それでも俺はその答えに満足してヒナの頭をクシャクシャに撫でる。


「ちょ! おにぃ、ひどっ!」


 訴える妹をそのままに、俺は自室に戻ろうと立ち上がる。

 さすがに阿呆みたくホッとした顔は見せられまい。

 意外と俺、シスコンだったんだなぁとしみじみ思いながら気恥ずかしさに頭を掻く。

 例えばもし、ヒナが本当に異世界に行くのだとしたら、俺は素直に羨ましいと思う。

 出来るなら俺も行ってみたい。

 ただ、行く理由はヒナとは違う。

 俺としては、両親の為にも妹の嫁ぎ先をやたら遠く辺鄙なにしたくはないが故に、だ。

 阿呆だろう。俺もそう思う。

 だけど、さっき何となくヒナが本当にいなくなる予感が過ぎったんだ。

 もし俺にも不思議要素があるとするなら、俺の勘は結構当たる。

 とすれば、ヒナはきっと異世界に行くんだろうし、男の影も見えてくる。


「いやいやいや。どうやって異世界に行くかっちゅーねん」


 かぶりを振って、その日の俺はその予感を独り言でなかった事にする訳だが、その一週間後、ヒナがマジで向こう側に行ってしまうのは別の話。



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