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シャナと花のバラッド  作者: 藤和葵
幕間・少し前の日々の一幕
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とある少女のある日の行動…side Hinagiku…



「あ、忘れてた」


 スクールバッグの外ポケットの膨らみを見て、私は桜色の携帯電話の存在を思い出す。

 元の世界なら毎日メールだか何だかでいつも持ち歩いてたのに、ラキーアだと当り前だけど圏外表示ですっかり放置していたままだったのだ。


 ラキーア生活四日目。

 来訪初日以来、初めて開く携帯電話のディスプレイは相変わらず圏外のままだけど、電源が入りっぱなしだったので電池は確実に減っていた。使っていないから長持ちしているけれど、それも風前の灯火。電池残量は残り一を表している。


「充電器……は、あるけどプラグがないか」


 だって此処は異世界。私の世界とはちょっと文明が違う。

 でも、冷蔵庫とかアイロンっぽい機械はあるんだよね。それはモーターとか何だとかじゃなくて、精霊の力が作用して機能するもの、らしい。詳しい仕組みはよく分からないから、取り敢えず異世界だからと私は深くつっこまずに済ませている。

 だって生活に困る事はないんだもん。

 そりゃあ、ちょっとは不便な事もあるけど、今の私は学校に行かない分時間が余っている。だから、ちょっとくらい手間がかかっても問題はないのだ。

 うーん。これが本当のゆとり教育なんじゃないだろうかと思える。だって、一日がこんなに穏やかなのに充実して過ぎる感覚ってあまりないしね。

 開け放した窓の前に立つと、風に揺れる木の葉の音がやけに響いた。

古き良き時代ってこういう自然が当り前に身近だったのかな。

 なんて考えながら、私は携帯電話のカメラ機能でおもむろに窓からの風景を写した。

 何とはない景色なのに、胸に染み入るのは何故だろう。大して自然に囲まれて育った訳でない私にも、遺伝子的にこういった風景が刻まれてるのだろうか。

 きっと、私の肌にラキーアの風が合うのだろうと一人勝手に納得して、私は撮った写真をデータとして保存する。

 いつか帰った日に、家族に見せてあげる為に。


「――あ」


 見せたいと言えばで、私は大事な存在を思い出す。

 シャナだ。

 長年の夢が叶ってせっかくラキーアに来たのだ。異世界のシャナに会いたいなんて浮世離れした夢の話をずっと聞いていたくれた家族に、私が見た光景と共にシャナを知って貰いたかった。

 いつかは元の世界に帰る私の思い出としてもシャナの姿を携帯電話に納めたかった。

 電池は残り僅か。カメラを開くと割に電池を消費するから、ライトを付けなければ何とか一、二枚は撮れるかも知れない。

 どうせこの世界では使い道のない携帯電話だ。

 このまま潔く電池切れを待つか、電源オフで消費を防ぐか。

 それよりは絶対有効に使った方がいいよね。

 思い立ったが吉日。即、行動に起こすのが私のイイ所。

 ウキウキと電話を片手に私はシャナの研究室がある地下へと下りる。


「シャーナー」


 普段より半オクターブは高いだろうご機嫌の声で私は彼を呼んだ。しかし返事はない。


「シャナー?」


 ドア越しにもう一度呼び掛けるが、やはり音沙汰はなかった。

 留守?

 だけどドアノブを捻るとあっさりと開いた。

 薄暗い部屋。明かり取りの窓もない、閉め切った地下でシャナはいつも小さなランプの灯を頼りに本を読む。

 今、その少年は机につっぷして小さな寝息を立てていた。開いたままの本をそのまま枕にして。


「開き癖がついても知らないよー」


 肩を揺すって私はシャナに言うけど、うんと唸るだけで起きる様子を見せない。

 この態勢でよく眠れるなぁと感心さえ覚える。私なんか授業中の居眠りにさえ首とか腰とかだるくて痛くなるのに。


「いやいや、それよりも!」


 はたと気が付いて私は携帯電話を取り出す。

 寝ているなら手っ取り早くさっと写メってしまおう。

 これっていわゆる隠し撮りになるのかなとか気付いたけど、起きてるシャナにケータイだとかカメラの説明も面倒だし、断られる可能性もない訳じゃない(むしろ高いくらいだ)から、眠っている姿でもこの際いいやと思う。

 私はディスプレイ越しにシャナを覗いた。

 ピントを合わせてボタンを押せばシャラーンという涼しげな音でシャッターが切られ、ディスプレイにはシャナの寝顔が残る。

 データは勿論すぐに保存。それから残った電池でもう一枚写真を撮ろうとした所で、敢え無く電池切れを知らせる音と共に携帯電話は電源を落としてしまった。


「あーあ。一枚で終わっちゃった」


 携帯電話を閉じて、私は残念に思いながらそれを制服のポケットに納める。まあ一枚撮れただけマシかも知れない。

 私が彼に出会えたという事実が形に残せたんだから。


「でも、帰らなきゃこのケータイも意味ないんだよね~」


 一人ゴチて私は眠る子を見下ろす。

 本当は写真より何より、目の前にいる生身の彼が一番大事なんだけど、私はいずれは元の世界へ帰るから。

 こうして夢の中の男の子に会える時間を大切にしなくちゃなんだよね。

 だからこの携帯電話の画像は、いつか私が帰った時の宝物。


 世界でたった一枚の君の思い出なんだ――……



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