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シャナと花のバラッド  作者: 藤和葵
第四章・願い事ひとつ
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05.魔女のおねだり

 

 アサドと入れ替わりに雛菊の部屋を出て、シャナは耳を塞ぐ思いでその場を離れる。

 自分にあてがわれた隣りの部屋には戻る気にもなれず、目的ないまま廊下を突き進んだ。

 今、雛菊はアサドと将来について話をしている頃だろう。そんな最中に、続き部屋で扉一枚を挟んだ自分の部屋でどうしてのんびりと出来ようか。

 女装をする必要もなくなった。雛菊を守るという誓いは違えたが、自分がいなくともアサドを始め、屈強な国の騎士達が役目を果たすだろう。

 一つ心残りなのは雛菊を元の世界へ返す事だが、アサドを選べばその必要もない。実質、シャナが雛菊に対してやれる事は残っていなかった。

 アサドに対する償いは残ってはいるが、彼の問題の肉体も雛菊の力なら癒す事も出来る。


「本当に僕は必要ないのかもね……」

「あら、あたくしはシャナ様がお傍に必要ですけれど?」


 独り言の筈が、思わぬ返事にシャナは顔を上げた。

 俯いてあてどもなく歩いた所為で自分が何処にいるのか一瞬分からなかったが、開け放たれたテラスから吹き込む潮の香りでまだ来賓館なのだと知る。

 声の主は青々とした海側に足を投げ出してテラスの欄干に腰掛ける銀髪の女。


「ソノラ、だったかい? 見るからに危険な光景だね。落ちるのが怖くないの?」

「魔女ですもの。誰かに乞われなければ力も使えない小娘とは違いますわ」

「そうだったね。それじゃあメイド辺りにでも見られて驚かせないようにね」


 誰を揶揄しているのか追及せず、シャナはそれだけ言い残すとそそくさと通り過ぎようとする。だがそれよりも早くソノラが動き、逃げようとするシャナの腕を掴んだ。


「別に取って食べはしないのだから、少しお話をしませんこと?」


 弧を描き、しっとりと艶のある唇が招く。それを見ると、つい昨日の《あれ》は食った事に入るのではと疑問に思ったが、それとは別にその誘いが悪くはないと考える。丁度、北の大国ニヴェルの目的を確認したかったところだ。

 ニヴェルが、或るいはソノラ個人の意思かは分からないが、セラフィムである雛菊に良い印象を持っていない事は昨日で明白。それに、このラキーア創世神話時代からあるという太古の国の彼女だからこそ知るセラフィムの情報が引き出せるかも知れない。

 幸か不幸かシャナはソノラに気に入られていた。正直、シャナとしては積極的すぎる彼女は苦手だが、そう言っても始まらない。


「――いいかもね」


 シャナは手を引かれるままソノラの隣り、肩を並べるようにテラスに出た。

 ソノラの傍に寄り、テラスに立つと潮気を含んだ海風がシャナの頬を撫で、眉間を震わせた。


「海はお嫌い?」

「いや、泳ぐのは嫌いではない方だけど……」


 まとわり付く潮気に素直に出た不快感をソノラに見抜かれ、シャナは苦笑とも取れない程度に唇を歪める。

 海が嫌いな訳ではないが、肌に張り付くような潮風がシャナは苦手だった。苦手だったが、十年前まではこの海辺に聳える城に何年も宮廷精霊師として仕えていた。続いたのも一重に気の合う友人に出会えたからだろう。

 きっかけは戦火のあった国境沿いの視察に来たチェリウフィーにたまたま腕を買われたからだ。既に城内でも発言権のある地位を得ていた彼女が「楽な暮らしと、国家図書館の閲覧許可」を約束したので釣られた形になる。そんな単純な理由だけではないが、口説き文句としては良かった。

 思えば得体の知れない少年を‘腕が立つ’からという理由だけでスカウトするチェリウフィーも剛気だが、それをあっさりと受け入れるレオニスの懐の深さにも関心しながら飽きれもした。

 彼らのずぼらにも見える寛大さが、シャナには安心出来る居場所に感じたのだ。

 アサドと出会ったのもその頃だ。あの頃はアサドもまだ幼く、チェリウフィーもレオニスも今より若く、ランフィーは生まれてすらいなかった。

 ――変わらないのは自分自身。

 アサド達に出会う頃から。それ以前からも変わらない。


「シャナ様……?」

「ああ、ごめん。君との話だったよね」


 物思いに耽っていたと謝り、シャナはまた少し上の空になる。

 その様子をソノラは空中からという通常は有り得ない態勢で正面から覗いた。

 いかにも魔女という字通りの行動。翡翠の瞳は好奇心が強く、観察するようにシャナを映す。行動や言葉の端々に問題はあるが、彼女は好意よりも興味が勝っているくらいシャナには分かっていた。

 派手な見た目から不真面目に見えるが、術を見ればいかに有能かも伺える。

 その北の王国の守護神もセラフィムを捨て置けないとする、彼女の行動如何で雛菊の今後が左右される事もあれば、シャナとてソノラの無視は出来ない。


「――率直に聞くけど、君はヒナギクをどうする気だい?」

「あらやだ。あたくしそんな野蛮に見えまして? 別に、危害を加えたりはしませんわ。あの子自体はあまりにも無害ですもの。ただし、セラフィムである限り放置するつもりはありませんが」

「それは女王ブリジットの意向かい?」

「あたくしの魔術師としての意見もあります。セラフィムはこの世に混乱しか招きません」


 きっぱりとした答えにシャナも反論はなかった。

 “あらゆる願いを叶える存在”は、人ならば求めて当然で、争いの火種になるは目に見えていた。だからこそ本人にもそれとなく何度か忠告をした事もあった。

 今となっては過ぎた話である。

 最初にセラフィムを求めたのはシャナ自身である事を考えれば、現状は身から出た錆だ。


「あたくしもお尋ねしたいのですが、よろしくて?」

「構わないけど」


 畏まったソノラの声にシャナは顔を上げて傾げる。


「あたくし、シャナ様の事をよく存じ上げませんが、貴方は国一、或いは世界一の精霊師だと聞き及んでいます。それだけの力があれば地位も名誉も富も得るは容易き事。ですのに何故セラフィムを求めたのでしょう」


 指を組みながら情報を纏めるように、ソノラは責めるでもなくただ不思議そうに尋ねた。


「他にもありましてよ? 貴方がセラフィムを呼び出したマスターと知り、色々調べたのですがあまりにも謎が多過ぎです」


 ソノラは肩を竦めてお手上げと言って嘆息する。


「出自、年齢、家名に始まり、指名手配されるに至った経緯。先のヨシュムとの戦での大罪人とだけで、詳しい罪状も不明。恐らくその大罪とやらが今回のセラフィム召喚に繋がるものと想像はしているのですが、如何でしょう?」


 シャナの目の前で指を突き立て、まるで数え歌のように唱えたら最後に掌を返す。その手は明確な答えを求めていた。

 綺麗に手入れされた長い爪の先が覗く指先を見つめ、シャナはソノラを見やる。何から答えればと悩んだが、口をついたのは意識しない素直な気持ちだった。


「驚いた」

「何がです?」

「僕、こう正面きって素姓を聞かれた覚えがないんだ。何故だろう。振り返っても君が初めてな気がするよ」


 まるで目から鱗でも落ちたようにシャナが言うと、ソノラは吹き出す。


「あら、それは――」


 艶めいた唇は微かに苦さを交えて笑った。


「随分お人好しな方々としかご縁がなかったのですね」


 言っている意味が分からず眉を顰めると、ソノラは人差し指を艶めいた己の唇に宛てて更に弧を描く。


「お気付きになられない? シャナ様、ご自身の話題になるととても辛そうな顔をなさるのよ?」


 言われて初めてシャナは気付いた。

 元々あまり人付き合いも、他人と言葉を交わす機会も少なかったので心に止めもしなかった。改めて指摘されれば成程と得心する。

 確かにアサドを始め、自分の周りは人が好い者ばかりだ。出会って僅かな雛菊もそうだ。好奇心は強いくせに、何故かシャナに対する質問は遠慮がちだった。


「僕は辛そうに見えるのか……」

「感情を隠せてると思ってました?」


 その問いにはシャナは首を振って否定した。


「意識なんてしてなかった。そもそも僕は辛いと思える過去なんてないんだ。……アサドの件を除いてだけど」


 シャナは欄干に頬を付き、虚空を見つめて独り言のように呟く。


「辛い事、本当はあったのかも知れない。でも、記憶にない。古い記憶を僕は持たないんだ……」


 ぼんやりと吐き出す言葉に瞠目し、ソノラはにじり寄って欄干へと腰を据えた。


「興味深い話ですわ」


 好奇心を刺激されたのか、翡翠の瞳はらんらんと輝き、シャナはねだられるまま思い出せる記憶トコロから言葉を引き出し始めた。



 * * * * *


 きっかけはある晴れた空の下、親友が死んだ日まで遡る――。


 

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