14.月下に吠える
深々と更けていく夜。頭上には月が昇って足場を灯す。
整備のされていない薄気味悪い林道から外れた、鬱蒼とした茂みの中、息を潜める男達が目的地を前に足を留めていた。
気配を殺す為、極力明りは灯さず、一つのランプだけが僅かに姿形を浮き上がらせる。
緊迫した中では自分の息遣いすら耳障りで、虫の鳴声が相手方の警鐘にすら聞こえた。
此処は人里離れたアーシェガルドの東、隣国との国境近く。
現在地の林の先は入江になり、塔はその海に突き出している岬にある。そこを囲んだ向こう側はもう一つの大国ヨシュムだ。
国境近くで下手を打てば第三者の介入も出て来る。そうなれば厄介な事になりかねないと、一同は作戦を打ち合わせる為に膝をつきあわせていた。
アサドは木立の隙間から覗く、空へとそびえる塔を見上げる。
宵闇にもうっすらと浮かび上がる白壁の巨塔。
メティナ岬の先にそびえる塔の最上階に雛菊が捕らえられているというのが、シャナが精霊から得た情報だった。
「調べた所、兵の見張りは手薄のようだ。奇襲をかけるなら今だろう」
雛菊救出の為に集めた精鋭と小さな円陣を組み、両脇を固める兵達にアサドは見取り図を描いて説明をした。
「正面から乗り込むつもりですか?」
アサドに意見する為か、いくらか遠慮がちにランフィーが尋ねる。周りの兵らも同意見なのだろう。固唾を飲んで、大将の言葉を待つ。
「正面は一応の囮だ。二班は裏手にすぐ回って欲しい。俺が派手に暴れるからそれは簡単だと思う」
「将が前線に出るもんじゃないよ」
「煩ぇ。俺は現場派なんだ」
揶揄するシャナにアサドが唇を引いた。
この一国の王子に対するシャナの物言いに、若い兵らは肝を冷やす。だが当の本人が気にする事もないので、作戦を前に少し緊張のほぐれた若い兵がやや遠慮がちに手を上げた。
「あの、失礼ですが、この少年は何者で?」
「セラフィム付きの護衛の精霊師だ。僕の事は気にするな」
「――だそうだ」
即座に、しかし素っ気なく答えるシャナに微苦笑し、アサドは兵士らに肩を竦める。
「それじゃあアサド、僕は僕でやらせて貰うから」
言うだけ言うと、シャナは目的が定まっているのか迷いなく薮の奥へと突き進んだ。
「それから、ランフィーは僕を手伝え」
「ぼ……私がですか?」
指名されたランフィーはやや戸惑いながらも、国王の命もあったので足を引き摺るように後に続く。一度アサドを伺うように振り返ったが、早く行けと顎で催促してやった。
「それとアサド」
ふと立ち止まり、シャナは赤い視線だけアサドに投げ掛ける。
「彼女が現れても、気を許すなよ。割り切れ」
「……分かってるっての」
信用していないシャナの言葉を鬱陶しく払う。それ以上はシャナも何も言わず、ランフィーを連れて今度こそ薮の中へと姿を消した。
そしてアサドは残った兵士達を見回す。
若いが、士団長の御墨付きを得た優秀な騎士達。それぞれが一様に長であるアサドを見つめ、号令を待っていた。
セラフィム救出の命を受け、それに誇りを持ち意気込んだ瞳。
皆の視線を確認し、アサドは息を飲む。
戦場へと出る、懐かしい高揚感を思い出した。
人の上に立ち、命令を下す事に密かな優越がないと言えば嘘になるが、そんな自分が嫌いでない事にアサドは自身に父王の影が見えて自嘲した。
どんな生き方をしようとも、性分は戦の中だと知る。
「――いいか、これは表立った戦ではない。名誉はない戦いだと初めに念頭に置いて貰いたい」
ゆっくりと紡がれる大将の言葉に兵士らは、緊張して耳を傾けた。
「だが……」
注がれた視線に気を良くしたアサドは、芝居掛かったように漆黒の外套を翻す。
「失敗の許されない重要な任務だ。しかも塔の天辺には囚われの姫、セラフィムがいる。男としてこれ以上ない戦だと心して欲しい」
口角を上げて笑うアサドは、まるで悪戯でもけしかける悪ガキのようだった。それに気を許した兵達は拳を握る。
「それじゃあ、出陣だ!」
象牙色の鞘から、鈍色に輝いた波打つ刃が月夜に光った。
作戦が決行されると即座にアサド率いる一班が、錆びて蔦の絡まった門を蹴破り塔の敷地内に侵入した。鉄の崩れる音が激しく静寂の夜に響いたが、気にはしない。
本来、虚を突くのが奇襲だ。
盛大な音に見張りの兵が僅かに身を構えのが好都合で、初太刀の遅れた敵を場慣れした騎士らは容赦なく拳を浴びせて地に這わせた。
守りの数は追手を予測してか、アサド小隊より若干多い。が、唆された逆臣より、忠誠を持って腕を磨いていた騎士団誉れの精鋭らと比べると実力は歴然だ。
「殺しはしない! 痛い思いをしたくなければ投降しろっ」
張り上げたアサドの声が凛と渡る。
しかし国を裏切った後ろ暗い気持のある者は信用しない。
その言葉を世間知らずの馬鹿王子の甘ったれた言葉だと言うように、一人が切っ先を向けた。
アサドは舌打ちして身を躱す。
一重で避けられ、襲いかかった男はみっともなく足を絡ませてよろめき、そこをすかさず首筋に刀を添え、僅かに切っ先をわざと食い込ませて低く脅す。
「殺さねぇつってんだろ。こっちは死なない程度の傷作るのも慣れてんだよ」
静かな声が本気を見せたのか、抗う男は握った剣を手放した。
それに続くかのように、他と剣を交えていた者達も次々に投降する。
まとめあげられていない集団の結びの弱さが露呈した、呆気ない幕引だった。
白旗を上げた裏切り者達を縄で縛り上げ、その呆気なさに味方の一人が清々しく歯を零す。
「はじめは殺さずに制圧すると言われた時、どうなるものかと思いましたが、案外イケるものですね」
「自分を助ける為に敵味方問わずに誰かが死んだら、傷付く筈の性格だからな。俺らの姫さんはよ」
一人の部下の言葉に頷いて、アサドも刀を納めて一息入れる。
作戦開始直前に殺さずの命を言ったにも関わらず、忠実に実行に移した部下の腕と気概が素直に嬉しかった。
誰一人の生命を脅かさずに退却に邪魔な兵力は鎮圧した。
あとは雛菊を無事に救出するだけである。本来ならアサド自身の手で奪還したい所だが、囚われた場所を考えるとシャナが適材と言わざるを得ないのが歯痒い。
しかし、雛菊の無事を思えばそうも言えない。これは失敗は許されない作戦だ。
「……よし、早速だが一部は裏切り者を城へ連れ帰り、査問会にかけろ。残りは俺について来い。万一に備えて内部からのセラフィム救出を計るぞ」
裏手から侵入し合流した二班を交え、改めて新たな指示を下すと、誰かが歓声のようなものを上げて空を仰ぐ。
つられて見上げると白い大きな鳥が一羽、翼を広げて星空を覆った。
「アサド様! アレは鳥ですかっ⁉︎」
規格外の大きさの鳥を目の前に部隊兵、捕虜まで口を開けて唖然とする。
謎の大鳥の正体を知るアサドは余裕の態度で笑い飛ばした。
「安心しろ。アレは味方だ。風の王の異名を持つ精霊師様のシルフの恩寵の証だからな」
シャナのシルフィーが空を飛ぶと、雛菊の救出も間近だと実感する。
だからといって戦場では迂闊に気は抜けない。それでも念には念をと、引き続き館へ侵入を足を向けた時だった。
アサドの真横を一条の風が突き抜ける。
「ぐぁっ」
一人の兵が悲鳴を上げて倒れた。
膝を着く兵の大腿部に突き刺さっていたのは一本の矢。飛んで来た方向を咄嗟に振り返ると、松明の灯がいくつも瞬いていた。
「足が早ぇーな。もうヨシュムが来やがったか」
舌打ちしてアサドは蠢く影を睨む。
僅かな灯で浮き上がる漆黒の胸当て。流石に旗を翳しての進軍ではなかったが、覆面から覗く褐色がちの肌と彫りの造形がヨシュム人特有のものだと言っていた。
国を裏切ったセイリオスがセラフィムを手土産に国外へ亡命する事は考えていた。
その相手国が冷戦状態のヨシュムだというのも読み通りだが、予想よりもはやく国境を越えて攻め入ったのにアサドは苦々しく唇を噛む。
「国境警備は何してやがんだよ」
横目で応急処置をされる負傷した兵を見て、命に大事ない事を確認するとアサドは前の集団へ視線を返した。
一声も発さず、その者らは無言でアサドに矢を向け、容赦なく放たれた矢をアサドは素手で掴まえてへし折るが、すかさず剣が抜かれて次々と新手の刃が襲った。
「あーあー、面倒くせぇなぁ。お前ら、こいつらも殺さずに相手しろよ」
気怠そうに言い放ち、アサドは再び敵と相対する。
無機質で感情を向けない視線。先程より腕のある剣筋に、アサドは背筋にゾクゾクと興奮が走った。
それでも実力的には十分アサドが勝っていたので、人数が多かろうが負ける要素はなかった。
負ける筈はないと思っていた。
刀を握り直し、切っ先を目の前に立ちはだかる邪魔者に向ける。
顔色一つ変えない所がアサドには気に入らなかったが、それ以前にいざ姫の元へと赴かんとしていた時の伏兵の登場の方が面白くなかった。
「知ってるか。恋路邪魔すっと死んじゃうんだと」
朧気に記憶にあった雛菊の世界の格言を、今の気分に合わせて苛立たしげに言う。
いつだったか、雛菊と恋愛観の話をしていた頃に言われた言葉だ。あの時は笑って聞いたものだったが、今のアサドの心境にぴたりとハマる言葉だった。
しかし、言葉一つで収まるなら人は争わない。
分かってはいたが、退く気配もない覆面男の一人がアサドに切り掛かって懐に飛び込んで来た。それをひらりと躱し、刀の柄でみぞおちを強かに打ち付ける。呻いて膝を付く男を見届ける間もなく、次の刺客が刃を振り下ろす。休む間もない攻撃の上、殺さないように反撃するのにも気を使わなければならない。
縛りのある戦を破らぬよう、自らを律してアサドはもう一人を蹴り倒す。
数はあれども何とかなる相手の力量に内心ほくそ笑んだ時だった――……。
地まで震える、天から降る爆音。
その激しい音にその場にいた一同が空を仰いだ。
見やれば、夜空にそびえていた塔が月のように欠けてぽっかり口を開けて佇む姿。
そこは雛菊が捕らえられているだろうとされている場所である。
(シャナの奴、何してんだよ……!)
何が起こったか此処から知る由もないが、雛菊の安否が気になった。あの爆破の衝撃が彼女を傷つけているかも知れない。
一刻も早くあの場に駆け寄りたかった。だがまだ残る殺気をちらつかせた者達を野放しにも出来ない。
「くそがっ」
罵りの言葉を上げ、爆音から立ち直った一人が放った矢をアサドは刀でなぎ払う。
先程までの余裕はなかった。
松明と月明りのみで照らされた小さな戦場に、鈍色の刃が次々と遅い来る。
この場を部下達に任せられるなら適当に払ってしまいたかったが、そんな余裕はなさそうに剣を交えている陣営を見るとそうも言ってはいられない。
相手の実力は自国の精鋭と拮抗するのだ。
「マジで容赦なく殺るぞテメーら‼︎」
焦りが口をついて出た瞬間、思わずアサドは唇を噛み締める。
咄嗟に脳裏に過ぎったのは、花のような少女の姿だった。
眩く笑う、平安の世界で育った少女。
その少女を、人を殺した手で自分が触れると穢を移してしまうようで怖かった。
過去の戦で多くの敵兵を打ち払った己が今更かとも言えるが、それは少女に、自分の心を奪った少女に出会う前の事。
せめて出会った後は僅かな不浄も避けたい。
綺麗事だろうとそうしたいと思うのだから、この葛藤はどうしようもなかった。
「――くっ」
弾き合う金属音と、その衝撃で数歩後退った拍子に視線が自然と欠けた塔へと向く。
空へと立ち上がる黒い煙。
思い求めた少女の姿は見当たらない。けれど、不意を突いて別の少女の姿が飛び込んだ。
人並み以上に高い夜目と視力を恨めしいと思った事はなかった。
冷めた目で塔から顔を覗かせた、菫色の髪の乙女。
「――ニタムッ!」
届く筈もないのに、失った筈の妹の名を叫ぶ。
真剣勝負の最中、意識を外へ向ける事を油断と言うなら言い訳は出来ないだろう。
突然背後から体が前のめりに傾く程の衝撃がアサドを襲った。
それが何なのか僅かに気付くのが遅れ、視線を落として目にした瞬間痛覚が神経を走る。
「……アホか、俺……」
胸を貫いた鈍色の刃が鮮血に染まるのを見て、アサドは自嘲と共に零した。
* * * * *
額から滲んだ汗が鼻筋を通って流れるのを、鬱陶しげにランフィーは口許を歪める。
汗を拭いたくとも叶わないのは、設置した魔方陣に両手を付けて固定する作業に文字通り「手が離せない」からだ。
アサドの隊と別れた後、シャナはまずランフィーに命じたのはこうだ。
天空にそびえし塔に幽閉されている雛菊を空から救出する為の翼であるシルフィーは、その体躯も含めあまりに目立ち過ぎる。
それ故、飛び立つ前に相手側に気付かれて余計に警戒されては面倒だと言う事で、シャナは目隠しの術をランフィーに任せたのだ。
またそれは精霊師としての腕を試すような内容でもある。
本来見えるものを無いように眩まし、あるべき気配を気取られぬようにするのはかなりの高等術式である。いくら宮廷精霊師の称号を持つランフィーとて、完璧に出来るとは言い難かったのだが、
『……君、宮廷精霊師なんだから目眩ましの結界くらい張れないなんて、言わないだろ?』
と、挑発するような視線と声にまんまとムキにさせられて今に至る。
それに雛菊が無事に戻って来るまでこうして安全地帯を確保する必要も担う為、この大掛かりな術をずっと張り続ける必要があった。
だからシルフィーが戻って来た事で巻き起こる風による被害を鬱陶しく思う反面、やっと僅かに術を縮小出来る事に安堵の息も漏れるのだ。
闇夜に生える純白の鳥の背に立つ、精悍な顔立ちの青年。
過去の戦で轟かせた美名と、ある事件を起こし謎の失踪を遂げた悪名とを二つ持つ、強大な力を持つ精霊師。
言葉を交わせば無愛想で嫌味で癇に触るが、高等精霊を使役し難解な術を駆使する。更には目の前で少年から青年へと姿を変える大技を出されては同じ精霊師としてその実力は尊敬の対象だ。
彼の術は精霊師の常識を超えている。いつか自分もあの高みへ行けるだろうかと胸を高鳴らせ、頭の中で色々術式の解釈をしていると時間を忘れた。
実際、目眩ましの結界内では外界の時間や音もあまり感じない。だからシャナが空から降りてきても、ランフィーの感覚で言うとさっき飛び立ったシャナがもう忘れ物でも取りに戻ったような時間で帰ってきたようなものだった。
ランフィーは使命を果たせた達成感から、幾らか誇らしげにシャナの元へと駆け寄る。
「シャナ様、セラフィム奪還は如何に!」
「見れば分かるだろ。ヒナギクは無事だ、が、ランフィー、今度はそのまま彼女の護衛を頼む」
小さな竜巻を生むシルフィーの翼に気を付けながらランフィーが興奮気味に尋ねると、逆にシャナに早口で捲し立てられて雛菊を差し出されてしまった。
「とにかくヒナギクをこの場で押さえてろ」
「ちょ、シャナ様っ⁉︎」
訳も分からないまま新たな任を与えられ、状況も把握つかぬままシャナはその場を飛び出すように駆け出して行く。
「シャナの馬鹿っ! 貴方は私の所為で怪我してるのに、一人で無茶しないでよっ」
その彼を追って憤りながら走るのは、今し方救出されたばかりの件の姫君。
「セラフィム⁉︎ ちょっと……!」
訳も分からぬまま取り残されたランフィーにも沸々と込み上がるものがあった。
確かにまだ若輩とは言え、それでもこの年で宮廷精霊師として拝命された誇りがある。
それなのに戦場から一番遠い任を与えられ、全く現場の状況も教えれぬままただ一人安全な場所に残される。
自分とて国の剣の一員である筈なのに、何故か残る疎外感。
これでは昔から憧れていた戦場の英雄であるアサドの背中に、いつまでたっても追いつけやしない。
「僕だって――」
戦える。
そう呟いてランフィーもまた駆け出した。今更結界なんて知った事ではない。守るべき対象が自ら出て行ったのだ。
先の二人が通ったと見られる、折れた枝を目印に薮の中を突き進む。
足場も悪いし視界も悪い。
それでも持ち前の負けん気が、暗闇の中でランフィーを走らせる。
――そして、何処からともなく獣のような雄叫びが轟いた。
声は近い。
向かっている先から悲鳴のような声も届いた。
そこが自分の力を示すべき戦場だと信じ、更に突き進むと知った背中を見つけた。
背中中程に黒髪を流した白いドレスの少女。
現場に辿り着いたのだと確信し、思わず口許を緩めるが、藪を抜けた先に広がる光景を目の当たりにランフィーはそのまま表情を硬直させた。
地面は赤く燃えていた。
恐らくは手持ちの明りが落ちて、何かに引火したのだろう。そのおかげで嫌なくらい人々の影を如実に浮かび上がらせている。
敵も味方も関係なしに兵は傷付き地に伏せ、炎の熱では掻き消されない鉄の匂いが悲惨さを伝えた。
これが血の匂いだと知るのにランフィーは、呻く兵士を見ずには理解は出来なかった。
まるで吐気を誘発させる生臭い匂いに、胃から押し上げられるものを喉に感じる。
初めて目にする、死に直面した空間だった。
炎は燃え広がるばかりなのに、不思議と熱は感じない。それどころか背筋に悪寒が走る。
恐怖だ。
初めての戦場。
初めての死線。
「ソレ」はそれらを携える存在そのものに思えた。
金色に輝く瞳が新たな気配を察知し、こちらを射抜くように睨みつける。
炎の中に立つ、黄金の獣。
鋭い牙が一人の男の喉元から抜かれ、ゴミのように捨てられた。
新たな敵を前に低く唸る獣が、この惨状を作り上げた張本人だと分かる。
「な、何ですかコレは――……」
やっと絞り出した声に雛菊が気付いて振り返り、顔面蒼白でただ魚のように口だけ開くが肝心の声は出なかった。
少女に代わるように、凛とした青年が「ソレ」の名を呼ぶ。
「――アサド……」
沈痛な面持ちで、金色の獣と相対する青年シャナは「ソレ」に向かってそう言ったのを、ランフィーは耳を疑う事しか出来なかった。




