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シャナと花のバラッド  作者: 藤和葵
第三章・玉響に咲く花
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10.セラフィム奪還会議・後編

 

「――ところで、王の許可も取れたところでセラフィム奪還隊が編成されるようだけど、肝心のヒナ嬢は何処で囚われているんだい」


 それから数分間を置いて、漸くレオニスの余計な一言から立ち直りつつあるシャナにチェリウフィーがもっともな疑問を口にした。

 十分な生き恥を晒されたシャナは、まだショックが尾を引くものの若干大きく肩で息を吐き出して、平静を装いつつ偉そうに胸を逸らす。そうでもなければ威厳を立て直せそうにもない。


「僕を誰だと思ってるの?」


 不敵に笑えば子供と侮る輩はまず足元を掬われた。この中でシャナの実力を知らぬ者はいないのでその自信に安堵を見せる。


「何か手を打ってるんだな?」

「……」


 これで何もないと言えばきっと殴られるなと、瞳の奥に光るものを宿したアサドの低い声音にシャナは制止をかけた。何も仕掛けていない訳ではないが手元に届いていない手がかりに内心やきもきと窓を注視すれば、丁度そこのガラスを通り抜けてふわふわと淡い緑の光がシャナの指先に止まるように留まった。


「おい、シャナ。何だそれ」


 尋ねるアサドを一瞥しただけでシャナは何も答えず、指先の緑色の発光体に向かって小さく言葉を交わす。その態度がアサドの不況を買うが、シャナの代わりになるようにランフィーが呆然と口を開いた。


「ルアフ……」

「だから何なんだよ、それ」

「風の上位精霊ですよ!」


 すかさず聞いたアサドにランフィーは即答する。


「精霊にも階級があるのですが、その中でもルアフは風属性の精霊(ジン)でトップのシルフに次いで得られる力が大きいんです。また、風の精霊は行動範囲が広大ですから、ルアフ級の精霊一人と契約でもしたらその者の数多の眷属が一気に動く。これならセラフィムの探索も簡単に済ませられる訳ですよ。それに風の精霊は性質上、非常に気紛れで契約も使役するのも難しいものなんです。それなのに彼はいともたやすく――……」

「つまり! ヒナは間もなく見つかるって事なんだろっ⁉︎」


 上位の精霊を前に精霊師ウィッカとして興奮をしているのか紅潮しながら早口に捲し立てるランフィーを遮ってアサドが声を上げた。


「えぇ、そう言う事ですけれど……」


 もっと講釈したかったのか、いささか残念そうに頷く。その時、丁度シャナとルアフの対話も終わり淡い緑色の発光体は弾けるように消えた。


「――ルビがいて良かった。アイツが見付けたよ」


 今にも大声で物言いたそうなアサドの先手を打つようにシャナは結果を答える。


「はて、ルビとは……?」

「ヒナが飼ってた聖獣フラーメだよ。そういや見掛けねぇと思ってたら、アイツもアイツで必死だったんだな」


 尋ねるレオニスにアサドが答え、シャナを窺う。


「フラーメは元々セラフィムを求める習性があるから、一度ヒナギクと接触しているルビなら見付けられると思って放しておいたんだよ。そうしたら案の定、発見も早かった。ルビを見つけたルアフが教えてくれたよ。――ヒナギクは東のメティナ岬の塔にいる」

「メティナか……それなら恐らくその塔は兄の――先王レグルスの所有のものだな。確かにそこの領はセイリオスに譲られたが……」

 顎髭をなぞり、レオニスは唸った。

「自分の領に逃げ込むたぇ、芸がねぇな」

「でもメティナの先は東国のヨシュムだ。セラフィムを土産に取り入る手筈かもしれないよ」

「あぁ、そうか。するってぇと、シィリーはマジで戦争がやりたいのかもな」


 舌打ちし、アサドは機嫌悪く壁にかかっていた一振りの剣を無造作に手に取る。

 象牙色の飾り気のない鞘から剣を抜くと、刀身が緩やかに弧を描いており、この国特有の型ではない多文化の形状をしていたが、波打った研ぎ澄まされた刃を一目でアサドは気に入ったようだった。


「チェリウ、借りてくぞ」

「譲るよ。それでしっかり嬢ちゃん守ってやんな」

「おぅよ!」


 いつになく気合いの入った返事をし、アサドは扉へ向かう通りすがりにランフィーの背中を叩いた。


「頼りにしてるからな、ラン」

「は、はいっ」


 ひびの入った眼鏡を押し上げ、ランフィーも頬に赤みを差して勢いよくアサドの後をついて行く。その背中を見送り、シャナもそろりと動き出した。


「シャナ」


 レオニスに呼び止められ、振り返る。濃厚な黄金色の瞳が、射るような真剣さでシャナを写していた。


「……息子を頼む」


 深々と頭を下げられ、シャナはいかにも迷惑だと顔をしかめて頭を掻いた。


「僕がお守りする程、弱くはないだろ。いくら不死身でも無暗に傷を負う真似もしないさ」

「そうだが……」

「……まあ、万が一が起きた場合、僕が何とかする。責任は、取るさ」

「すまないな」


 漸く少し安心を見せたレオニスが再び頭を下げるのを、シャナは複雑な想いで眉間に皺寄せする。一声かける言葉も思い付かない。ただ小さく頷き、部屋を後にして扉が閉まる寸前に二人の様を傍観していたチェリウフィーが声を放った。


「やり過ぎるんじゃないよ」


 厳しい忠告に、シャナは眉をもっと顰める。

 静かに扉が閉まる。今更開いて返事をするのも間が抜けて悪いので、その場で小さく言い返す。


「分かってるさ」


 勿論その声に対する反応はないので、シャナは早足で先で待つアサドらの元へ向かった。

 部屋を出て暫く進むと、その先の角でアサド達が一人の男と話をしている姿が見えた。相手は体躯のいい男で、体付きのいいアサドよりも一回りは筋肉でこしらえたような男だ。

 アサドはその男と幾つか言葉を交わし、男は敬礼で承諾を表した後すぐさま早足で去って行った。その後をランフィーが追い、シャナがその場に辿り着いた時には「遅い」と一言吐き出された。

 アサドは苛立たしげに足の爪先を床に叩いて不満を体現し、責める目でシャナを睨む。


「今、急ぎで小隊を組んだ所だ。細かな内容についてはランに説明を任せたから今はいないけど、合流するポイントはナシつけてある」

「で、僕らが斥候を務めるの?」

「そうだな。俺は夜目が利くし、五感も鋭い。シャナも精霊術ウィスを使えば城の裏だって分かるだろ」

「まあね」


 シャナの肯定をアサドは満足げに笑い、急かしながらある部屋へ案内をした。

 足を踏み入れるとそこは刀剣に鎧、その他数多を揃えた備品庫で、アサドは適当なマントとグローブをはめ、靴もサポートのついたブーツへと履き替える。てきぱきとした機敏な動きは手慣れたもので、先の戦で名を馳せた英雄の名残が見えた。


「ほら、お前も何か適当にこさえろよ」

「分かってるよ」


 言われたのを悔しげに歯噛みして、シャナは目についた黒のマントを適当に首に巻いて背中に流す。グローブは指先に穴の空いたニットの柔らかいものを通し、それなりの用意を整える。

 この一連の行動が十年前を思い出させ、気分を鬱にさせるが弱音は吐けなかった。加えてシャナの気持を暗くさせるものの原因はこれだけでない。

 チェリウフィー達の前では結局騒がしい会議になってしまったので言いそびれてしまったが、どうしてもセイリオスと対峙する前に言う必要があった。気の進まない話だ。けれどアサドには伝えなければならない話である。

 取り敢えず一回、深く息を吐き出して背中を向けて出立の用意をするアサドにシャナはなるべく落ち着いて声をかけた。


「アサド、大事な話なんだけど、ちょっといいかな」

「ん?」

「手を動かしながらでいい。出来ればそのまま聞いて貰った方が僕は楽だ」

「何だよ、改まって気色悪いなぁ」


 いつものような軽口の返事に、何処かシャナは気楽さを覚えて言葉を紡ぐ。


「――プリンシパティウスって話で、君は花に上下があるのかと言った。……そもそもプリンシパティウスが下位下級なのにも理由があって、これらの花は全て人の手で造られるから能力は随分劣化するんだ」

「それが何だってんだよ。どう大事な話なんだ」


 シャナが自ら解説をするのも珍しいが、それよりもだからどうしたと意図の掴めないアサドは手を止めて結論を急がせる。その睨みを利かせた物言いを煩わしそうにほんの少しシャナは唇を噛んで吐息を漏らした。


「――急かしても面白い事は何一つないのに……」


 蚊が鳴くような小さい声が息を零すと同時に吐き出される。


「プリンシパティウスは、所謂、傀儡(くぐつ)だ。死体に精霊を落とし、力を与え、意のままにする、禁呪なんだよ」

「は?」


 躊躇いがそのまま歯切れ悪く言葉になった。

 アサドは言ってる意味が理解出来ないと怪訝そうに顔をしかめる。その顔から視線を逸らし、シャナは言い澱む様を見せ、考えあぐねた挙げ句、何とも言えない顔で再度アサドを一見して何となく彼の肩越しに覗く扉を見つめた。


「要約すると、あのニタムはニタムの身体という器だけの死人だ。見た目は彼女でも中身は別人という訳だ。君の愛する妹ではない」


 今度はきっぱりと言ったシャナは、呆然とするアサドに対して更に刃を振り下ろす。


「君はヒナギクを助けるまでに覚悟を決める必要がある。このままだと、必然的にプリンシパティウスのニタムが立ちはだかる。その時に君は、妹の姿をした“敵”に剣を向けられるかい?」



 * * *

  

 目を覚ますと、見慣れない天井が雛菊を見下ろしていた。

 体を起こすとそこは白い、上質の天幕が張られたベッドで、今まで自分が眠っていたのだと知る。

 シーツに触れると十分な温もり。どれくらいの間此処で眠っていたのか、雛菊は周囲を見渡す。

 ぐるりと取り囲んだ壁は円形で、自分は円柱上の建物内にいると理解する。ただ場所は分からない。

 この部屋唯一の鉄製の扉は強固に閉じられている。扉からの脱出は難しい。

 それならと、冷たい石壁に浮かび上がるような真っ白なカーテン。布を引くと、薄暗い室内を照らす月明りが窓から差し込んだ。ただ、外の景色を見て愕然とする。

 前方に広がるのは一面の海。

 更に、窓から外を見下ろすと底が分からない程の高い位置にある部屋だと知る。


「何処なのよ、此処は……」


 やっとの思いで絞り出した声は、カラカラに渇いてすぐさま吹き荒ぶ海風に掻き消されてしまった。

 凍て付く夜の風が雛菊の体を凍らせた。

 そこは空に浮かぶ高層の牢屋……。


 

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