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シャナと花のバラッド  作者: 藤和葵
第三章・玉響に咲く花
25/61

09.セラフィム奪還会議・前編

 

 まるで通夜のように静かな部屋。

 怪我を負ったランフィーを治療する為、急きょシャナとアサドはチェリウフィーの執務室に場所を変えていた。その後はその場を提供してくれたこの部屋の主でもある、騎士団の団長を未だ現役で担う猛者でもあるランフィーの実の祖母の彼女に知る限りの話をした。

 話を聞いたチェリウフィーは、暫し無言のまま痛みに汗を滲ませる孫の顔を見やる。

 シャナが精霊術ウィスで傷口を塞いだものの、受けたダメージが残るランフィーはソファーに半身を預けたまま意識はまだはっきりしたものとは言えない。

 室内はランフィーの治療に使った消毒と煎じた薬の匂いが微かに漂い、嗅覚の優れたアサドは形のいい鼻梁を歪めている。


「……あんたらの話は分かった」


 チェリウフィーが、余った包帯を元の形に巻き直しながら零した。


「セイリオス坊やの反旗と拉致られたセラフィムのヒナ嬢。それから……亡くなられた筈のニタム様の出現。色々あり過ぎて何がどうなってんのか分からないって事が分かったさ」

「チェリウ、今はふざけてる場合じゃないだろうが」


 軽々と肩を竦め、緊張感もなく足を組む老婆をアサドはキツく睨む。しかし幾多の戦場を駆った老兵はびくともしない。射るような金色の視線も訳なくいなし、懐から取り出した葉巻に火を付けて息を吸った。


「あんたらが何でこうなったのか分かってないのに、あたしにどう知れと言うんだい。大体、今は理由よりはまずヒナ嬢救出が先なんじゃないかい?」

「分かってんよ! シィリーがセラフィムとしてのヒナを必要なら、まだ力の使い方が分からないヒナに対して何をするか分からねぇしな」


 平常さを何とか保とうとアサドはもっともな答えを返すが、内心の動揺は隠せずに苛立たしげに爪先でカツカツと何度も音を立てる。

 その音が煩わしいが、今はチェリウも文句は口にしなかった。ただ耳障りな事には違いなので、その音を誤魔化すように少し声を上げてシャナへと向き直る。シャナは見上げるように色眼鏡の奥からこちらを見やるチェリウフィーから非難する視線を受けた。


「そもそも! 護衛のあんたが何で嬢ちゃんから離れてんだい、え? シャナ。守る為にわざわざ女装までしといて、結果拉致られましたじゃ、ただの女装癖じゃないか」

「……その理屈に頷けないけど、言い訳はしないよ。今回はヒナギクから離れた僕のミスだ」

「俺だってそうだ。ヒナを一人にするべきじゃなかった。こんな事が起きる可能性を知ってたのによ」


 悔しそうに下唇を噛み締め、アサドが乱暴に机を殴るとその上にあったペン立てが脆くも倒れた。カラカラと机上を転がる万年筆がカーペットの上に落ちて音が病んだ頃、チェリウフィーは深い息を吐く。


「男ってのはウジウジグダグダとどーしよーもない。ほんと昔っから男って生き物はなーんで“俺が全て悪いんだ”って背負いたがるかねぇ」


 首にかかる灰色の髪を鬱陶しげに掻き上げ、舌打ちする様は誰よりも雄々しい。更に苛々と新たに火を付けた葉巻の煙が昇り、まるで彼女の下僕のように取り巻く。それだけで妖しく、頼もしくさえ見えた。


「反省会は終った後でいい。まずはヒナ嬢の居場所と、敵の数だ。まさか、セイリオス坊やにニタムだけってこたぁないだろうしね。ある程度は数がいると考えた方が懸命だろう。目立つ配置はないだろうから、少なくとも三十くらいのね」

「何、その確信的な算出は」


 問い掛けるシャナに向かって、チェリウフィーはわざと煙を吹掛けて眉をつり上げた。


「こっちだって阿呆じゃない。戦が起こるだとかの噂の所為で城内も不穏な空気が漂っててねぇ。色々調べてみたら、若い兵を主にちょっとした寝返りを企ててるって疑いがあるのがその数って事さ。まぁ、扇動してんのがセイリオス坊やって所までは行き着かなかったがね」


 そこで歯がみをした拍子に咥えていた葉巻の先が潰れ、チェリウフィーは苦い顔をしてそのままそれを灰皿に押し付ける。纏わりつく主を失った煙は天井目掛けて薄く上がり、時折窓や扉の隙間を通る空気に煽られてか腰を曲げるようにくねるのを一瞥してアサドは気合いの一声を上げた。


「チェリウの言う通りだ。ウダウダしてても仕方ねぇ。まずはヒナと、それからニタムを取り戻すのが先だよなっ」

「その事だけどさ、アサド……ニタムについて疑問があるんだ」

「んだよ、人の気合いに水差すような辛気臭い声出すんじゃねぇよ」


 目を伏せ、難しい顔をするシャナをアサドが渋い顔で睨む。しかし、視線を伏せたシャナは気付かない。ただ、自信なさそうな声を絞り出した。


「あの子、本当にニタムだったかい?」


 シャナの問いにアサドは眉をひそめた。


「あれはニタムだっただろうが! お前だって目の前で見て向こうに名前も呼ばれたくせに何を今更」

「確かに見た目はニタムだよ。声も仕種もね。だけど、その存在は本当にニタムだったかい? 匂いは? アサド、君なら何か彼女の違和感を気付かなかった?」


 窺う視線にアサドは居心地悪く、次々に妹の存在を否定する質問に口を真一に曲げて眉間の皺を更に深く刻んだ。


「何が言いたいんだい、シャナ。何か気になる事でも見つけたのかね」


 黙るアサドを代弁するチェリウフィーにシャナは語尾を濁しながら腕を組んで顔を伏せる。


「アサドには悪いけど、ニタムが失踪した現状に残った血痕の量は明らかに致死量を越えていた。だからニタムは亡骸不明のまま死亡と判断された経緯は覚えているだろ」

「つまり、あんたらが見たニタムは本人である訳がないと?」

「でなければ、ニタムの名を騙る偽者か」


 言葉をそこで区切り、アサドを見やる。意見を求められた本人は、どの情報を信じるかで迷いながら考えているようだった。

 身内の立場からなら本人である事を信じたいだろう。だが、当時の状況から冷静な判断を下すなら、その希望は儚いものとなるのは目に見えていた。


「……ニタム本人かどうかって、結論は今すぐ必要なものか?」

「必要だ」


 アサドの静かな問いにシャナは即答する。


「理解出来ないのならはっきり言うよ。そもそもニタム本人かどうかよりも、彼女が敵かどうかが問題なんだ」

「何だよそれっ」


 妹を蔑ろにする冷めた言葉にアサドが憤慨するが、即座にチェリウフィーが身を乗り出す体を押さえ付ける。シャナはその様子を前にしても事も無げに続けた。


「敵じゃないなら問題はない。ニタムも連れ戻せばいいだけだ。でも敵なら? 助けた所で抵抗されて時間を食っては堪らない。優先すべきはヒナギクだからだ。違うか?」

「ニタムも大事だ! 俺の妹だ! お前は何とも思わねぇのかよっ」

「……彼女は確かに気の毒だよ。でも、敵なら話は違う。それならまずヒナギクを救うのが先じゃないか。彼女が厄介な輩の手に渡れば火種は広がる一方だ。戦を見たいかい? 君は、ヒナギクを君も体験した戦に巻き込みたいの?」


 出された少女の名前を耳に言葉が返せないアサドに、シャナは畳み掛けるように言った。


「それで、君の見解は? 私情を除いてニタムは白、黒どっち」

「――黒です」


 迫るシャナの質問に答えたのは、別の声だった。

 声のした方に首を傾けると、意識を失っていたランフィーが頭を押さえながらゆっくりと体を起こしていた。


「気付いたか、ウスノロ孫が」


 舌打ちするもチェリウフィーは怪我の様子を伺い、少年が横たわっていたソファーの手摺に腰を下ろす。どんなに厳しく、自由気儘に傍若無人に振る舞おうと、彼女とて人の親で祖母なのだ。

 治療の為に外していたひび割れた眼鏡を手渡しながら、チェリウフィーは声を低く尋ねる。


「して、根拠は?」


 ひび割れた眼鏡で視界が歪むのか、ランフィーは目を細め、睨むように祖母へと答えた。


「ニタム様はプリンシパティウスです」


 チェリウフィーの目が見開かれる。アサドは何の事か分からずにチェリウフィーを見るが、シャナは驚くでも何でもなく、髪をくしゃりと粗雑に掻き上げて納得して呟いただけだった。


「それは、黒だね」


 言葉を吐き出した瞬間、ほんの僅かに憂いが滲み出るがその一瞬は誰にも気付かれなかった。


「ニタムが、プリンシパティウス……? あんた、本気でお言いかい」

「この場で嘘をつく必要はありませんよ。確かにセイリオス様から直接聞きましたし、ニタム様のその力を僕は身を持って味わいました」


 そう言って、傷の痛みに顔を歪めて立ち上がろうとするランフィーを抑えてチェリウフィーはアサドを見やった。


「そこで馬鹿面下げてぼんやりしてるあんたは、何の事か分かんねーって言いたげだね」

「悪かったな、無知で」

「お祖母さま、アサド様が知らないのは当然ですよ。これは精霊師ウィッカや司祭ぐらいしか知らない情報ですから」

「そうかい。なら、それら以外のあたしは随分賢いんだねぇ」


 宥めるランフィーに対し、チェリウフィーは少し誇らしそうにニヤリと笑いアサドに向かって見えない教鞭をふるう事にする。


「まぁ、馬鹿弟子の為に簡単に説明するとね、プリンシパティウスってのは、平たく言やぁセラフィムのお仲間だ」

「仲間?」

「そ。ただセラフィムを最上位の至高の花だとすりゃ、プリンシパティウスは下位の花になる」

「花に上下もあるのかよ」

「これに限ってだ。セラフィムはそれこそ叶わぬ願いはないとされるが、下位の花には限界がある。全ては叶えられないんだよ」


 説明をしながら、間違いがないか確認を促すようにチェリウフィーがシャナに視線を送る。その視線を受け、シャナは特に問題がないと言いたげに左手を一振り合図を送る。


「ところでお祖母さま、この子供はどなたなんですか?」


 シャナが何か言いかけた時、現状を把握しなければと使命感に眼鏡を光らせるランフィーがそれを遮った。


「何処かで出会った気がするんですが、上手く記憶が繋がらないんです。物言いから察するにお二方の知己だとは存じ上げるのですが、随分お歳が離れていますよね?」

「……ランフィー。阿呆だ阿呆だとは思ってたけど、まさか真性かい?」

「何ですか! その呆れた目はっ」

「憐れんでるんだよ。あんたの察しの悪さに死んだジジイを思い出したじゃないか」


 心底憎たらしげに舌打ちし、チェリウフィーがシャナを見やる。話の腰をすっかり折られたシャナは、余計に切り出しにくそうに伸ばした項の髪を掻き上げた。


「アサド! セラフィムが拐かされたと聞いたが誠かっ⁉︎」


 その掻き上げた髪が肩に付こうとした時、更に場の空気を温める一際大きな低い声が咆哮のように乱暴に開かれた執務室の扉から部屋にかけて貫いて響いた。


「おや、レオニス。遅かったじゃないか。酒が足にでも回ったかい?」

「これでも急いで来たんだ。儂が血相変えて客人の前から姿を消す訳にはいかんだろう。何とかウルに全てを押しつけてから抜けた所なんだからな」


 憤慨してアサドと同じ金糸の髪を持つ父王は言うが、チェリウフィーの主を敬わない態度には全く気にも止めなかった。それ程親しい間柄だと周囲に見て取れる会話だ。

 国王は余程急いで来たのだろう。切らせた息を整え、主を前に身構えるランフィーに視線を落とした。


「セラフィム嬢を最後に見たのはお前だな、ランフィー」

「はい。私がついていながら、みすみすセラフィムを奪われた失態を何とお詫びしたらいいか……」

「あー、いいよいいよ。そんなん儂の息子とシャナがどうにかするからよ」


 投げやりに手を振り、頭を床に擦る程下げるランフィーを適当にあしらって、切換えるようにレオニスはアサドを見て何故か盛大に吹き出して見せる。


「ダッセ。惚れた女拉致られてやんの」

「うっせーよ、馬鹿親父! 深刻な時の第一声がこれか!? 国王が阿呆面して威厳ない言葉吐くなよ、こっちはマジでへこんでんだからな」

「へこめへこめ。んな、自己嫌悪でネガティブな奴とまともに話しても光明なんぞ見えんからな。まだそこで生意気面した旧友と話す方がマシだわ。な、シャナ」


 年甲斐もなく白い歯を向きだしに笑うレオニスは複雑そうに一歩尻込む少年を捕らえて離さないといった威厳と姿勢で正面から向き合った。


「久しいな、シャナ。相変わらず人の目を見ないガキだのう」

「面倒なんだよ。君ら親子は馬鹿みたいに背丈があるから」


 溜息混じりに言葉を返し、シャナは渋い顔でレオニスを見上げた。目尻の皺を濃くした国王は何も言わずただシャナの背中を強く叩いて傍にあった安楽椅子に足を組んで腰掛ける。

 それから視線を彼から見て右からランフィー、チェリウフィー、シャナ、アサドと一瞥し、更に低く下げた声で囁きながらも凄味を利かせて口を開いた。


「それで? そろそろ経緯を聞こうか」


 国をまとめる頂点に立つ男の強引さに、シャナは多少面食らうが、すぐに取り成すように咳払いをした。

 ふざけて軽口を叩いてもそこにあるのは国王の威厳。見た目には歳も取り、力ではアサドにも劣り五十も半ばに差し掛かっているが、どっしりと構えた姿にはアサド以上の威風漂うものがある。

 彼の纏う空気は周囲を落ち着かせるものがあり、シャナさえ一目を置くの存在がレオニスだった。

 金色の瞳はアサドより色が深く、底はまるで琥珀に近い。その濃い金色の瞳に見守られ、シャナはランフィーが得たという事の顛末を静かに語った。

 雛菊に明かしていたセイリオスの真意、突如現れたニタムに、更にプリンシパティウスに変貌していた事について。

 レオニスは黙って耳を傾け、時折感慨深げに目を閉じて顎の髭を親指でなぞる仕種をする以外、特に目立った動きも見せない。静止しながらシャナの言葉に集中していた。


「……以上が、そこのランフィーの話と僕らが見たニタムから総合した話なんだけどね。どうする?」


 尋ねるシャナの言葉にすぐには応じず、レオニスは再び己の顎髭を親指でなぞり息を吐き出して安楽椅子に更に深く腰掛ける。


「恨みは随分買っていると自負していたが、甥にまで憎まれていたか」


 ショックを受けたというより、単に事実を認識したというように淡泊にぼやき、思案するように額を一差し指で掻く。


「――謀反の新兵がおよそ三十か。アサド、十五で足りるか」


 突如話を振られたアサドは、一瞬何を言われているか理解に遅れたがすぐにその意図を察して頷いた。


「俺が動くには多いくらいだ」

「ヘタレのくせに大口叩きやがって」


 口悪く罵るも、口許はやけに嬉しそうに吊り上げてレオニスは癖のように顎鬚を一撫でした後、その流れでチェリウフィーに指示する形で右手をかざす。


「チェリウは残れよ。あまり騒ぎを大きくする訳にはいかんし、まだ間者が残っていないとも限らんでな」

「分かってるけど、つまらないねぇ」


 口では納得するも、内心は現場へ駆け付けたいという気持を覗かせるチェリウフィーは残念そうに腰に吊るしていた剣の鍔を鳴らす。


「それからランフィーは……」

「はい。私は汚名をそそがせて頂きます」

「うむ。ヒナ嬢奪還に同行はそうなんだが、お前はシャナの下について貰いたい」

「はい?」


 拳を胸にあて、敬礼するランフィーは少し気の抜けた様子で語尾を上げた。


「シャナとは、先程からそう呼ばれているそちらの子供ですよね?」


 ちらりとランフィーはレオニスから視線を外し、白い上着に黒のパンツと簡素な格好をした少年を見やる。どう見ても己より年下なのに、王を始め、王子のアサド、騎士団長チェリウフィーと対等に言葉を交わす図々しさが癪に触っていたという嫌悪を感じていたシャナは慣れているとも言いたげにそっぽを向く。それでも鋭い視線を送るランフィーに対し、シャナは面倒臭そうにランフィーの視線を受け流す。一方で徐々に幼い頃の記憶を引き出したか、みるみるランフィーの顔色が変わるのを横目に確認した。


「まさかその子供は、いえ、彼は、あのステラ……シャナ=ステラ・ミラなのですか?」

「んだよ、あんなに憧れの精霊師様とか言って後を追っかけてたのに、気付いてなかったのかよ、ラン」


 腕を組んで話を聞いていたアサドが今頃目を丸くして漏らした言葉を耳に、ランフィーは顔を朱に染めた。


「だって、常識では気付きませんよ! おかしくないですか⁉︎ 僕の記憶が正しければ、この人は十年前と変わらない子供の姿のままなんですよ⁉︎」

「それがどうした。あたしゃコイツとは二十年前から知ってるが、そん時からずっと毛の生え揃わないガキだったさね。ねぇ、レオニス」

「あぁ。でも、ガキの姿だと俺から女を横からかっさらう真似もないからいいんじゃないか?」


 平然とシャナの特異な姿を受け入れる会話に、ランフィーは愕然とした色を見せる。


「しかし! ステラ・ミラと言えば、十年前の争乱の時にアサド様率いる軍が抗戦の最中に戦場を捨てて逃げた裏切り者ではないですか! 何故、そんな彼の元に僕が……私がつかなければならないのです」

「そんな事言ってもなぁ、多分世界一の精霊師のシャナの傍にいた方が己の手本になるではないか」

「しかしですね――……」


 どうにも煮え切らないランフィーは、国王の命にすら戸惑いを見せて言い澱む。


「シャナの力の秘密が分かりゃ、あんたも精霊師として一皮向けると思えばいいじゃないさ」

「ああ。宮廷精霊師のランフィーが更に力をつければ頼もしいからな」


 決して頭の上がらない祖母と国王の一声には、ランフィーは無理にでも納得せざるを得なかった。

 シャナはどうでもいいと言った態度で今は窓際に佇み、ぼんやりと外を眺めてその場の会話を放棄する。そのシャナの態度も国に仕える宮廷精霊師としての誇りを持つランフィーには許せず、反発心を仰ごうともどうでも良かった。

 最終的には曲者に対して全く歯が立たなかったのも事実なので、ランフィーは小さく頷いた。


「ランフィー、お前の憤りも分からないではない。だがな、儂は先の戦のシャナの行為を恨んではおらんのだよ」

「……何故です」


 まるで子供の己を宥めるような声音にランフィーは恥じたように国王に問う。

 レオニスは息を零す程度に微笑し、自身の次の言葉に反応を示した緋色の瞳をしたシャナを一瞥した。


「ランフィー、お前ももう少し大人になればコイツの良さが分かるさ。女一人守る為に、プライドも投げ捨てて女装も厭わないコイツを知ればな」

「なっ⁉︎」

「女装っ⁉︎」


 驚きの声を上げたのはランフィーだけではない。シャナもまたあまりの衝撃に、普段は出さないような声を上げた。


「まさか貴方、主が攫われたのに姿を見せなかった侍女のシャルーンですか!?」

「可愛かったよな、シャルーン?」

「煩いっ! 大体、何でレオニスがあの姿の僕を知ってるんだ! チェリウが喋ったのかい!?」

「うつけかい。そんなの付き合い長けりゃ分かるだろうに。現に、知ってたからこそ、今のこの瞬間にあんたが突然姿を表してもレオニスは驚きもしなかったじゃないか」

「何だよ。それじゃあ僕は単に恥を晒しただけ……」

「つか、顔見知りの親父に本気でバレないと思ってたお前が凄いぞ」


 熟れた果実のように耳まで顔を赤くし、蹲るシャナに半ば唖然としたアサドが声をかけるがシャナの耳には届かなかった。

 隣では純粋に気付かなかったランフィーが記憶と反芻するようにシャナを凝視している。

 もうなんでもいいから早く出陣させろ。

 心底シャナはそう思った。


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