第二章八節 遠征 Ⅰ
雨が地面を激しく打ち付ける。
今日は冬でも暖かいほうなので雪ではなく雨である。
現在はアパートを出て5km地点である。
「ふむ、ひどい天気だ」
霧人はビニール傘を手にして歩いている。
雨の日は仮説とかに過ぎないが臭い、音が当てにならない。
しかし、吸血鬼の目も見えているようである。
そんな中に何故に移動を開始したかというと急激に吸血鬼がアパートに集結し始めたからである。
まるでこちらが動くのにタイミングを合わせたかのような悪いタイミングであった。
「てか何ソレ?」
「これは傘だよ!
人間の知恵の結晶ってところか…」
「いや、わかってるけど…腹立つわね」
「お前もこういう洗練されたものぉ?」
思わず、語尾がおかしくなる原作通りセリフが途切れることとなった。
黒田が拳を握りしめて正拳突きのポーズを取る。
やけに様になってると思った瞬間、コークスクリューをモロにいただいた。
叫び声は上げずに痛みに悶える。
傘は手から離れ風に飛ばされて消えた。
―――ありがとう、傘
「前方の角に吸血鬼だ」
藤田のおっさんが電柱の陰より様子をうかがいながら言う。
回り道という提案も出たが一体なら倒して進んだ方がいい。
沼田、霧人、おっさんの三人で同時に叩いて、相沢たちには近づかせない。
「俺が奴の足を使えなくする。おっさんが体勢を崩すんだ。そして、沼田が頭部を攻撃しろ。できるだけ静かにな」
「わかったわ」「まかせとけ」
「いい返事だ」
口の端が吊り上ってるのが自分でもわかる。
霧人は包丁を手に取って構えた。
三人はバッと吸血鬼の前に出る。
吸血鬼は見える目で此方を見つけて攻撃してくる。
霧人は姿勢を低めにしてタックルをするようにして庖丁を足に突き刺す。
藤田のおっさんが突っ込む。
吸血鬼が倒れこむ。
沼田が木刀を振り上げる。
頭部に二度、三度、振り下げる。
吸血鬼は動かなくなる。
「急ごう、何かしらの手段で他のにもバレていないという保証はないんだ」
霧人は吸血鬼の死体は脇に寄せて歩き始める。
50kmを一日で行くのは体力的には可能であっても精神、現在の状況的に難しい。
「だが俺は早速だが限界だ」
霧人にも弱点はあった!霧人は出身は東北であったが@ホームな幼少期を過ごしたために普通の人間よりも寒さに弱かった。
霧人は倒れこんでいう。
「次の宿泊地点に行けば暖かいコーヒーとストーブが俺を待ってるぞ…」
「何言ってんの?コイツ」
黒田が霧人を小突く。
「うっさいわ、ポー○星人」
霧人は湿布を取り出して足に張ると立ち上って歩み始めた。
「○ール星人を知ってるのか」
藤田のおっさんは呟いた。
―――まぁ、コーヒーを下品な泥水と言ってた紅茶派の人もいるのだが
そこから少しだけ歩いたところに今日の宿泊する場所がある。
小さなビジネスホテルである。
「大丈夫ですかね?中に吸血鬼は…」
霧人に向かって人質の一人であった中村の妹、中村 咲が呟く。
「居るだろうな、間違えなく」
カバンから新しい研ぎたての庖丁を三本取り出して二本をベルトに挟めて一本構えた。
これから藤田のおっさんと中に入って中を探索する。
「何事もないといいのですが…」
一階のフロントを軽く探して吸血鬼がいないことを確認すると義姉たちを中に入れた。
スタッフルームも調べるが吸血鬼はいなかった。
マスターキーは簡単に見つかった。
マスターキーがある扉は比較的、簡単な作りになってると聞いたことがある。
だから防犯性は多少下がるらしい。と聞いたことがある。
「背後は任せますよ」
「前方は任せたぞ」
藤田のおっさんは鉄パイプを握りしめて言う。
角では鏡で吸血鬼がいないかを確かめながら進んだ。
残念ながら一体だけホテルマンみたいな格好をした吸血鬼がいた。
音でおびき寄せて二人で軽くいなすのであったが音を立てるというのは実に恐ろしかった。
余計な奴も引っかかったりしないかとかと考えてしまうのである。
他には吸血鬼は見つからなかったからよかったが…
同階のエレベーターホールの窓が割れていて、血液がこびり付いていたので吸血鬼か生きた人間かはわからないが飛び下りたようであった。
その死体が見つからないのが気になったが…気にしないことにした。
想像はしたくないが今頃、足を引きずって血を求めて彷徨ってるのかもしれない。
その後はホテル全体を調べるのには2時間もかかった。
出てきたのが10時頃でここまで来るのに4時間。
そろそろ暗くなってきていた。
「安全は確保だ。入口を塞ぐぞ」
各個室から椅子やテーブルを持ってきてフロントの自動ドアを塞ぐ。
そして、それを崩すとクラッカーが鳴るように仕掛ける。
コレでしっかり吸血鬼の侵入を知らせることが出来るかは実に怪しいところだがないよりはマシといったところだ。
時刻は夜。
雨は降り続けている。
「人間か?」
窓の外に走る影を見た。
吸血鬼は普段走ることなどまずない。
走り回るのは生きた新鮮な血を持つ人間がいるときだ。
すると叫び声…悲鳴が聞こえた。
霧人は悩んだ。
助けに行くべきか行かないべきか。
―――自分が行っても助けになるとは限らない
結局は行かない。
しかし、悲鳴はまだ続く。
もしかしたら近くに立て篭もったりしたのかも知れない。
このまま、数分後にはこの悲鳴は止んで吸血鬼が見えるかと思ったが悲鳴は止まらない。
泣き声も聞こえる。
霧人は立ち上った。
もしかしたら、間に合うかもしれない。
今回、賭けるのは自分の命だけだ。
藤田のおっさんは手伝ってくれないかもしれない。
そんなことを考えて廊下を走ろうとしたところで佐藤さんとバッタリ出会った。
「手伝ってくれ」
手を引っ張って、佐藤を連れて行く。
このビジネスホテルの裏口に連れて行く。
バリケードを崩して佐藤に頼む。
「ここの扉をこのテンポで三回叩いたら開けてくれ」
実際にドアを叩いて言う。
それを言い残してドアを開けて走った。
場所は吸血鬼が僅かであるが群がっていて分かりやすかった。
すぐ近くの雑貨店みたいなところであった。
吸血鬼の視界の外を掻い潜るようにして店の中にまで侵入を果たした。
吸血鬼は扉の前ではなく、窓の方に群がっていた。
そこの部屋に生きた人間がいるのだろうか。
「誰か…いますか?」
声を低くして暗闇の中に問う。
返事がないので懐からライトを取り出してつける。
雑貨店ではあるが最早残っている商品はなかった。
先ほどの吸血鬼が集まっていた窓の方の部屋に向かう。
包丁を持つ手は汗ばんできていた。
すると男が見つかった。
手には鉄の棒を持っている。
ライトで照らすと此方を向いて微笑んだ。
「大丈夫ですか?」
その男の服には血がべっとりとついていたので霧人は問うと同時に距離を取る。
しかし、男は笑顔のまま答える。
「大丈夫、これは返り血だから」
「誰かいるの?」
男が立っていた横にある扉の奥から声が聞こえた。
霧人は駆け寄って言う。
「ああ、人間だ」
「奴らはいないの…?」
奴らとは吸血鬼のことだろう。
霧人は見当たらなかったのでいないと答えた。
すると扉の鍵が開いて女の子供が出てきた。
歳は小学5年生くらいに見える。
霧人を見て喜びのような表情を浮かべるが横に立っている男を見てその表情は崩れた。
男は突然、霧人を突き飛ばした。
霧人は壁に激突する。
男の目が赤く光った。
―――吸血鬼?
とりあえず、敵対しているので容赦なく包丁で攻撃をすることにした。
男に突撃しようとするが腕に激痛が走って包丁を取り落とした。
腕を抉って鉄の棒は胴体へと向かってくる。
左手で掴んで相手の突き刺そうとする力を利用して壁に鉄の棒を突き刺す。
すんなり鉄の棒が壁に突き刺さったので霧人はぎょっとした。
「お前は何なんだよ!?」
霧人は新たな包丁を抜く。
しかし、男はスタッフルームの中に入ったかと思うと窓を突き破ってでて行った。
「まずい!こっちにこい!」
部屋の中に入って子供を連れて行こうとするが部屋にもう一人、女性がいた。
恐らく、母親だろう。
足を怪我しているようだ。
出血がひどい。
それでも窓を割られた今は処置をする暇はない。
肩を貸してスタッフルームを出る。
扉を閉めて、ホテルに戻ろうと外に出湯とするが店は包囲されていた。
スタッフルームは開かない。
先に店の入り口の前に軽い雑誌を置いたりするような中くらいの本棚的なのを移動させて塞ぐ。
子供の髪に結んであったゴムを足に巻きつける。
まったくキツく締まらないので止血の意味を成しているのかわからないが…やらないよりはマジだろう(願望)。
もちろん、雑貨店なので
とりあえず、この人の足のこともあるし、日の出を待つことにした。
「やっぱ、満足のいくバリケードは作れないな」
商品棚をかき集めて紐で縛ったりしたが吸血鬼のぶつかるたびにガタガタ揺れてコレで大丈夫だというクオリティにはならなかった。
女性の体力も持つかはわからない。
ケータイが鳴る。
霧人が出ると相手は佐藤であった。
「霧人、大丈夫!?」
「ああ、生存者がいたんだけど、足に怪我をしている。吸血鬼も集まってきた。」
電話口の先で何やらみんなの声が聞こえる。
「そのまま、日が出るまで待ってだって」
「どちらにせよそのつもりだ。目が見えなくなった隙を突くしかない。」
「あと、義姉に替わってくれ」
「わかったわ」
佐藤が義姉を呼ぶ声が聞こえる。
「どうしたの?」
「うん、吸血鬼の中に知恵があるやつもいるらしい。」
さっきの男についてありのままに話した。
義姉は唸った。
そして、とにかく今は生き残ることだけを考えるように言って電話を切った。
「さて、今日も大変だな…」
霧人は吸血鬼の男が持っていた鉄の杭を手にする。
鉄の杭には血がこびり付いていた。
これでさっきの女性は足を貫かれたらしい。
現在の時刻は5時、まだまだ暗い。吸血鬼の目を潰せるほどの光は出ていない。
やはり、昨日は雨だったせいもあって暗い。
「あと一時間とちょっとぐらいで出るぞ。」
眠っていた子供を起こして言う。
吸血鬼の蔓延る中を静かに移動する必要があるのでそれなりの覚悟をさせる。
―――俺も寝不足でだるいな…
昨日は普段は歩かない距離を歩いたというのにこの働きぶり…神様、ちゃんと見て俺に救いを!!!




