第二章六節 赤いメガネ
探し出して気が付く。
今、この状況であのチリ毛が向かいそうな場所はどこか。
吸血鬼が学校に侵入してきた。
狙いは俺たちの血。
そんな奴らが軍勢で押し寄せている。誰だって逃げたくなるだろう。
そんなときのために三階の教室は補強されている。
女、子供、老人はそこに避難している。
恐らく、あの悪党たちも自分たちの避難する場所を確保しているだろう。
三階に行くと何をノロノロしていたのか黒田とさっきのチリ毛を見つけた。
どうやらあの男は傷を負っているようだ。
――― 黒田も隙を突いて奪えばいいのによ…
多少、無茶なことを考えつつも走って男が閉めようとしていた。そのドアを霧人は右手で押さえる。
チリ毛の一瞬、え?みたいな顔を見て、口の端を釣り上げて声を殺して笑った。
「よぉ、久しぶり~」
ドアを自分が入れる程度に開けて教室に入った。
チリ毛は黒田に銃を向けたまま、下がって唾を飛ばしながら、
「武器を捨てやがれ!この女が死ぬことになるぞ!」
「助けて…」
黒田はか細い声で、目に涙を溜めて言う。
―――おいおい、キャラ違うな
思わず噴き出しそうになりながらも、
おとなしく、捨てた。
距離は5mぐらい、特攻をするにしても俺か黒田が死ぬことになるだろう。
霧人は落ち着いて、用意しておいた義姉作の煙幕を隠すように手を背中に隠しながら、
「そうか、わかった。ところで粉じん爆発って知ってるかな?」
先ほどの煙幕は小麦粉を飛ばしていたようだった。
俺たちの寝泊まりしていた教室にも小麦粉を義姉が持ち込んでいたのを記憶していた。
これは賭けである。
この煙幕が爆弾でなく、霧人のハッタリが通じればこっちの勝利である。
男は度胸!発煙弾に火をつけて落とした。
落下音と同時に軽い破裂音がして煙が噴き出した。
その後に二つ目の破裂音が響いた。
それと同時に熱気が霧人の足を襲った。
「ぐっ、あああああ」
軽い爆発が起こり、霧人のズボンに引火した。
霧人はどうするかを一瞬思考した。
恥をかくか、生きるかの二択で迷ったが前者を取った
その後の判断は的確だった。
瞬時に、
ためらいなく、
ズバッっと、
ズボンを脱いだ。
煙幕のお蔭で下のトランクスは見えていないはず。
ズボンをチリ毛に投げつける。
チリ毛の驚きの声が霧人の耳に入った。
霧人は走った。
武器を拾うことなく、
拳を握りしめながら、
右腕を振りかぶる。
突然、霧人が目の前に迫ってきたのを見て、チリ毛は銃を向ける。
しかし、霧人はチリ毛の銃を持つ手を左手で横から打つ。
銃を持つ手は横に逸れる。
発砲音が鳴るが壁に穴を開けるのみだ。
霧人はチリ毛の鼻頭を殴った。
目に涙を浮かべ、
銃を離し、黒田を離した。
黒田は座り込むようにして倒れた。
右手を引き戻し、
同時に、
左の拳で顎を打つ。
チリ毛は真後ろに向かって倒れた。
とどめとばかりにチリ毛の顎を蹴り飛ばす。
「ふぅ……」
霧人は一息つくと黒田の方を見る。
そして、彼女の視線で今の姿を思い出す。
黒田は顔を真っ赤にして目を合わせようとしない。
焦げたズボンを穿いて、黒田に近づく。
穿くときに脚が痛んだ。
―――どうしたものか…
瞬時のうちに頭の中を混沌が支配した。
無限の考えが思いつく。
1,沈黙を貫き通す
2,とりあえず、話しかける
3,男は度胸!押し倒して話せなくしてやる!!!
4,告白する
5,逃げる
エトセトラ……
「誰にも言わないわ…」
俯いたようにして絶対に目を合わせないつもりのようだ。
とゆーか言わない言われても俺は既に見られてメンタル的に多大なダメージを被ったのだが…
そして、別な場所から響いた悲鳴で状況を思い出す。
立ち上ると右足に痛みが走る。左足のほうも僅かながら痛んだ。
―――火傷か…しかし、休んでる時間はない
黒田を立ち上らせながら、
「吸血鬼が接近中だ!さっさと逃げんぞ!」
チリ毛の銃を拾う。
マカロフだ。
―――こんなものをどっから仕入れてきたのやら。
MGS(メタルGソニックというゲーム)にも出てきたりするので偶然、霧人は知っていた。
一応、過去の銃ではあるが恐らく、軍用銃といったところだろうか。
弾は先ほど使った一発使っていたが、随分と使っていたようで残りは二発であった。
予備の弾倉も見つけることはできなかった。
足の痛みが霧人は気になったがこの教室に立て篭もって足の治癒を待つにしても物資はない。
そして、吸血鬼に囲まれた学校から逃げるのがどんなに厄介かは既に思い知らされている。
あの時とは色々と状況は違ったりするのだが。
「おーい、無事か―!?」
吸血鬼の襲撃の騒音の中に聞き覚えのない男の声が聞こえた。
教室を出ると男がこっちに向かって来ているのが見えた。
さっきの霧人が騒ぎを頼んだ男が走ってきていた。
特に怪我をしている様子もなかった。
男は霧人の目の前に来ると手を膝について、
「いやー、疲れたぞ、おっさんはもう疲れた。」
「こっちは足を怪我までしてるんですよ」
「この人は……?」
黒田がおずおずといった様子で訊ねてくる。
―――やっぱ慣れねーわ。
込みあがってくる笑いに堪えながら霧人は答える。
「この人はだな…さっき俺を手伝ってくれた
………誰だ?」
「いまさらだな!」
ハッハッハと笑いながら男は名乗った。
「藤田だ。藤田達吉だ。以後、よろしく」
「霧人だ」
「黒田です」
こうして、自己紹介をしていると吸血鬼が現れた。
多数であった。
一言、
「やば」
一方、義姉たちはアパートまで向かっていた。
「やけに吸血鬼が少ないな…」
田中は拾った鉄パイプを用心深く構えながら移動していた。
ここまでは吸血鬼と遭遇はしていない。
その分、吸血鬼は避難所目がけて走っているに違いない。
田中は残してきた二人の後輩が気になった。
相沢とは合流することができたが(中村の消息は不明)残った二人のことが頭を離れなかった。
「田中先輩、二人のことも大事ですが今は無事にたどり着くことを考えましょう」
慎太郎がひどく落ち着いた様子で言う。
田中は慎太郎の言葉で自分を落ち着けるように意識した時に多数の足音が聞こえた。
見るまでもない。
吸血鬼である。
「吸血鬼だ!手負いの相沢は衰弱してる人質と先に行くんだ!残りは時間を稼げ!」
慎太郎が鋭く声を張り上げる。
先ほど手に入れたネイルガン、それだけを握りしめて慎太郎は吸血鬼たちを睨み付けた。
沼田が両手で木刀を構えて突っ込む。
「ここで数を削ぎ落としておけ!霧人たちに遭遇させるな!」
雄々しく田中が叫んだ。
田中は鉄パイプを両手で大振りする。
吸血鬼たちの中に赤目がいたがそいつは吸血鬼たちが襲い掛かる様子を傍観しているかのように動かなかった。
慎太郎は訝しげに見ているとその赤目は大声で鳴いた。
すると吸血鬼たちは一斉に襲い掛かってきた。
慎太郎も例外ではなく襲われた。
武器がネイルガンだけなので近づかれると厄介である。
それにいち早く気が付いた沼田が駆け寄ってきて相手をするがすぐに沼田も余裕を失い、慎太郎の方へと侵攻を許してしまう。
慎太郎は近くの信号機の横にあった黄色い旗を見つけて手に取った。
それで戦うが数的に吸血鬼は手に負えなくなっていた。
その間にも人質や手負いの相沢、沙織のいる方へと吸血鬼を突破させてしまう。
赤目が笑い、慎太郎たちには目もくれずに先へと進んだ。
―――ただの赤目とは違う!?
慎太郎はこの赤目だけは行かしてはいけないと直感した。
ネイルガンを左手に構え、右手の旗を突いて目の前の吸血鬼が退いた時に狙い打った。
赤目の方に釘が突き刺さった。
赤目がギロリと此方を向いた。
背筋に冷水のような寒気を感じ、足が震え始める。
一瞬、辺りが暗闇に包まれたように何も見えなくなった。
次に視界が晴れた時に慎太郎は
赤目に腕を噛みつかれていた。
「う、ぎゃあああぁぁ×△@¢!!!」
周りの面々の顔が青ざめた。
「逃げろ!!!」
田中が叫んで逃げ出した。
一人が逃げるとそれに続いて次々と蜘蛛の子を散らしたように逃げた。
それを吸血鬼は無情に、冷酷に追いかけ血を貪った。
「何だコレは…」
悲劇の数時間後に霧人は惨劇を目にした。
多くの吸血鬼と人間の死体だ。
藤田は鼻を無意識にか覆いながらこいつぁひでえと呟いた。
数々の死体の中には見知った顔もある。
「し、慎太郎なのか…?」
「う、嘘…」
霧人はメガネを掛けた男の死体に抱きつくようにして見た。
間違えなく慎太郎であった。
メガネに血がこびり付いていた。
赤くメガネが染まっていた。
衣服の上から噛まれたのか袖に血が染みついていた。
次に見つけたのは鉄パイプを握りしめたまま、目を見開いて死んでいた田中先輩であった。
霧人は涙など出てこなかった。
それよりも絶望感の方が強かった。
田中の腕の方の関節の部分は骨が露出していた。
そして、手に握っている鉄パイプがこめかみから突き刺さっていた。
霧人は走った。
黒田と藤田もそれについて走った。
急に世界にはこの三人しか残っていないのではという不安に襲われた。
今は一人よりましだなどとは考えることはできなかった。
道を進むごとに死体は減っていた。
しばらくすると激増した。
爆発した後のような焦げ跡、破片の突き刺さった死体。
そこはアパートの前であった。




