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また新しいお祝い事

……………………


 ──また新しいお祝い事



 最近、俺はもっぱら異世界側で過ごしていた。


 買い物があるときだけ日本に戻るようにしており、いつはヴォルフ商会の事務所で仕事をし、リーゼとのんびり過ごしている。


 そんなある日のことだ。


「……ねえ、ジン」


 いつになく真剣な表情をしたリーゼが事務所にいた俺の下にやってきた。


「どうしたの、リーゼ? 気分が悪そうだけど……」


「うん。それなんだけどさ。私……妊娠したみたい」


「え!」


 リーゼが告げた言葉に俺は一瞬驚き、それから喜びが沸き上がってきた。


「わ、わわ! じゃあ、何が必要かな? えーっと、えーっと哺乳瓶とかベビーカー? 子供服もいるし……?」


「落ち着いて、ジン。まずは無事に出産しないと」


「あ、ああ。そうだね。うん、落ち着こう」


 俺は大きく息を吸って吐く。


 まだお腹も大きくなってないのだから子供が生まれるのはまだ先だ。ただリーゼにその兆候が現れたということは、妊娠から2、3週間は立っているということか?


「必要なものがあったら何でも言ってね、リーゼ。準備するから」


「うん。お願いするね」


 リーゼはそう言って事務所にあるソファーに腰掛ける。


「そういえばこの村には助産師さんとか産婦人科の先生とかはいない、よね?」


「いないねぇ。いつもは私が診てるから」


「え!? リーゼって出産の手伝いもやってたの?」


「こういう場所での魔法使いはほとんどお医者さんみたいなものだからね。村の開発の助言もするし、村の人たちの病気やケガなんかもに対処するよ」


 そういえば前に山賊問題が起きたときにはリーゼが傷を負った衛兵の人を魔法で癒してたっけ? なるほど。医者の代わりでもあるのか……。だけど、それだと……。


「リーゼが出産するときは誰に見てもらうの?」


 そうである。リーゼが医者の代わりだとしてもリーゼ自身で自分の出産を手伝うことはできないだろう。それが問題だ。


「そこは誰か他の魔法使いの人に来てもらうしかないね。アルノルト様に頼んでみよう。魔法使いに来てもらうならウルリケみたいな知り合いならともかく、それなりにお金がかかるし、紹介状も必要だから」


「分かった。すぐにアルノルト様に話してみるよ」


「よろしくね、ジン」


 俺は早速アルノルトさんのお城に向かう。


「え!? リーゼロッテ君が妊娠かい? それはめでたいね、ジン君!」


「ありがとうございます!」


 俺がリーゼの妊娠を伝えるとアルノルトさんは我が事のように喜んでくれた。


「それで、私たちに何かできることはあるかな?」


「リーゼの出産に備えて魔法使いの人を呼んでもらいたいのです。紹介状などが必要みたいですので、それについてアルノルトさんにお願いできれば、と」


「そうだね。任せておきたまえ。一流の魔法使いを呼ぼう」


「お願いします」


 アルノルトさんがそう約束してくれたので一安心。


 それから俺はリーゼの下に戻り、アルノルトさんが魔法使いを呼んでくれることを知らせに向かった。


「リーゼ。アルノルトさんは魔法使いを呼んでくれるって!」


「おおー。あとで私もお礼を言わないと」


 リーゼはそう言って笑みを浮かべる。


「これからまずするべきことは何かな? 俺、こういうの経験なくて……」


「そうだねぇ。そんなに焦らなくてもいいと思うけど、まずは子供の名前を考えようか? それが必要だと思う」


「名前か……」


 そうだ。子供たちの名前を考えないといけない。


「う~ん。なるべくこっちの世界になじむような名前にしたいなぁ。俺の方に合わせるとどうしても異国の人みたいになっちゃうからね」


 日本風の名前を付けると他の子からいじめられたりしないか心配だ。なので、なるべくこっちに世界に合わせた名前にしたい。


「それなら私のお父さんかお母さんの名前を付ける?」


「うん? そういうのってこっちではありなの?」


「ありだよ~。実を言うと私の名前もおばあちゃんの名前だしね」


「へえ!」


 俺はこっち風の名前というのを考えにくいし、リーゼの提案に乗るはありだな。


「そうなると男の子だったら、どんな名前?」


「ラインハルトだね」


「女の子だと?」


「アーデルハイトだよ」


「どっちもいい名前だね!」


 ちょっと古風な響きだけど格好いい名前と可愛い名前だ。それにこっちの世界になじんでいる響きだと思う。


「ふふ。天国のお父さんとお母さんも喜んでくれると思う」


「それが何よりだね」


 それからリーゼが出産するまでの日々が始まった。



 * * * *



 それからリーゼを見てくれる魔法使いの人がグリムシュタット村を訪れた。


「エレオノーラと申します。どうぞよろしく」


 やってきたのは年配の女性で、灰色のローブと三角帽子を被った人だ。優し気な雰囲気のある女性で、リーゼは同性の魔法使いが来てくれたことに安堵していた。


「これから出産まで定期的に見させていただきますね」


「お願いします」


 それからエレオノーラさんはリーゼが妊娠中の間、グリムシュタット村でリーゼの代わりに村の人たちを見てくれることになった。リーゼのお腹はまだそこまで膨らんでいないけど、妊娠中に魔法を使いすぎるのはよくないらしい。


 やはり妊娠中はいろいろと気を付けないといけないことが多くて、俺としては初めての経験にネットで検索したりと自分にできることをしていた。


「ジン。ちょっとお願いがあるんだけど」


 ある日、リーゼがそう頼んできた。


「どうしたんだい?」


「あのね。すっぱいものってないかな……? レモンとか……」


「すっぱいもの……? ああ!」


 妊娠するとすっぱいものが食べたくなるって聞いたことがある。それだろう。


「分かった。準備してくるから待ってて!」


「うん。お願いね」


 俺は早速日本に向かい。そこですっぱいものを調達することに。


「レモンは定番みたいだね。レモン、レモンと」


 俺はカートにレモンを放り込む。


「それから……梅干しも悪くないみたい。リーゼは梅酒が好きだったから、梅干しは一度紹介しておきたかったんだよな」


 俺は妊娠したことがない、というかできないので妊婦の気持ちが分かりにくい。リーゼもあまり俺に迷惑をかけたくないのか、できることは自分でしようとしてしまう。もっとどんどん我がままなくらい要望を言ってくれていいんだけどなぁ。


 ともあれ、それらを買って異世界へと戻る。


「リーゼ! 買ってきたよ~!」


「ありがとう、ジン。レモンの匂いがするね~!」


「ほかにもあるよ。これはリーゼが好きな梅酒に使われている梅の果実!」


「おおっ!」


 リーゼは梅干しを見てちょっと驚いている。


「これはあの甘い梅酒になるの?」


「うん。でも、これはすっぱくて、ちょっとしょっぱいよ。塩分が多いからあまり食べ過ぎないようにね」


「分かった。いろいろと準備してくれてありがとう、ジン!」


「どういたしまして」


 こうしてリーゼの出産の時期が近づいてくる。


……………………

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あっという間に出産かぁ
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