お祭りだー!
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──お祭りだー!
ついにグリムシュタット村で初めてのお祭りが開かれることに。
初めてのお祭りということもあって、村の人たちも準備に余念がない。
「ジンさん。これはどこに運べばいいんですか?」
「それは集会場までお願いします」
祭りの目玉はやはりグリムシュタット村で取れたもので作られるドーナツとたこ焼きであり、その準備は集会場とヴォルフ商会の事務所を中心に進められている。
ヴォルフ商会の事務所からバッテリーと太陽光発電が集会場に移され、たこ焼き器のために必要な電気が供給された。リーゼはレシピをすぐに覚えて村の人たちにたこ焼きの焼き方について教えている。
「いよいよ明日はお祭りだよ! 楽しみ、楽しみ~!」
リーゼは事務所のソファーで足をパタパタさせてそういう。
「ふふ。リーゼってば子供みたいなことを言って。張り切りすぎてるけど、今日はちゃんと眠れそう?」
「眠れないかも!」
俺が尋ねるのにリーゼはにこにこ笑顔でそう返した。
「お酒の準備はよし。たこ焼きの方もばっちりで、ドーナツもオーケー。他に準備するのは花火と子供たち向けのお菓子で、これも集会場に運ぶだけだね」
「準備万端だね~」
「うん。特に急がなければならないこともないし、あとはゆっくりしていよう」
俺は今日は明日の祭りに備えて、こちら側で過ごすつもりだ。前と違ってもうこちら側で過ごしても安全だという気持ちがあった。
前はこちら側に取り残されたらどうしようって思ってたけど、今ではリーゼたちという大切な人たちを得て、安心している。
「ジンは今日は事務所に泊まるの?」
「そのつもりだよ」
「……私のうちには泊まらない?」
リーゼはそうささやくような声で言った。
「い、いや。今日は酔ってないし、別に事務所で大丈夫だよ……?」
「……私と一緒なのはいや?」
「そういうわけでは……」
俺は今まさにリーゼからお誘いを受けているのだろうか? これに乗ってもリーゼとの心地よい関係は崩れたりしないだろうか? 心配だが、リーゼのこのお誘いを断るのもなかなかに辛い。
「じゃ、じゃあ、お邪魔しようかな……?」
「うん! 部屋を片付けてくるからちょっと待てって!」
リーゼはそう言って満面の笑みで事務所を出ていく。
「……今夜、眠れないのはリーゼだけじゃなさそう……」
俺はそう呟いた。
それからリーゼが戻ってきて、俺とリーゼは彼女の小屋に。
リーゼの小屋では香が炊かれており、かすかだが甘い匂いがする。
「……私もこういうのは初めてだから……優しくしてね?」
「う、うん」
その後は言うまでもないだろう。ついに俺とリーゼは一線を越えたのだ。
* * * *
翌朝、俺とリーゼは揃って同じベッドで目覚めた。朝チュンというやつである。
「おはよう、ジン」
「お、おはよう、リーゼ」
「コーヒー、入れてくるね」
リーゼはどこか軽やかな足取りでベッドを出ていき、魔法でお湯を沸かしてコーヒーを入れ始めた。
「はい、どうぞ!」
「ありがとう」
こうして一緒にコーヒーを飲むと昨日は何事もなかったように感じるが、しっかりとやることはやっているのである。
「いよいよ今日はお祭りだよ。張り切っていこうね~!」
「もちろん! 盛り上げていこう!」
そう、今日はお祭りだ。前々から準備をしてきたし、今日という日は盛り上げなくては。村の人たちも期待しているはずだ。
それから俺たちは着替えて、集会場に向かう。集会場にはすでに大勢の村の人たちが集まっていた。
「やあ、ジン君。今日はよろしく頼むよ」
「はい、アルノルト様」
当然、領主であるアルノルトさんと娘さんのニナさんもお祭りには参加する。
俺とリーゼはポータブル冷蔵庫やたこ焼き器に電気が来ているのを改めて確認したのち、当日の準備はばっちりだということを確かめた。
「それではアルノルト様からご挨拶をいただいて、それから祭りにしましょう」
「うん。任せてくれたまえ」
アルノルトさんは集会場に集まった村の人たちを前にして、ごほんと咳払い。
「さて、このグリムシュタット村にジン君が来て、ヴォルフ商会が立ち上げられて1年以上が過ぎた。村は発展し、今ではこうしてお祭りを開くような余裕すら生まれている。これは私だけではなく、ここにいる村人全員の成果だ」
アルノルトさんは村人を見渡しそう語る。
「この祭りではそのことを祝い、さらなる村の発展のために努力することを誓おう。それでは祭りを始めるとしようではないか!」
「わああああっ!」
アルノルトさんの開会のあいさつののちに祭りは始まった。
大人たちにはお酒が大量に提供され、子供たちにはドーナツやジュース。俺とリーゼはせっせとたこ焼きを焼いていく。
「おお。このたこ焼きというのは美味しいな!」
「これは村で取れるものだけで作られているんだろう? 俺たちでも作れるのか?」
村の人たちはたこ焼きやドーナツ、その他のお菓子やつまみに舌鼓を打つ。
「まだまだありますからね~! 順番ですよ~!」
たこ焼きはかなり好評で俺とリーゼは汗を流しながら必死に焼き続ける。
「ジンさん。あとは私たちで焼くから、リーゼロッテさんと一緒にお祭りを楽しんでください。せっかくのお祭りなんですから」
「すみません。じゃあ、お願いします」
ここで村の人が交代を申し出てくれるのに俺は彼らにたこ焼きを任せて、お祭りを楽しむことにした。
「じゃあ、リーゼ。まずは乾杯」
「乾杯!」
俺とリーゼは冷えた缶ピールでまずは乾杯する。
「本当に賑やかなお祭りになったね」
「ジンのおかげだよ。グリムシュタット村がここまで賑わったのは。これまではここまで裕福な村じゃなかったから」
「そう言ってもらえると嬉しいよ。ここは祖父がお世話になった場所だからね」
俺は今もグリムシュタット村に借りがあると思っている。
じいちゃんがひとりになっていからも孤独に過ごさずに済んだのは、このグリムシュタット村があったからだ。そう考えるとそう簡単に返せる恩ではない。
と、ここで子供たちがお菓子やドーナツを手に俺の方に駆けてくる。
「ジン兄ちゃん、ジン兄ちゃん! お菓子ありがとうね!」
「いいんだよ。今日はしっかり楽しんで。お祭りだからね!」
「うん!」
子供たちも大喜びでいうことなしだ。
「ジン。今日はありがとうございました」
「ニナ様。いえいえ。こちらこそお祭りを許可してくださって感謝しています」
ニナさんもジュースを手に俺たちの方にやってきた。
「あなたのおかげで開けたお祭りですよ。感謝するのは私たちの方です」
俺が頭を下げるのにニナさんは苦笑してそう返す。
「ジン。これからもグリムシュタット村をよろしくお願いしますね」
「もちろんです」
俺はこの祭りでこれからもグリムシュタット村を豊かにしていこうと決意を新たにしたのだった。
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