支店開設のお祝い
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──支店開設のお祝い
ヴォルフ商会フリーデンベルク支店の開設には関係者が集まった。
「いやはや。ついにフリーデンベルクに店を構えるのですな」
「やっとですね。魔法使い連盟の店舗は手狭になっていましたから」
まず訪れたのはフリーデンベルクの顧問であるユリウスさんと魔法使い連盟支部長のテレジアさん。親子ふたりでヴォルフ商会の支店開設をお祝いに来てくれた。
「はい。これからはここで店を開かせていただきます。これまで魔法使い連盟には大変お世話になりました。これからもどうぞよろしくお願いします!」
「ええ。こちらこそ文房具の方を期待していますね」
これからは魔法使い連盟とこのフリーデンベルク支店がやり取りすることになる。ウルリケさんも魔法使いなので、その点は支店長として頑張ってくれるだろう。
「ところで、ジンさん。コンパスの件なのですが……」
「ああ。あれはあれからどうなりましたか?」
「ええ。無事にウルリケが魔法使い連盟の研究員を辞める前に対抗魔術の方も完成しました。市場に出てもすぐには問題にはならないかと思います。魔法使いたちも良識を持って扱うでしょう」
「それは何よりです」
これでひとつ肩の荷が下りた。魔法使い連盟にはコンパスで魔法の威力が向上することへの備えを頼んでいたのだ。
「あとはこれは我々親子からの贈り物です。どうぞ店舗の床で使ってください」
「おお。これは綺麗な織物を……ありがとうございます」
それは床で使うのがもったいなくなるほど綺麗な織物であった。
「大切に使わせていただきますね」
俺はそう言って織物を大事にしまった。
それからさらにお客さんがやってくる。
「ジンさん。支店の開設、おめでとうございます」
「ありがとうございます、ゲオルグ様」
市長のゲオルグさんも開設を祝ってくれた。
「これでフリーデンベルクを訪れる人も増えるでしょう。街の発展に寄与していただいて感謝していますよ」
「あはは。グリムシュタット村も同じくらい栄えてくれるといいのですが」
「ええ。予算として街道の整備が市議会を通過しました。これから工事が始ますよ」
「おお! 本当ですか!」
フリーデンベルクからグリムシュタット村までの移動時間が縮まればいいなと思っていたが、どうやらそれは叶いそうである。俺はあまり期待していなかったので、正直なところかなり嬉しい!
「今年中に着工する予定です。グリムシュタット村との距離が縮まれば、ヴォルフ商会さんも頻繁にフリーデンベルクとやり取りできるでしょう?」
「ええ、ええ。ありがたい限りです」
フリーデンベルクは栄えている。大きな市場だ。そこにグリムシュタット村も参入できるのは、大きな利益を生むに違いない。……と俺は考えている。
「まあ、詳細はグリムシュタット伯爵とも話し合う必要があるでしょうが。ですが、間違いなくフリーデンベルクはグリムシュタット村との繋がりを強くしていきますよ。お約束しましょう」
「はい!」
こうしてフリーデンベルク支店の開設に朗報も飛び込んできた。
「ジンさん。他にもお客様がいらっしゃっていますよ」
「え? 他にも?」
クリストフさんに言われて俺は首を傾げる。フリーデンベルクの知り合いと言えばウルリケさん、テレジアさん、ユリウスさんにゲオルグさんくらいのはずだが……。
「こんにちは。あなたがヴォルフ商会の商会長であるスオウ・ジンさんですか?」
そう言って尋ねてきたのは魔法使いらしきローブ姿のご老人だ。長いひげを蓄えて、リーゼたちと同じように三角帽をかぶっている。
「はい。どこかでお会いしたでしょうか?」
「いえいえ。お会いするのは初めてですね。私は魔法使い連盟本部の理事長を務めているドミニク・ローゼンクロイツと申します。どうぞよろしく」
「魔法使い連盟の!」
これまで会った魔法使い連盟の人はテレジアさんが一番上だったけど、さらに偉い人が来てしまったようだ。
「これは初めましてです。しかし、いやはや、魔法使い連盟本部の方がいらっしゃるとは。ノートとボールペンの件でしょうか?」
「まさにその通りです。あの便利な品については魔法使い連盟本部でももちきりなのですよ。その出所がこのフリーデンベルクだと聞いてやってきたのです」
いやあ、フリーデンベルクではなくグリムシュタット村なんだけどなと思いながらも、俺は頷いておく。
「この店がそうなのでしょう? しかし……支店ですか?」
「ええ。本店はグリムシュタット村にあります」
「グリムシュタット村……。寡聞にして存じ上げませんな……」
う~む。いまいちグリムシュタット村の知名度向上には貢献できていないようだ。
「ノートやボールペンはここから6、7日離れているグリムシュタット村で凄腕の職人が作っているのですよ。フリーデンベルクのこれはあくまで支店なのです」
「ほう。そのような職人が……。確かにボールペンをよく拝見させていただきましたが、あれはそう簡単に作れるものではありませんでしたな。しかし、ここが支店となりますと、う~む」
ドミニクさんが何やら考え込んだ。
「王都に出店するのは難しそうですか?」
「あー。それはかなり難しいですね。現状、グリムシュタット村とフリーデンベルクをつなぐだけで人員はぎりぎりですから。流石に王都までとなると……」
「そうですか……。王都にもヴォルフ商会さんが出店してくださると助かったのですが。魔法使い連盟本部は王都にありますからな」
「なるほど。しかし、申し訳ありませんが今のところは……」
「分かっております。無理は申しません。申しませんが、ちょっとばかりご協力いただけますか?」
「なんでしょう?」
「ボールペンとノートを支店にあるだけ全部買っていきたいのです。何せ王都ではこのボールペンとノートを待ちわびている魔法使いが大勢いましてね。何とかお願いできませんかな?」
「分かりました。準備してある分をお渡ししましょう。しかし、運ぶのは大丈夫ですか? 結構な量がありますが」
「大丈夫ですよ。私も魔法使いですからな」
そういってあははと笑うドミニクさん。そうか。魔法使いならば荷物の重さとか無視できる運び方ができるんだな。日本に来てくれたら流通に革命が起きそうだけど。
「では、準備いたしますね」
俺はウルリケさんに早速お客さんが来たことを伝え、ノートとボールペンを準備してもらったのだった。
しかし、それからさらにお客さんが訪れる。次は──。
「やあ、クリストフ君。そちらが商会長かね?」
「おお。フィリップ様。ようこそいらっしゃいました」
クリストフがそう言って出迎えるのはザ・貴族という格好の男性で、以前話に出たフィリップさんという方のようだ。
「初めまして、ヴォルフ商会の商会長をしております周防仁です」
「初めまして。私はフィリップ・フォン・ハーゲンフェルトだ」
そういって頭を下げる俺にフィリップさんが自己紹介する。
「しかし、ヴォルフ商会もその名声に相応しい城を得たのだね。何よりだ。君たちはもっと大きく商売すべきだと思っていたからね。扱っている品は唯一無二で、他に代わりがないものなのだから」
「そう言っていただけると助かります」
「うむうむ。それでは早速だがコーヒーを買いに来たのだ。見せてもらえるかな?」
「ええ!」
ヴォルフ商会フリーデンベルク支店は初日から大忙しだ!
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