お忍びの宴についての話
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──お忍びの宴についての話
ジャガイモを育て、村の人たちが作る洋服を買い取り、帳簿を付け……。
俺はそんなふうに決して暇ではないけど、慌ただしいほど忙しくもない緩やかな日々を過ごしていた。
「リーゼ。お茶が入ったよ~」
「おおー! ありがとう、ジン!」
「今日のお茶菓子はどら焼きね」
リーゼともまったりとお茶をしたりして過ごしている。
そんなときだ。ヴォルフ商会の事務所にアルノルトさんが訪れた。
「やあ、ジン君」
「どうされました、アルノルト様?」
「君に報告すべきことがあってね」
にこにこしながらアルノルトさんはそう言うので、俺は事務所に上がってもらい、アルノルトさんにもほうじ茶とどら焼きを出した。
「話したいのは前に話していたローゼンフェルト辺境伯閣下の下で開かれた宴のことだ。国王陛下がお忍びでいらっしゃったあれだよ」
「ああ。その話ですか。どうしたか……?」
国王陛下に地球産のお酒を献上するという話だったが、果たして気に入ってもらえたのだろうか……?
「ばっちりだ。国王陛下はウィスキーをとても気に入られた。何せあれほど酒精の強い酒はこの国では流通していないからね」
「それは何よりです。安心しました」
「うんうん。私も国王陛下が気に入ってくださるとは思っていたが、あれほどまでに気に入ってくださるとは思っていなかった」
俺がほっとするのにアルノルトさんも満足げ。
「私もおかげで国王陛下の覚えがめでたくなってね。グリムシュタット村に隣接する領地を与えられることになったんだ」
「それは凄いですね! やったじゃないですか!」
「あはは。とはいっても全然未開拓の土地だから、一からのスタートになるがね」
お酒のおかげでアルノルトさんが領地ゲットとは、俺としても嬉しいことだ!
「そこでだ。君は前々から地球の農作物を試しに栽培する土地がほしいと言っていただろう? 新しい領地でそれを試すつもりはないかい?」
「いいのですか?」
「ああ。ある程度開墾が進んだら、実験の場所として使ってくれて構わないよ」
「ありがとうございます」
これで肥料とかの実験もできるなぁ。ジャガイモも本格的に栽培できそう。
「お礼を言うのは私の方だよ。ジン君のおかげで国王陛下に気に入られ、新しい領地では新しい作物が育てられる。君には本当に助けられてばかりだ」
アルノルトさんはそう言って頭を下げる。
「いえいえ。こちらこそ村においていてもらって感謝しています」
俺の方も頭を下げる。日本人的に相手にだけ頭を下げさせているのは落ち着かない。
「アルノルト様。国王陛下との宴についてもっと聞かせてもらえませんか?」
と、ここでリーゼがそう尋ねた。
「もちろんだ。宴はお忍びで開かれてね。ローゼンフェルト辺境伯閣下の屋敷で行われた。招待されていたのは私の他に親しい貴族が数名と、ほぼ国王陛下の私的な宴として行われたのだ」
そう言ってアルノルトさんは宴の様子を話す。
* * * *
「アルノルト卿。今日はよく来てくれた」
「はっ! お会いできて光栄です、陛下」
国王マクシミリアンが声をかけるのにアルノルトは膝を着いて敬意を示す。
「よいよい。今日は国王ではなく、ただの酒好きとしてここにいるのだ」
マクシミリアンは中年の男性だ。長身の体には身分を隠すために質はいいが、国王とは分からないような服装を纏っている。
彼は無類の酒好きとして知られ、このように美味い酒がある場所にはお忍びで訪れて、宴を開くことがあった。そのことは王国に暮らす貴族の間では広く知られていることでもある。
「さあ、アルノルト卿、リヒャルト卿。お前たちが楽しんだという酒を私にも味わわせてくれ。それを何日も楽しみにしてきたのだからな」
「はい、陛下。すぐにお持ちいたします」
それからアルノルトが持ってきたウィスキーなどの酒類が宴を彩る食事とともに持ってこられる。マクシミリアンはウィスキーのボトルを受け取ると、それを開き、まずは香りを楽しんだ。
「おお……。とても香ばしい香りだ……」
マクシミリアンは満足しながら自らの杯に並々とウィスキーを注ぐ。
「では、皆のもの。乾杯!」
「乾杯!」
盛大に乾杯の声が上がり、マクシミリアンはウィスキーをぐいと飲み干す。
「おおおお! こ、これは本当に酒精が強いな……!」
そして、目を白黒させるマクシミリアン。ウィスキーは彼が想像していた以上に強い酒だったのだ。
「陛下。そのウィスキーはゆっくりと味わわれてください。ウィスキーに合う肴なども用意しておりますので」
「うむ。これはちびちびと楽しむものだな」
アルノルトの言葉にマクシミリアンは頷き、ゆっくりとウィスキーを味わいながら、酒の肴にも手を伸ばした。
「おや? これは見たことがないものだな?」
マクシミリアンがそう言ってみるのは黒い棒状の物体。
「それはチョコレートというお菓子です。ウィスキーにも合いますよ」
「そうなのか? ふむ。試してみよう」
アルノルトに勧められてマクシミリアンはチョコレートをウィスキーとともに味わう。このチョコレートはもちろん仁が持ち込んだものだ。
「おお! これは苦みがありながらも甘く……酒に合う! よいな、よいな!」
マクシミリアンはチョコレートを気に入り、ぱくぱくと食べてしまう。ウィスキーもどんどん減っていき、皆の顔は既に酔いで真っ赤になってしまっていた。
「いやはや! この世のものとは思えぬ酒と肴だ。このような晩餐が毎日のようにしたいものであるな」
「陛下は本当に酒好きでいらっしゃる」
「おう、その通りだ、リヒャルト卿。私は酒が大好きだ! 特にこのような美味い酒ならば文句など全くない!」
そう言ってがははっと笑うマクシミリアン。
この世界には魔法で酒に由来する健康への影響が除去できる。だから、酒好きであるマクシミリアンもまた特に健康に問題はなかった。
「アルノルト卿よ。このような酒をどこで手に入れたのだ? これからも仕入れることは可能なのか?」
「はい、陛下。グリムシュタット村にあるヴォルフ商会という商会から仕入れております。これからもご提供できるかと」
「ほうほう。そのヴォルフ商会の人間と話したいものだ。実のところ、さらに美味い酒があったりするのだろう?」
「鋭いですな、陛下。ウィスキー以外にも酒はございますよ」
「ほうほう。やはりな。次もまたこうして宴を開くときは頼むぞ、アルノルト卿」
「はっ!」
マクシミリアンは満足そうにそう言い、アルノルトも笑みを浮かべて頷いた。
* * * *
「……という具合だったのだよ」
「ウィスキー、とても気に入っていただけたのですね」
「ああ。それから他の酒も味わいたいと陛下は仰っていた。ジン君、また何か美味い酒があったら仕入れてくれるだろうか?」
「もちろんです」
こうしてヴォルフ商会の扱う品は、国王陛下も気に入るところとなったのだ。
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