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ヴォルフ商会

……………………


 ──ヴォルフ商会



 俺はいつか突然、地球と異世界を結ぶ扉が閉ざされてしまうかもしれないという懸念に言及した。


「そうか……。そういう問題があったか……」


 リーゼは悲しそうにしていて、アルノルトさんも唸っている。


 しかし、ニナさんは違った。


「それならばなおのこと商会を立てておくべきですわ」


 ニナさんはぐいっとそう主張する。


「もし、ジンがこちら側に取り残されても商会があれば保護できます。ジンの暮らす世界は技術や文化が進んでいるのでしょうから、こちら側で暮らすことには不安があるかもしれません。ですが、少なくとも金銭的な不安は解消できます」


「な、なるほど」


 確かにこちら側に取り残された場合が一番の心配だ。地球側には既にリーゼのおかげで手に入った15億円と家があるが、こちら側には何もないのだから。


「私もいつまでもこんな都合のいい取引が続けられるとは思っていませんわ。ですが、続けられる間は続けて、稼げるだけ稼いでおきましょう。それが商売というものです」


 俺よりずっと若いのにニナさんはとてもしっかりしている人だった。


「そうだよ、ジン。ジンがこっちでひとりぼっちになっても、こっち側には私たちがいるよ。心配はしないで。私に会えさえできれば……」


「リーゼ……」


 リーゼはそう言って微笑み、俺も不安が和らいできた。


「では、そうと決まれば商会を立ち上げてしまいましょう!」


「えっと。そこら辺の法律はどうなっているのでしょうか?」


「法律ですか? ありませんよ?」


「え!?」


 ニナさんが堂々と言うのに俺は一瞬呆気にとられた。


「はははは。そうだね。グリムシュタット領でこれまで商会が作られた例がないし、そんな動きもなかったから他所からくる商人に対する法律はあっても、グリムシュタット領で商会を立ち上げる際の法律はなかったね」


 そう言って笑うアルノルトさん。


 そうか。こっちでは国としての法律より、領主が定める法律の方が優先なのか。


 そして、このグリムシュタット村では初の商会立ち上げとなり、法律から準備しないといけないわけである。


「各地の商会に関する法律を調べるので、1週間ほど待ってください。それから商会を立ち上げてしまいましょう!」


「おーっ!」


 ニナさんが気合を入れてそう宣言し、俺たちも掛け声を上げた。


 それからニナさんとアルノルトさん、そしてリーゼは異世界側で商会の立ち上げにいそしみ、俺の方はというと商会で扱う商品を仕入れに日本側を走り回り、せっせと商品を異世界に向けて運んだ。


 しかし、まあ、苦労しているのはリーゼたちの側だ。何せ法律から作らなければならず、それをクリアしても書類仕事がいろいろとある。


 今後の商会に対する税金だとか、他の商会との取引に関することだとか。


「差し入れ持ってきましたよー!」


「ああ。ありがとう、ジン!」


 俺はそんな3人のためにチョコレートやコーヒーを持ち込んだ。コーヒーは最初は苦い苦いと不評だったが、やがて眼が冴えて徹夜できるということで重宝された。


 俺も会社でヤバいときは栄養ドリンクとコーヒーで頑張ったなと思い出す。


 それだけでは何なので、家でサンドイッチを作って持ち込んだりもした。卵サンドとハム・チーズサンドである。


「え!? ジンの手料理!?」


「あはは。ただパンで具を挟んだだけだけどね」


「それでも嬉しいよ! ありがとう、ジン!」


 これには特にリーゼが喜んでくれた。こうも喜んでもらえると次も頑張ろうという気にさせてくれる。


「ほう。このサンドイッチという料理、パンの質がいいね。柔らかくて、溶けるような食感だ。それに片手で食べられるのはいい。仕事をしながら食べられる」


「まあ、お父様。お食事しながら仕事なんてはしたないですわよ」


「すまん、すまん」


 アルノルトさんは片手でつまみながら食事ができるのに満足していたが、ニナさんに怒られていた。まあ、本場のサンドイッチはカードゲームをしながら食べられるように生まれたとかなんとか言われているので、そう間違ってはいないのだが。


 そんな感じで慌ただしく1週間が過ぎ──。


「いよいよ商会の立ち上げですわ!」


 それから7日後、ついに商会が立ちあげられることに。


「必要なものはもう全部そろったんですか?」


「ええ。ばっちりですわ。他の領地や自由都市の法律、そこにある商会についても参考にしましたから」


「凄いなあ……」


 現代人でもここまで短時間に法律を決めたりすることは無理そうなのに。


「決めるのはあと商会の名前ぐらいぐらいだよ」


「名前、か。何かいいアイディアはありますか?」


 リーゼもそう言うのに俺はみんなにそう尋ねる。


「スオウ商会ではないのかね? 君の名前を冠するのが普通だと思うが」


「それだとこっちの人には『?』ってなりそうではないですか。何かこっちの人にも親しみやすい名前があればな、と。そう思いまして」


 アルノルトさんはてっきり俺が自分の名前を付けると思っていたらしい。


 だが、こっちの人名から考えるに周防商会なんて名乗ると違和感が凄いと思うのだ。もっと現地の感覚に寄り添った名前の方がいいだろう。


「じゃあ、グリムシュタット商会とか?」


「それではひねりがありませんわ。安直すぎます」


 リーゼが提案するが、ニナさんが首を横に振る。


「う~ん」


 法律などはてきぱきと準備できた俺たちだがネーミングには頭を悩ませた。


「あ。あそこにあるのってグリムシュタット伯爵家の家紋みたいなものですか?」


 そこで俺はアルノルトさんの執務室にある紋章にを目つけた。


「ああ。そうだね。爵位をいただいたときに作った紋章だ。オオカミの紋章だよ」


 それはオオカミのような2頭の獣が盾を守っている紋章である。なかなかにカッコいいものであった。


「なら、オオカミから名を取りませんか? 自分としてもグリムシュタット伯爵家との繋がりが示せるのがいいかと」


「いいのかね?」


「はい。むしろお願いします」


 俺としては現地の有力者であるグリムシュタット伯爵家のアルノルトさんたちを立てた方がビジネスはすんなり進むと思うのだ。それにこの1週間、ずっと商会の立ち上げに奔走してくれたのは他でもないリーゼとアルノルトさん、ニナさんである。


「分かった。では、ヴォルフ商会と名付けよう」


 こうして商会の名前が決まり、決めなければいけないことは全て決まったようだ。


「で、商会長はもちろんジンですよ」


「ええっ!? アルノルト様やニナ様ではなく?」


「何を言っているのですか。あなたがいなければこの商会は成り立たないのですから、あなたが商会長なのは当たり前ではないですか」


 そうなのである。俺が持ってくる地球の品がなければ、そもそもこの商会は成り立たないのである。


 しかし、まあ、会社を辞めた俺が異世界で社長になるなんてなぁ……。


「分かりました。では、拝命させていただきます」


「事務や経理は私たちが手配しますから安心してください。それから元手となる資金もこちらで出資させていただきますわ」


「何から何までありがとうございます」


 いやあ。大ごとになったけど、支えてくれるニナさんたちのおかげで助かった。


「リーゼ。あなたは副会長をやりなさい。副会長にはジンを支える信頼できる人間が相応しいです」


「はい!」


 そして、リーゼは副会長に。


「頑張りましょう、ジン!」


「ああ、リーゼ」


 こうして俺たちはヴォルフ商会を設立したのだった。


 ささやかなものだったはずの異世界貿易は、こうして大きな取り組みとなったのだ。


……………………

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