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第七十七話の1 スザンヌ・スー・アーデルハイド

 夕食の準備を始める母さんたちを手伝おうと思ったが、久しぶりの家で張り切っている母さんに、俺もスーさんも台所から追い出されてしまった。珍しく父さんも手伝うそうで、「新婚の頃を思い出すな、母さん」「そうね、あなた」という、息子の俺のほうが恥ずかしくなるようなやり取りが交わされていた。


 そんな姿を見たからか、スーさんは俺の部屋に来てからも、少し落ち着かなさそうにしていた。


「……坊っちゃん……いえ、ヒロト様。お機嫌が良いとお見受けしますが、いかがなさいましたか?」

「スーさんは、やっぱり坊っちゃんっていうのが一番なじみのある呼び方なんだな」

「は、はい……申し訳ありません。もう大きくなられて、このような呼び方はふさわしくないと分かっているのですが、ふと昔のことを思い出してしまいまして」

「初めて会った頃は2歳だったもんな。スーさんには、随分お世話になったし……大きくなってもう一度会えてからも、ずっとお世話になり続けてる。俺はスーさんと手合わせをしてなかったら、たぶん勝ててない敵もいたよ」


 ゴッドハンドであるスーさんから『気功術』をもらっていなければ、『神威』は発動させられなかった。この技が、どれほど俺の戦いに寄与したことか。


「私の技を飲み込み、自分の血肉とし、使いこなしたのはヒロト様です。私は、先の魔王との戦いでは、それほどお役に立つことはできませんでした」

「生きててくれるだけで、十分だよ……っていうと、何か偉そうに聞こえるかもしれないけど。それくらい、厳しい戦いだったからな」

「ヒロト様……素晴らしい武勇でございました。私など、もはや及びもつきません。拳を合わせ、そのご成長を確かめたいと願ったことも、今は遠い昔に感じます」


 そう言うスーさんは、すっきりとした顔をしていた。俺に力が及ばないことで、自分を追い詰めているということもない。 


 これからも彼女には、お世話になりたいと思っている。


 今までの主従関係に基づいた関係ではなく、訓練場でのことを経て変化した関係を、さらに進めたい。


「俺はスーさんのことを、魅力的だと思ってる。強くて、優しくて、俺のことを待っててくれて……そのことに、感謝の気持ちしかない」

「……正直なことを申し上げると、お小さい頃の坊っちゃんが、将来強くなられると感じてはいても、今のようなお姿になられるとは思っておりませんでした。背がとても伸びて、一分の隙もなく鍛え上げられた身体で、それでいて筋肉が重くなりすぎもしない。それは私の考える、理想の武人の姿です」

「い、いや……気がついたらこうなってただけで、自分では意識してなかったんだけどな」


 リリムに殺されかかって超回復したとき、俺の身体は恵体スキルの値に応じて変化したのだ――だから、メアリーさんに初めて見られた時も「いい身体」と評価された。それはそうだろう、限界突破した恵体の数値が肉体に反映されたのだから。


 異常にゴツく、身体が大きくなったりしなかったのは幸いだった。14歳という年齢からすれば、俺は童顔な分だけ少年っぽく見えるらしい。


「俺、まだ大人として認められる15歳にはなってないけど。国王陛下から副王の地位を賜ったら、大人として振る舞うべきだと思ってる。大人になるっていうのは、いろいろなことに責任を持てるようになるってことだ」

「ヒロト様……それは……もしや、身を固められるということですか? 聖騎士殿と、正式に婚姻を……?」

「いや、俺はみんなと結婚しようと思ってるんだ」

「みんな……そ、それは……」


 いつも冷静なスーさんの顔が、きゅぅぅ、と赤くなっていく。彼女は耳まで赤くなり、それを自覚しているのか、頬を押さえて恥ずかしそうにする。


「……私も……ヒロト様の……妻にしていただけるのですか……?」


 これまでのことを考えたら、それは不自然なことではないのに、スーさんはすごく恐縮している。見ているこちらの方が、胸が痛くなるくらいに。


「うん。欲張りだと自分でも思うけど、俺は大事な人を、全員奥さんにしたいんだ」

「……ああ……ヒロト様……っ」


 スーさんは感極まったように俺の名前を呼ぶと、俺が座っている椅子の背もたれに捕まるようにして、正面から抱きついてきてくれた。


 エプロンドレスでは隠し切れない豊かな胸が、胸板に当たっている。これからは、そうした触れ合いも、二人の時ならば遠慮せずにすることができる。


「俺以外にも沢山男性はいるけど、誰の隣にも行ってほしくない。俺のそばに居てほしい」

「……はい。私でよろしければ、いつまでも、ヒロト様のお傍に……」


 ◆ログ◆


・あなたは《スー》に求婚を行った。

・《スー》はあなたの求婚を受け入れ、二人の関係が『婚約者』に変化した。


 こうやって、ひとりずつに心を尽くして求婚していく。本当なら、何か贈り物でもするのが当然だろう――今からでも遅くはない、スーさんに何か欲しいものはないだろうか。


「スーさん、何か欲しいものはある? 結婚してからでもプレゼントはするつもりだけど、今欲しいものがあったら教えてくれるかな」

「……私が欲しいものは、ヒロト様との時間です。昔のように、一緒にご入浴を……というのは、他の方々にあてつけるようですから。こうして抱きしめていられるだけでも、これ以上ない至福にございます」

「そうか……うん、分かった。じゃあ、もう少しこうしていようか」


 スーさんは俺の肩に手を置き、じっと見つめてくる。キスを求められていることは分かったが、彼女はまだ求婚が続くことを知っていて、今は俺の頬にそっと口づけをするだけに留まった。


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