第百七十九話 残り二日
梓のスマホに、しほからメッセージが届いたようだ。
久しぶりの連絡である。インフルエンザにかかって以来だ。
病気の直後には俺からも連絡を入れていたのだが、すぐにスマホを取り上げられてしまったので、結局返信がきたのかどうかも分からない。
一応、梓から『俺のスマホが取り上げられた』ことなどの説明をメッセージアプリでしてもらっているので、事情は分かってくれていると思うのだが。
ともあれ、今はどんな状態なのだろうか。
それが気になって、梓の方に歩み寄る。
「しほはなんて言ってるんだ?」
「…………」
ただ、梓は画面を見て硬直してしまっていて、すぐに返事をしてくれなかった。
「えぇ……おにーちゃん、やっぱりこの人、おかしいと思う」
なんというか、ドン引きしていた。
目を丸くして、何度もメッセージを確認している。
どうやら、よっぽど変なことが書かれているらしい。
「おかしいって……あ、本当だ」
待ちきれなくなって、スマホの画面を覗いてみた。
そして書かれていた文字に、俺も目を丸くしてしまうのだった。
『幸太郎くん、私……妊娠しちゃってた!』
……正気か?
脈絡のない一言を、何度も何度も確認する。
でもやっぱりその一文は現実だった。
「おにーちゃん、もしかして……?」
「いやいやいや。身に覚えがないよ……」
疑わしそうな梓の視線に肩をすくめて、息をつく。
「ど、どうしよう……梓、叔母さんになっちゃうの!? ま、まだ早いよぉ」
「落ち着け。たぶん、しほの勘違いだから」
勘違いで妊娠するのはなんだかおかしいけれど。
「ま、まだ心の準備がっ……うぅ、とうとう来ちゃったの? あの人がおねーちゃんになっちゃったの? 梓にあの人の妹は荷が重いのに……」
不思議なことに、俺よりも梓の方が取り乱していた。
予兆も伏線も前兆も脈絡もない突発的な発言で、突拍子がなさすぎてかなりびっくりしているのかもしれない。
「大丈夫だよ。たぶん、しほの寝言だから」
あやすように、義妹の背中をさすってあげる。
俺の代わりと言わんばかりに梓が混乱しているので、逆にこっちは冷静になれた。
そんな時に、またしてもしほからメッセージが届く。
「……あ、またきたっ」
「今度はなんて?」
「うん。えっと……『気のせいだった』って!」
なるほど。何があって、何を勘違いをして、何が気になって妊娠したと思ったのかは分からないけど、とにかく梓が安心してくれたので良かった。
「良かったぁ……おにーちゃん、お願いっ。あのね、もうちょっとだけ待ってほしいの……梓ね、あの人をおねーちゃんにする覚悟がまだできてないからっ」
「そっちも覚悟が必要なんだな」
笑い、梓の頭をポンポンと叩く。
もちろん、焦るつもりはない。そもそも、俺は積極的な人間でもないので、仮に子供を授かりたいと考えても、それは近い将来の話ではないだろう。
もっとゆっくりでいい。
そうだ、焦る必要なんてない。
しほからのメッセージは、とてもユニークで不思議だったけれど……その言葉は、俺を安心させてくれた。
彼女はやっぱり『特別』である。
(早く、会いたいなぁ)
それから、強く感じた。
直接顔を合わせて、話がしたかった。
今の俺は、どうしようもなく状態が悪いけれど……しほと会い、話し、触れ合うことができたら、きっと元に戻れる気がしたのだ。
胡桃沢さんとの契約が終わるのは、残り二日である。
それさえ乗り切れば、またいつもの日常に戻ることができる。
その頃にはたぶん、しほも元気になってくれているはずだ。
だから、その時まで頑張ろうと、そう思うのだった――




