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敗北した女騎士は、破滅を回避した悪役令嬢らしい  作者: ru
第七章 幸せは勝利から
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86.シュタイナーの心

 

「おおっ」

「本当にできた……」


 上に向けたシュタインの手のひらから、ふわりと柔らかい光が溢れた。


「最初から詠唱しないなんてすごいなー!」

「超初級の魔術だ。構成式も簡単で、子供でもできる」


 私は、不思議そうな顔のシュタインをべた褒めする。口ではそう言っているが、やはり嬉しそうだ。


 しかし、初めてで一発でできるなんて、やっぱり才能はあるんだな。さすが魔王にもなれる男だ。


「教えてよ、私もやってみたい。魔術はどうしてもできないんだ」

「頭の中に構成の形を描くんだ。あー、平面で考えれば簡単だろ。それから発動の軸を立体化するんだが……」


「え、何? 構成の、形……?」


 シュタインからやり方を教えてもらうが、やっぱり私はできなかった。


 ……理解が、出来ない。


 フェアンヴェーに、『魔術はアタマが必要だからな』と言われたのを思い出し、少し凹んだ。


 じっと手を見るが何も発動しない私をかわいそうに思ったのか、シュタインは簡単な詠唱と呪文を教えてくれた。

 しかしやはり、何も起こらない。


「言葉は補助だ。構成の助けにしかならないから、唱えれば使えるものでもない」


 なんだかシュタインが頭よさげな事を言う。つまらん。


 むくれていたらシュタインは「ふっ」と小さく噴き出した。


「じゃあ、リーゼが使っていた、身体強化を教えてくれ」

「うん、いいよ!」


 それなら教えられる。

 私はその場でぴょんと跳ね、使う筋肉を示して説明する。


「動きながら、必要な筋肉を意識して、そこに編み込むんだ」


 ぴょん、と、かるく天井に頭が届くくらいに跳ねてみせる。室内なので、本当に軽くだ。


「う、動きながら……? 編み込む?」


 シュタインもその場で跳ねてみるが、さっぱりわからないという。それでも思いっきりジャンプすると、ごん、と、天井に頭をぶつけた。


 ……そうか。身体が大きくて力があれば、小賢しく考えなくてもいいんだな……正直羨ましい。


 やってみて、これは向き不向きの問題だと、決着がついたのである。





 話がずれてしまった。

 魔力が欲しいと思わせなければいけなかった。


「……魔王の種があれば、もっとすごい魔術も使えるんだよ!」

「いや、俺はもう魔術を使いたいとは思わない。先ほどのは知っていたから出来ただけで……」

「手に入れれば考えも変わるって。無尽蔵の魔力だぞ」

「そんなもの今は欲しくない」


 念願の魔法のはずなのに、またシュタインは腕を組んで、口をへの字にしている。


 か、頑なだなあ~~~


 ……考え方を変えよう。魔王の種は、「欲望」に反応する。執着と妄執だ。あの時は本当に魔力があれば後は何もいらないと思ったからなあ。


 それは別に魔力でなくてもいい。何か欲しいものがあって、それを叶える力を望めばよいのだ。


 私はシュタインの欲望に意識を向けてみた。



 ……


 ……なんだこいつは。聖人か? 修行僧か何かなのか?



 いや、修行僧だって、何かを知りたいとか、得たいから、修行してるんだろ。

 じゃあ何か? 悟りをひらくとか、そういう境地?


 シュタインが?



 そう思うほど、シュタインの心は清廉だった。


 富も、名声も、権力も興味がない。驚くことに、強さを欲しているわけでもない。


 考えてみれば、聖冠騎士で、騎士団の師団長だ。辺境伯を継ぐ権利もある。……そんなモノ、この男はすでに持っていた。しかし、それは結果であって、欲して得たわけではない。


 シナリオのシュタイナーが魔力を欲したのは、それがなければ認められなかったからだろう。

 今のシュタインは、何なら「魔法は卑怯」くらい思っている節がある。


「……シュタインは、何でも持ってるんだな。もう、欲しいものなんてないのかぁ……」


 本来なら、まあ凄い、と、うっとりするところだろうが、付け入る隙がないのは困った。


「欲しいもの、だと」


 私のぼやきに反応して、シュタインが呟く。そして、頭を抱えこんでしまった。


「……それを、リーゼが言うか……?」


 ん?


 シュタインの「欲望」に少し変化があった。清廉なその心に小さな穴が開き、……そしてすぐに、抑え込まれるように閉じた。


 その中のものが少し見えてしまって、……私はただ、赤くなる。

 シュタインの目を見るのも恥ずかしくなり、手で顔を覆った。


 あーーー、見るんじゃなかった。


「リーゼ?」


 先にシラフに戻ったシュタインが心配そうに私を見る。


「どうした?なんか、赤いぞ」


 テーブル越しに伸ばされた手を、つい、少し身を引いて避ける。


「あ、」


 なのに、そのまま戻っていく大きな手を、少しだけ惜しく思った。


「だ、大丈夫」

「ああ。ならいいが」


 困った。これでは、……()()だって、すでに手に入ってるようなものだ。




 し、しかし。

 本人はまだそうとわかっていないだろう。


 私はごくりと喉を鳴らす。


「手合わせしよう、シュタイン。私に勝ったら、お望みのものをくれてやる」

「は? 何だ突然」

「そのかわり、私が勝ったら、私の言うことを聞くんだ」



 ++



 そんなに広くないシュタインの部屋。物を壊さないようにと、結局、腕相撲で勝負した。


 当然だが、私の圧勝である。

 大変、気持ちが良い。


 いくらシュタインといえど、魔力を存分に使い身体強化したこの私に、かなうわけがない。ねじ伏せられて、シュタインはうめいた。


「身体強化は卑怯だぞ……」

「少しは私の気持ちがわかったか? すくすく育ちやがって」

「……」


 私はこれまで力の差があっても、卑怯とは言わなかったのに。

 ……いい気味だ。


「じゃあ約束。大人しく、これを受け入れなさい」


 私は魔力の塊を、外に押し出すようにする。黒いモヤが、私からズルズルと抜けていった。

 魔力も一緒に抜けてしまう。自分が弱くなった不安、それと激しい喪失感を感じる。


 あーあ。シュタインは魔力、分けてくれるかな。


「これを……どうするんだ」


 欲しいと思わないと受け入れられない。心なしか、魔王の種も戸惑っているようだ。


「私から魔王の種を奪わないと、いつまでも組み伏せられないぞ」

「い、いや、リーゼを無理やりどうこうしようとは思っていない! むしろ強い方が安心だ!」


「あーもう!!」


 まどろっこしい!!


 紳士ぶるのも良いが、それでは何も進まないだろうがっ!!


 痺れを切らした私は、シュタインの首根っこを掴み──


 ちゅっ


 と、唇の横のあたりにキスをしてやった。


「な、な、え!?」


 そして、戸惑うシュタインの肩を抑え、正面から見据えて、笑顔を作る。


「続き、したいんじゃないの?」


 もう見えないけど、シュタインの心に、欲望の穴を開けられたのだろう。


 その隙に魔王の種は、やっと本命に──シュタインに飛び込めたようだ。



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