74.竜騎士の疑い
「訓練場に、飛竜だと?」
「はい。訓練中に突然、大きな飛竜が一頭やって来て、でん!って、居座ってるんですよ。こんな事初めてだし、邪魔だって言うわけにもいかないし」
「竜師は?」
「今、デュランが呼びに行ってます」
「飛竜が自ら、人の住まう地の、しかもど真ん中に来るなんて……何かあったのだろうか」
飛竜は飛竜の谷に住んでいて、用があるときはこちらから出向くのが鉄則だ。呼ぶことなど出来ないし、好き好んで近づくとも思えない。
シュタイナーも不思議に思っていると、ゼノンは視線を迷わせながらこちらを見た。
「あと、気のせいかもしれないですが……先日、リーゼ様を乗せた飛竜かも」
シュタイナーは、飛竜の長に嘴を寄せられて、くすぐったそうに笑うリーゼを思い出し、なんとも複雑な気分になった。
++
野外の訓練場の、一番王宮に近い所に、その飛竜は堂々と寝そべっていた。
シュタイナーたちが近づくと顔を上げ、首を伸ばす。
「飛竜の長……殿か?」
シュタイナーは恐る恐る声を掛けた。飛竜は何が礼儀なのかよくわからない。機嫌を損ねるわけにはいかないので、やり取りは竜師を挟むのが鉄則だ。
友誼を結んだ騎士のために、地の果てに駆けつけたという伝説もあるが、実例は知らない。
「おおわーー!! ひ、飛竜様だー!」
間抜けな大声が広い訓練場に響く。アイゼルだ。デュランに呼ばれたリカルドについてきたようだ。息をきらしながら走って来る。
『・・・・』
竜師が来たからか、飛竜はぱかりと口を開けて何か言った。シュタイナーには、微妙な空気の振動が感じられるだけである。
「は……!?」
「ええええええ」
飛竜の言葉を聞いた二人は、顔を見合わせる。なにか信じられない事を言われたようだった。
「竜師殿、飛竜は何と」
シュタイナーは訳して欲しくて二人に聞くが、それどころではないらしく無視された。この者たちは本当に、人の話を聞かない。
「リカルド殿、こ、これは、よ、良いのでしょうか……?」
震えながらアイゼルが言う。リカルドは額の汗を拭いながら何度も頷き、自分にいい聞かせるように大きな声で宣言した。
「あ、当たり前である。契約や常識、人間ごときの都合と、飛竜様のお気持ち、どちらを優先するかなど、考えるまでもない! 全ての手続きを省略し、すぐに鞍をお持ちする。アイゼル君、すぐに立てるように、騎士の準備を手伝ってやれ」
「え、え!?」
リカルドは慌てて走り去った。運動不足が感じられるヨタヨタした動きに、ゼノンとデュランが走り寄り支える。
「手伝います! 鞍、大きいですもんね」
「あ、ああ」
アイゼルはリカルドが去った方を見て、心細げにおろおろしていた。
「アイゼル殿? 通訳をお願いしたい」
「ア、あう、ええと」
シュタイナーはアイゼルに話を聞こうとするが、なかなか要領を得ない。やきもきしていると、突然ヴィンツェルが、「わあ!」と、空気を変えるような明るい声をあげた。
「凄いなあ、飛竜をこんなに近くで見たの初めてだ!」
ヴィンツェルは目を輝かせて飛竜のそばをウロウロしている。竜師や、王宮騎士団以外では、飛竜を間近で見る機会はなかなかない。
「アッアッ、ええと、お兄さん、近づかないで下さいよう」
アイゼルは慌てて引き離そうとするが、ヴィンツェルは気にした様子もない。
「状況を見るに、飛竜がシュタインを乗せていってくれるって事だろ? いいなあ、僕も行ってもいいかな、急いで許可取ってくるから……うわっ!」
少年のようにはしゃいでいたヴィンツェルは、突然、飛竜の尻尾に払われて尻餅をついた。
「いてて」
『・・・・・』
「は、はあ。……お兄さん、飛竜様はシュタイン派なので、ヴィンツェルは乗せないと仰ってます」
飛竜は、ふん、とそっぽを向く。
「シュタイン派? 何だよそれ?」
ヴィンツェルは眼鏡を直しながら呟いている。確かに訳がわからない。
やっとアイゼルも落ち着いて、飛竜の言葉を訳し始めた。
「ええと、先程、こちらのお兄さんが、言った通り、飛竜様は、シュタイナーさんを乗せて、リーゼロッテさんの所まで、行くと、仰ってます」
「なんと、それはありがたい」
シュタイナーはそう言って頭を下げた。
これで間に合う。先日は慣れない同行者もいたから休憩を多めに取っていた。真っ直ぐ最速で行けば、もっと早く着けるだろう。
本当は膝をついて泣いて縋りつきたい気分だったが、飛竜の前では膝はつかないのが礼儀なので、耐えた。
しかし、なぜ飛竜が自分を助けてくれるのだろうか。シュタイン派、と、言っているようだがそれは……
「……まさか私を、竜騎士として認めてくださったという事か?」
恐る恐る口にする。伝説では竜に選ばれた者は竜騎士となり、お互い唯一の相手として一生を共にする、と言われている。
竜騎士は竜中心の生活となり、伴侶も持てない。とても名誉な事ではあるが、それはちょっと困るなと、心の隅で思う。
『ブッ』
「ぶおっ」
心を読まれたのか、なぜか唾を飛ばされた。咄嗟に腕で顔を庇ったが、髪がねとねとになってしまった……何だか生臭い。
『・・・・・』
「飛竜様は、思い上がるなこの馬鹿者、と、仰ってます」
どうやら、竜騎士に選ばれたわけではないようだ。
『・・・・』
「? ええと? お前は他の竜の匂いがする? シュタイナーさん、他にも飛竜様の知り合いがいるんですか?」
なぜか、脳裏に黒い竜が思い浮かんだ。が、そんな竜に会った事はない。心当たりもない。
とにかく出発のため、体を洗って着替えることにする。その間に、携帯食料を用意してもらう事になった。
++
「師匠、リーゼは必ず連れて帰ってきます」
飛竜なら余裕で間に合う。間に合うのなら、もう大丈夫だ。今の自分が兄達に負けるとは思えない。ジークハルトは正面から戦えば弱いし、アデルハルトも隙が多い。
これまでは家族だから、兄だからと遠慮していたが、リーゼに手を出したのならもう手加減はしない。思う存分やってやろう。
シュタイナーの心は軽かった。
「僕もやれる事はやっておくよ。上手く片付かなくても、リーゼと僕が結婚するだけだから心配ないよ」
「……」
飛竜に跨り、軽口を叩くヴィンツェルを睨みつける。
ヴィンツェルは誤魔化すように、頭をかいた。
「たはは、そんなことにならないように、行ってらっしゃい、ってこと。飛竜まで味方につけたんだからさ」
シュタイナーは、本当に伝説の竜騎士にでもなったような気分だった。
聖冠騎士の正装は華やかで、青緑色の飛竜の鱗によく映えた。サークレットはアンチマジック効果のないイミテーションだが、本物の宝石があしらわれていて美しい。
シュタイナーはその姿に自分でも満足していた。まるで姫君を救い出す勇者のようではないか。リーゼロッテも少しはかっこいいと思ってくれるのではないだろうか。
「では、行ってくる」
日が傾いた時間、シュタイナーを乗せた飛竜は、橙色の空に舞い上がった。
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