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敗北した女騎士は、破滅を回避した悪役令嬢らしい  作者: ru
第六章 披露宴は交渉から
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74.竜騎士の疑い

 

「訓練場に、飛竜だと?」

「はい。訓練中に突然、大きな飛竜が一頭やって来て、()()!って、居座ってるんですよ。こんな事初めてだし、邪魔だって言うわけにもいかないし」

「竜師は?」

「今、デュランが呼びに行ってます」

「飛竜が自ら、人の住まう地の、しかもど真ん中に来るなんて……何かあったのだろうか」


 飛竜は飛竜の谷に住んでいて、用があるときはこちらから出向くのが鉄則だ。呼ぶことなど出来ないし、好き好んで近づくとも思えない。

 シュタイナーも不思議に思っていると、ゼノンは視線を迷わせながらこちらを見た。


「あと、気のせいかもしれないですが……先日、リーゼ様を乗せた飛竜かも」


 シュタイナーは、飛竜の長に嘴を寄せられて、くすぐったそうに笑うリーゼを思い出し、なんとも複雑な気分になった。



 ++



 野外の訓練場の、一番王宮に近い所に、その飛竜は堂々と寝そべっていた。

 シュタイナーたちが近づくと顔を上げ、首を伸ばす。


「飛竜の長……殿か?」


 シュタイナーは恐る恐る声を掛けた。飛竜は何が礼儀なのかよくわからない。機嫌を損ねるわけにはいかないので、やり取りは竜師を挟むのが鉄則だ。


 友誼を結んだ騎士のために、地の果てに駆けつけたという伝説もあるが、実例は知らない。


「おおわーー!! ひ、飛竜様だー!」


 間抜けな大声が広い訓練場に響く。アイゼルだ。デュランに呼ばれたリカルドについてきたようだ。息をきらしながら走って来る。


『・・・・』


 竜師が来たからか、飛竜はぱかりと口を開けて何か言った。シュタイナーには、微妙な空気の振動が感じられるだけである。


「は……!?」

「ええええええ」


 飛竜の言葉を聞いた二人は、顔を見合わせる。なにか信じられない事を言われたようだった。


「竜師殿、飛竜は何と」


 シュタイナーは訳して欲しくて二人に聞くが、それどころではないらしく無視された。この者たちは本当に、人の話を聞かない。


「リカルド殿、こ、これは、よ、良いのでしょうか……?」


 震えながらアイゼルが言う。リカルドは額の汗を拭いながら何度も頷き、自分にいい聞かせるように大きな声で宣言した。


「あ、当たり前である。契約や常識、人間ごときの都合と、飛竜様のお気持ち、どちらを優先するかなど、考えるまでもない! 全ての手続きを省略し、すぐに鞍をお持ちする。アイゼル君、すぐに立てるように、騎士の準備を手伝ってやれ」

「え、え!?」


 リカルドは慌てて走り去った。運動不足が感じられるヨタヨタした動きに、ゼノンとデュランが走り寄り支える。


「手伝います! 鞍、大きいですもんね」

「あ、ああ」


 アイゼルはリカルドが去った方を見て、心細げにおろおろしていた。


「アイゼル殿? 通訳をお願いしたい」

「ア、あう、ええと」


 シュタイナーはアイゼルに話を聞こうとするが、なかなか要領を得ない。やきもきしていると、突然ヴィンツェルが、「わあ!」と、空気を変えるような明るい声をあげた。


「凄いなあ、飛竜をこんなに近くで見たの初めてだ!」


 ヴィンツェルは目を輝かせて飛竜のそばをウロウロしている。竜師や、王宮騎士団以外では、飛竜を間近で見る機会はなかなかない。


「アッアッ、ええと、お兄さん、近づかないで下さいよう」


 アイゼルは慌てて引き離そうとするが、ヴィンツェルは気にした様子もない。


「状況を見るに、飛竜がシュタインを乗せていってくれるって事だろ? いいなあ、僕も行ってもいいかな、急いで許可取ってくるから……うわっ!」


 少年のようにはしゃいでいたヴィンツェルは、突然、飛竜の尻尾に払われて尻餅をついた。


「いてて」

『・・・・・』

「は、はあ。……お兄さん、飛竜様はシュタイン派なので、ヴィンツェルは乗せないと仰ってます」


 飛竜は、ふん、とそっぽを向く。


「シュタイン派? 何だよそれ?」


 ヴィンツェルは眼鏡を直しながら呟いている。確かに訳がわからない。

 やっとアイゼルも落ち着いて、飛竜の言葉を訳し始めた。


「ええと、先程、こちらのお兄さんが、言った通り、飛竜様は、シュタイナーさんを乗せて、リーゼロッテさんの所まで、行くと、仰ってます」

「なんと、それはありがたい」


 シュタイナーはそう言って頭を下げた。


 これで間に合う。先日は慣れない同行者もいたから休憩を多めに取っていた。真っ直ぐ最速で行けば、もっと早く着けるだろう。


 本当は膝をついて泣いて縋りつきたい気分だったが、飛竜の前では膝はつかないのが礼儀なので、耐えた。

 しかし、なぜ飛竜が自分を助けてくれるのだろうか。シュタイン派、と、言っているようだがそれは……


「……まさか私を、竜騎士として認めてくださったという事か?」


 恐る恐る口にする。伝説では竜に選ばれた者は竜騎士となり、お互い唯一の相手として一生を共にする、と言われている。

 竜騎士は竜中心の生活となり、伴侶も持てない。とても名誉な事ではあるが、それはちょっと困るなと、心の隅で思う。


『ブッ』

「ぶおっ」


 心を読まれたのか、なぜか唾を飛ばされた。咄嗟に腕で顔を庇ったが、髪がねとねとになってしまった……何だか生臭い。


『・・・・・』

「飛竜様は、思い上がるなこの馬鹿者、と、仰ってます」


 どうやら、竜騎士に選ばれたわけではないようだ。


『・・・・』

「? ええと? お前は他の竜の匂いがする? シュタイナーさん、他にも飛竜様の知り合いがいるんですか?」


 なぜか、脳裏に黒い竜が思い浮かんだ。が、そんな竜に会った事はない。心当たりもない。

 とにかく出発のため、体を洗って着替えることにする。その間に、携帯食料を用意してもらう事になった。



++



「師匠、リーゼは必ず連れて帰ってきます」


 飛竜なら余裕で間に合う。間に合うのなら、もう大丈夫だ。今の自分が兄達に負けるとは思えない。ジークハルトは正面から戦えば弱いし、アデルハルトも隙が多い。


 これまでは家族だから、兄だからと遠慮していたが、リーゼに手を出したのならもう手加減はしない。思う存分やってやろう。

 シュタイナーの心は軽かった。


「僕もやれる事はやっておくよ。上手く片付かなくても、リーゼと僕が結婚するだけだから心配ないよ」

「……」


 飛竜に跨り、軽口を叩くヴィンツェルを睨みつける。

 ヴィンツェルは誤魔化すように、頭をかいた。


「たはは、そんなことにならないように、行ってらっしゃい、ってこと。飛竜まで味方につけたんだからさ」


 シュタイナーは、本当に伝説の竜騎士にでもなったような気分だった。

 聖冠騎士の正装は華やかで、青緑色の飛竜の鱗によく映えた。サークレットはアンチマジック効果のないイミテーションだが、本物の宝石があしらわれていて美しい。


 シュタイナーはその姿に自分でも満足していた。まるで姫君を救い出す勇者のようではないか。リーゼロッテも少しはかっこいいと思ってくれるのではないだろうか。


「では、行ってくる」


 日が傾いた時間、シュタイナーを乗せた飛竜は、橙色の空に舞い上がった。



読んでいただきありがとうございます。

ブックマーク、評価、感想、リアクション、本当にありがとうございます。


調子に乗って飛び立ったところで、この章はここまでです。

次章は最終章の予定です。最後までどうぞよろしくお願いいたします!

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